【特集】2014年 沖縄県名護市長選挙

 普天間飛行場の辺野古移転の命運を賭けた名護市長選挙。1月12日、一貫して移設反対を掲げる稲嶺進・現市長と、移設推進を公言する末松文信候補による戦いの火蓋が切って落とされた。

普天間飛行場の辺野古移転「賛成」vs「反対」

 普天間飛行場の辺野古移設に対して、明確に「賛成」「反対」で分かれた名護市長選挙は初だという。これまでは移設賛成派の候補者も、一応は「慎重派」であるように立ちまわっていた。しかし今回は、昨年末に仲井真弘多沖縄県知事が、辺野古移転の受入れを承認したこともあり、表立って「移設推進」を掲げる候補者があらわれた。

 辺野古移転を受け入れることで「米軍再編交付金」を手にし、それを元手に街づくりをすると訴えるのは、末松文信氏。島袋吉和・前市長のもとで副市長を務めた人物である。

 これまで、末松氏の応援には、自民党衆議院議員・小泉進次郎氏と沖縄県知事・仲井真弘多氏、そして普天間飛行場を抱える宜野湾市の佐喜眞淳市長らが駆けつけている。それぞれが辺野古移設の利害当事者だ。

 国、県の思惑を背負って出馬した末松氏を迎え撃つのは、現役名護市長・稲嶺進氏だ。2010年の市長選で「反移転」を掲げて、当時の島袋市長にせり勝ち、初当選を果たした。以降、辺野古移設は進められておらず、それまで名護市に支払われていた多額(年間17億円)の米軍再編交付金も打ち切られた。

 防衛省からの補助金は打ち切られたが、独自の政策で、文科省や農水省から補助金を引き出すことに成功した稲嶺市政は、名護市の積立金をこの4年間で倍増させ、法人税の収入を伸ばすことにも成功した。

 米軍再編交付金は、移転が済んだと同時に打ち切られるため、いずれにしても名護市長には、基地に頼らない経済・雇用の具体的な政策の実行が求められるといえる。

名護市長選挙は、もはや「イチ市長選」ではない

 名護市長選挙は、「イチ市長選挙」とはいえない。他国(米国)に自国の土地の一部を委ねるか否かの答えを出す選挙でもあるからだ。辺野古移転で建設が予定されている新基地の耐用年数は、200年。米軍基地の固定化が懸念される。独立国・日本在り方を示すことにもなる、重要な問題である。

 現役の名護市議会議員・東恩納琢磨氏は、名護市長選挙における国や県の露骨な、恣意的な介入を批判し、次のように語る。

 「国がこれほどまでに介入してくるのは、国の押しつけに『No』という自治体ができることに恐怖を感じているからかもしれない。何もこんなサンゴやジュゴンがいるような海を埋め立てて基地を造りますか?
自分のとこで考えてみれば、誰でも反対するだろう。では、なぜ沖縄は反対してはいけないんですか?
『反対してはいけない』とばかりに、国が押し付けようとしてくる。こんなやり方は民主主義ではない」

 日本の未来を占う「名護市長選挙は」、1月19日に投開票日を迎える。

 IWJウィークリーのSTF、やっと手を入れ終えた。今号は沖縄の取材成果がぎっしり詰まっている。振り返ってみて、本当に励まされる。沖縄は癒しの島と言われるが、励ましの島でもあると思う。へこたれない。諦めない。タテもヨコも手をつなぎ合う。日本にもアメリカにももみくちゃにされてきた。

 だが、延々と恨むのではなく、日本人も米国人も中国人も迎え入れ、もてなし、交易と観光とで栄え、生き延び続けている。ミサイルが3発落ちれば沖縄はおしまい、と何度も聞いた。基地があるということは敵の標的になる蓋然性が高まる、ということだ。

 なのに、日米ともに基地負担のしわ寄せを都合よく沖縄に押し付けて、恥じることがない。沖縄は今も潜在的な戦争の最前線にある。基地が完全撤去される見込みも日中の対立の狭間から解放される見込みもほとんど立たない。それでも、非暴力で、座り込みで、説得で、言葉を尽くして、抵抗を続ける。

 元自民党県連トップで、辺野古移設に反対し自民党を離党した仲里利信 元沖縄県議会議長に1月13日、岩上安身が緊急インタビューを行った。インタビューは、那覇市にある仲里氏の自宅で行われた。

 自民党県連本部の顧問を務めていた仲里氏は、県連が公約に反して米軍普天間基地の名護市辺野古移設を容認する方針へ転じたことに抗議し、11月末に辞任届けを提出。12月24日には、大田昌秀元知事らと連名で、申請の不承認を求める仲井真弘多知事宛ての緊急申し入れ書を県庁に提出したが、同月27日、仲井真知事は辺野古埋め立てを承認した。

 仲里氏は、1月10日に行われた「新外交イニシアチブ(ND)シンポジウム~普天間基地返還と辺野古移設を改めて考える」に登壇し、「二度と戦争をさせないために、辺野古には絶対に基地を作らせないこと」と発言するなど、辺野古移設に強く反対する姿勢を示している。17日に投開票を迎える名護市長選でも、自民推薦の末松文信候補ではなく、現職の稲嶺ススム候補を支援するとの姿勢を明らかにしている。

 沖縄でリゾートホテルを経営する「かりゆし」。那覇に3軒、名護市・恩納村・石垣島にそれぞれ1軒の合わせて6軒のホテルを持つ。このかりゆしグループのCEOである平良朝敬氏は、名護市長選挙に立候補している現市長・稲嶺進氏の決起集会で、名護市の経済ビジョンを打ち出すインパクトのあるスピーチをした。1月16日、岩上安身が平良氏にインタビューを行なった。

 社民党の元副党首で、現在は同党の国会対策委員長を務める照屋寛徳衆議院議員に1月13日、岩上安身がインタビューを行った。インタビューは、市長選が始まった名護市にある玉城義和後援会事務所で行われた。

 照屋氏は2012年の衆議院議員総選挙で、社民党立候補者の中で唯一選挙区での当選を果たした(沖縄2区)。また、嘉手納爆音訴訟や刑特法裁判の弁護団を務めるなど、沖縄問題の人権派弁護士として活躍。沖縄独立運動の活動家としても知られている。

 インタビューの冒頭、米軍基地の辺野古移設を承認した仲井真弘多知事について、「安倍総理の沖縄振興策を『驚くべき立派な内容だ』と言うが、閣議決定でも文書による談話でもない、単なる口約束。実効性の担保の無い空手形だ」と述べ、仲井真知事の決定を「驚くべき立派な裏切り」と評した。

 名護市を含めた沖縄3区選出であり、名護市長選で稲嶺ススム市長を強力に応援している、生活の党・玉城デニー衆議院議員に、市長選告示日である1月12日(投開票19日)、岩上安身が緊急インタビューを行った。インタビューは、玉城議員が名護市に設置した稲嶺候補の応援事務所で行われた。

 冒頭、稲嶺候補を応援する理由について玉城議員は、「基地の立地地域とそれ以外の住民の温度差は多少あるものの…」と前置きしたうえで、「沖縄全体として68年前の第二次大戦の悲惨さ、家族を失い家庭がバラバラになった方々がいる。沖縄にとって戦争は昔のことではない。その悲惨な戦争につながるものとしての米軍基地の存在は、今だに喉元に刺さった刺のようなもので、忘れようにも忘れられない」と語り、米軍基地の「県内移設反対」への思いをにじませた。

 沖縄県の名護市長選の告示日である1月12日、名護市民会館で「名護市成人式」が行われた。IWJは、選挙権を獲得する二十歳の若者に、将来の夢や思い描く名護市の未来について聞いた。

岩上「自民党の議員や仲井眞知事も自らが当選するときには県外移設を主張していたのが一転。年末手のひらを返して辺野古の埋め立て承認ということでした。どう思いましたか」

稲嶺「青天の霹靂というか、つい2、3日前まで県外と言ってきていたし、県外をこれからもずっと要求していくと話をしていました。12月の県議会でも県外をこれからもずっと要求していくという話をしていたんですね。

 知事も任期あと1年しかないし、アイデンティティを示してくれるのではと考えていたんですが、あそこまで驚くべき回答を聞いたときには唖然としました。公約は政治家の命なんです。公約は誰に対してかというと県民のためなんですね。軸足が沖縄県民に向いていないという答えになるんですよ」

 糸数氏は、仲井眞知事の承認について、「一般の県民は怒っている」と言い、その怒りの最大の理由は、沖縄の戦争体験にあると語った。沖縄は第二次世界大戦中、日本で唯一の戦場となり、県民の4人に1人が亡くなった。「戦争につながるすべてを拒否したい、絶対に子どもや孫に負の遺産を受け渡してはいけないという思いが沖縄にある」と糸数氏は語る。

 糸数氏の両親は、戦争を体験している。

「戦争中、母たちは読谷村から名護市に避難しました。沖縄戦が終わる1週間ぐらい前に出産したのですが、赤ちゃんはすぐに亡くなってしまった。その後、3歳になる長男も飢えとマラリアで亡くなった。母は自分の子どもの死を認められず、祖母たちが遺体を埋めても、それを掘り返して生きているかのように話しかけていたそうです。母は気が狂った状況で戦争を体験しました」

 現職の名護市長・稲嶺進氏の他、元沖縄県議会議長の仲里利信氏、沖縄国際大学教授の前泊博盛氏、元内閣官房副長官補の柳澤協二氏がパネリストとして登壇した。シンポジウムを主催したのは、柳澤氏が理事を務めるシンクタンク「新外交イニシアティブ」。司会進行は弁護士の猿田佐世氏が務めた。

「地方が国へ『No』を突き付ける前例になるか、『国の言いなり』にとどまるかの選挙だ」――。

 名護市長選挙をこのように分析するのは、東恩納琢磨氏。前・島袋市長、そして現・稲嶺市長と、二期にわたって市政にあたっている、現役の名護市議会議員だ。国による、地方への圧力や、地方選挙への過剰な介入を批判し、日本の「民主主義」に疑問を呈する東恩納氏。名護市長選挙が迫る1月9日、埋立が予定されている辺野古の海が見渡せる灯台跡地の高台で、市長選や辺野古移転に関する考えをうかがった。

 米軍普天間飛行場の名護市辺野古への移設問題が大きな争点となる名護市長選(19日投開票)に向けて、立候補者の末松文信氏の総決起集会が9日に開かれた。末松氏は無所属で出馬、自民党の推薦を受けている。小泉進次郎内閣府大臣政務官や、仲井眞弘多沖縄県知事などが応援に駆けつけ、壇上に上がったスピーカー全員が、緑のはちまきを頭に巻いて意気込みを示した。

 普天間飛行場の辺野古移転の命運を賭けた名護市長選挙が、今月19日に投開票日を迎える。

 市長選に出馬する現役名護市長・稲嶺進氏は8日、名護市で決起集会を開き、改めて辺野古移転を認めない立場を強調。3000人を超える支持者が集まり、会場は熱気に包まれた。

 沖縄県の仲井真弘多(なかいま・ひろかず)知事は27日、米軍普天間飛行場移設に向けた、国による名護市辺野古の公有水面埋め立て申請を承認。これに対し、那覇市の沖縄県庁周辺では正午より、承認の撤回を求めて県庁を包囲する緊急行動が行われた。約2,000人に及ぶ参加者の一部は、包囲行動の終了間際の13時頃、県庁内になだれ込み、1階ロビーは不承認を求める県民で溢れかえることになった。

 普天間飛行場の辺野古移設に関して12月25日、安倍総理と総理官邸で会談した仲井真弘多沖縄県知事は、「驚くべき立派な内容を提示していただいた」「いい正月になると実感した」などと記者団に語ったという。仲井真知事は27日にも可否の判断を下す予定だ。会談後の官邸前では、市民団体「沖縄・一坪反戦地主会関東ブロック」が、「知事は不承認を!政府は沖縄に圧力をかけるな!辺野古埋め立て阻止」と題した抗議集会を開いた。

「辺野古の埋め立て申請が通ってしまったら、このままずっと米軍基地があることになる」──。

 12月25日(水)12時過ぎより、沖縄県那覇市の県庁周辺で、県民行動「知事は政府に屈することなく不承認を!」が行われた。同日午後、米軍普天間飛行場の名護市辺野古移設に向けた政府の埋め立て申請をめぐり、仲井眞弘多(なかいま・ひろかず)沖縄県知事が、安倍首相と会談することを受けて、県議会4会派により呼びかけられた。約1500人(主催者発表)の参加者たちは、人間の鎖となって県庁を取り囲んだ。

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