海に流れ続ける汚染水~国家の無関心が招いた国家危機(<IWJの視点>原佑介式コブラツイスト IWJウィークリー14号より)

記事公開日:2013.8.22 テキスト動画
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 「福島第一原発から1日300トンの汚染水が海洋流出している」――。

 経産省はこの衝撃的な試算を、8月7日、初めて公表した。

 資源エネルギー庁の推計によると、山側から1日あたり約1000トンの地下水が1~4号機周辺に流れ込み、そのうち400トンが、建屋のひび割れ部分から中に入っている。残り600トンは海に流れ、このうち300トンは建屋の地下とつながるトレンチなどに溜まっている高濃度汚染水と混ざって海に流出しているという。

 試算は推定値に過ぎない。エネ庁は、この算出方法を「東電が海側の3カ所で、100トンずつ地下水をくみ上げれば海洋流出は防げるとしているからだ」と説明。かなりあいまいな試算だ。だが、残念ながら、こうしている今も莫大な量の汚染水が、海に流れ続けていることだけは事実なようだ。

 東電が汚染水の流出を認めた経緯については、第12号の「IWJウィークリー」を参考にしていただきたい。今回は、汚染水の流出が公に認められてから、ようやく重い腰を挙げた「国」の責任に焦点をあてたい。

 規制委は早々に「汚染水対策作業部会」を設置。座長を務める更田(ふけた)豊志委員は、「従来、規制機関が踏み出すべき領域かどうか疑問もあるが、リスクが高まっている以上、私たちとしても一段踏み込んだ対処が必要だと考えた」と立ち上げの理由を語り、「東京電力の手に余るのであれば、声をあげていただきたい。『東電の手に余るからできませんでした』ではすまない。国でも何でも、使えるものは使え」と語気を荒らげた。

 安倍総理は今月7日、首相官邸で行われた原子力災害対策本部の会合で「東京電力任せではなく、国としてしっかり対策を講じていく」と発言し、茂木敏充経産大臣に、地下水が汚染されたメカニズムの究明と、汚染水海洋流出の防止対策の強化を指示。菅義偉官房長官は、地下水流入を防ぐため、原子炉建屋の周りを囲む遮水壁設置に国費を投じる意向を示し、国による財政支援を強化すると明言。「国も一歩前に出て実現を推進する必要がある」と述べた。

 この会合を受踏まえ、安倍政権は2014年度予算に「汚染水対策費用」を盛り込む方針を固めた。

遅すぎた国の危機管理

 国の対応は、あまりにも遅過ぎた。

 汚染水対策は、事故直後からの深刻な課題だったはずだ。海を放射能汚染するのだから、国内だけの問題に留まらない。にも関わらず、国はあまりに無関心だった。

 今月8日に環境NGOらが議員会館で行った汚染水に関する政府交渉では、国の驚くべき実態が明らかになった。

 昨年12月から今年5月まで、東電は、海側の地下水観測用井戸の放射性物質濃度をサンプリングしてこなかった。地下水の海洋流出の可能性を少しでも考えれば、海の近くの井戸の水位、放射能度のサンプリングは継続的に行うだろう。こうしたデータは、逐一、規制庁に報告されているはずだ。

 東電は、地下水観測用井戸を掘った目的は、地下に溜まった水の処理方法を検討するためであり、当時は地下水の海洋流出を疑わせるデータもなかったことから、継続したサンプリングは行わなかった、と説明する。

 これについて規制庁は、「放射性物質の濃度が高くなったと聞き、過去のトレンドを追うために見た時点で、過去のデータがぬけていることを認識した」と述べ、まるで実態を把握できていなかったと明かした。

 「国側の責任者」は誰なのか。

 政府交渉でエネ庁は「責任が誰かは、今、明確に言えない」とし、「(エネ庁は)さまざまな対策の進捗管理をしている。進捗がとどこおっているようなら東電に問いただし、アクションをとる。汚染水対策は様々で、国としての責任がどこにあるかは、定義がない」と明言を避けた。

 また、規制委の更田豊志委員は12日に開かれた汚染水対策ワーキンググループの中で、事故直後に発生した高濃度汚染水の海洋流出について「(規制委内部では)マーライオンと呼んでいる」と発言。深刻なこの問題を、嬉々として、シンガポールで有名な「下半身が魚で、上半身がライオンの、口から水を吐く像の噴水」に例える神経がわからない。後に、不適切な発言だったと謝罪し、撤回したが、規制委員会の緊張感のなさが露見した瞬間だった。

緊急事態 〜汚染水を止めろ

 経産省は、8月8日付で、「(1)汚染源を取り除く。(2)水を汚染源に近づけない。(3)汚染水を漏らさない」の汚染水対策三原則を目標に掲げた。

 そのための緊急的な対策として、トレンチ (配管、電線などを通す地下のトンネル)に溜まっている高濃度汚染水を取り除く、アスファルトによる地表の舗装、地下水のくみ上げなどを行う予定だ。

 また、1〜2年かけて行う中長期対策として、1〜4号機までの原子炉建屋全体を遮水壁で囲む、などの対策が検討されている。地下水を汚染源に近づけさせず、高濃度汚染水を建屋外にも漏洩させない、といった狙いだ。

 この建屋全体を覆う案は、2011年5月、東電や資源エネ庁などが、一度検討したものだ。しかし、この案は見送られ、海側にのみ遮水壁を設置することで合意し、工事は開始された。

 菅直人元総理は、今月6日に開かれた原発ゼロの会の集会で、「全体を覆うには1000億円かかるから見送ったとも聞いている」と東電に詰め寄った。東電は、「建屋地下の高濃度汚染水の流出を防ぐためにも、流れこんでくる地下水の水位を下げるわけにはいかなかった」と説明するが、結局は、今、1日300トンもの汚染水を垂れ流している。

 結果的に、対策は失敗だった。その事実が突きつけられ、2年遅れで、ようやく当初の「建屋全体を覆う」という対策に乗りだしたわけだ。菅元総理の指摘する「予算不足」が、今回発覚した汚染水海洋流出の大きな原因だった可能性は否めない。3兆円を超える公的資金が投入されているとはいえ、東電が一企業として、ほぼ一手に事故収束作業を担っている以上、削れる予算は削ろうと考えるのは自然な発想だ。

収束作業体制の抜本的見直しを 

 東電は今月9日から、緊急対策として、海側の汚染地下水のくみ上げを開始した。作業が本格化すれば、1日あたり約70トンのくみ上げが見込めるとし、壁を越えた流出を防げる算段だという。

 しかし、事態はそう簡単に解決しないだろう。くみ上げた水の分だけ、タンクに貯蔵する汚染水の量も増える。

 現時点で用意されている貯水タンクの総容量は約39万トン。既に約33万トンの水が貯蔵されている。これまで、一日約400トンずつ増えてきたが、本格的な地下水のくみ上げが始まれば、さらに一日140トンの汚染水がプラスされる。それでも東電は、11月まではタンクの増設に着手しないとして、悠然とかまえている。この「悠然」たる態度の根拠がわからない。

 「すぐにタンクがなくなる状況ではない」と東電は説明するが、敷地内はすでにタンクが林立し、新たな設置場所を確保するために、林を切り開かなければ立ち行かない状況だ。増設にあたり、タンクを設置する地盤の調査も必要となるが、東電は具体的な行程も明らかにしていない。

汚染範囲はどこまで拡大するのか

 さらに、1号機海側で新設した観測孔で地下水を調べたところ、1リットルあたり3万4千Bqのトリチウムが検出された。これまで観測していた井戸からは北に160mほど離れている地点である。規制委は、汚染範囲が予想以上に北側に広がっている可能性があるとして、さらなる観測孔の新設を指示した。

 海側で、すなわち東側で食い止めれば、行き場を失った地下水は南北に伸びるだろうことは素人でも想像がつく。やがては敷地外まで汚染地下水が広がる懸念もあるだろう。

 2011年4月10日、京都大学原子炉実験所・小出裕章助教は、岩上安身によるインタビューで、「巨大タンカーを持ってきて、10万トンの汚染水を柏崎刈羽へ持っていくべきだ。福島の水を減らし、何がなんでも『外に出さない』という判断をするべきだ」と、事故直後の時点ですでに、強く警鐘を鳴らしていた。

 小出氏の提案が東電の耳に入っていなかったということは絶対にありえない。岩上安身は、記者会見において、この小出提案を東電に示し、タンカーを使った汚染水の移送を検討する考えはないか、問いただしているが、「付近に停泊できる場所がないから実施は難しいと」と、聞き入れることはなかった。停泊できる場所ならば、作ればいい。すでに30万トンを超える汚染水が貯まっている現状、今からでも10万トンの移送計画は検討すべきではないか。

 現在掲げられている「建屋全体を遮水壁で囲う」という案も、どこまで有効か、非常に疑わしい。凍結管を地盤中に設置し、凍結管内で冷却材を循環させ、凍結管のまわりに凍土による壁を造成する「凍土方式」といわれる遮水壁が検討されている。主にトンネル工事などで使用される技術だ。

 「遮水能力が高く、施工期間を短くできる」と茂木経産大臣は言うが、菅官房長官は「これだけ大規模な凍土による遮水壁は世界でも例がない」と述べ、不安を口にしている。資源エネ庁も「凍土方式による遮水壁により長期間建屋を囲い込む取組は、世界に前例のないチャレンジングな取組」と評している。

 事故直後から、福島第一原発敷地内に流入する地下水の流れを問題視してきた民主党・馬淵澄夫議員は、自身のブログで、「凍土方式」による止水について、次のように疑問を呈している。

 「地下水流入の地中が、均一に熱が伝播され、均一に水が存在するという理想条件であれば効果があるかもしれない。しかし、凍結させようとする土壌に異物や構造物があれば、そこを抜け道として水か進入する。理想的状態を前提としているのは危険だ」

 「疑問が発生するのが、本当に凍るのかどうかだ。400トン/日もの大量かつ温度が高い地下水が供給され続けている中、一部の温度を低下させるだけで完全な遮水状態を生み出すほどの凍結が起きるかも疑問だ。例えて言うなら川の中に凍結管を入れて、流れが止まるのか?ということだ」

 「そして、30mという深さによる地下水圧の問題もある。凍結した土壁が、流入する地下水圧に耐えられるかどうか。水が浸透する力は非常に強く、すぐに水が浸入する恐れがある」

 馬淵澄夫議員ブログ 「凍土遮水壁への疑問」 http://mabutisumio.net/blog/2013/05/31/536

 問題は山積みだ。福島第一原発の事故は、収束どころか、事態はどんどんと悪化し、人類未踏の領野へと踏み込みつつある。これからも、さまざまな想定外の出来事が起こり続けることは覚悟しなくてはならない。

間髪入れずに発覚した、まったく新たな「汚染水」の漏洩事故

 本稿が掲載された「IWJウィークリー14号」の発送直後、福島第一原発で、まったく新たな汚染水の漏洩事故が発覚した。貯水タンクから、1リットルあたり8000万Bqにものぼる高濃度汚染水が、約300トンも地表に流出していたのである。

 東電は20日の記者会見でこれを認め、原子力規制委員会は翌21日、国際原子力事象評価尺度「INES」の基準で「レベル3(重大な異常事象)」に相当する事故であると評価。97年に起きた、当時の動力炉核燃料開発事業団の東海アスファルト固化処理施設における爆発事故と同レベルである。

 東京電力は21日の記者会見で、汚染水が海に直接流出していた可能性も否定できないとした。タンクから海までは約500mの距離。タンク付近の排水口からは、毎時6mSvという高線量が確認された。しかもこの排水口は、直接、港外の海に通じているため、出口にはシルトフェンスなども設置されておらず、事態は深刻の度合いを極めている。

 原子力立地本部長である相澤善吾(あいざわぜんご)副社長は会見に出席し、「まもなく事故から2年半が経ち、今もなお大変なご迷惑、ご心配をかけていることをお詫び申し上げます」と謝罪。「汚染水が港湾内に流出している問題と共に、(タンク漏洩事故は)喫緊の最優先課題だ」と述べ、相澤副社長自らが福島第一原発に常駐し、徹底的な現場の把握、分析の遂行、トラブル時の対処強化を図るとした。

 漏洩した汚染水は4トンほど回収されたというが、残る296トンは、現在も行方不明である。漏洩した汚染水が染み込んだポイントを特定し、土壌ごと回収する予定だというが、地中に染み込んだ水をどれほど回収できるかは疑問だ。高濃度汚染水が地下水に到達していないという保障もない。

 タンクの漏洩の事故現場は、地下水バイパスのすぐ西川、つまり、地下水の上流にあたる場所だ。もし、くみ上げる前の地下水を汚染してしまえば、「地下水バイパス構想」も破綻し、福島第一原発の汚染水対策は、さらに窮地に立たされることになるだろう。

もはやブラックボックスでは済まされない

 東電の手に余る事態であることは明白だ。更田委員が指摘するように、今後は国、有識者など叡智を結集して対策にあたらなければならない。

 にもかかわらず、汚染水対策に見込まれるコストすら公開されていない。

 東電や資源エネ庁は「汚染水処理対策委員会」という場で、有識者や清水建設などのゼネコンとともに、汚染水対策の検討をしている。この会合は「企業秘密にふれる部分も多い」といった理由から非公開となっている。「凍土方式」は鹿島建設が提案したと言われているが、これにかかる費用も明かされていない。

 透明性が確保されていない「ブラックボックス」の中で、果たして公正な審議はなされているのか。会合がゼネコンとの「商談」の場と化していないか。導き出された結論が本当に適切な対策であるか否か。こうした疑問を残さないためにも、第三者が検証できる環境整備が必要だ。

国は収束作業に全力を

 正直なところ、取材を重ね、調べていけばいくほど、汚染水問題は、八方塞がりの感が否めない。2年間、場当たり的な対応を続けてきたツケが噴出し始めたとしか言いようがない。

 汚染水対策は、日本全体の抱える喫緊の課題として、国も総力を挙げて取り組むべき問題だ。もちろん、国が収束作業に乗り出しさえすれば解決する、という簡単な話ではない。東電にとっても、国にとっても、これまで経験したことのない作業だ。どのような対策を講じようと、成功する確証はない。

 東電の責任は軽減されるべきではないが、あまりにも無関心でいた国は、当事者としての責任をもって、事故収束作業に取り組むべきである。そう考えれば、全国の原発の再稼働審査に、税金や人員、時間を費やしている場合かどうか、疑問である。

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