東電が汚染水の海洋流出を認めた。
事故直後の2011年4月に流出して以降、汚染地下水の海洋流出を東電が認めるのは初めてのこと。深刻な事態である。
今年5月末以降、福島第一原発付近の海水に含まれる放射性物質の濃度上昇が確認された。1号機の取水口付近の海水は、1リットルあたり2300Bqのトリチウムが検出され、1、2号機タービン建屋近くの井戸からは、1リットルあたり63万Bqにものぼるトリチウムが検出された。
井戸と海の近さから、誰もが汚染地下水の流出の可能性を疑い、原子力規制委員会も「汚染水が地中に漏れ出し、海へ流出していることが強く疑われる」と指摘していた。にも関わらず、東電は「(海への流出を示す)データの蓄積がない」と説明し、一貫して流出に否定的な立場をとり続けてきた。
ところが、参院選投開票日の翌22日になって、東電は突如、汚染水の海への流出を認めたのである。参院選期間中、頭を低くしてやり過ごし、政治的影響を最小限に抑えこんだのではないか。そう疑われても仕方がないタイミングでの公表である。
(2013年7月22日IWJ「参院選翌日 東電 突如汚染水の流出を認める」東京電力 記者会見 17:40 2013.7.22 )
東電の原子力立地本部・尾野昌之本部長代理は会見で、海の潮位の変化に合わせて井戸の水位も上下することがわかり、「汚染水を含む地下水と海水が行き来している」との結論に至ったと発表した。
問題は、海への汚染水流出が、どれほど広範囲に拡散しているかである。流出量は不明としながらも、周辺データの解析結果から「(海洋の)汚染はシルトフェンス内側に限られ、沖合に影響はない」との見解を示した。
この期におよんで、まだ、事態を過小評価しようとするのかと、言わざるをえない。大地の下の地下水と湾内の海水ですら、潮の干満で互いにいったりきたりしているのである。ましてや海に線引きできるはずはない、と考えるのが常識だろう。
不安なのは、何といっても魚介類の汚染である。今年3月、東電は福島第一原発港内で捕獲されたアイナメから、1kg当たり74万Bqの放射性セシウムを検出したと発表した。このアイナメはシルトフェンスの内側で確認された魚の最高値である。では、シルトフェンスの外、第一原発湾からはるかに離れた沖合いではどうか。
実は、今月11日、茨城県日立市沖のスズキから、国の基準値の10倍超となる1037Bq/kgの放射性セシウムが検出されている。汚染がシルトフェンス内側で留まり、沖合には流出していないという東電の説明に説得力はない。
今回の汚染水流出の発表を受け、事故以降、休漁の続いているいわき市漁業協同組合は、今年9月に予定されていた試験操業の見直しを検討し始めた。
23日、いわき市で開かれた東電による漁業者向けの海洋流出説明会で、矢吹正一組合長は「汚染水の海洋流出は操業の壁になる。今の状態なら99%やらない方がいい」と述べ、漁業者からは「東電は不誠実で信用できない」「前から知っていたのではないか」「発表と実態がかけ離れている」と批判や怒りが爆発した。
そんな状況下、いわき市・四倉海水浴場では今月15日、震災後初となる海開きが行われた。このちぐはぐさ。東電も東電だが、行政も行政である。汚染水の流れ出した海で、子供たちが泳ぐのかと思うと、めまいすら覚える。
なぜ、急に流出を認めたのか。尾野氏は会見で「18日に原子力規制庁、経済産業省に対し、海洋流出を裏付けるデータを提供した」と述べ、公表の4日前には流出を確信していたと明かしている。公表が22日になった理由については「データを説明できる状況になったのは今日(22日)だった」と説明している。
しかし、東電の廣瀬直己社長は26日の記者会見で「リスクを積極的に伝えるよりも漁業の受ける風評被害への不安が社内全体にあった。(流出の)十分なデータが出て、はっきりするまでは待ったほうがいいと判断した」と、尾野氏とまるで異なった説明を展開。廣瀬社長の元には19日に報告が上がったというが、「説明資料の準備が間に合わず、週明けの22日の発表となった」として、謝罪している。20、21日に臨時会見を行い、公表することもできたはずだが、「土日は資料を作成していた」と言い逃れた。
「参院選翌日」というタイミングには、政治的な配慮がひそんでいるのだろうか。尾野氏も廣瀬社長も「関係はない」と否定しているが、果たしてそれを鵜呑みにしていいのだろうか。
海水中の汚染濃度上昇が確認されたのは、5月末である。参院選の公示まで約1ヶ月というデリケートな時期だった。主な政党で唯一、原発再稼働推進を公約に掲げる自民党にとって、「海洋流出」の事実が公表されれば、大きな逆風になったに違いない。「原発問題に国民の感心が高まることは避けたい」と、考えたであるおことは想像がつく。
茂木敏充経産大臣は、東電の18日の報告について「敷地内の地下水や海水の汚染状況についての説明があった。汚染水の海洋流出を示すデータについては口頭で存在をほのめかすだけだった」といったコメントをしている。だが、東電が独断で汚染水流出の公表に踏み切り、経産省には何も知らせなかったとは、まず、考えられない。
東電に対して、政治、行政の介入による公表のタイミングの作為的な操作があったのではないか。こうした疑念は拭えない。
菅義偉官房長官は23日の会見で「政府としても大変重く受け止めている。こうしたデータは早急に公表するべきだ」とコメント。茂木大臣も同日の会見で、東電の公表遅れについて「非常に遺憾だ」と東電の情報公開体制を批判してみせた。
他方、茂木大臣は「原発はどこかの段階で安全性の審査が必要。再稼働は立地自治体をはじめ関係者の理解が必要で、その段階では国も前面に出て理解を得る努力をしていきたい」と述べ、再稼働に向けて、東電を援護し、立地自治体の説得に回る姿勢を表明。甘利明経済再生担当大臣は、柏崎刈羽原発の安全審査申請に反対している泉田裕彦知事と30日に会談し、「安全に関わる手続きは、できるだけ早く進めたほうがいい」と訴えたが、会談はすれ違いに終わった。
自民党政権は、東電のガバナンス能力のなさを批判するポーズをとりながらも、一方では東電と足並みをそろえて、原発再稼働の準備を着実に進めてきている。破綻した経営を立て直すためにも、刈羽原発の再稼働は、東電にとって悲願である、とされる。利害関係は一致する。自民党にとっても、東電にとっても、汚染水の海洋流出の事実が、参院選前に表沙汰になることは、たいへんまずい事態であったことは否定できない。
参院選を振り返ってみると、期間中、大手メディアは連日「ねじれ解消」「経済政策」を今回の選挙のテーマとして大きく取り上げてきた。各党の原発政策を重要な争点として、きちんと取り上げ、公正かつ十分に論じ尽くしたとは言えない。
東京都では吉良よし子氏、山本太郎氏という「脱原発」を訴える新人候補が二名、当選を果たしたものの、全国的には選挙区、比例ともに自民党の圧勝で幕を閉じた。「汚染水の海洋流出」という爆弾を抱えながらも、自民党は無事に参院選を「逃げ切った」とも言えるし、東電は結果として自民党をアシストした、とも言える。
また、現在、福島第一原発3号機から原因不明の「湯気」が上がっており、汚染水の海洋流出問題とともに国民の関心、不安が高まりつつある。
規制庁は原因究明に向けた調査をするよう指示。東電は「雨水が床の隙間から入り込み、格納容器のふたで温められたもの」との見方をしていたが、その後、「原子炉格納容器内に封入している窒素ガスなどがふたから漏れ出した可能性もある」との見解も示した。
だが、なぜ、これまで上がっていなかった湯気が突然上がり始めたのか、という疑問には答えられていない。ホウ酸投入の準備をした、ということは、再臨界の可能性もあるのかという懸念が高まっている。はっきり言えるのは、「事故は収束などしていない」ということだ。
にも関わらず、自民党・細田博之幹事長代行は投票日翌日に出演したBSフジの番組で、「世界の潮流は原発推進」と発言し、「原発事故の不幸があるから全部やめてしまうという議論は、耐え難い苦痛を将来の日本国民に与える」と述べ、改めて原発推進の姿勢を強調した。今日の国民に耐え難い苦痛を与えていることとの比較考量はなぜなされないのか、不思議というしかない。