井戸川克隆前双葉町長講演「原発事故と市民自治~あなたたちは責任をとれるのか」 2013.6.16

記事公開日:2013.6.16取材地: テキスト動画
このエントリーをはてなブックマークに追加

(IWJテキストスタッフ・宮里/澤邉)

 2013年6月16日(日)、大阪府枚方市の枚方市民会館で「井戸川克隆前双葉町長講演『原発事故と市民自治~あなたたちは責任をとれるのか』」が行われた。「原発は隠蔽なくして稼動できない」と指摘する井戸川克隆氏は、原発事故の問題について、ピースボート洋上会議で発表した資料をもとに講演を行った。

■全編動画
・1/2(21:02~ 46分間)

・2/2(21:49~ 54分間)

  • 日時 2013年6月16日(日)
  • 場所 枚方市民会館(大阪府枚方市)

 被災後の双葉町民に密着したドキュメンタリー映画『原発の町を追われて-避難民・双葉町の記録-』の上映後に登壇した井戸川氏は、まず、原発事故発生後の双葉町民の心境について、「今、幸せな町民は一人もいない。いつ、どうなるのかわからない中で生きる人生は、非常に複雑。私は今、埼玉県に住んでいるが、ホームシックにならず、夢の中で生きているような感じ。町民は、情報が少ないために、もっとひどい『悪夢』を見ているのではないか」と語った。

 続けて井戸川氏は、「原発事故が起こればこのような状況になることは想定していたので、事故前から、東京電力や原子力安全・保安院と話し合いを重ねてきた」と述べた。「彼らは『絶対に事故が起きない』『止める、冷やす、閉じ込めるが完全にできるから大丈夫だ』と言い張ってきたが、現場を見た者の意見とは思えず、信じていなかった」という。井戸川氏は話し合いの中で、原発の技術の伝承がされていないことや、老朽化の懸念について指摘してきたという。また、被曝の危険性が過小に報道されていることについて、政府の主導のもとに、マスコミがコントロールしていると指摘した。

 ツイッターを通して、市民団体への中傷発言を行った水野靖久復興庁参事官の件にも触れて、「水野参事官が、原発は事故を起こさないという国の説明が、その場かぎりの発言だったと証明したようなもの」と語り、「本人と何度も話す機会があったが、以前から、説明や話し合いを『済ませる』だけで、何もしない姿勢だった」と述べた。

 事故後の政府の対応を見て、早い段階から「水俣病の再来」と感じていた井戸川氏は、「国は、賠償問題があるから避難をさせず、住民は被曝させられ、あとから『ごめん』と言われることになると思った。だから、埼玉県に第一陣の町民を避難させた。第二陣として、まだ県内にいる町民を県外に出そうとしたが、福島県に阻まれた」と、町民を避難させた理由が、政府への不信感にあったことを明かした。

 また、事故以来、国や県の会議に、被災した自治体として一度も参加させてもらえなかったことを、「欠席裁判をされているようなもの」と批判。前述の水野発言の中に、「法律や仕組みは私たちが作る」という内容があったことについて、「国民が決めたことを、仕事として彼らが行うべき。彼らに仕組み作りまで任せてしまったために、都合のいいようにされてきた」と述べて、民主主義の見直しの必要性を訴えた。

 住民の被曝について、井戸川氏は「福島県放射線健康リスク管理アドバイザーとなった山下俊一氏が、『100ミリシーベルト以下で発がんリスクはない』と公然と嘘をついたことで、子どもたちが現在もなお、福島県に住んでいる」と、怒りをあらわにした。

 また、森まさこ少子化担当大臣が、地産地消と称して、福島の子どもたちに、学校給食で福島の食材を食べさせようと推奨していることも問題視した。そして、「子どもたちが学校から帰って塾に行くと、疲れて居眠りをする子が多いと聞く」と話し、放射能の影響で、疲れやすい、記憶力がおかしいなどの症状が出る「ぶらぶら病」の可能性を示唆した。

 井戸川氏は「チェルノブイリに行った際、近くの村の医師から『健康な若者は10%しかいない』と聞いた。多くの子どもに運動障害が起きているという」と述べ、「福島では、年間積算放射線量5~10ミリシーベルトの中で人が住んでいると話したら、チェルノブイリの人々に驚かれた。日本は、国民の了解も得ずに、安全基準を作ってごまかしている。そんな中にいるのは、いたたまれない。そのため、私はいろいろな所で学び、発言をしている」と話を終えた。

 質疑応答では、「命を狙われていないか」という問いに対して、「わかりません。たとえどうあっても、福島県の子どもたちを守りたい。高い放射能の中に住まわせたくない」と答えた。

 また、「県内と県外に町民が分かれたことで、どのような問題が生じたか」という問いに対しては、「災害時の連絡方法が無線しかなかったため、結果的にばらばらになった。早く役場を立ち上げて、安否確認を急ぎ、社会福祉協議会を残して、老人のケアに当たることはできた。避難先の埼玉県加須市の住民とのコンセンサスは非常によいが、いわき市に避難した町民は、早く出て行ってほしいという市民感情の中にある」と答えた。

 「原発への無関心層に訴えたいことはあるか」という問いに対しては、「福島県で作り続けている米はどこへ行ったのか。日本全国どこでも危険だと思ったほうがいい」と、内部被曝への注意を喚起し、「チェルノブイリ原発は事故後、大きな池を循環させて冷却に使用したが、日本は安上がりにするために公海を汚している。国民はプールを作れと条件をつけるべきだった」と、国民の声が足りなかったことを付け加えた。

 最後に、「関西の市民にはどのような協力ができるか」という問いに対して、「私たちのようにならないように、自分たちを守ってほしい。今、われわれがされていることは、賠償も含めてすべて原発事故の『前提』になる。加害者が賠償金額を決めて、不満を言えば払わないで、兵糧攻めにされる。また、ドイツの公衆被曝限度は年間0.3ミリシーベルトなのに対して、日本は20ミリシーベルトである。とんでもない」と訴えた。

IWJの取材活動は、皆さまのご支援により直接支えられています。ぜひ会員にご登録ください。

新規会員登録 カンパでご支援

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です