「TPPはアメリカの都合のいいようにやるための協定」~TPP交渉反対の抗議行動 @ペルー・リマ 2013.5.17

記事公開日:2013.5.28取材地: | | テキスト動画
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(IWJ・安斎さや香)

 現地時間の17日12時30分から、TPP交渉会合が行われていたリマのJWマリオットホテルの前でTPP交渉に反対する抗議行動が行われた。この抗議行動では、TPPをはじめ、自由貿易やグローバル化によって発生する諸問題の解決について取り組んでいるペルーのRedGE(公平なグローバリゼーションを求めるペルーネットワーク)や、米パブリックシチズンなど、各国の国際NGOや労働組合などが参加し、各々がTPP交渉に抗議する声を上げた。

■全編動画

  • 日時 2013年5月17日(金)
  • 場所 JWマリオットホテル前(ペルー・リマ)

医薬品の高騰

 ペルーでは薬価高騰による医薬品へのアクセスの問題が懸念されている。医薬品には、メーカーが製造する先発薬と、そうでないジェネリック薬などがあるが、メーカーの薬は高く、貧困層はそれを買うことができない。

 抗議行動の参加者は、「ウマラ大統領は、就任する際に薬価を上げないと約束したのだから、ペルーの経済力がアップしても、薬の価格が上がらないようにしてほしい」と訴えた。同時に「貧困層も薬へのアクセスが可能になるように働きかけていかなければならない。薬価が高くなればたくさんの人が亡くなることにもつながる」と語った。

 さらに、「(漢方薬などの)自然由来の薬はもっと保護されるべき」との主張もある。薬局では、8割がチリのもので、価格も自然由来の薬より高く、反対に、自然由来の薬はほとんど置いていない。

 何人かの参加者に話を聞いたところ、医薬品の問題に限らず、ペルーの皆保険制度が機能を果たしていないことにも触れ、「国の保険制度にも、もっと力を入れてほしい」という声もあった。

悪化する環境汚染

 医薬品や保険制度の問題とともに、ペルーでは環境汚染の問題も深刻である。抗議行動でも、現地の住民が、生活環境が悪化し健康被害が出ていると訴えた。

 ペルー中部にある「ラオロヤ」という街には、鉛、銀、銅などを採掘・製錬する米国の多国籍企業「Doe Run」の工場があり、世界でもトップクラスの大気汚染都市となっている。

 また、ペルー北部を流れるマラニョン川は、石油会社や、鉱山から流れる排水によってひどく汚染されている。周辺住民は、その汚染された川の水を飲み水としており、このことが原因で亡くなった人がいるという。

 抗議に参加した住民からは、「交渉する前に被害者のことを考えてほしい」「企業の利益のことだけではなく、現地の人のことを考えてほしい」「川の水や空気を汚さないように、普通の生活・暮らしができるようにしてほしい」「大統領にはみんなの前で交渉参加をやめると誓ってほしい」などと切実な思いが語られた。

健康や幸せな暮らしのためにTPP反対

 他にも、さまざまなファクターに関する声が参加者から上がった。ペルー労働組合のJuan Jose Gorriti氏は「TPPは米国の都合のいいようにやるための協定。一般の市民にとって不利益を被る取り引きがされないように、どのようなことが決められるか注視しなければならない」と語った。

 チリのあるNGOに所属するFrancisco Vera氏は、インターネット等の情報規制に懸念を示し、「中国では、市民に知られると不都合な情報がインターネット上にあがると切れてしまうが、そのような情報規制がないように注意を払う必要がある」と述べた。

 さらに、他の参加者からもTPPの交渉内容がオープン化されていないことについて、「サインしてしまってから知るのではなく、サインする前に知りたい」「どういった交渉内容になっているのかを知り得ないのは怖い」などの懸念の声が聞かれた。

 また、「ここで私たちが主張しているのは、(補償などの)お金を期待しているからではなく、人々の健康や幸せな暮らしのため」であり、今回のような抗議行動を「さらに大きなムーブメントになるように声をあげてほしい」と呼びかけた。参加者らは今後、ペルーのウマラ大統領に交渉反対の旨のレターを出す予定とのことである。

現地で関心が薄いTPP交渉会合

 ペルーにおいて、TPPに関する報道はほとんどないと言っていい。TPP参加による影響も語られることがないため、人々の関心も薄い。ここ1週間で何十人もの人と話をしているが、NGOやメディア関係者以外の一般市民で、TPP交渉会合がリマで行われていたことを知っていたのはたったの一人だった。

 交渉会合でも、ペルーをはじめ、海外の取材陣はまばら。内容の如何は別として、取材陣の中では、日本メディアが一番多いと言ってもいい。というのは、メディアが実際に交渉会合の様子を取材しようにも、十中八九、中で取材することは不可能で、交渉官も口を割ることはないことから、ホテルに張り付いていても収穫を得られる望みが薄いのだ。

 私自身、普通の人々の暮らしになど関心がない人たちが話し合いを繰り広げている会議の場に張り付き、雲をもつかむような思いで、得られるかどうかも分からない情報を待ち、得られたとしてもそれが本音かどうかも分からない、などといった状況の中で取材し続けるのかと思うと、「これでいいのか」という気持ちが強くなった。

 6年半ぶりにペルーに来たが、「もっとここでしか撮れない、伝えられないこともあるのではないか」という自問自答を経て、思い切って取材対象を交渉会合のみに絞るのをやめることにした。

 貧困層の医薬品へのアクセスを問題視するのならば、それを報じるならば、実態はどうなっているのかをまず知る必要がある。「ペルー人でも絶対に行かない、どんな危険があるかも分からない」と言われたが、スラムの取材に出ようと決めた。

 そして、さらに情報収集をして、スラムの近くで開院している病院も取材し、医療の現場からの声も聞くことができた。また、今回の抗議行動の中心的役割を担っているペルーのNGOにもインタビューを実施した。

 その他、滞在中にたくさんの人に会ってお話をうかがってみると、貧困とスラムの形成、環境問題とペルーの政情は密接に絡み合っていることが分かってきた。これに関しては文献を参照しながら、歴史的背景も含めたレポート記事にする予定。先に述べた個々の取材も、何らかのかたちで詳細な報告を記事として出していきたい。

TPPを知っている人は10人中3人程度

 デモの同日から、街頭を行き交う何人かに「TPPを知っていますか?」と尋ねてみたが、知っている人は10人中3人程度。仮に言葉を知っていたとしても、その中身についてまでは知らない人がほとんどだった。例えば、TPPを知っていると回答した方は、具体的な交渉内容については知らず、「薬価の高騰が懸念されている」という報道が一部されているのみだという。逆に「どうしてTPPに入ると問題なのですか?」と質問された。

 金などの鉱物資源が豊富に採れ、それらの輸出で経済成長をとげてきたペルーとしては、貿易自由化による市場の開放でさらに輸出を拡大し、経済発展を遂げていきたいと考えているのではないか、と答えた人もいた。

 TPPに対して批判的な報道が少ないこと、また交渉の内容がほとんど公開されず、情報の絶対量が少ないこと、さらに国家として見たときに、ペルーは経済成長しているなどの要因から、TPPを肯定的にとらえる人が多いのではないか、という印象を受けた。

TPP加入によって広がる格差

 左翼独裁の軍事政権を経験したペルーでは、新自由主義路線を敷いたフジモリ元大統領を評価する声もあり、規制緩和への抵抗は小さい。むしろ、左翼独裁政権へのアレルギーの方が強いような印象。「ベネズエラやアルゼンチンのようにはなりたくない」と。

 しかしフジモリ政権下で、米国主導によるIMF(国際通貨基金)と世銀が実施した構造調整プログラムによってもたらされた主に農業者への悪影響は一般にほとんど知られていない。この前後にあたる1985年から1997年には、約4万人の出稼ぎ労働者が、仕事を求めてペルーから日本へ流出したと言われている。

 日本を訪れた経験のあるペルー人の話では、ペルーにおける薬の値段は日本の3倍近くするという。にもかかわらず、インフォーマルな生活者の多いペルーでは、貧困者へのセーフティネットが皆無に等しい状況。TPPはこれに拍車をかける可能性がある。

 そうした貧困者が多く居住するスラムには、一般の人も近づけない地区が存在し、社会から隔絶した生活を余儀なくされている。こうした問題を置き去りにしたまま進められるTPPを含んだ自由主義経済政策は、格差のさらなる拡大を招くことになるだろう。

 ペルーのウマラ大統領は、3月に逝去したベネズエラのチャベス前大統領と親交があり、左寄りの政権と言われるが、経済政策においては自由主義の姿勢を崩していない。

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「「TPPはアメリカの都合のいいようにやるための協定」~TPP交渉反対の抗議行動 @ペルー・リマ」への1件のフィードバック

  1. 山下 甫 より:

    TPP会合の取材と聞いて少々心配していました。極度の秘密主義なのでまず取材は無理、何か断片的な情報を掴めたとすれば、何かの勢力が世論操作目的に故意にリークしたものでしかない、これを報道すれば記者としては傷物になる。と言ってゼロレポートもできまい。さてどうなることやら?
    しかし、これは杞憂に終わった。ペルーの市民たちの反対運動を見せてくれた。その中でペルーの人たちが直面している諸問題が明らかになっていた。日本にも当てはまる教訓が見事に浮き彫りにされている。
    また貧困地域への突撃取材では、貧困の中で「明るい未来」を予想される人々や「赤ひげ医師」を紹介していた。ペルーとベネズエラの比較解説も良かった。既存のマスコミでは知ることのできない現実を明らかにした。
    欲を言えば限が無いだろうが今回の報告は『お見事!!』と言う外ない。IWJに安齋さや香あり!、ご苦労様でした、今後の活躍に期待しています。

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