岩上安身によるインタビュー 第126回 ゲスト 武田邦彦氏+ダダ漏れ懇親会 2011.5.12

記事公開日:2011.5.12取材地: テキスト動画独自
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(IWJテキストスタッフ・関根かんじ)

 2011年5月12日(木)、中部大学の武田邦彦教授に岩上安身がインタビューを行った。ウラン濃縮を専門とする原子力工学の技術者であり、政府の原子力安全委員会の専門委員を務めた経歴を持つ武田氏に、福島第一原発事故に対する政府の事故対応の問題点について聞いた。

 冒頭、岩上が「4月28日の民主党院内東日本大震災勉強会で武田氏の講演を聞き、もっと深く掘り下げたいと思い単独インタビューをすることとなった。まず先生のプロフィールを聞きたい」とインタビューが始まった。それに対して武田氏は、ウラン濃縮がテーマだった原子力技術者としてたどってきた道を簡単に説明した。

 岩上は「今回の事故を矮小化して押し進めようとしている。それにともなって情報を隠ぺいし、国民は混乱している。この問題についてどう思うか」と尋ねた。それに対して武田氏は「日本社会のひずみをあぶり出した。政治、教育、科学と社会の3つの問題だ。あと原発事故ばかりに目がいって政府、マスメディア、社会などは被ばく者に対して無関心だ。もしくは、そう装っている。自分は2006年、原発推進派から批判派に変わった。今回の事故で反対派になり、即時全原発停止を訴える。また自分がやってきた研究は間違っていた、と総括した」と語った。

 武田氏は「森元首相のとき原子力安全委員の専門委員に任命され、2006年新しい地震指針の審議委員になった。その新しい地震指針に原発は不安全でいい、電力会社が想定していないことがおきた場合、施設の破壊、大量の放射能物質の飛散、付近住民の被ばくがあることは、承知しておくこと、と書いてあった。それを聞いて自分はとても疑問に思った。なぜなら技術とは人に貢献するため、喜ばれるためにある。ところが原発の地震指針とは、人よりも原子炉そのものを守るという姿勢だった。なので自分は当時、かなり抵抗した」と話した。

 続けて武田氏は「今度の福島原発事故はおきて当然だ。2006年のその審議は、自民、民主党、マスコミにも公開していた。しかしいっさいマスメディアはそれを報道しなかった。翌年、柏崎刈羽原発震災のとき、マイナー雑誌1社しか安全委員会の不安全でよい、という指針にからめた意見を求めて来なかった。日本の中枢にいる学者や専門家たちはウソをつきまくっている。それも内輪ではまったく逆の意見を言っているにもかかわらず、表にでると推進派にあわせたウソをつく。彼らは被ばくをする人たちをまったく無視している」と指摘した。

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