2018年3月2日夜、大阪市中央区のドーンセンター(大阪府立男女共同参画・青少年センター)にて、日本軍「慰安婦」問題・関西ネットワークの主催により、「『日韓合意』は解決ではない〜政府は加害責任を果たせ!」と題する講演会が開催された。
講師として登壇した中野敏男東京外国語大学名誉教授は、従軍慰安婦問題をめぐって朴槿恵政権時代の2015年12月28日に日韓両外相の共同記者会見という形で発表された日韓合意について「終わらせるための政治的合意であり、加害者と被害者を消去するものだった」と厳しく批判した。
これに対し、2017年5月に誕生した韓国の文在寅(ムン・ジェイン)政権は、大統領直属の作業部会を立ち上げて、前任の朴槿恵(パク・クネ)大統領のもと、日本との間で合意に至った2015年の日韓合意を検証。2017年12月27日に「この合意によっては慰安婦問題が根本的に解決されたとは言えない。日本政府の拠出金10億円は客観的な根拠がない。また、韓国政府は被害者の意見を十分に集約せず、主に政府の立場から決着させた。被害者が受け入れない限り、政府間だけで慰安婦問題の最終的・不可逆的な解決を宣言しても、問題再燃は避けられない」とする結論を発表した。
- 慰安婦問題 日韓合意検証報告書(要旨)(毎日新聞、2017年12月27日)
翌28日には文大統領が「日韓合意は手続き的にも内容的にも重大な欠陥があった。国際社会の普遍的原則に背いており、被害者と国民が排除された政治的合意。極めて遺憾だ」との立場を明確に表明した。さらに18年1月8日には韓国の康京和(カン・ギョンファ)外相が新方針を打ち出した。
第1に、被害者の名誉と尊厳の回復、心の傷の癒やしに努力すること。
第2に、日本政府拠出の10億円は韓国政府が充当し、処理方法は日本と協議すること。
第3に、被害当事者の意思を反映しない2015年合意では問題を解決できないこと。
第4に、④公式合意だったことは否定できない。被害者は日本側の自発的で心のこもった謝罪を願っていること、とした。
- 韓国、10億円を予算措置=慰安婦合意、再交渉求めず-「日本は名誉回復努力を」(時事ドットコムニュース、2018年1月9日)
こうした一連の検証と新方針により、日韓の亀裂がさらに深まったのは確かだ。日韓合意に際し、安倍総理も口では「心からのお詫びと反省の気持ちを表明」と言いながら、追加措置について「毛頭考えていない」と述べるなど、日本政府の態度には頑なさがうかがわれた。日本側による「当時の軍の関与の下に、多数の女性の名誉と尊厳を深く傷つけた」という問題把握からは加害者の主体を消し去る意図が感じられ、具体的な事実を列挙していた河野談話(1993年)よりもむしろ後退していた。
中野氏は「被害者が協議に関与していないだけでなく、責任を負うべき加害主体の認定も曖昧であり、実行した加害主体による責任ある謝罪となっていない」と日韓合意の本質を鋭く指摘する。すなわち日韓両政府の合意は両政府の都合で交わされた「終わらせる合意」に過ぎなかったというのである。しかし、文政権の検証結果に対する日本の新聞各紙の社説(17年12月28日)では「日韓合意 順守こそ賢明な外交だ」(朝日新聞)、「再燃回避へ指導力発揮を」(毎日新聞)、「履行を怠る言い訳にはならぬ」(読売新聞)、「もう責任転嫁は許さない」(産経新聞)などと反発する論調が大勢を占めていた。
さらにNHKが18年1月に実施した世論調査でも、日韓合意は「元慰安婦の意見を聞かず、前の政権が一方的に進めたもので誤りだった」とする検証結果に対して「納得できない」との意見が82%にも及んだ。この数字を、朝日新聞の世論調査(1993年11月)で過半数が「日本は慰安婦問題できちんと補償すべき」と回答した90年代の調査と比較すると、この25年の間に日本の世論がいかに変化したか、一目瞭然となる。