まるで「緊急事態条項が通った後の世界」!? 奄美大島沖発生のタンカー事故で政府対応も報道もほとんどない、ディストピアそのもの!? 奄美住民は「分断」の危機感も…IWJが直撃取材! 2018.2.15

記事公開日:2018.2.15取材地: テキスト
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(取材・文:川上正晃 構成:岩上安身)

 上海から東約300キロメートルの東シナ海で2018年1月6日、イランの海運会社のタンカーが中国の貨物船と衝突する事故が発生した。その後、タンカーは南東方面へ漂流し、同月14日、鹿児島県奄美大島から西に約315キロメートル離れた沖合で沈没、タンカーの乗組員32人全員が犠牲となり、タンカーから大量の原油が流出した。

 タンカーが積んでいた原油は、コンデンセート(軽質原油)約13万6000トンと重油約1900トン。重油はともかくとして、コンデンセートという物質は何か、聞き慣れない人が多いのではないだろうか?

 コンデンセートについて、IWJが国際環境NGOグリーンピース・ジャパンに取材をしたところ、コンデンセートは、「天然ガスの加工過程で採取される、炭化水素の混合物」で、「海洋生態系にも人体にも有害な物質」だという。また、「揮発性が高く、水には溶けやすい。水に溶けた際にはプランクトンによって分解されるが、一回水に溶けだすと、重油のような塊にはならないので、回収が困難」だともいう。無色・透明の物質であるため、視認もできない。聞けば聞くほど、非常に厄介な物質である。現場への悪影響ははかりしれない。

 「重油とコンデンセートのどちらが有害か、という単純な比較はできない」ようだが、だからこそ、政府はコンデンセートがどのような物質なのか、どのような対策を取るべきか、可能な限り国民に広く知らしめる必要があるはずだ。こうした周知は徹底されただろうか? またマスメディアはこの問題を十分に取材し、報じただろうか?

▲ タンカー沈没から3ヶ月以内に原油流出が予想される範囲(イギリス国立海洋センターホームページより)

 1月27日には鹿児島県トカラ列島の宝島で、油状の物質が漂着しているのが確認された。2月1日以降は、奄美大島や喜界島、徳之島、沖永良部島(おきのえらぶじま)の海岸でも油状物質が発見されている。これらの漂着物は、タンカーから流出した原油の可能性が高いとされる。

 10万トン以上のコンデンセートを積んだタンカーが沈没した大事故は、過去に前例はない。今回の事故は未曾有の大事故なのである。その上、コンデンセートが環境にどのような影響を与えるのかも未知数だ。それにもかかわらず、タンカー事故に対する政府の反応は非常に鈍い。マスコミも積極的に報じようとはしない。

 海外メディアは事故発生当初からこの件を報じていて、中国当局は1月7日の時点で事故の発生を公表していた。なぜ、日本では報じられないのか?

 この大事故そのものが、空前の「異常事態」なのだが、それについての報道量の少なさ、それ自体もまた「異常事態」である。日本は今、二重の「異常事態」に見舞われている。

 IWJは、現地の様子を確かめるために、奄美大島在住の女性に電話取材を申し込み、油状物質漂着の被害状況やそれに対する住民の反応などを詳しくうかがった。そして、彼女への取材から浮かび上がってきたのは、陳腐なディストピアの物語のようにしか思えないほど、情報が統制された衝撃的な現在の日本の事態だった。

「政府として把握していない」!? タンカー事故の影響の調査にあまりにも消極的な姿勢が顕わになった国会答弁!

 第10管区海上保安本部は2月6日、奄美大島と喜界島に漂着した油状物質を分析した結果、タンカーから流出したコンデンセートが「島に漂着する可能性は極めて低い」としつつ、漂着油がタンカー事故と無関係とは断定できない、と発表した。発表時はすでに、タンカーの衝突からちょうど1ヶ月、沈没から3週間以上が経過していた。

 また、7日の衆議院予算委員会では、鹿児島選出で立憲民主党の川内博史議員が、タンカー事故と、南西諸島に漂着した油状物質との関連について、海上保安庁の中島敏長官に質問。中島長官は、「関係がないとは断定できない」という極めて歯切れの悪い回答にとどまった。

▲川内博史議員

 さらに川内議員は、コンデンセートの特性や環境に与える影響について質問した。しかし、内閣官房の桑原振一郎・危機管理審議官は「政府として把握していない」とし、コンデンセートに関する一般論に終始。さらに、環境省は「現在調査中のため、答えることは困難」と回答するにとどめて、現状を国民に伝えるのを避けた。

 結局、明らかになったことは、政府は事態をほとんど把握できていない、という事実だけだった。無能ゆえなのか、無気力ゆえなのか、政府のトップである官邸のだらけた姿勢の反映なのか、「危機管理」がまるでできていないと言わざるを得ない。こんな体たらくでありながら、一方では、大災害に対する危機管理を口実として憲法を改定してまで危険な「緊急事態条項」を導入しようとしているのだから、安倍政権という政府は本当にお笑い草で、かつ、とてつもなく危険である。

まるで「緊急事態条項が通った後の世界」!? 政府からの説明もなく、奄美大島の住民が事態を把握することさえ困難な状況! IWJが奄美大島在住の女性に直撃電話取材!

 政府は、あまりにも不自然なほどタンカー事故に対応しようとしない。そこでIWJは、油状物質が漂着した現場の様子を確かめるため、奄美大島在住の女性(以下、A子さん)に電話取材を試みた。

▲奄美大島周辺地図(奄美市ホームページより)

 「騒がれなかったら(記者は事故の情報を)出すつもりはないのでしょうか!?」

 IWJの取材に応じてくれたA子さんは、海上保安庁の対応の遅さに対して、不信感を隠しきれない様子だった。

<ここから特別公開中>

 IWJ記者が「奄美大島の住民の方々は、今回に事故に対してどのような反応を示しているのでしょうか?」と質問すると、A子さんは、「まだ(奄美大島に)来て半年くらいで、そこまで詳しいことを知っているわけではない」と前置きしつつ、こう答えた。

 「何年か前まで、投棄された燃料が流れ着くのは、島民の間では割と普通というか、『またか』、という感じだったらしいです。

 そういう現状があったからなのか、島の人たちは(奄美大島への漂着物に対して)敏感に反応しているというよりは、普通の原油としてとらえていて、『誰が処分するんだろうねぇ、困るよねぇ』という感じで、まあ、困ってはいます」

 A子さんが言うには、島の雰囲気は割と穏やかだそうだ。しかし、彼女はこんな不安を漏らしてもいた。

 「今回、流出したコンデンセートの毒性とか、生態系への影響とか、私はすごく気になるんですけど、本当に知らされていない。危険性について全く知らされていないです。情報統制がおこなわれているがゆえに平和というか…」

▲奄美大島の海岸に漂着していた油状物質。画像は、取材に応じてくれた女性提供。2月1日撮影

 A子さんが、多くの住民に事故の情報が知らされていない不気味な状況を「情報統制」と表現したことには、驚きを覚える他なかった。

 A子さんは、さらにこう続けた。

 「有事ってこんな感じで普通にやってくるのかなって感じました。緊急事態条項が通った後の世界って、『知らぬが仏』みたいな状態が続くのかなって思うと、怖くなりました」

 この言葉には改めてハッとさせられた。私たちはすでに陳腐なディストピアの物語の中にいるのではないか、そんな気分になるほどの衝撃を受けた。

 緊急事態条項は、内閣が国会の同意なく宣言を発令し、総理大臣に権力を集中させ憲法を停止、そして、基本的人権を無制限に制約することさえ可能となる、非常に危険な「永久独裁条項」だ。2017年10月の衆院選で自民党が公約に盛り込んだ「緊急事態対応」は、まさに緊急事態条項に他ならない。

 これまで、IWJは緊急事態条項の危険性を訴え続けてきた。ぜひ、この機会に以下の記事もあわせてご覧いただきたい。

「奄美が全部汚れて、汚染地域であるようなイメージは広がってほしくない」…風評被害を恐れる地元住民のためにも、政府は一刻も早く正確な調査と情報公開を!

 「きれいな浜ももちろんあります。奄美が全部汚れて、汚染地域であるようなイメージは広がってほしくないです」

 このように語ったA子さんは、自らの足で10ヶ所ほどの海岸の様子を見て回ったという。

▲奄美大島・マネン崎(wikipediaより)。奄美大島には特別天然記念物や絶滅危惧種に指定された動植物が数多く生息している。またホエールウオッチングも盛んである。

 A子さんはタンカー事故と奄美大島への油状物質漂着に不安を抱きながらも、奄美大島に対して、事実とは異なったマイナスイメージを持たれるのではないか、ということについても危惧の念を抱いていた。不安材料は、油状物質漂着による環境への影響だけでは決してない。

 奄美大島の海岸には確かに油状物質が漂着していて、環境にどのような影響を与えるのか、非常に気がかりなのは事実だ。

 しかし、奄美大島へ漂着した油状物質とタンカーから流出した原油について、その関連がまだ明らかにされていないことも忘れてはならない。しかも、奄美大島をはじめとする南西諸島の被害状況もろくに報道されていない。奄美大島について、根拠のない歪んだイメージが拡散され、風評被害が広がり、観光事業や島の産物の販売にマイナスの影響が出ないようにするためにも、政府は、一刻も早く事故とその影響について徹底的に調査し、事実に基づいた情報公開をするべきだ。

▲海岸で見つかった油状物質。海岸全体が汚れてしまったわけではない。(2月2日撮影)

 彼女は、政府が事態の解明に向けて動き出すことを強く望み、この問題を「奄美の中だけで終わらせてほしくない」、と切実な思いを訴えていた。

「住民の気持ちが割れてしまうことが何よりも不安」~「みんなで解決する」ためにも、政府がイニシアティブを取るべきではないのか?

 油状物質漂着の被害状況、政府の対応の鈍さ、奄美大島への風評被害の可能性。そして、A子さんは、もう一つ不安に思うことがあるという。それは、「住民が分断されるのではないか」、という懸念だ。

 今のところ、タンカー事故の影響や、政府がまともに対応しないことを危惧している住民は、少ないながらも確かにいるという。その一方で、風評被害の可能性を恐れ、あまり騒ぎ立てるようなことをしてほしくないと考える住民もいるそうだ。こうした住民の反応の分断は、原発事故の起こったあとの福島でも見られたことだ。

 また、奄美市などの地元基礎自治体や鹿児島県・大島支庁は、油状物質が漂着している海岸に近づかないように呼びかけるなど、徐々にではあるが、油状物質の回収に向けて動き出しているようだ。

 しかし、彼女は、政府が解決へ向けてイニシアティブを取りつつ、自治体の支援もしっかりとやらなければ、地域によって回収の進捗具合に大きな差が生じるかもしれない、という点を憂慮していた。そしてそれが、「なぜ自分たちのところは後回しにするんだ」という不満を生み、さらには住民間の軋轢を生むのではないか、という危機感を募らせてもいた。

 「住民の気持ちが割れてしまうことが何よりも不安ですね。誰が悪いわけでもないですから。みんなで解決する方法を探したいです」

 こう語ってくれた彼女からは、奄美大島全体の将来を案じつつも、問題解決へ向けて決して諦めないという思いが、ひしひしと伝わってきた。

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「まるで「緊急事態条項が通った後の世界」!? 奄美大島沖発生のタンカー事故で政府対応も報道もほとんどない、ディストピアそのもの!? 奄美住民は「分断」の危機感も…IWJが直撃取材!」への2件のフィードバック

  1. @55kurosukeさん(ツイッターのご意見) より:

    まるで「緊急事態条項が通った後の世界」!? 奄美大島沖発生のタンカー事故で政府対応も報道もほとんどないディストピアそのもの!? 奄美住民は「分断」の危機感も…IWJが直撃取材! https://iwj.co.jp/wj/open/archives/412262 … @iwakamiyasumi
    次の原発事故も同じような事態になるだろう。真の危機はすでに始まっている。
    https://twitter.com/55kurosuke/status/964132126458134529

  2. @55kurosukeさん(ツイッターのご意見) より:

    この大事故そのものが、空前の「異常事態」なのだが、それについての報道量の少なさ、それ自体もまた「異常事態」である。日本は今、二重の「異常事態」に見舞われている https://iwj.co.jp/wj/open/archives/412262 … @iwakamiyasumiさんから
    https://twitter.com/55kurosuke/status/964782206542430208

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