「『お伊勢さん』、これこそ、日本の思想そのものではないかと思っております」――。
2016年8月26日、リオ五輪の閉会式に薄緑の着物を着て登場した小池百合子東京都知事が、帰国後最初の定例会見で、思わず耳を疑うような発言をした。
「お伊勢さん」とはいわずもがな、伊勢神宮である。伊勢神宮は、皇室の祖神とされる天照大神(アマテラスオオミカミ)を祀る、日本最大規模の神社であり、戦前は明治以降の国家神道政策により、全国の神社の頂点として位置づけられていた。国家神道は、天皇への崇敬とともに、国民全員に拝跪を強制される、事実上の国教だった。戦後は、民間の宗教法人「神社本庁」によって、全国の神社の「本宗」とされている。
今年の5月26日、27日には、伊勢志摩でG7サミットが行われ、安倍総理が歓迎行事として、米国のオバマ大統領やドイツのメルケル首相ら各国の首脳を伊勢神宮へ案内した。英紙「ガーディアン」は、伊勢神宮が第二次世界大戦中に軍国主義と密接に結びついていたことを指摘し、安倍総理が各国首脳を伊勢神宮へ導いたことを「自身の保守的な政治課題を推し進めるために、伊勢神宮を利用している」と報じた。
▲英紙「ガーディアン」の電子版紙面より
自民党とは対決のポーズを演じて「人気」を博し、都知事に当選した小池知事だが、ここにきて、にわかに「ホンネ」を見せてきた。その「ホンネ」は、安倍総理やその周辺の「極右」と呼ばれる自民党議員らと、なんら変わりはない。それもそのはずで、そもそも小池氏は、日本会議の議員懇談会の幹部メンバー。「極右の顔」こそ、小池氏の「素顔」なのである。
- タイトル 小池百合子 東京都知事 定例記者会見
- 日時 2016年8月26日(金)14:00~
- 場所 東京都庁(東京都新宿区)
「『もったいない』というのは、日本の美徳。この最たるものが、『お伊勢さん』」――小池知事から飛び出した仰天発言!
2020年の東京五輪の開幕まで、ちょうどあと4年と迫る。リオ五輪の閉会式で、次期開催地の知事として旗を手渡された小池知事は、現地の五輪関係施設を視察してきたという。仮設施設の利用や、パラリンピックへの転用、大会後は小学校での利用など、環境面でもコスト面でも配慮のされたリオの施設を見て、小池知事は「まさしく私が環境大臣時代にうったえておりました、3R(reduce、reuse、recycle)の思想につながります」と、関心の高さを見せた。
3R(reduce、reuse、recycle)とは、環境保護の観点から、ゴミの焼却や埋め立てによる環境への負荷を減らそうとする考え方である。2005年、当時小泉内閣のもとで環境大臣を務めていた小池氏は、G8各国や中国、インド、ブラジルなど20カ国以上の閣僚が参加した「3Rイニシアチブ閣僚会合」の議長を務めた。
小池知事は会見で、「3Rを平易な日本語にすると、『もったいない』になります」と言い換え、「もったいない」を、「東京オリンピック・パラリンピックの新たなコンセプトとして、『てんぷら』や『お寿司』に並ぶような国際語にしていきたい」と意気込みを見せた。
▲記者会見にのぞむ小池百合子知事――8月26日、都庁会見室
限りある資源を大切に使おうとする「もったいない」という言葉や概念を広めること自体には、意義があるだろう。しかし、聞き流すわけにはいかないのは、続けて述べた次の言葉である。
「『もったいない』というのは、日本の美徳だと思います。この最たるものが、『お伊勢さん』です。『お伊勢さん』の遷宮は20年毎に行われるわけですよね。その使われた大切な木材は、また地方の神宮の神社などで大変貴重に使われるわけです。これこそ、日本の思想そのものではないかと思っております」
なぜわざわざ、環境やリサイクルの話をする中で、「お伊勢さん」を引き合いに出さなければならないのだろうか? あまりにも、唐突の感が否めない。
しかも、3Rの実践の単なる一例として引っぱり出したのではない。「お伊勢さん」は「日本の美徳の最たるもの」であると持ち上げ、さらには「日本の思想そのもの」とまでいう。これには、大いに議論の余地がある。
5月26日、27日の伊勢志摩サミットで各国首脳を伊勢神宮に案内した、安倍総理と同じ思惑が透けて見える。伊勢神宮を頂点とする国家神道の静かな復活。そのために伊勢神宮の神聖性を、国内外へアピールし、浸透させてゆくイメージ戦略。これらはきたる「神聖独裁国家」への布石なのではないかとの疑いがぬぐえない。
軍国主義のスローガン「国体」の復活と結び付けられる「伊勢神宮」~色深まる東京五輪の「政治利用」の意図
毎年、年始めには、総理大臣と大臣らが、「私的参拝」として、伊勢神宮を参拝するのが恒例となっている。靖国神社のように政治問題化することは少ないが、実は伊勢神宮の問題は、日本の「戦前回帰」の問題と、切っても切れない。
2016年6月18日、IWJ記者がインタビューをした、宗教学の第一人者・島薗進氏(上智大学教授)は、インタビューの中で次のように語った。
「神社本庁が、戦後の神社本庁の歴史をまとめている本があります。それを見ますと、GHQによる占領後、早くから力を入れた運動のうちのひとつとして、伊勢神宮の『真姿顕現運動(しんしけんげんうんどう)』というものがあげられます。
『真姿』とは何かというと、これは『国体』のことなんですね。つまり、伊勢神宮は、皇室の祖神であり、天照大神から直接指示を受けた天孫が地上に下り、この日本の国を歴史のはじまりからずっと一貫して支援している、と。そしてこれが世界に例のない優れた日本の伝統である、と。こういう考え方が神宮の『真姿』という言葉に表れているわけですね。
こうした考え方にもとづき、天皇を地上につかわせた神をお祀りしている伊勢神宮を国家的な施設に位置づけていく、というのが『真姿顕現運動』です」
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第二次世界大戦中、日本の軍部は、天皇を頂点とした「国体」の護持にこだわった。「国家神道」の強制のもと、昭和天皇は「現人神(あらひとがみ)」とされ、「滅私奉公」「挙国一致」を掲げた「一億総動員」体制が生み出された。
そのあげく、無謀きわまりない戦争遂行に国民は否応なく加担させられ、結果として日本国民の犠牲者320万人、アジア各国の犠牲者は約2千万人という、途方もない惨禍を生み出した。「国体」という観念、そして「国家神道」はまさに、「軍国主義」を支える国民総動員のための洗脳イデオロギーであった。
神社本庁は戦後、伊勢神宮を国家的施設にして、「国体」ならびに「国家神道」を復活させようとしている。その伊勢神宮を、小池知事は「日本の美徳の最たるもの」として最大限に持ち上げてみせたのである。
▲神社本庁のホームページ
小池知事は、2015年まで日本会議議員懇談会の副会長を務めていた。また、8月2日には、特別秘書として元都議の野田数(かずさ)氏を任命した。野田氏は、都議時代の2012年9月、「占領憲法と占領典範に関する請願書」の紹介議員となっていた。請願書は、「我々臣民としては、国民主権という傲慢な思想を直ちに放棄」などとうたった、大日本帝国憲法の復活を求める信じがたいものであった。
「臣民」とは、大日本帝国下で、天皇への絶対的服従が義務づけられている「国民」のことである。天皇の名のもとに(実際には軍部や政府から)命じられれば、「臣民」は生命も財産も投げ出すことを求められた。
大日本帝国憲法下において、「臣民」には「主権」はもちろんなく、「自由」も「基本的人権」も著しく制限されていた。国民から主権を奪い、人権を奪い、国家に隷属するだけの「奴隷的存在」におとしめようと公然と唱え、請願まで行う元都議が、小池知事が選んだ特別秘書なのである。このことの怖さ、危うさを、もっともっと多くの人が知る必要がある。
リオ五輪の感動と熱狂の影で、小池知事の「極右」的な側面はかき消されたかのように見える。しかし、リオ五輪に「マリオ」の姿で登場した安倍総理にしろ、五輪の意義を「国威発揚」と報じて恥じないNHKにしろ、そして日本の「国体」「国家神道」復活の象徴である「伊勢神宮」と東京五輪を結びつける小池知事にしろ、国民を内面においても国家に対し服従させた、あの忌まわしい時代の復活に向かって進みつつある徴候のように思えてならない。