戦争にも「法」があった時代から「無秩序」のテロ戦争へ!行動する哲学者・西谷修氏が語る「戦争とは何だろうか」!亡霊のような国家間戦争を煽って軍事化誘導する日本の政治指導者たち 2016.8.19

記事公開日:2016.8.20取材地: テキスト動画
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(取材:大畑一樹、記事:福田玲子)

※8月30日テキストを追加しました!

 「敗戦」から71年目となる2016年。

 先の戦争は風化させられ、それまで国民に共有されていたはずの歴史認識すらおぼつかなくなってきた。こうしたあいまいな歴史認識が、さらに安易な改憲論を駆り立てているのではないか――。

 2016年8月19日、立憲フォーラムは改めて「戦争とは何だろうか?2016年夏に考えよう」と題し、戦争を原理的なところから考えていこうという講演を、参議院議員会館で開催した。講演者は西谷修氏(立教大学大学院特任教授、東京外国語大学名誉教授、哲学・思想史)。西谷氏は論理の展開のみならず、積極的に社会運動にも関わってきたことから“行動する哲学者”とも呼ばれてきた。

 講演は、2016年7月、筑摩書房から発刊された『戦争とは何だろうか』に基づいて行われた。

■ハイライト

  • 講演 西谷修氏(立教大学大学院特任教授、東京外国語大学名誉教授、哲学・思想史)「戦争とは何だろうか 2016年夏に考える」
  • タイトル 「さぁ、安倍政治を終らせよう」8.19院内集会 ―「戦争とは何だろうか 2016年夏に考える」講師 西谷修・立教大特任教授
  • 日時 2016年8月19日(金)17:00〜
  • 場所 参議院議員会館(東京都千代田区
  • 主催 戦争をさせない1000人委員会立憲フォーラム詳細

日本には“いくさ”はあったが“戦争”はなかった。日本がはじめて戦争するのは日清戦争から

▲西谷修氏(立教大学大学院特任教授、東京外国語大学名誉教授、哲学・思想史)

▲西谷修氏(立教大学大学院特任教授、東京外国語大学名誉教授、哲学・思想史)

 「普通のひとたちは戦争のことを話したがらない。戦争のことを話したがるのは、戦争をしたいと思っているひとたちだけ。だから戦争が嫌だと思う人たちこそ、戦争のことを考え、話していかなくてはならない」

 西谷氏の講演は、このような切り出しで始まった。

 「戦争にはいろいろなイメージがある。今、現代で起こっているのは“テロとの戦争”。しかしこれは21世紀の新しいタイプの戦争。我々が戦争を考える時、まずイメージするのは国家間の戦争だと思う。国家を総動員して戦艦ヤマトだとかゼロ戦だとかが出てきて…けれども昔からそうだったわけではない」

 “戦争”の有り様は文化圏によっても違う。西谷氏がまず言及したのは古代中国だ。

 「中国の最初の王朝・殷が何百年も続いて、次にできた周。このとき太公望という人物がいて、彼などは今風の国家間戦争をやっているが、その次の漢は、戦争ではなく、周辺をとりこみ、その中央に漢があるという体裁にした。周辺諸国には朝貢をさせ、そこを治める権利を漢が認めてやるというシステムだ。

 その後、中国は周辺諸国とはそういう体制で関係を維持してきた。日本もその周辺国のひとつ、東夷(とうい)なんて呼ばれた。卑弥呼の倭の国も中国に正当性を認めてもらった国ということになっている。琉球もそう。東アジアはこういう独自の国家間のとりきめでやってきた」

 そうした国家間バランスが崩れていくのが近代だという。

 「明治時代になってヨーロッパを真似した近代国家になり、国家の認識も変わり、東アジアのバランスも変わった」

 そもそも日本には戦争はなかった、と西谷氏は言う。

 「日本にあったのは、いくさ。いくさのほかには、乱とか役とか、変とか、そう呼んだ。後3年の役とか、島原の乱とか、本能寺の変とか。戦争というのはWARという英語からの翻訳で、日本史に戦争が出てくるのは、日清戦争。このときはじめて日本は西洋型の国家間戦争の概念を取り入れ、西洋型の戦争をした」

主権国家同士が国と国とで争うことを戦争とよぶ。“国家”の始まりと“戦争”の始まり。“戦争にも法がある”西洋型戦争の変遷

 では、「西洋型の戦争」とはどのようなものか。

 西洋が西洋型の戦争をするようになるのは17世紀からだ。17世紀、最後の宗教戦争とも呼ばれる三十年戦争の終結の講和が開かれ、このときに国家の概念が決められた。

 領土を保有する国家はそれぞれに法や宗教を決めることができ、他国に干渉されない、そういうシステムを作ることができている領邦を国と呼ぶ。これがウェストファリア条約(※)と呼ばれるもので、このときオランダやスイスが独立国になり、ドイツは国として認められなかった。

 国と国とは相互承認関係で成り立つ。西谷氏は、「翻って、戦争をすることができるのも国だけ。中央権力を持つ主権国家だけが、他国に働きかけ、戦争をすることができるという考え方に代わった。戦争とは国と国とが行うものという西洋型の戦争がこのときはじまる」と説明する。

(※)ウェストファリア条約:三十年戦争の講和条約。1648年締結。宗教勢力から領邦を守る目的で作られ、これによりカトリックとプロテスタントが同等になり、権威も制限されて宗教勢力が領邦に干渉できなくなった。宗教戦争の時代の終焉ともいえる。それまで戦争は、君主なり団体なりが勝手に引き起こすものだったが、この条約で始めて国家という概念が生まれ、国家は自治権を有し、他国から干渉されないということを相互に認めた。(参照:Wikipedia

 「では、国と国とでない戦争は何というか? 内乱だ。こんなふうに戦争の定義ができるとともに、戦争にもルールが生まれた。フーゴー・グロチュース(※)という人が戦争と平和の法というのを書いて、『徹底的な破壊』をしてはいけないとか、戦争を始めるにあたっては宣戦布告しなきゃいけないとか、そういう戦争時の国際法を作った。平和なときにも法があるが戦争にも法というかルールがあるという考えだ」

(※)フーゴー・グロチュース オランダの法学者。国際法の基礎を作ったことから国際法の父と呼ばれた。1625年に刊行された『戦争と平和の法』で、戦争を是とした上で、戦争中に守らねばならない法があることを論じた。(参照:Wikipedia

 さらに西谷氏は続ける。

 「ヨーロッパは主権国家の集まりで、それぞれ戦争をすることができるし、してきた。しかし戦争というのは損もするので、強い国とはしないほうがいい。こういうふうにお互いをけん制して勢力均衡を保ってきた」

傭兵から徴兵へ。フランス革命・ナポレオン戦争を経て国民が国のために戦う時代の始まり

▲世界の戦争の歴史をふり返って紹介する西谷修氏

▲世界の戦争の歴史をふり返って紹介する西谷修氏

 この西洋型国家間戦争がさらに変容するのは、フランス革命のときからだ。そう西谷氏は言う。
 
 「国王の首をはねることで、フランスには支配者がいなくなり、国民が主権者になった。そして、その余波を恐れたヨーロッパの各国が、国民主権国家を認めたくないので、フランスに攻めてくる。このときフランスでは義勇兵が集って戦った。自分たちの主権国家を守るために」
 
 義勇兵は、自らの自由や権利を守るために自発的に集って戦った。「自由か、然らずんば死を」といった具合に、である。それまで、ヨーロッパの王様たちは戦争のときは傭兵を雇っており、フランス以外ではそれが主流だった。しかし、である。

 「傭兵は命を賭けて戦おうなんて思わない、給料をもらって生きて帰りたいからほどほどにしか戦わない。しかし義勇兵は命を賭して戦うから強い。こういうフランスの革命軍を、さらによりよく機能させたのがナポレオン。その甲斐あって、ヨーロッパを制覇してしまった」

 西谷氏は言う。

  「ナポレオン戦争は、国民が国のために戦うという戦争の始まりになった」

 傭兵が、国民からの義勇兵になったという転換は、やがて「徴兵制」に変わっていく。加えて産業革命で技術が飛躍的に向上し、武器の破壊力が格段に増した。

 「この頃から、戦争が起きるたびに、被害と破壊が甚大になっていく。こうして近代型戦争の時代へ突入していく」

ひとつの国家間戦争が連鎖的に各国に広がる国家間戦争へ。ふたつの大戦の時代

 西谷氏は続ける。

 「やがてヨーロッパの国同士がどんどん、植民地を増やし、世界中で関係しあうようになった。そうすると、ひとつの国で起こった悶着が、連鎖的に他の国を戦争に巻き込むという事態になる。こうして起きたのが、第一次世界大戦だ。

 産業すべてが戦争に動員され、国家総動員で戦争に望むスタイルになった。勝つためには戦地で相手の兵隊を倒すだけではなく、その国の産業もつぶさないといけない」

 そのうえで、「戦争が全国民や産業を巻き込む、手に負えない、大きなものになればなるほど、戦争を終わらせるのが難しくなっていく。戦争をやめましょう、なんて言えない。言ったらそういう人物は失脚させられるだけ。国そのものが破壊されるまで戦争が続けられることになる」と指摘した。

双方が破壊兵器を保持することで均衡を計る。相互確証破壊(MAD)冷戦の時代

 「国そのものを破壊できる」――そんなニーズに応えて開発されたのが原爆だ。西谷氏は続ける。

 「こうして、ひとつの国を破壊するだけの技術ができてしまうと、強い国は、それぞれ破壊兵器を保持して、他国を牽制しあうようになった。これが冷戦の時代だ」

 このあたりにくると、戦後世代にもわかりやすいだろう。破壊兵器の存在によって、大国間の戦争は牽制され、見かけ上は平和が続いた。この武器を持つことによる抑止を、相互確証破壊(Mutual Assured Destruction)、略してMADと呼んだ。

 西谷氏は言う。

 「MADです、つまり『キチガイ』。こういうのを作った人たちは、自分たちのしていることをわかってやっているんです」

グローバル時代へ。戦争は対テロリストとのそれへ

 「冷戦時代、米ソは互いに経済効率を競った。しかし社会主義も老朽化し、“分子は自由に動き回っているほうが熱を発する”ブラウン運動の法則ではないが、自由経済のほうが良いということになり、ソ連は崩壊、世界は一元的になってしまった」

 グローバル時代の始まりである。

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