2012年9月21日(金)、青森県弘前市民ホールで、「広瀬隆氏 原発・核燃問題講演会」が行われた。
(以下、広瀬隆氏講演会の要旨です)
「日本全国で虚勢された状態。マスコミがひどい。何も大事なことを書いていない。そういう世の中に生きている」とマスコミ批判からスタートした講演会。自分たちでヘリコプター飛ばした。毎週金曜日、6時からとてつもない人が首相官邸前に集まっています。このときは20万人。この状態が今も続いている。日本のテレビが全く報道しないからヘリコプターを飛ばした。カンパをしてもらい、余ったお金は告訴団にカンパした。それで全国に告訴団が出来たという。福井の大飯原発だけ動いているが、非常に怖い。大飯は加圧型のため、メルトダウンが格段に速くなる。これが日本で起こったら日本が全滅するから、とにかく止めろと国民が叫んでいると、官邸前デモについて紹介した。
青森は六ヶ所村に加え東通、大間原発が大変な状況である。危険性は3つ。原子力発電そのもののメカニックなこと。福島の事故がどのように起こったかがわかると、青森の危険性がわかる。今も福島第一は非常に危ない。第2の危険性は地震と津波。3番目は原子力発電所・再処理工場が事故を起こすと何が怖いか。基本は放射能のこと。他にも電気の問題があると述べた。
- 日時 22012年9月21日(金)
- 場所 弘前市民ホール(青森県弘前市)
去年、福島の事故は収束したというが、ほど遠い。東通と福島と同じタイプの原発。このタイプは熱エネルギーは1/3だけ使われ、残りは海に流している。福島の事故はきっかけは地震。原子炉とタービンが地震がくると全く異なる揺れ方をする。東通で10トンという水を沸騰させるのに、たった1秒。これくらいの熱量が出ている。福島の1号機は半分だから2秒という。さらに格納容器は放射性物質を閉じ込めるための容器。ほっとくと圧力が高くなって壊れる仕組みとなっている。当時の総理と東電は恐ろしいことに中にある弁を使った。そして福島の空に放射能を放出したと説明した。
広瀬氏は「孫が4人いるから本当に心配で、西日本に逃がした。子どもが孫の学校が始まるから連れに帰った。しかし、先生が校庭で子どもたちを遊ばせている。信じられない。もう2年か3年したら健康被害が出ると思う」と自身の体験を明らかにした。
ほとんどの人は福島の人たちがどのように行動したか伝えてないから知らない。テレビに出てくる穏やかな人しか流さない。でも本当はみんな怒っている。現地は必死でラジオを聞いていた。福島の多くの人は爆発したと聞いて、ともかく逃げろと逃げた。地震で道路陥没。津波で道を塞がれる。車は渋滞で通れない。放射能があるから救援も物資がストップ。それでとてつもない被曝をした。今年4月1日までようやく2万人くらいが脱出した。ともかく子どもたちを逃がしてくれと叫んだ。まだまだ大量の子どもたちが信じられないようなところで生活しているという。
「私は原子力の専門家ではないが、11日の夜に水素爆発が起こると思っていた。4号機のプールに入るセシウムは広島長崎核実験でばらまかれたものよりはるかに莫大な量。なぜ4号機が怖いのか。震度7で崩れると東電も言ってるがそうじゃない。何度も何度も振動を受けていると震度6くらいでも壊れる。わすが16年で大地震を二度も受けた国。原発を即時停止しなくてはならない」と強調した。また「子どもたちにや孫たちには外国に逃がす準備をしている。本気でどうやって逃げるか相談して下さい」という。首都圏にいる人間は逃げられない。実際はどうなるかわからない。バイクくらいしかないだろうと思っている。青森はいったん北海道に逃げてから考えるなど出来ると、福島第一の事故が未だ収束していないと改めて告げた。
大地震が起きたら大飯原発の北側斜面は崩落するだろう。制御棒を入れることが出来た福島のようにはいかない。大飯や浜岡のように真下で起きる地震では無理。大飯も津波で電源喪失されるという場所に入っているのに再稼働しているとはとんでもない。今はなんにも対策をしていないと、厳しく主張。アメリカやヨーロッパにも原発があるが、地震のくる場所に建てていない。「こんなバカなことをするのは日本だけ」と述べた。
福島第二も東海第二も女川もなんとかギリギリで助かっただけ。そのときに東通で非常用電源すべてが使えなくなった。こうして生きているのが不思議なぐらい。六ケ所も危なかった。昭和三陸大津波では、現在の六ケ所村の位置まできていた。六ケ所では再処理をやって高レベルの廃液がある。これが非常に恐ろしい。津波は水も怖いが破壊力があり、引き波も怖い。宮古にはなんと40メートルの津波がきた。三村申吾の首に縄をつけて「被災地をよくみろ」と言いたいと、青森県知事を批判した。
「空間線量はほとんど問題ない。問題は食べ物や水にどれだけ取り込んだか、それが知りたい。我々全員が悲しいかな被曝している」と語る。私は69歳だが、孫たちは体が放射能に対して本当に違う。子どもたちの抜いた歯のストロンチウムを測っていたデータがあるが、1945年を境に癌にする傾向があがってきている。心配なのは今の世代より次の世代。遺伝の法則はわからないという。
スリーマイル島では癌や白血病になった人が放射能が流れた方向に多かった。福島はスリーマイルの100倍から1万倍くらい出た。国や東電は人殺しばかりと強く主張した。福島の事故の後、海外の人が自動車で走ってエアフィルタ−を調べた。東京でも汚れがある。私は用心深く部屋の中にいたけれど、東京の人もかなり被曝している。おそらく100キロ圏内は10年間に10万人以上が、100キロから200キロは12万人以上が、今後50年間で40万人くらいが放射線によって癌になるだろうと予測した。
最後に「我々が一人ずつ声に出したら原発なんか止められる。原発も再処理工場も必ず止められる。茨城では次々と廃炉をと声をあげ、浜岡も廃止出来るような声が出ている。だから出来るんです。今度は絶対に引きません。これで引いたら終わりなんです」と改めて原発廃止の意思を表明した。
広瀬さんが良いのは激しい言葉の根底に愛が溢れてるところですね。歴史に残る偉人だと勝手に思ってます。