2016年2月26日、シリアのアサド政権と反体制派との間で長らく続いていた内戦について、停戦が発効した。今回の停戦は、アメリカとロシアが呼びかけたもので、政権側と反体制派の主要な勢力の双方が受け入れることで実現したものである。しかし、停戦発効から3日が経過した現在でも、シリアの北部アレッポなどでは、散発的な戦闘が続いているという。
停戦が発効したといっても、シリア情勢は依然として予断を許さない状況が続いている。シリアとイラクで勢力の拡大を続けるIS(イスラム国)に関しては、停戦の対象に含まれておらず、米国をはじめとする有志国連合とロシアはISに対しては空爆を続けている。シリアからは、今も難民が戦闘を逃れて欧州各地に流入し続けている。
昨年、2015年11月13日の夜に、パリで発生した同時多発テロ事件は、世界中に衝撃を与えた。127人が死亡したこの事件を受け、フランスのオランド大統領は「非常事態宣言」を発令。テロへの報復として米国が率いる有志国連合に参加し、IS(イスラム国)への空爆を強化した。極右政党「国民戦線」のマリーヌ・ルペン代表が、シリア難民をはじめとするイスラム教徒への排外主義的な発言を繰り返すに至っている。
私が2015年11月17日にインタビューしたジャーナリストのカレル・ヴァン・ウォルフレン氏は、今回のパリでの同時多発テロ事件が「偽旗事件」である可能性を示唆した。事件発生直後の11月14日、自爆して死亡した容疑者の遺体から、シリア国籍のパスポートが見つかっている。2011年9月11日のアメリカ同時多発テロでも、さらには2015年1月7日の「シャルリ―・エブド事件」でも、現場からパスポートが見つかっている。テロリストがわざわざ、犯行の際にパスポートを身につけているだろうか? ターゲットとして狙っている国に対し、「報復」の名目で攻撃を仕掛けるために、事件を仕立てあげた、という可能性はないだろうか。
「偽旗作戦」は、決して現実にはありえない妄想にひたる陰謀論者のファンタジーなどではなく、満州事変を引き起こした柳条湖事件、ベトナム戦争において米国が北爆を開始するきっかけとなったトンキン湾事件、いずれも、最初に「攻撃を受けた」と称して「報復」の乗り出した日本、アメリカが自作自演した「偽旗作戦」だった。歴史上、実例のある謀略の一典型である。
現在、アメリカがターゲットとしているのが、シリアのアサド政権である。2013年8月21日にシリアの首都ダマスカスで化学兵器が使用された際、アメリカとフランスは一気にシリアへの軍事介入の姿勢を強め、それをロシアが巧みな外交交渉により、寸前のところでストップさせた。
IS(イスラム国)を泳がせつつ、シリア国内の混乱を醸成し、アサド政権の打倒を目指すアメリカと、それを阻止しようとするロシア。停戦が合意されたといっても、シリアをめぐるアメリカとロシアの対立構図は温存されたままだ。
そのような中で、日本は、安倍政権のもとで集団的自衛権行使容認にもとづく安全保障関連法案が「可決・成立」し、アメリカとともに戦争を遂行できる体制を着々と整えつつある。
ウォルフレン氏は、著書『日本/権力構造の謎』(1990年)を発表するなど、政官財そしてマスコミによって形成される日本特有の権力構造に対して、鋭い分析を続けてきた。今回のインタビューでは、中東問題だけにとどまらず、安倍政権による「軍事国家化」や極端な右傾化、改憲による「緊急事態条項」創設の動きなどについて、詳しくお話をうかがった。詳細な注釈を付したので、ぜひ、最後までお読みいただければと思う。
都合よく実行犯のパスポートが見つかった3つのテロ事件~フランス・パリ同時多発テロが「偽旗」である可能性――テロで得をしたのは、アメリカ、フランス、そしてイスラエル
▲カレル・ヴァン・ウォルフレン氏
岩上安身(以下、岩上)「みなさん、こんにちは。ジャーナリストの岩上安身です。2015年11月13日、パリで大変痛ましい事件が起こりました。その直後、この問題をディスカッションするのに大変ふさわしいゲストをお迎えすることができました。カレル・ヴァン・ウォルフレンさんです」
カレル・ヴァン・ウォルフレン氏(以下、ウォルフレン・敬称略)「またお目にかかれて光栄です」
岩上「11月13日夜、 フランスのパリで同時多発テロ事件(*1)が発生し、少なくとも127人が死亡、約300人が負傷しました。犯行声明を出した『IS(*2)フランス州』によると、米国がイラクで継続している空爆の報復であるとしていますが、フランスはこのテロへの報復として、ISへの空爆を強化しました。この事件が起きてから、直ちに報復をするということで、フランスもアメリカも足並みをそろえています。まずこの事件の印象についてお聞かせください」
ウォルフレン「第一に、最も重要なのは、現時点では誰がやったのか我々には分からないということです。第二に、このような恐るべき事件が起きた場合、ジャーナリストあるいはコメンテーターという立場として、この事件へ関心を抱いているのであれば、まず『偽旗作戦(*3)』の可能性を問うことから始めるべきでしょう。
今回の事件にはさまざまな側面があります。恐るべき事件ですが、『偽旗作戦』を示唆するものがあります。 特にパスポートが見つかった(*4)と聞いたとき、すぐに今年1月のシャルリー・エブド襲撃事件(*5)のことを思いました。私はあれも『偽旗』だったと思っています。9.11でもマンハッタンの世界貿易センターの瓦礫の中からパスポートが見つかっています(*6)が、私は時々これは世界の誰かが発した、『事件が「偽旗」である、それを知るべきだ』というシグナルなのではないかとすら思います。誰かが『現実はここにある』と。
もちろん間違っているかもしれませんが、そういうことも考えています。これをどう考えるべきか。このような事件で誰が得をするのかを問うべきです。もちろんイスラム国が犯人だとみなされているわけですが。
しかし、今回の事件がイスラム国にとってどんな得になるというのでしょうか。何の得にもなりません。何もです! では誰が得をするのか。
まず、フランス大統領は間違いないでしょう。それからイスラエル、米国もです。米国にはヨーロッパ諸国を自分のエージェントのように扱いたいという狙いがあるのだと思います。米国は好戦的なムードで、何かと戦いたいと熱望しています。
NATO(*7)にとっての大きな利益もあります。NATO事務総長(*8)はすでに、フランスが求めるならば、全加盟国が戦闘でフランスを援助しなければならないという条項を発動させると述べました。得をするのはこうした国や機関だと思います」
▲パリ同時多発テロの事件現場で献花するアメリカのオバマ大統領とフランスのオランド大統領(出典:ウィキメディア・コモンズ)
岩上「『偽旗作戦』だともう断定しますか。都合良くパスポートが見つかったことについてバカバカしいとお感じになっている?」
ウォルフレン「『偽旗作戦』だと断定してはいません。まず問うべきことが『偽旗作戦の可能性』だということです。犯人が誰かは私には分かりません。私たちが予想もしないような誰かかもしれませんし、その可能性はあります。私は違うだろうと思っています。個人的には『偽旗作戦』だと思いますが、もちろん疑問は残っています。誰がやったのかを私たちは知りません。シャルリ・エブドの犯人も、9.11の犯人もわかっていません。容疑はいくつかありますが、それはまた別問題です」
岩上「誰が利益を得るかということを考えると、この事件は大変奇っ怪で、一般のフランス市民を殺すことで何のメリットを得るのだろうと考えると、本当にバカバカしいと思いますね」
ウォルフレン「事態の推移を考えてみましょう。ヨーロッパでは難民が来る、シリアがどうなっているのか、市民は不安に駆られています。もちろん難民が生じる原因は米国です。米国はリビアにつぎ、シリアでも大混乱をもたらしました。難民はこの双方から来るのです。
そういうわけで、戦争で人々は不安に駆られています。ウクライナでのある種の戦争、ロシアのウクライナ侵攻に対する経済制裁のことも含めてです。人々は政府の対応が正しいのか、進むべき道があっているのか、疑問を持ち始めていました。
しかしパリで起こった事件のせいで、 急に、9.11事件直後の心理的状態に戻ってしまった。皆が敵に対する戦闘意欲に燃えている感じです。ヨーロッパと米国に再び支配関係が築き上げられたのです。またもや支配者層は疑惑を持たれず、非難されることもなくなりました」
岩上「犯人は本当にISなのでしょうか? なぜ、フランスの諜報機関(*9)は、シャルリ・エブド事件に続き、犯行を防げなかったのか。あれだけ厳戒態勢をとっていたのに。なぜか9.11以降、シャルリ・エブド事件でもそうですが、犯人は死亡・射殺されてしまい、死人に口なしとなってしまう。しかも、どういうわけか、パスポートが都合よくみつかっている。この疑問には最初にお答えいただきました。もし犯人がISであるとして、犯行の動機は何なのか。これも、犯行の動機がおかしいとお答えをいただきました」
▲シャルリ・エブド襲撃事件後、”JE SUIS CHARLIE”(私はシャルリ)というフレーズが世界中に溢れた(出典:ウィキメディア・コモンズ)
(*1)パリ同時多発テロ事件:2015年11月13日、フランスのパリ市街と郊外のサン=ドニ地区の商業施設において、イスラム国(別称ISIL、IS)の戦闘員と見られる複数のジハーディストのグループによる銃撃および爆発が同時多発的に発生した。
事件発生時、サン=ドニにあるスタジアムスタッド・ド・フランスでは、男子サッカーのフランス対ドイツ戦が行われており、オランド大統領とドイツのシュタインマイアー外務大臣が観戦していたが、現地時間午後9時ごろ、同スタジアムの入り口付近や近隣のファストフード店で爆弾とみられる爆発音が3回鳴り、実行犯とみられる人物が自爆テロにより4人死亡したほか、1人が巻き込まれて死亡した。
その後、午後9時30分ごろより、パリ10区と11区の料理店やバーなど4か所の飲食店で発砲事件が発生。犯人らはイーグルス・オブ・デス・メタルのコンサートが行われていたバタクラン劇場で観客に向けて銃を乱射した後、観客を人質として立てこもった。14日未明、フランス国家警察の特殊部隊が突入し、犯行グループ3人のうち1人を射殺。犯人グループのうち2人は自爆により死亡し、観客89人が死亡したほか、多数の負傷者が出た(参照:Wikipedia【URL】http://bit.ly/1PQkKV9)。
(*2)IS:Islamic Stateの略。ISIL、ISIS、イスラム国とも呼ばれる。サラフィー・ジハード主義を標榜し、イラク、シリア周辺地域の国家を自称する武装組織(参照:Wikipedia【URL】http://bit.ly/1mUi2mK)。
2015年1月には、後藤健二さんと湯川遥菜さんを拘束し、動画を公開。その後、2人を殺害した。IWJでは、ISの知られざる実相について、岩上安身のインタビューを多数配信している。
(*3)偽旗作戦:あたかも他の存在によって実施されているように見せかける、政府、法人、あるいはその他の団体が行う秘密作戦。敵になりすまして行動し、結果を敵になすりつける作戦のこと。
具体的には、満州事変の発端となった1931年9月18日の柳条湖事件、米軍がベトナム戦争に介入するきっかけとなった1964年8月2日のトンキン湾事件などがあげられる(参照:Wikipedia【URL】http://bit.ly/1TN5yrO)。
(*4)パスポートが見つかった:パリ同時多発事件後の11月14日、仏検察当局は死亡した容疑者の遺体のそばから、シリア国籍のパスポート(旅券)が見つかったと発表。自爆した容疑者の遺体のそばから「1990年9月にシリアで生まれた人物の名前が書かれたシリア国籍のパスポートが見つかった」という。
このパスポートは10月にギリシャのレロス島で登録された難民申請者のもので、この発見により、事件の実行犯あるいは共犯者は、内戦が続くシリアから逃れた人々に紛れ込んで欧州入りしていたという疑いが浮上している(AFPBB News、2015年11月15日【URL】http://bit.ly/1lr6Z3q)。
この事件をきっかけとして、フランスの極右政党「国民戦線」代表のマリーヌ・ルペン代表を中心に、欧州では難民とイスラム教徒を排斥する声が高まった。
(*5)シャルリ・エブド襲撃事件:2015年1月7日に発売された「シャルリ・エブド」に、イスラム過激派を挑発する風刺画が掲載。同日11時30分、「シャルリ・エブド」本社に覆面をした複数の武装した犯人が襲撃し、編集長と風刺漫画の担当者、コラム執筆者、警官など、12人を殺害。この事件をきっかけに報道と表現の自由をめぐる議論が起こった。
事件以降、フランス各地では「報復」ともみられる、嫌がらせや暴力・発砲事件が数十件発生し、イスラム教徒やその関連施設などが標的となった。また、テロ事件約1時間後、フランス人ジャーナリストのジョアシャン・ロンシャンが、Twitter上に、「Je suis Charlie(私はシャルリー)」というスローガンを抱えた画像を掲載。攻撃を非難し、犠牲者との連帯を示すキャンペーンが、自然発生的に始まった。
シャルリー・エブドは、これ以前にもイスラム教の預言者ムハンマド・イブン=アブドゥッラーフを題材にした風刺画を度々掲載して、イスラム教徒の反発を招いており、世界各国で抗議デモに発展していた。2006年のムハンマド風刺画掲載後、シャルリー・エブド関係者は絶えず『殺害する』と脅迫され、警察の警護対象になっており、2011年には同紙編集部に火炎瓶が投げ込まれて全焼する事件が起きていた(参照:Wikipedia【URL】http://bit.ly/1RcHNfQ)(参照:Wikipedia【URL】http://bit.ly/1ZUCVNj)。
日が経って振り返ってみると、「シャルリ・エブド」による執拗な挑発と、それに対するイスラム教徒によるテロにより、フランスの中でイスラム移民等に対する反発が生まれつつあった。
(*6)9.11でもマンハッタンの世界貿易センターの瓦礫の中からパスポートが見つかっています:パリ同時多発テロ後、アメリカの政治家ジャック・リンドブラードは、9.11、シャルリー・エブドの事件で、現場にパスポートが見つかった不自然さを指摘したうえで、「偽旗事件」の可能性を示唆した。リンブラードは「この殺戮はテロリストによるものではなく、アメリカとモサドがイスラエルの現首相の権力を維持する目的で行ったと考えている」としている(Independent、2015年1月15日【URL】http://ind.pn/23cjhyT)。
(*7)NATO:北大西洋条約に基づき、アメリカ合衆国を中心とした北アメリカ(=アメリカ合衆国とカナダ)およびヨーロッパ諸国によって結成された軍事同盟。北大西洋条約機構(参照:Wikipedia【URL】http://bit.ly/1JTE0NP)。
(*8)NATO事務総長のパリ同時多発テロ後のコメント:パリ同時多発テロを受け、NATO事務総長のストルテンベルグ氏は、「結束してテロと戦う。テロでは民主主義は倒せない」と表明している(時事通信、2015年11月14日【URL】http://bit.ly/1Wr0cEm)。
NATOも、中東に軍事介入するために、「テロ」という「敵」を必要としていた。
(*9)フランスの諜報機関:フランスには国内治安総局と呼ばれるフランス内務省直下の組織があり、フランス国内を対象としたテロリズムやサイバー犯罪などに対抗する業務および防諜を担当している(参照:Wikipedia【URL】http://bit.ly/1JCVXU5)。