「歴史的な資産である泉岳寺は世界遺産になれる」──泉岳寺マンション問題をめぐり有識者らが景観の保護を主張 2015.2.15

記事公開日:2015.3.2取材地: テキスト動画
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(IWJテキストスタッフ・関根かんじ)

※3月2日テキストに加筆しました!  

 「武士のモラルの象徴である忠臣蔵の物語があり、歴史的な資産である泉岳寺は、世界遺産になれる。そのためには、市民からの尊重、維持する努力の証が必要だ。隣にマンションができてしまったら、それは認められない」──元駐オランダ大使で、港区民の東郷和彦氏は、泉岳寺の真横にマンションが建つことに懸念を表明した。

 忠臣蔵で有名な赤穂浪士の墓所という国指定の史跡があり、キアヌ・リーブスの主演映画『47RONIN』で世界的に名を知られた、東京・高輪の泉岳寺。この歴史的文化財の隣に、8階建て(高さ24メートル)のワンルームマンションが建設されることが明らかになったのは、2014年6月のことである。

 すぐに反対運動が起こり、「国指定史跡・泉岳寺の歴史的文化財を守る会」が活動を開始。国や港区には、対応を求める署名が2万1322筆(2015年2月11日現在)集まっている。しかし、法律上、この建設計画は合法であることから、今の景観を維持するには建設用地の買い取りしか策がない。同会では、市民講座の開催やブックレットの制作販売などを通し、この問題について広く情報発信を行っている。

 2015年2月15日、東京都港区の泉岳寺講堂にて、「国指定史跡・泉岳寺の歴史的文化財を守る会」主催による「『泉岳寺マンション問題から日本の景観を考える』泉岳寺特別市民講座」が開催された。元外交官で京都産業大学教授の東郷和彦氏と、法政大学名誉教授で日本景観学会会長の五十嵐敬喜氏による講演、港区議会議員や支援者たちのアピールなど、マンション建設中止への熱い思いが語られた。

 『美しい都市をつくる権利』(2002年3月、学芸出版社)などの著書もある五十嵐氏は、「今回のマンション建設は、文化財保護法、建築基準法、都市計画法、景観法でも規制できない。欧米のように景観への配慮ができるように、地方自治体が建設許可権を持つ改革法案を、議員立法で出せないかと検討中だ」と話した。また、自身が携わった、神奈川県真鶴町で成功した町づくり条例を取り上げて、マンション建設中止への方策を探った。

■ハイライト

  • 講演 東郷和彦氏(元駐オランダ大使)
  • 講演 五十嵐敬喜(たかよし)氏(法政大学名誉教授、日本景観学会会長)
  • 対論 東郷和彦氏×五十嵐敬喜氏/参加者とディスカッション

伝統文化と自然、それを生かす技術力が日本の魅力

 主催者を代表して吉田朱音氏があいさつしたのち、泉岳寺受処主事の牟田賢明氏が、「2014年6月、隣にマンションが建つ計画を知った。

 (元は外桜田にあった)泉岳寺は、1641年の寛永の大火で消失し、高輪のこの地に復興した。1945年5月には、戦火で本堂や書院などが焼け落ちている。昨年、やっとすべての再建が終わった矢先の出来事が、このマンション建設だった」と語った。

 続けて、フォトジャーナリストの佐藤弘弥氏が、歌川広重の浮世絵のスライドを投影して、江戸時代の風景を説明。続いて、東郷和彦氏が登壇した。

 東郷氏は、まず、「私は、親の代からの港区民であり、外務省勤務で多くの年月を海外で過ごしたが、それ以外の人生の大半は港区で暮らしてきた。港区は大好きだ。いずれ、日本は世界に冠たる文化大国になる。その時、首都東京の『顔』になるのは港区だ」と話を始めた。

 「現在は、世界中に瞬時に情報が行き渡るネット社会で、良い情報はすぐに伝わる」と言う東郷氏は、日本には魅力的な伝統文化と自然、それを生かす技術力があることを強調し、「2020年、東京オリンピックがある。その時の『おもてなし』とは、近代的なビル群ではなく、緑と水路、そこを吹き抜ける涼風だ。そして、寺の境内は、外国観光客たちにとっては異次元の世界に映るだろう。そういう『顔』を誇れるのは、港区だ」と力を込めた。

 東郷氏は、武井雅昭港区長が、あるインタビューで、「緑化や、海からの風の道を作るなどして、開発によるヒートアイランド現象を緩和していきたい。行政は、働く人や住民に、魅力や歴史を感じられる街を残す仕組みを作るべき」と話していることに感動したと言い、「ところが、昨年(2014年)、このマンション計画を知って唖然とさせられた」と続けた。

568市町村が景観行政団体――しかし、規制力のない景観法

 泉岳寺は港区の文化の顔だ、と繰り返し主張した東郷氏は、「観光客が羽田空港から品川に来て宿泊。散策して泉岳寺に来る。そして、赤穂浪士のストーリーを知り、異文化体験を得て、旅の記憶に刻まれる。それが、8階建てのマンションが横に建つ泉岳寺を前にしたら、違和感を持つことは明らかだ」と述べ、マンション建設に異議を唱えた。

 東郷氏は外務省時代、長い海外勤務から戻ると日本に違和感を感じることが多かった、と話す。「イギリス人は、産業革命時代に自国の汚れた街並みを反省。日本の浮世絵を参考に、現在の田園風景を取り戻した。日本では、2004年にやっと景観法ができた。しかし、それは目的法だ」。

 それは、地方に丸投げして、自治体の条例策定を促すだけの法律だと指摘した東郷氏は、「現在は、568市町村が景観行政団体だが、欧米並みの規制はできない。また、日本では、自分の土地に家を建てる意識がとても強いため、それに準じる法律になっていて、(景観について)なかなか手が出せない」とした。

世界遺産になり得る、泉岳寺のポテンシャル

 東郷氏は、世界遺産に登録された富士山が、自然遺産では登録できず、美と信仰の対象の文化遺産になったことを語り、「武士のモラルの象徴である忠臣蔵の物語があり、歴史的な資産である泉岳寺は、世界遺産になれる。そのためには、市民からの尊重、維持する努力の証が必要だ。隣にマンションができてしまったら、それは認められない」と懸念を示し、次のように続けた。

 「イギリスだったら、ナショナル・トラストがすぐに買う。アメリカだったら、基金がすぐに手を打つ。日本で、今、現実にできるのは、港区にマンションの建設予定地を買ってもらうことしかない」

 東郷氏は、福岡市が買い取った福岡県の太宰府天満宮の参道や、水源地の破壊を阻止すべく、1万人署名で三島市を動かした静岡県の三島梅花藻の里「泉トラスト運動」を紹介し、「港区税が、泉岳寺横の土地買取りに使われることに、私はまったく異議はない」と熱弁を振るった。

元禄時代と共鳴する「平成忠臣蔵」の世直しストーリー

 続いてマイクを握った五十嵐氏も、泉岳寺が世界遺産になる可能性はとても高いとし、「H.G.ウェルズは新渡戸稲造の『武士道』に影響されて『モダン・ユートピア』を書いた」と口火を切った。

 そして、五十嵐氏らが出版したブックレット『平成忠臣蔵・泉岳寺景観の危機』(2015年1月、公人の友社)のタイトルについて、「赤穂浪士の討ち入りが起きた元禄文化の時代は、武士文化から町民文化への変革期だ。開発文化から地方文化への移行期である現代の『平成』と、時代背景が似ている」と語る。

 その上で五十嵐氏は、「現代は、人々の心が鬱屈している。金儲け、経済成長、開発、スピード優先の反動なのか、自殺、孤独死などが増加している。元禄時代、忠臣蔵の仇討ちで町民はスカっとした。『平成忠臣蔵』は、世直しが求められている今日、まさにぴったりのタイトルだ」と語った。

現行法ではマンション建設を止められない

 五十嵐氏は、現在の「仇討ち」は法に基づかなければならないが、このマンションの問題は文化財保護法の力が及ばない、と言う。「寺の回りは容積率300%の近隣商業地域となっていて、建築基準法、都市計画法の効力も及ばない。景観法では高さ24メートルまで合法だ」とし、法律では建設を止められない現状を話した。

 さらに五十嵐氏は、20年前、神奈川県真鶴町で実験的に策定した「美の条例」(町づくり条例)について、このように説明した。

 「真鶴町では、コミュニティを重要視。町民が一丸となり、路地を守り、環境に配慮した。それが功をなし、20年前には見られなかった夜光虫を、再び甦らせた。この条例の施行当初、建設省と神奈川県は、違法だと騒いでいた。しかし、今では『世界一厳しい建築基準で建てた』と、業者が自慢するほどだ」

建築を許可制にする法改正で、現状打破を!

 2020年の東京オリンピックを控えて、今、東京ではあちこちで再開発が進められている。特に、港区と隣接する千代田区は景観を重んじていて、大手町、丸の内、有楽町の『大・丸・有』は美しい街づくりの先端を走っている、と五十嵐氏は言う。その上で、「泉岳寺の横にマンションが建ったら、世界遺産の夢は叶わない。なぜなら、この場を守る努力がないと判断されるからだ」と嘆いた。

 五十嵐氏は、開発する側が万能な権限を持つ状況を打破するには、都市計画、建築基準法、景観法を串刺しにした改正案の上程しかない、と主張し、「都市改革・都市計画制度等改革基本法を、国会議員20名の賛同を集めて議員立法にすることを模索中だ」と話す。

 その内容は、建築を許可制にし、その判断は自治体の条例に委ねる、というもの。五十嵐氏は、「現状、建築確認の是非の権限は港区にはないので、区長は手が出せない。そういう意味でも、この泉岳寺の問題は、赤穂浪士の仇討ちの精神と重なって、景観保護を世界に訴える良い先例になる」と意気込みを見せた。

信仰と美で認定された富士山の世界遺産

 休憩ののち、佐藤氏が、「江戸名所図会(えどめいしょずえ)」で描かれた、江戸時代の泉岳寺周辺の風景を語り、五十嵐氏が再び、泉岳寺の文化的重要性について力説した。

 「世界遺産という考えを打ち出したユネスコは、キリスト教が基本なので、世界遺産も石の文化を優先していた。そこに法隆寺の、木の文化の特質も認めさせ、東西文化を包括し始めた。富士山についても、ご神体としての文化的背景を認めている。泉岳寺も武士道精神の象徴になる。忠臣蔵の忠、義、仁、誠、名誉は、戦後70年経った今でも通用する価値観ではないか」

 東郷氏も、富士山の世界遺産認定までの経緯を、「信仰と美で(世界遺産登録を)訴えた」と述べ、「自由、民権、民主主義に反論はないが、世界の文明の価値はそれだけではない、と根本的に問い直す時ではないか。安倍内閣は、少なくとも、それはわかるはずだ」と述べた。

オランダでは、家の外観は私物ではなく公共物

 佐藤氏が、「このような美観を損なう開発は、世界では許されるのだろうか」と疑問を呈すると、東郷氏はオランダを例に挙げて、こう話した。

 「オランダは、国土の多くが水面下になる小さな国だが、とても美しい。個人の自由を尊重する国柄で、同性婚、安楽死、麻薬使用などが認められているが、景観にはとても厳しい。家の外観は、私物ではなく公共物という認識だ」

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