国土強靭化計画をアピールする自民党
ところで、7月13日日曜日の投開票に向け、激戦が繰り広げられている滋賀県知事選では、この台風8号の発生を受け、各候補者らが「災害対策」をめぐり、舌戦を展開しているので、ご紹介した。
自民・公明・維新の会推薦の小鑓隆史(こやり・たかし)氏は、「台風被害で明らかになった河川の整備の必要性、幹線道路の渋滞、教育の改善。滋賀県の『地の利』をもっと磨かなければならない」と訴えた。
小鑓氏の応援演説に駆けつけた古屋圭司防災担当大臣は、6月3日に閣議決定した国土強靭化基本計画について、「40ほどある基本計画の中でも、最上位にあたる。この計画の基本理念は、人命の保護、国家や社会に致命傷を負わせないこと。被害はできるだけ食い止め、すみやかに復旧させること」と語った。
「これを基にして政策に優先順位をつけ、すみやかに実行する。常に政策の見直しをやり、税金を使うだけでなく民間活力も利用する。平時にも、災害などの有事にも使い、成長政策につなげていく。決してバラマキではない」
さらに、「地方版の国土強靭化計画を作ることも明記した。今後、知事が地方版の国土強靭化計画を策定していく必要がある。小鑓候補は経産省や内閣府にいた経験から、滋賀県ならではの地域版強靭化計画を、きちんと策定して実行できる。ぜひ、投票に行ってほしい」と呼びかけた。
防災計画において本当のリスクは想定されているのか
小鑓氏や古屋大臣が唱えるインフラ強化による災害対策の必要性は、もっともらしく聞こえる。大規模公共事業によって地元も潤うというのでは、という期待感も膨らむ。しかし、重大な欠落もある。目と鼻の先にある若狭湾。そこに広がる「原発銀座」の存在について、まったく触れていないのだ。大規模災害時、原発に事故が発生するリスクについて、どう考えるのだろうか。
現職の嘉田由紀子滋賀県知事が後継者に指名し、民主党が推薦する三日月大造(みかづき・たいぞう)候補は、街頭演説で「原発再稼働の動きもあるが、避難計画が十分ではないし、安全対策にも納得がいかない。福井で原発事故があれば、滋賀県は被害地元になる」と述べ、「原発銀座」と呼ばれる福井に立ち並ぶ原発のリスクに言及した。
続けて、「3.11を教訓にして、原発を動かさなくていいエネルギー社会を、この滋賀から作りたい。県内ではすでに、太陽光発電やバイオマス発電、川の流れを利用した水力発電にも取り組んでいるが、さらに進めていきたい」と述べ、省エネと再生可能エネルギーの推進に意欲を見せた。
三日月候補の言うように、福井県の原発が万が一過酷事故を起こせば、滋賀県は間違いなく被害地元となる。滋賀だけでなく、京都、大阪、神戸の約1450万人の住民の水源となっている琵琶湖までは、「原発銀座」からわずか20キロしか離れていない。
▲福井県嶺南地区、若狭湾に浮かぶ「原発銀座」とXバンドレーダーの位置
「Xバンドレーダー」と「ヤマサクラ」
もうひとつ、この若狭湾には、非常に気になる問題がもちあがっている。高浜原発から、直線距離にして約40キロ弱西方へ向かったところの京都府京丹後市の経ヶ岬にある航空自衛隊基地には、米軍の「Xバンドレーダー」が設置されようとしているのだ。「Xバンドレーダー」とは、弾道ミサイル防衛システムの一部をなす施設である。戦争になれば、真っ先に攻撃対象となる類のものだ。そんなシロモノが、「原発銀座」の目と鼻の先に建設されようとしているのである。
集団的自衛権行使の必要性を説明する際に、日本政府が用いた用例の中には、米国本土に向かう北朝鮮のミサイルを日本がミサイル防衛システムによって撃ち落とすという事例が含まれていた。現実味のない事例と考えられているが、万が一、日本政府の説明が正しく、そうした事態が起こり得るのだとしたら、北朝鮮はまずこの経ヶ岬のレーダー基地をミサイルで叩いてから、米国本土向けの弾道ミサイルを発射するであろう。むざむざ途中で撃墜されるのを黙って見過ごすはずはない。
米国の戦争に追随してゆく集団的自衛権の行使容認、それが現実にかたちとなってあらわれたのがXバンドレーダー基地の建設であり、政府の想定通りなら、この地は真っ先に戦場となるのである。
日本政府、そして米軍が想定しているのは、その程度にとどまらない。中国軍、北朝鮮軍との全面戦争、そして中国軍らによる日本列島上陸のシナリオも本気で想定され、検討されている。
IWJ代表の岩上安身が資料を入手し、たびたび言及している日米合同軍事演習シミュレーション「ヤマサクラ61」。この演習は、東日本大震災直後の2011年6月末に日米合同で行われたものである。中国軍とおぼしき敵軍と日米合同軍が開戦し、敵軍が日本列島に上陸。それを水際で迎え撃ち、上陸を許してしまったあとも、列島内で防衛戦を戦う、というシナリオだ。想定されているその上陸地点が、原発の立ち並ぶ「若狭湾」である。
▲日米合同軍事演習シミュレーション「ヤマサクラ61」
日米の軍関係者らは、日本海側に原発を抱えたまま、日本が戦争に突入することを想定して戦争準備をしているのであり、その湾内の西の端に位置する経ヶ岬に米軍のレーダー施設の建設を進められているのである。
ミサイルの着弾でも、陸上部隊の上陸とその攻防戦でも、若狭湾一帯は甚大な被害を被るだろう。原発の建屋に砲弾や爆弾が直撃しなくても、送電線や周辺施設が破壊され、全電源喪失という事態に陥る可能性は十分にある。一基でもそんな状態に陥ったら、もうお手上げである。
自民党は国土強靭化計画を打ち上げ、防災のための公共事業に大幅な予算を割くというが、その一方では、中韓との外交的対立を深め、米国への軍事的な依存をますます強めて、原発を抱えたままでの軍事国家化を駆け足で進めている。だが、原発過酷事故や、レーダー基地へのミサイルの着弾や、「ヤマサクラ」のような戦闘を想定した上での、住民の避難計画や防災計画は考えられているのだろうか。そんな話は聞いたことがない、というのが現実である。
今回の台風8号は、大災害をもたらすまでには至らなかったが、昨年9月、この若狭湾を含む、京都、福井、滋賀一帯を襲った台風18号は、大きな被害をもたらした。
IWJは昨年、この台風18号の被災地を現地取材し、現場からレポートをお伝えした。そこで明らかになったのは、大災害に見舞われた過疎地のあまりにも悲惨な状況と、災害被害を過小評価し、リスクを甘く見積もる自治体の姿だった。以下、前回の台風被害についてのレポートを、コンパクトにまとめて再掲載する。
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1度目の「特別警報」に原発銀座は
初の「特別警報」が出た台風が昨年9月、原発銀座を襲った。私は現場取材をし、県や地元住民のあまりにも深刻な危機感のなさを、肌身で感じた。
気象庁は2013年9月16日深夜、京都、滋賀、福井の各府県に向けて、「直ちに命を守る行動を取ってください」と呼びかけた。四国から東北地方にかけて、「台風18号」が記録的な猛威をふるったのだ。
あちこちで川が氾濫し、町は水で溢れ、多くの家が浸水被害を被った。また、山の麓に建つ民家の屋根には大量の土砂が降りかかり、壊滅的な被害を受けた家もあった。
当該地区の雨は15日未明から降り始め、翌16日の午前5時30分までの総雨量は、福井県小浜市で333.5ミリ、滋賀県大津市で300ミリ、京都府京北町で280ミリに達した。「数十年に一度」の規模の豪雨だったという。
▲台風で冠水した若狭町別所地区の道路
台風18号は、高速増殖炉「もんじゅ」にも襲いかかった。
福井県・若狭湾の沿岸部は「原発銀座」と呼ばれ、大飯原発、敦賀原発、美浜原発、高浜原発、もんじゅと、計14基の原子力発電所が集中しているが、台風による土砂崩れで、もんじゅに通じる県道は寸断されてしまった。もんじゅは、孤立状態に陥った。
さらに、もんじゅからJNES(原子力基盤機構)へ送る、原子炉出力、ナトリウム冷却材の流量などのプラントデータの「送信システム」が停止した。
台風18号は、原発立地地域におけるインフラの脆弱性を浮き彫りにした。
もんじゅのプラントデータ送信システムは、42時間後に復旧したが、もんじゅへと続く唯一の道、「県道141号」が台風被害で遮断されていたことで、11時間半もの間、システムの復旧作業にさえ手をつけられなかった。大惨事には至らなかったが、多くの人が背筋の凍る思いをしたはずだ。
寸断された県道、孤立した半島
若狭湾沿岸には、敦賀原発や美浜原発、もんじゅの建つ「敦賀半島」、大飯原発の建つ「大島半島」などといった「半島」がいくつも存在する。
そのうちのひとつ、「常神半島」には原発こそ建っていないが、台風18号による土砂崩れで、半島に唯一通る県道216号が寸断され、約500〜600人が住む常神半島の先端部は、約1ヶ月ものあいだ道が復旧せず、孤立した。
常神半島先端部と行き来するには、定期船に乗る以外に手段はなかった。バスや車を使えない住民は、毎日、通勤・通学のために船で本土と行き来し続けた。新聞や物資なども、定期船を通じて送り込まれた。
常神半島先端に上陸し、県道216号を歩き、土砂災害の現場を訪れた。この時点で、台風18号の水害から20日ほど経っていたが、被害は生々しく残っていた。すぐ真下に広がる穏やかな海にはひどく不釣合いな、凄惨な工事現場だった。
事故現場の土砂は脇のほうに寄せられ、整えられてはいたが、とても道路があった場所とは思えないほど、砂や埃にまみてれいた。木々はなぎ倒れ、電柱は、建っているのがやっとの状態というほど傾いている。この電柱の電線が切れていれば、ここから半島の先端にかけて停電が起こっていたのだ。どうにか電線は切断されることなく、停電も免れた。不幸中の幸いだ。
▲土砂災害に見舞われ、通行止めとなった県道216号
▲土砂崩れにともない、倒れかけた電柱
常神半島先端へ続く県道が完全に寸断され、一応、山に陸路の迂回路は作られた。しかし、それは「山道」そのもの。もしも本土へ行くために定期船を使わないのであれば、この迂回路を自分の足で「山越え」し、下山した先で数時間に1本のバスを待つしか方法はない。
実際に体験した山越えの迂回路は、決して易しくない道だった。
山道は簡易工事がされており、ロープで進むべき方向も示されている。若干、通りやすくはなっていたが、それでも足元がいいとは言えない。日が沈む頃には通行禁止になるというが、それももっともだ。周囲に明かりはなく、傾斜の厳しいところも多々ある。険しい、と言っていい。
▲簡易に舗装された山越えの迂回路
過疎化が進み、取り残された住民の多くが高齢者である。山越えには、20代で、現役のアメフトプレイヤーである私でも、20分以上の時間を要した。ご老人が自力でこの迂回路を越えるのは厳しいに違いない。
「結局、事故が起きれば、新たな道を作ったって絶対に渋滞する」
美浜原発を抱える美浜町「丹生地区」へ繋がっているのは、県道33号線と、141号線だ。敦賀半島の中腹で県道33号線は横に折れ、それ以北は、台風18号の影響で一時的に通行不能となった「141号線」の一本道となる。常神半島と似たようなインフラ環境である。
▲敦賀半島 県道33号線以北は141 号線の一本道となる
美浜原発からさらに北へ行った半島の先端部には「もんじゅ」があり、山を挟んだ東側の海には「敦賀原発」が建っている。敦賀半島だけで、7基の原発が存在する。「原発半島」と揶揄される所以である。
IWJが取材に訪れた時点で、すでに県道141号は回復し、開通していた。美浜で生まれ育ったという、ブルーのジャケットを着た原発作業員は、台風18号の猛威など、もう忘れたかのような口調で語る。
「(台風被害があっても)特に心境に変化はないっすね。美浜も、山際の一本道なので、(今回の台風で一時孤立した)もんじゅのようになる可能性もありますけどね」
作業員の男性は、福島第一原発事故について「事故が起きるとは思ってなかったっすね」と言いながらも、美浜で事故が起こるとは考えてもいない、と言う。
「事故があったらどうしようなんて気にしてたら、こんなところ、おれないっすよ。美浜は立地的にも『津波』が起こりにくい地形とも言われている。ゼロかゼロじゃないか、って言われればゼロじゃないとは思うけど、限りなく可能性は低いと思います」
東日本を襲った圧倒的な、地震、津波。そして台風18号で破壊された原発銀座のインフラ――。こうした現実を目にしても、未だに自分の町の原発だけは大惨事を起こさない、という根拠なき自信を男性は持っていた。
「津波はこの辺にはこない」
美浜で民宿も営んでいるという60歳過ぎの漁師の男性は、原発がなければ美浜町は成り立たない、と断言する。しかし、仮に大規模な自然災害によって原発事故が起こったとして、その時、常神半島のように避難経路となる県道が塞がっていたとしたら、という危機感を抱くことはないのか。
漁師の男性も、やはり「津波はこの辺にはこない。地震で原発が壊れるなら、このへんの地域、全部壊れてるわ。昔からボーリング調査をしてきたんだから。逆に、地盤が固く、安心できたからこそ原発を建てているんだろう」と希望的観測を口にする。
漁師の男性も、原発作業員の男性も、「この地域に津波はこない」と話したが、事実は違う。大津波が来た、という記録が確かに残っている。
敦賀短期大学の日本中世史の専門家である外岡慎一郎教授は、論文「『天正地震』と越前・若狭」で、京都の神社に伝わる『兼見卿記(かねみきょうき)』と、ポルトガル人宣教師ルイス・フロイスの『日本史』に、1586年に発生した「天正大地震」に伴う津波によって、若狭地方は多数の死者が出た、と記している。500年と少し前だ。大災害のサイクルとしては、決して大昔のことではない。そして過去に地震が起きた場所は、繰り返しまた地震が起こる。これは日本列島の宿命ともいえる。
「『テロ』が起きれば自衛隊の仕事は避難ではなく、『テロとの戦い』になる」
台風18号の被害を受け、福井県はどう動くのか。日本共産党の福井県議会議員・佐藤正雄氏は、「今回の台風18号は未曾有の大雨で、小浜市も水没し、救急車、消防車も来れなかった。もし、大火事などが起きていれば手のつけようがない状態だった」と危機感を示す。
「今回のような被害が美浜で起きれば、そして、もしそれが原発事故を伴う自然災害であれば、『原子炉は冷却不能になり、しかし、土砂で道路は通行止め。住民は逃げられない。でも放射能は来る』といった大惨事がシュミレーションできる」
福井県はリスク軽減のために「原発災害制圧道路」を作る計画を進めているが、佐藤議員は「仮に道路ができたところで上手く逃げられるかどうか。例えば、美浜で自衛隊が出動すると仮定した原子力災害避難訓練が行われたが、『テロ対策』を想定したら、自衛隊の仕事は避難ではなく、『テロとの戦い』になる。そう訓練通りにいかない」と懸念を示した。
現場を知らない県知事
IWJは、台風18号の被害を受けて浮き彫りになった「インフラの脆弱性」に対し、県は何か対策を考えているのか、福井県・西川一誠知事にうかがうべく、記者会見で質問した。
常神半島が孤立し、復旧に1ヶ月近く時間がかかる見通しであることについて、「すでに、道ができています」と、思わぬ言葉を発し、「孤立」を否定した。
しかし、そんなわけはない。土砂崩れ現場を迂回するように、登山し、山を越えなければならないことは、私自身が身を持って確認していた。しかし西川知事は、「陸路は塞がっていなくて、迂回路が、万が一のために作られています」と繰り返した。
知事は何を言っているのか。陸路は、間違いなく塞がっている。事実を知らないのか? 勘違いしているのか? 会見後、若狭町に電話で確認した。若狭町の回答は、「現在、常神半島に陸路などない」という、当たり前のものだった。西川県知事の誤った現状認識については、福井県庁の出先機関である「敦賀土木事務所」に尋ねると、「知事の勘違いの可能性が高い」とのことである。
電話で問い合わせた福井県広報課職員によると、やはり知事は、あの「山越えの道」を迂回路と称したということだ。
「現実味のない避難計画、インフラ対策」
あの山道を、お年寄りや女性や子供、体力のない人が、車も使わず、徒歩で易々と越えられるとは到底思えない。それを「迂回路」と呼ぶことが、どれほど不適切であるか、知事も現地の視察にヘリなど使わず、自分の足で試してみるべきである。
自然災害に耐えうるインフラの確保万が一となれば、原発の過酷事故も当然想定されるだろう。あの山道を、一体、どれほどの住民が越えられるのか。
福島第一原発事故の際は、多くの方々が車で避難した。水、食料、着替え、貴重品、毛布、大事なペット──そうしたものを乗せて車で移動して、それでも多くの方々が大変な苦労をすることになった。車も通れない山道を、荷物を抱えながら、たとえば、夜間だったらどうやって安全に徒歩で越えてゆけるのか。そうしたシミュレーションを重ねれば、「迂回路」であるとは言い切れないだろう。
避難のためのインフラの強化や避難訓練の徹底などは、県として必要不可欠な対策であり、それを検討し直すためにも今、目の前で起きている被災現場の現実を直視しなくてはならないはずである。
愛媛の伊方原発、鹿児島県の川内原発、宮城県の女川原発など、やはりほとんどが福井と同じように、大規模な天災に見舞われれば孤立しかねない辺鄙な場所に位置している。住民の避難計画、インフラ対策は万全を期しているのだろうか。かなり疑問だ。
こういった現実を掘り下げられるからIWJは素晴らしいと思う。と同時に、危険極まりない真実。