【第152~154号】岩上安身のIWJ特報! 6月10日、日本は歴史的分岐点を踏み越えたのか~集団的自衛権とNATO史上最大軍事演習 2014.6.10

記事公開日:2014.6.10 テキスト独自
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(岩上安身)

 5月25日、ウクライナで大統領選挙が行われた。当選したのはペトロ・ポロシェンコ氏。「チョコレート王」として知られる富豪である。新しい大統領が選ばれたことによって、ウクライナの情勢は落ち着いていくのかとも思われたが、雲行きはどうも怪しい。

 ロシアへの侵入が行われたクリミアの「奪還」を、本気かどうかはともかく公表している。実際に武力をもってクリミアの「奪還」を「実行」しようとしたら、間違いなくロシアとウクライナの間で戦争が頻発し、他国も巻き込まれていくだろう。大きな嵐の予感がぬぐえない。

 この半年をふり返ってみよう。

 ヤヌコビッチ元大統領がEUとの連合協定の締結を見送ったことをきっかけとして、昨年11月から始まったウクライナの首都キエフでの反政府デモは、今年2月になって武力闘争へと発展し、とうとうヤヌコビッチ政権打倒へと至った。

 日本では大雪に見舞われ、山梨県を筆頭に東日本大震災で大雪害が起きていた時期である。ロシアのソチで冬季五輪が開催されていた時期であった。週末、五輪観戦に夢中になっていた安倍総理が、雪害対策に乗り出さず、高級天ぷらを食べていて批判された時期でもあった。

 同じ頃、ロシアのプーチン大統領は、ソチ五輪のホスト国の元首として身動きがとれず、キエフの動きに素早い反応ができなかった。そういうタイミングでの「政権転覆」だった。

 キエフの独立広場での運動によって、暫定政権が樹立されたが、同時に、親欧米の路線に反発する親ロシア派の人々の動きも活発になった。そのひとつの現れが、3月に住民投票を経て行われたクリミア自治共和国とセヴァストーポリ特別市のロシア編入である。

 4月になると、ウクライナの東部では、親ロシア派住民が市庁舎などの建物を占拠し、それを鎮圧しようとするウクライナ軍との闘いが繰り広げられた。

 情勢がますます緊迫していく中で、5月2日、ウクライナ南部のオデッサでは大虐殺事件が起こった。親ロシア派住民が立てこもった建物が放火され、少なくとも、40人以上の市民が死亡したのである。犠牲者の中には、女性も含まれていた。放火は右派勢力によるものとみられているが、右派勢力からはひとりの逮捕者も出ていない。法治システムが破綻していることを端的に示す事件である。

 5月25日の大統領選後も事実上の「内戦」状態が続き、26日にはドネツク空港を占拠した親ロシア派勢力に対してウクライナ軍が攻撃し、40名以上が死亡した。ウクライナは東西で分裂状態が続き、ひとつの国家として機能していくことが危ぶまれている。

 このウクライナ危機は、日本にとって対岸の火事ではありえない。

 安倍総理は5月15日、私的諮問機関「安保法制懇(安全保障の法的基盤の再構築に関する懇談会)」からの報告書提出を受け、記者会見を行い、解釈改憲による集団的自衛権行使容認に向け、公明党との間で与党協議を開始することを表明した。

 公明党との与党協議は、6月10日現在のところ、難航しているようにみえる。閣議決定の文言に「集団的」の文言を入れることに難色を示し、連立からの離脱をもちらつかせる公明党に対し、安倍総理と自民党の高村正彦副総裁は、あくまで強気の姿勢だ。6月10日、安倍総理は、閣議決定の文案に「集団的自衛権」と明記する意向を高村副総裁に伝え、今国会の会期中、6月20日(金)に閣議決定する考えを示した。あと10日である。

※「集団的」明記を指示=安倍首相、20日閣議決定目指す(時事通信 6月10日【URL】http://bit.ly/1ijFhye

 公明党の抵抗がどこまで続くかわからない。自民党は公明党が連立を解消しても、衆参ともに単独で過半数を占めている。さらに、新たなパートナー候補として、日本維新の会を「分割」した石原慎太郎前共同代表の率いる石原新党の合流も取り沙汰されており、自民党が折れて妥協する可能性はほとんどない。

 加えて、「決定的」ともいえる報道が、同じく6月10日に流れた。”憲法の番人”として、憲法の解釈を司る内閣法制局が、これまでの解釈を変更し、集団的自衛権の行使を容認する閣議決定の原案を、既に了承していると共同通信が伝えたのである。公明党が踏ん張ってこれたのは、内閣法制局の憲法解釈があってのこと。「公明党は、与党協議における後ろ盾を失ったかたちだ」と共同は論じた。

 事実であれば、日本政府は歴史的な分岐点を踏み越えたことになる。

※法制局、閣議決定原案を了承 集団的自衛権容認へ転換(東京新聞 6月10日【URL】http://bit.ly/1oHHXv6

 ここまでゴリ押しして安倍総理が、解釈改憲による集団的自衛権の行使容認を急ぐ理由は何なのか。ひとつには、安倍総理自身が国会でも答弁しているように、年末に改定される日米ガイドラインに間に合わせるためであると考えられるが、もうひとつ、隠された理由として、NATOの軍事行動に自衛隊を参加させようとの思惑があるのではないか。

 安倍政権は、5月9日、集団的自衛権の行使の対象国は、同盟国である米国に限らないことを明らかにした。

※集団的自衛権、行使対象国絞らず 米国以外も、政府方針(朝日新聞、5月9日【URL】http://bit.ly/1u1uYDX

 安倍総理は4月末から5月上旬にかけて行われた欧州歴訪の際、ベルギーの首都ブリュッセルのNATO本部を訪れ、ラスムセン事務総長と会談した。安倍総理はNATO本部での演説で、「積極的平和主義」の名目のもと、解釈改憲による集団的自衛権行使容認の必要性を強調した。

※安倍首相、NATOとの新連携協定に調印(ロイター、5月7日【URL】http://bit.ly/1mAIPid

 そのNATOは、ウクライナ東部の混乱をめぐり、ロシアに対して強硬な姿勢を崩していない。ウクライナはNATOの加盟国ではないが、6月3日には、国防相理事会を開き、ポロシェンコ政権の軍事能力向上に向けた包括的な支援を行うことで合意した。

 さらにVoice of Russiaが伝えるところによると、ウクライナ近郊で、米国、英国、ノルウェー、フィンランド、デンマーク、カナダ、ラトビア、リトアニア、エストニアの約5000人の兵士が参加する、バルト三国史上最大のNATOの軍事演習が始まったという。

※ウクライナ近郊でバルト三国史上最大のNATOの演習始まる(Voice of Russia、6月10日【URL】http://bit.ly/1u0XxBF

 ウクライナをめぐり、ロシアとNATOは、まさに一触即発の状態であると言える。集団的自衛権の行使を容認し、日本を「戦争のできる国」に作り変えるということは、万が一、ウクライナを主戦場とする戦争が勃発した場合、日本の自衛隊も参戦する可能性があることを意味する。

 その意味で、ウクライナ情勢は、日本にとって対岸の火事であるどころか、今まさにそこに迫った、緊急事態なのである。

 親ロシアと親欧米のあいだで揺れ続けるウクライナだが、この背景には破綻寸前の経済という問題があり、さらには多民族国家ウクライナの成り立ちという歴史的背景がある。こうした背景をふまえて、これからウクライナがどうなっていくのか。今号の「IWJ特報!」では、3月20日に行った、ロシアNIS貿易会・ロシアNIS経済研究所の服部倫卓氏のインタビュー全文をお届けする。

【インタビューのポイント】

・ウクライナの経済的困窮――リーマンショック以降急激に落ち込んでいたウクライナ経済。国外からの支援を必要としており、EUに頼るのかロシアに頼るのかでウクライナ国内は揺れていた。経済破綻の理由と経緯はどのようなものだったのか。

・歴史的背景ーーウクライナは多民族国家であり、国内で文化圏・言語圏が分かれている。ソ連からの独立後、ひとつの国家としてのアイデンティティを確立させてきたが、今後どうなっていくのか。

・極右武装勢力の台頭ーーキエフの反政府デモで台頭してきた極右武装勢力。現在もウクライナ東部の親ロシア派勢力の鎮圧のために活動を続けている。この極右武装勢力はどのような影響を及ぼすのか。

・ロシアとアメリカの対立ーーロシアにとって要所であるクリミア、セヴァストーポリがロシアに編入された。ウクライナは、西側のNATO諸国とロシアとに挟まれている。ロシアの思惑と、アメリカの思惑はウクライナにどのような影響を与えるのか。

記事目次

  • 歴史的に主権国家としての歴史性が乏しい「新興独立諸国」としてのウクライナ
  • 「クラン」=派閥の理解なくしてウクライナとロシアの政治を理解することは不可能
  • 問われたのはヤヌコヴィッチ政権の存在とその正当性
  • キエフ政権の「民族浄化」的言語政策と、それに反発するロシア系住民
  • 国民国家ウクライナのアイデンティティは根付いているか
  • セヴァストーポリはロシア人が血で獲得してきた領土
  • ユダヤ人やポーランド人の町だった地域が、いまやウクライナ民族主義の総本山に
  • ウクライナ民族主義者は独ソ戦の際、ナチスを「解放者」とみなした
  • クリミアに関してロシアを刺激し、もはや引き下がれない米国
  • 急がれるEUとウクライナのFTA~ウクライナにとっては厳しい内容に
  • EUに流れるウクライナをロシアはいかにして引き止めるか
  • EUとロシアどちらを支持するかは地域や世代によって違う
  • 憲法改正とヤヌコヴィッチ大統領廃位は合法的だったのか
  • リーマンショックが与えた影響~実力がないのに背伸びをしたウクライナ
  • ウクライナの格付けは「トリプルC」~「ティモシェンコの呪い」とは
  • ウクライナにシェールガスを買うよう迫る米国
  • クリミアの少数民族問題~タタール人とは
  • シリア問題のカギともなるセヴァストーポリとは
  • ロシアの天然ガスに関する、EU、米国、そして中国の思惑
  • クリミアの「無血開城」
  • 第三幕の展開はどうなるか

歴史的に主権国家としての歴史性が乏しい「新興独立諸国」としてのウクライナ

岩上「今日、お招きいたしましたお客様は、一般社団法人ロシアNIS貿易会のロシアNIS経済研究所(※1)で次長を務めていらっしゃる、服部倫卓(みちたか)さんです。服部さん、よろしくお願い致します」

服部さんは、大変精力的に論文や、『服部倫卓のロシア・ウクライナ・ベラルーシ探訪』(※2)というブログをほぼ毎日お書きになっていらっしゃいます。服部さんは、ロシアとウクライナとベラルーシの専門家です。ロシアNIS経済研究所の『NIS』とは、New Independent Statesの略で、『新たに独立した国家』という意味ですね」

服部「はい、そうです。旧ソ連が崩壊した時に、『これらの国々を総称してどう呼ぼうか』という話になりました。しかし、ほとんどの国が、独立国家の経験がありませんでした。ごく短い数ヶ月単位の、『自称独立』のような時期はありましたが、そういう期間を除くと、ほぼはじめて独立したに等しい国々でしたので、新興独立諸国(New Independent States)と称するようになりました。

 ロシアはソ連の継承国ということになっていますから、元々の独立国という認識がされていますが、バルト三国は戦間期に独立していたことがあり、New Independent Statesには含まれません。ですから、それ以外の旧ソ連諸国が、New Independent Statesということになります」

岩上「これは大事なポイントですよね。今、『バルト三国は戦間期に独立していた』とおっしゃいましたが、歴史をたどっていきますと、エストニアやリトアニア、ラトビアを、バルト三国と言いますが、リトアニアが非常に大きかった時期がありますよね。『リトアニア大公国』(※3)と呼ばれて、大変大きな力を持っていた時期もありました」

服部「黒海からバルト海まで、一大勢力を誇っていましたね」

岩上「今考えてみますと大変なことですよね。だから、リトアニアは、『歴史性のある主権国家だ』と認められているということですね。ところが、中央アジア、コーカサス、そして今話題のウクライナ及びベラルーシは違っていますよね。ウクライナ、ベラルーシ、ロシアは、『スラブの三兄弟』のように言われていますが、 ロシアとは違い、ウクライナとベラルーシは、主権国家の経験のある国々とは見られていないので、New Independent Statesと呼んでいるということでしょうか?」

服部「はい、そういう経験が乏しいという位置づけになっています。もちろん、本人たちはそれぞれに自分たちの過去の歴史の中に、それぞれの黄金時代みたいなものを見出しています。

 先ほどのリトアニアも、今日の国民国家リトアニアとの連続性がどれだけあるのかと言いますと、非常に微妙です。公用語がリトアニア語だったわけではありませんから(農民は独自の言語を守ったが、ポーランド化した貴族階級は、ポーランド語を用いた)。しかし、歴史というものはだいたいそういうものだと思います。

 日本のように領土が限られていて、その揺りかごの中で国民国家が形成された国は分かりやすいのですが、普通は、いろいろな紆余曲折があり、結果として国家なり、民族なりが生まれ落ちます。そして、現代の人々はその過去に自分たちの栄光の歴史みたいなものを見出そうとして、それをアイデンティティの拠り所にしているのだと思います。

 ですから、ウクライナ人に、『あなたたちは独立国家の経験が乏しいNew Independent Statesだ』と言えば、たぶん怒ると思います。しかし、そういう国民的な自尊心を尊重するにしても、総じて近代においては、新たに独立を遂げた国という位置づけになると思います」

岩上「なるほど。ウクライナという国について、日本人はあまりよく知りませんが、それだけではなく、日本人は今おっしゃられたように、『国土と歴史と民族が一体という状態が普通だ』『近代の国民国家というものは、当たり前のようにあり、フランスやイギリスのような状態が普通にある』と思い込みがちです。ですから、ウクライナも国民国家のようなものだと思っていると思います。

 しかし実際には、リトアニア大公国の力が大変大きかった時代もありますし、ポーランドやプロイセンの力が大変大きかった時代もありました。このベルリンからモスクワまでの間にはキエフもありますから、この非常に大きな地理的空間の中の興亡史を考え、『いろいろな民族が興亡してきた中にウクライナもあるんだ』と考えないといけないわけですよね」

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(※1)ロシアNIS経済研究所は、(社)ロシアNIS貿易会の調査・研究セクション。1989年(平成元年)4月に「ソ連東欧経済研究所」という名称で発足し、ソ連邦の解体を受け1992年(平成4年)5月に「ロシア東欧経済研究所」に改名、東欧事業からの撤退に伴い2006年(平成16年)9月に「ロシアNIS経済研究所」に名称変更した。
(一般社団法人ロシアNIS貿易会より【URL】 http://bit.ly/1nBKbKx )

(※2)ブログ「服部倫卓のロシア・ウクライナ・ベラルーシ探訪」
(【URL】 http://bit.ly/1kQZWgF )

(※3)バルト海東部に臨むリトアニアは、ドイツ騎士団の侵略を受けたが、「1236年の戦いでドイツ人の進出を食い止め、大公ミンダウカスMindaugas(在位1236頃−1263)がベラルーシの一部も含めて最初の統一を実現した」。その後、「1290年再統一され、ビリニュスを首都とした大公ゲディミナスGediminas(在位1316−41)とその子アルギルダスAlgirdas(在位1345−77)が、南・西ロシアの諸公国を次々に勢力下に収め、バルト海から黒海に達する大国をつくりあげた」。その結果として「当方正教徒」の東スラブ系住民の比重が高まり」、「ロシア化が進んだが、同時にドイツ商人が進出し、のちに大きな問題となるユダヤ人の移住も始まった。貴族階級がポーランド貴族(シュラフタ)と同権を獲得し、ポーランド化していき、「リトアニア戦争中のルブリンの合同(1569)で、形式的には対等ながら事実上ポーランドの従属領となり、またこのときウクライナをポーランドに譲った」。そして「1569年以後大公国はおおむねポーランド王国と運命をともにし、ポーランド分割で解体した」。
(カギカッコ内は『東欧を知る事典』(平凡社)から引用)

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「【第152~154号】岩上安身のIWJ特報! 6月10日、日本は歴史的分岐点を踏み越えたのか~集団的自衛権とNATO史上最大軍事演習」への5件のフィードバック

  1. @elcondorpaさん(ツイッターのご意見より) より:

    万が一、ウクライナを主戦場とする戦争が勃発した場合、日本の自衛隊も参戦する可能性があることを意味する。
    【岩上安身のIWJブログ】6月10日、日本は歴史的分岐点を踏み越えたのか~集団的自衛権とNATO史上最大軍事演習 http://iwj.co.jp/wj/open/archives/146047

  2. @wakuwakuchizuruさん(ツイッターのご意見より) より:

    対岸の火事ではないウクライナ情勢。自衛隊をNATOの軍事行動に参加させたい?!

  3. @yoc_chyyさん(ツイッターのご意見より) より:

    ジュネーブ条約違反。どちらの文民も保護される。

  4. @55kurosukeさん(ツイッターのご意見より) より:

    これは対岸の火事ではない。良くも悪くもグローバル化した社会に我々は生きているのだ。
    【岩上安身のIWJブログ】6月10日、日本は歴史的分岐点を踏み越えたのか~集団的自衛権とNATO史上最大軍事演習 http://iwj.co.jp/wj/open/archives/146047

  5. @megumegu1085さん(ツイッターのご意見より) より:

    総理は自衛隊をNATOの軍事行動に自衛隊を参加させようとの思惑があるのではないか
    【岩上安身のIWJブログ】6月10日 日本は歴史的分岐点を踏み越えたのか~集団的自衛権とNATO史上最大軍事演習 http://iwj.co.jp/wj/open/archives/146047

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