「なぜ、憲法改正? 平和憲法は何のため?」 〜糸数慶子議員、沖縄の歴史と現状から憲法問題に切り込む 2014.5.10

記事公開日:2014.5.10取材地: テキスト動画
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(IWJテキストスタッフ・花山/奥松)

 「沖縄県民が望んだのは、米軍基地がなくなって、本土と同じ人権が約束されて、憲法9条のもとに帰ることだった。しかし、復帰しても変わらない。まだまだ沖縄が犠牲になろうとしている。沖縄の人々の人権が憲法で守られていないということだ」──。

 2014年5月10日、三重県の四日市市総合会館にて「沖縄の風よ薫れ」と題した講演会が開催され、「沖縄と憲法・国会」をテーマに、沖縄選出の参議院議員、糸数慶子氏が講演を行った。糸数氏は、太平洋戦争の沖縄戦で、本土決戦を遅らせるために、沖縄が日本から切り離された事実を述べ、「ここから差別が生まれ、今も続いている」と指摘した。

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 そして、教育が人の一生を左右し、これからの日本の方向を決める大きなポイントになるとして、ひめゆり学徒(沖縄陸軍病院に看護要員として動員された女学生たち。100名以上が亡くなった)の先生たちによる戦争体験を語り伝える活動の重要性を話した。

 さらに、憲法問題では、「日本が国際的に認められているのは、平和憲法を持つからである。この憲法を継続させるかどうかは、国民の思いが決めることである」と述べ、憲法改正に向かおうとする安倍政権への懸念を語った。

  • 講演 糸数慶子氏(参議院議員、沖縄社会大衆党委員長)
  • 日時 2014年5月10日(土)
  • 場所 四日市市総合会館(三重県四日市市)
  • 主催 ピースネット5・3実行委員会

沖縄戦が、沖縄差別の大きな一歩

 太平洋戦争末期、民間人に大きな犠牲を出した悲惨な沖縄戦について、糸数慶子氏は「考えたいのは、なぜ、10万人もの陸軍兵士が配属されている沖縄に、米軍を無血上陸させたかということ。無血上陸させて、昭和20年4月1日から6月23日まで、沖縄の住民が日本の軍人以上に亡くなるという大変な状況が展開された。戦いの中で、島を守ることができない、あるいは降伏すれば国賊になる、ということで、沖縄の人々は集団自決していった」と話した。

 沖縄切り捨てについて、糸数氏は次のように語る。「米軍を無血上陸させたのは、日本軍の作戦のひとつであり、『沖縄の人たちを切り捨てていく』という大きな差別の第1歩であった。当時の日本は、長野県の松代に松代大本営を完成させるため、沖縄で少しでも時間を稼ぎたかった。そのために沖縄は最初から切り捨てて、そこで1日でも長く戦いを展開する。それが、日本本土に米軍が上陸して日本国民が犠牲になることを防ぐための、一番の作戦であった」。

 「そのことは、もちろん沖縄の人は知らない。日本の軍隊でも、おそらくトップ以外は知らなかっただろう。しかし、このことが、日本にある米軍基地の73%が沖縄に集中する現状につながっている。また、これから日本が何をしようとしているのかにもつながる」と述べ、沖縄が再び捨て石にされる可能性に言及した。

 そして、今の日本が向かおうとしている方向について、糸数氏は「安倍政権は、憲法9条をいきなり変えることができないので、96条を変えようとした。去年の参議院選挙で、国民がこの状況は危ういと気づき始めた。その途端に選挙戦術を変えた。憲法のことには一切触れずに選挙が行われ、その結果、今国会では自民・公明の勢力によって、何でもできるような状況になってしまった。そして、秘密保護法が可決。本当に、私たちが知る権利を奪われてしまう状況になっていく、たいへん怖い法律である」と不安を口にした。

教育が、人の生き方を左右する

 糸数氏は「今、沖縄の地元では、ひめゆり学徒の先生方、90歳にも手が届きそうなお年を召した先生方が、呼ばれたら県外にも出かけて行く。どういう状態で戦争が始まったか、どういう状態で戦場に駆り出されたか、そして、戦争中はどうであったか、戦後の沖縄はどうであったか。すべてを体験者として話さなくては、という思いで精力的に活動している」と話す。

 「私たちでは、いくら戦争の話をしても体験者ではない。あくまでも、伝聞である。やはり、戦争中の実態を知っている方には及ばない。そのため、戦争を体験された方々が、自分たちの使命として、とりわけ、ひめゆりの先生たちが、戦時中にどのような教育をしてきたかを伝えるているのだ」。

 「皇民化教育により、生徒たちは『戦争に行くことは何も恐くない。日本を救うために、ひとりの国民として大事な正しいことをしている』と喜んで戦場に入った。これらを経験した人たちが、「そこから得た教訓は、教育の大切さだ」と言っている。教育が、どれだけ人間の生き方を左右するか、それを考えることをしっかり伝えるために、かつての先生たちは、どんな所でも呼ばれたら行くのである」。

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沖縄には日本国憲法の恩恵がない

 糸数氏は「1972年、沖縄は日本に復帰することになった。しかし、たくさんの密約があり、その密約のもと、今も苦しんでいる。私たち沖縄県民が望んだのは、米軍基地がなくなって、本土と同じ人権が約束されて、憲法9条のもとに帰ることであった。しかし、復帰しても変わってないし、現実問題として、まだまだ沖縄が犠牲になろうとしている。こうした事実は、戦前も、戦中も、戦後も変わっていない。沖縄の人々の人権が、憲法で守られていないということである。日本国憲法は、平和主義、国民主権であると謳われているが、『沖縄には恩恵がない』というのが現実である」と指摘した。

 続いて、米軍基地の辺野古移設の話題に触れて、「辺野古移転の取り決めは、1995年にはなかった。1996年の橋本・モンデール会談時に、当時の大田昌秀沖縄県知事が『普天間基地は宜野湾市のど真ん中にあって、フェンスを隔てて学校がある。一番危険な普天間基地を閉鎖してほしい』と言った。それが、いつのまにか普天間基地を辺野古に移すことになってしまった」と振り返った。

 さらに、「リーマンショック以来、アメリカの不景気のあおりを受けて、日本にも大きな経済的不況の波が押し寄せている。普天間で、あれだけ多くの事件や事故が発生して、人が死に、人権が蹂躙されても、『沖縄に金をやっておけば怒らない』と、金とすり替えられてきた。沖縄の人たちの思いとは違う方向に、分断されてきている」と危機感を表した。

日本が世界に誇れる国になったのは平和憲法のおかげ

 日本が再び戦争に向かうような今の空気に、糸数氏は「戦争体験のある人たちは『戦場へ行くような教科書が配られて、普通にそれを読んで、気がついたら、日本人の誇りとは兵役義務を課されて戦場で戦うことになっていた』と言う。一番危険な状況にあるのは、今の中学生から高校生、あるいは小学生かもしれない」と懸念を述べた。

 続けて、「集団的自衛権。どうして、アメリカが起こす戦争に、日本は協力しなければいけないのか。自衛隊は銃を持って、地球の裏側まで出て行かなければいけないのか。平和憲法は、何のためにできたのか。『日本の国民を表彰してノーベル平和賞を』という大きな動きがある中で、なぜ、この憲法9条を捨てて、新しい憲法を作ろうとしているのか。今の憲法で、国民が直接、不利益を被っているだろうか。これは、とても残念なことである」と力説した。

 糸数氏は今後の状況について、「戦争のできる国へと変わって行くような諸々の出来事があり、いよいよ動こうとしている」と述べ、「これがすべて、沖縄をきっかけに、沖縄を舞台にして動いていく。与那国は晴れた時には台湾が見える島で、台湾の人と仲良くやってきた。しかし、自衛隊を受け入れる町長が誕生したため、これから与那国に自衛隊が配置される。土地の測量が始まって、自衛隊のレーダー基地ができる。そうすると、中国、台湾、韓国との関係すべてが一触即発の状態になってしまう」と危惧した。

再び、侵略して人を殺す国に成り下がるのか

 「日本が今、世界に誇れる国となっているのは、たくさんの人たちの犠牲の上に、平和憲法を持っている国だからである。普通の国になってはいけない。日本は軍隊を持って他国を侵略し、人を殺す国に成り下がるのか。それとも、平和憲法を持って、一人ひとりの命を大事にしながら、アジアを中心に平和友好条約を結んで、素晴らしい文化を継続していくのか。それは、国民の思いひとつである」。

 「なぜなら、国会に誰を送るのかを決めるのは、国民だからである。選ばれた人たちが、利益を誘導する人の代表であれば利益を作る。そして、アメリカの景気を回復させて利益を作るために、TPPで医療、農業、雇用含めてあらゆることを解放して、アメリカの言いなりになっていく。それが、日本の国として、これから進んで行く方向だろうか」。

 このように訴える糸数氏は、「私の考えは、人権を大事にしながら、隣の国々とも仲良くしていくこと。これまで、できたのだから、これからも、できないはずがない」と力を込めた。

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