岩上安身とIWJ記者が走り回って取材し、独自にまとめた渾身レポートをお届けしている「IWJウィークリー」。今号は、本当に中身の濃いメルマガとなっています。ウクライナ情勢、チョムスキー講演、PC遠隔捜査事件の片山被告インタビュー、そしてマック赤坂氏へのインタビューに至るまで、各記事がそれぞれ独立しつつ「同根」を捉え、多声音楽=ポリフォニーの如く響き合っています。
右傾化し表現の自由を制限させつつある日本の今と、それに対し声をあげる内外の声。それらを包括的に、かつ詳細に報じています。ぜひ、今号は各記事を通してお読みいただき、危機感をさらに実感していただければ幸いです。
また今号では、編集後記として書き始めたものがボリューム満点となってしまったため、「ニュースのトリセツ」の「巻頭言」として掲載しました。これを持って今号の編集後記とさせていただきます。ぜひ、お読みいただければと思います。
(岩上安身)
1. 岩上安身のニュースのトリセツ
巻頭言「ウクライナ政変をどう見渡すか」
ウクライナをめぐる状況と、米国を筆頭とする各国政府の反応、そして西側のメディアの報道と論評は、おかしいと感じる部分が少なくない。
ウクライナをめぐる報道や議論が、ウクライナ人という民族を固定的にとらえ、ウクライナという共和国が、あたかも確固たる「国民国家」として存在するかのような前提に立っていることに困惑を覚える。
ウクライナは、ロシアと同様、多民族のモザイクで織りなされている。国土と隣国との境界線も、この何百年間に何度も変わり、国の支配者も、国名も、何度も変わってきた。西部と東部では、支配的な言語はウクライナ語、ロシア語と、それぞれ違うし、歴史の経験も地域によって異なる。首都・キエフは間違いなく長い伝統を誇るウクライナ西部の中心地であるけれども、国の中に複数の重臣が存在する。
キエフで「革命」が起きたからといって、それが東部のハリコフや南部のクリミアの住民にまで素直に波及するかといえば、そんなことにはならない。
ウクライナ政変をどう見渡すか、ということについては、複数の視点がありうるけれども、ひとつだけ急ぎ指摘しておきたいのは、これが「自由」という価値観をめぐる争いであるとか、西側の経済圏(EU)に参入したいウクライナのすそをロシアが持って引っ張り返そうとしているといった、イデオロギーや経済の次元だけではなく、戦略の視点から分析する必要もある、という点である。
ソ連が崩壊するという形で、米国とロシアの「冷戦」は終わった。それが、ロシアと米国の勢力圏の安定的な棲み分けとして、落ち着きを見せ、今後、ミサイルが飛びかうような物騒な争いは起きそうもない、と胸をなでおろしたのは、約四半世紀前だ。ついこの前のことのように、その安堵感と解放感を思い出すことができる。1989年のクリスマスをベルリンで過ごした僕は、世界中からやってきた人々と一緒にハンマーでベルリンの壁を砕き、そのカケラを持ち帰って今も宝物にしている。
冷戦後、実際に超大国同士が正面から事を構えるという場面はなかった。低強度紛争の騒動が地球のあちこちで、地鳴りのように響くのは憂鬱ではあったが、大戦争はもはや起きそうにない、というのが、ベルリンの壁崩壊以降のグローバル時代におけるコンセンサスだったはずである。
その合意が、今、にわかに吹き飛びそうになっている、という事態を僕らは目のあたりにしているのである。
頑丈な家に安住していたつもりが、屋根が実はトタン板で、強風で吹き飛ばされてしまい、「均衡」のない空が頭上に突然、広がってしまったようなものだ。
ウクライナがEUに入るだけでなくNATO(北大西洋条約機構)に取り込まれて、実質は米軍のミサイル基地かBMD(ミサイル防衛システム)の基地がロシア国境近くに配備されたら、モスクワまでは目と鼻の先である。ロシアにすれば喉元に切っ先を突きつけられたも同然で、核の均衡も含めて、戦力の均衡は一気に崩れ、不安定化するだろう。
チェチェンに足を運び、現地での取材も経験してきた者として、プーチンがチェチェンでやったことは忘れていないし、許せるものではない、と今も思っている。プーチンが「冷酷な独裁者」であるという西側の一般的な評価も、間違ってはいないと思う。
そうであったとしても、今回のウクライナ政変における現時点までのプーチンの判断は、「冷酷」というより「冷静」と形容すべきだと僕は考えている。プーチンが黒海艦隊の基地のあるクリミアだけをおさえたのは、最小限の反応であり、自制の利いた判断だった。逆にいえば、仮にクリミアを西側にとられ、黒海艦隊が機能しなくなっていたら、危ういバランスの上で大規模な戦争をどうにか回避できた昨年夏のシリア危機が再熱したに違いない。
シリアのラタキアの港は、昨年夏、イスラエルに空爆され、ロシアから運ばれた地対艦ミサイルは破壊された。ほとんど報じられなかったこの作戦遂行について私のインタビューに応じて、明かしてくれたのは国枝昌樹元シリア大使だった。
これにより、米艦隊はシリア攻撃のため、シリア沿岸に接近は可能になっていたのである。めざわりだったのは。ロシアの動きだったろう。北方からにらみをきかせていたプーチンの制止によって、結局のところ、米国は武力行使をいったん断念するに至るのだが、これはオバマ以下、米国の支配層にとって実にしゃくにさわる出来事だったに違いない。
南で攻め手を欠いたワシントンやペンタゴンのトップは、キエフで起きた、「民衆革命」の波に乗じて、今度は西からと考えたのかもしれない。
そうだとしたら、その思惑は、最初の局面では見事に当たった、というべきだろう。だが、第2の局面で、プーチンが腕をのばして抱えこむのをクリミアだけにとどめたことは、誤算だったのではないか。
ヒラリー・クリントンは、プーチンを「ズデーテン地方を占領したヒトラー」に例えてののしったが、ロシア軍が国境を超えて、ウクライナ東部のハリコフやドネツクといった主要都市を占領(あるいは「解放」?)していったら、その修辞は正当化されただろうが、今はまだ上滑りに響く。米政府が認めて祝福したウクライナの新政権に、ヒトラーマニアの如き極右が混じっていればなおさらである。
冷戦の終わったあとの、米露間の「落ち着き」を見てきた目には、米国の現在のアグレッシブさは異様に映る。米国は「核の均衡」によって「歴史の終わり」を迎えるつもりはさらさらなく、「均衡」を崩し、その先の「ゴール」を、いわゆる「フル・スペクトラム・ドミナンス」、戦略的な「完全支配」を目指してロシアを攻略しようとしているようにしか見えない。
順番が先になるはずだったシリア、イランを飛び越えて、ロシアを屈伏させようと挑みかかるが如き米国の唐突な獰猛さと、あまりにも冒険主義的な姿勢に、驚かざるをえない。
集団的自衛権を行使するとは、米国主導の集団的戦争に容赦なく動員されることなのだと、日本人は皆、括目する必要があると思う。
(岩上安身) ※本コラムは3月10日に掲載されたものです。
2. 詳細もくじ
◆岩上安身のニュースのトリセツ
・巻頭言「ウクライナ政変をどう見渡すか」
・【IWJブログ】「クーデター」か「高潔な革命」なのか~ウクライナ政変にロシアの軍事介入が及ぼす影響 2014.3.6
・【IWJブログ】反政府デモ隊狙撃のスナイパーの背後にいるのは新政府!?EU外相とエストニア外相の電話会談の内容がリーク~ロシア国営メディアが報道 2014.3.12
◆ニュース STF 〜Saturday to Friday 3月1日(土)~3月7日(金)
◆What happened today?~3月1日(土)~3月7日(金)
(調査・執筆:阿部光平 文責:岩上安身)
<1日 土曜日>
・「永世中立都市構想」と「大阪スマイル構想」で戦争をストップ! 大阪市長選への立候補を表明したマック赤坂氏に岩上安身が聞く
・漏洩事故の続く福島第一原発と推し進められる帰還政策「検査はしないほうが公衆衛生上、望ましい」!?
・アベノミクスの雇用政策で女性の力は発揮されるのか? 日弁連主催シンポジウム
2
<2日 日曜日>
・ヘイト落書きを消す新たなカウンターが発足~「差別らくがき消し隊」50人、第一回新大久保大掃除の日
<4日 火曜日>
・可視化された表現の自由の範疇 美術館に作品の撤去を求められた芸術家・中垣克久氏インタビュー(聞き手:原佑介)
・原発再稼働と避難計画は無関係?!〜実効性のない防災計画のまま適合性審査が本格化
・「戦争できる国」に突き進む安倍政権に異を唱える 「戦争をさせない1000人委員会」発足
<5日 水曜日>
・「言語学の世界的権威」ノーム・チョムスキー教授講演会 ~「言語の構成原理再考」
・PC遠隔操作事件の片山祐輔被告が保釈 「とにかく出てこれてよかった」
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<6日 木曜日>
・新自由主義は「機能不全の経済」~ノーム・チョムスキー教授講演会「資本主義的民主制の下で人類は生き残れるか」
・【岩上安身のツイ録】チョムスキー講演が歴史に残した「日本人の政治的危機意識の欠如」
・右傾化する安倍政権に市民らが危機感「秘密保護法反対運動は、立憲主義を守るため」
・【フランクフルト】低線量被曝で「人体に影響なし」は「非科学的」 ~ドイツ国際会議で世界中の医師らが警告
<7日 金曜日>
・アスベスト問題は「この国の政策の貧困を物語る」公害問題に取り組む弁護士らが国を徹底批判、問題の早期解決を求めて院内集会を開催
・「メディアは嘘のリークに騙されないで」 PC遠隔操作事件の片山祐輔被告と佐藤博史弁護士に岩上安身が緊急生インタビュー
◆<特別寄稿>
・【特別寄稿】新国立競技場、いったい何が問題なのか?(森 桜 神宮外苑と国立競技場を未来へ手わたす会・共同代表) 2014.3.19
◆IWJからのお知らせ
◆デスク後記
(今週のデスク:佐々木隼也)