2013年7月4日(木)16時30分から、東京都文京区の東京大学東洋文化研究所で同研究所教授・安冨歩氏の、インターネット公開授業の第4回目が行われた。ゲストは江口友子氏(平塚市議会議員)。この日は、安冨氏が江口氏にレクチャーをし、不明な点について適宜質問を受けるという形で授業が進められた。
(IWJテキストスタッフ・富田/奥松)
2013年7月4日(木)16時30分から、東京都文京区の東京大学東洋文化研究所で同研究所教授・安冨歩氏の、インターネット公開授業の第4回目が行われた。ゲストは江口友子氏(平塚市議会議員)。この日は、安冨氏が江口氏にレクチャーをし、不明な点について適宜質問を受けるという形で授業が進められた。
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安冨氏は「物々交換」をテーマに経済の基本を講義した。その内容は、今の経済学が、マネタリズムに偏重するあまり、人間臭さを忘れてしまっている点を指摘するもので、さらにまた、安倍政権が展開するマクロ経済政策、アベノミクスの問題点をあぶりだすものでもあった。
はじめに、ヴィクセルの三角形と呼ばれる三すくみが図で示された。A、B、Cの3人がいて、それぞれA、B、Cという物を持っており、AはBと、BはCと、CはAと物を交換したいと考えているが、どうにもならない状態だ。安冨氏は交換を実現させる要素として、まず「信用」があると説明した。「BさんがAさんに、『使っていいよ。ただいつか、それ相応のお返しを僕にしてね』のひと言と一緒に物を渡す。今度はCさんが、Bさんに同じことを行なう、という流れで循環すると、それぞれの取引で仮に借用書のようなものが発行されていたら、それらは相殺されることになる」。安冨氏は、これを「信用の供与による、交換の実現」とした。
江口氏が「3人の間に、信頼が存在するから成立すること」と発言すると、安冨氏は「みんなが強固な信頼関係で結ばれていれば、『交換の困難』は存在しない。店で物を入手する際に、貨幣なんて要らなくなる」と述べ、「現代人は、それに類することをクレジットカードでやっている。ただ、あれは当人の信用力ではなく、クレジット会社の信用力がものを言っているのだが」と語った。
安冨氏は、交換実現の要素には「貨幣」もあるとし、葛城政明氏(大阪大学准教授)の発見を紹介した。経済学は、A、B、Cの3人は同じ知識(=誰が何を持っていて、何を必要としているかに関するもの)を持っているという、実際にはあり得ないことを前提にしているが、葛城氏の秀逸なところは、そういう経済学の荒っぽさを「電話をかける」という行為で埋めて、「貨幣」を出現させたことにある、という。「Aさんから電話をもらったBさんは、自分が持っている物がAと交換可能と知る。BさんがCさんに電話をかけると、CさんはBではなく、Aをほしがっていると知る。そこで、BさんはAと交換する。つまりAはBさんを経由してCさんに届く。3つある物のうち、ひとつは実質上『貨幣』だったというわけだ」。
さらにもうひとつ、物々交換を実現させる要素があることが示された。「商人」がそれで、これも葛城氏が、貨幣と同時に発見したものだという。安冨氏は、次のように説明した。「さっきのケースで、Aさんから電話をもらったBさんが『Aは要らないが、Cはほしい』と応えたとする。これを聞いたAさんは、Cさんに電話して、AをCと交換するのだが、Aさんは『Cが手に入れば、Bと交換できる』という知識を持っている。この時のAさんは『商人』の役割を果たしたことになる」。
安冨氏は、先の三すくみを解消し、物々交換を実現さる要素として、改めて、信用、貨幣、商人の3つを挙げた。その上で、アベノミクスについて、「あれは言ってみれば、貨幣だけで物々交換を媒介しようとするもの。実際の物々交換は、信用、貨幣、商人の3つが渾然一体となり、金融という言葉も使われながら実現するもの。貨幣だけが過剰に存在すると、一見効率はいいが、信用を供与する力(=人を見抜く力)や商人の力(=今、誰が何を必要としているかを調べる力)が衰えてしまう」と話した。信用と商人が十分で、貨幣が足りない状況での金融緩和は有効だが、すでにカネがじゃぶじゃぶの状況に、さらにカネをつぎ込むのは弊害を大きくするだけ、との主張である。「つぎ込むカネが、空から降ってくるというなら、まだいい。実際は、国債を発行しまくって、国の借金を増やしている」。安冨氏はアベノミクスを重ねて批判した。
ここまで聞いた江口氏は「日本は悪循環に陥っている」と発言。安冨氏は「国の借金が1000兆円にまで膨らんでしまった以上、政府は、貨幣ではなく、信用で経済活動を刺激するぐらいの気構えで政策に臨んだ方が、何か有意義なことが起きるのではないか」と語り、「今の経済学は、あまりに貨幣中心、しかも俯瞰的立場に寄り過ぎている」と懸念を示した。「政策的な立場にいる経済の専門家は、利子率を動かすことだけに熱心になっているように映る。私が今日行った議論に通じるような視点は、最初から持ち合わせていないのではないか。そもそも、大昔は200パーセント程度だった利子率が、1パーセントにまで下がること自体がおかしい。信用を軽んじている証拠だ」。
安冨氏は、中国の山地に暮らす貧困層の人々の間では、信用のネットワークが強固だ、と強調した。「彼らは、カネをほんの少ししか持っていない。にもかかわらず、仲間に簡単に貸してしまう。『その当人から返ってこなくても、当人の親戚らが何らかの形で返してくれる』といった価値観が共有されているためだ。彼らは、住む家も、助け合い(=労賃なし)で建ててしまう。日本人よりも中国人の方が、物々交換における信用、貨幣、商人の渾然一体性を実践している。つまり、貨幣が媒介しなくても、物々交換が成り立つということを、肌で知っているのだと思う」と語った。
こんなに合点がいく貨幣論は生まれて初めてです!