IWJウィークリー57号の「トリセツ」(前編)では、集団的自衛権行使容認の閣議決定に反対し、首相官邸前に集まって抗議の声をあげた人々の声を、ドキュメント形式でお伝えした。
抗議行動では、中学2年生のグループから、自衛隊でレンジャー訓練を受けたという男性、公明党の支持母体である創価学会員の男性、赤ちゃんを連れた女性、小学生の時に終戦を迎えたという年輩の男性など、様々な世代、様々な背景を持った人々が一堂に会し、「戦争反対」の声をあげ続けた。
なぜ、安倍政権は、これほどまでの反対の声にも関わらず、米艦船が邦人を救助するなどという、誰にでもはっきりと分かる「嘘」までついて、集団的自衛権の行使容認を急ぐのか。その背景には、明らかに、米国からの「指示」が存在する。
日本に「指示」を下すジャパンハンドラーの巣窟・CSIS
では、その米国からの「指示」は、どのようなかたちで下されたのか。浮かび上がるのは、戦略国際問題研究所(Center for Strategic and International Studies)、略称CSISとして知られる巨大シンクタンクである。
ワシントンD.C.に本部を構えるCSISは、民主党、共和党の両党に影響を与える超党派のシンクタンクであり、ペンシルバニア大学が行った全世界のシンクタンクのランク付けで、防衛・国家安全保障部門で世界一にランクされた。全分野の総合でも世界4位、全米第3位にランクされている。米陸軍・海軍直系で、規模的にも世界トップクラスの軍事シンクタンクということになる。
創設者はエドマンド・アロイシウス・ウォルシュというイエズス会神父。このウォルシュは、ナチスの御用地政学者カール・ハウスホーファーの弟子であり、その地政学を米国に広めるために、ジョージタウン大学内に創設した組織がCSISの出発点である。こう書いていくと、このCSISという組織の「出自」について、おおよそ見当がついてくる。
人脈も圧巻である。理事長は、民主党の元上院議員で、米上院軍事委員会のサム・ナン、所長は元国防副長官のジョン・ハムレ(ハイムリと表記されることもある。John Hamre)。理事には、ヘンリー・キッシンジャー元国務長官、ズビグニュー・ブレジンスキー元大統領補佐官と、米国を代表する戦略家2人が顔をそろえ、リチャード・アーミテージ元国務副長官、上級顧問にマイケル・グリーン元国防総省アジア太平洋部局特別補佐官、カート・キャンベル前国務次官補らもかつて在籍し、名だたるジャパン・ハンドラーが名を連ねている。
▲リチャード・アーミテージ氏
今から約2年前、2012年8月15日、67回目の終戦記念日に、アーミテージ元国務副長官が「第3次アーミテージレポート」と呼ばれる、事実上の「対日米国指令書」を、このCSISから発表した。そこには、「日本は集団的自衛権の行使容認をして、日米の軍事的一体化を早く進めるべきだ」との「指示」が書かれていた。
我々は、この「第3次アーミテージレポート」の仮訳を試み、その全文をIWJのサイトに公開した。
▲「第3次アーミテージレポート」の表紙
仮訳を公開したのは、英文をすらすら読みこなせるわけではない、ごくごく一般の日本国民こそが、この「対日指令書」を読み、その中身について知る権利も必要性もある、と考えたからである。読めば、民主党であれ、自民党であれ、日本の歴代政権が、米国の「指示」の通りに、内政も外交も運んできたことが手に取るようにわかる。
「対日指令文書」第3次アーミテージレポート
以下、レポートから抜粋する。
「日本の集団的防衛の禁止に関する改変は、その矛盾をはっきりと示すことになるだろう。政策の変更は、統一した指揮ではなく、軍事的により積極的な日本を、もしくは平和憲法の改正を求めるべきである。集団的自衛の禁止は同盟の障害である。3.11は、我々2つの軍が必要な時にいかに軍事力を最大限に活用できるかを証明した。平和時、緊張、危機、及び戦争時の防衛範囲を通して完全な協力で対応することを我々の軍に許可することは責任ある権限行動であろう」
「東京(日本政府)はイランの核開発などによってもたらされた、海賊行為に対する戦闘、ペルシャ湾の海運業の保護、シーレーンの確保や地域の平和の脅威への対処といった、多国籍の取り組みに積極的に参加すべきである」
「日本は地域の有事における自国の防衛と米国との共同防衛を含めることで責任の範囲を拡大する必要がある。同盟国には、日本の領域をはるかに超えて拡張した、より堅牢で、共有され、相互運用の可能な情報・監視・偵察(ISR)の能力と運用が必要である」
「平時から緊張、危機、戦争状態まで、安全保障上のあらゆる事態において、米軍と自衛隊が日本国内で全面協力できるための法制化を、日本側の権限において責任もって行うべき」
「ホルムズ海峡を閉鎖するというイランの言葉巧みな意思表示に対して、すぐさま日本はその地域に掃海艇を一方的に派遣すべきである。日本は、航行の自由を保証するために、米国と協力して南シナ海の監視も増やすべきである」
「PKOへのより充実した参加を可能にするためには、平和維持隊が必要に応じては武力で一般人や他の国際平和維持隊を保護することも含め、許容範囲を拡大することが必要である」
まるで安倍総理のここ最近の発言を見ているようである。要するに、安倍総理は、この提言内容を「台本」としてほぼ正確になぞり、操り人形よろしくコピーして演説や答弁を行ってきた、ということだ。
米国CSISのジャパンハンドラーたちは、「海賊行為に対する戦闘」、「ペルシャ湾の海運業の保護」、「シーレーンの確保」、そして「イランの脅威」を念頭に、集団的自衛権の行使を容認し、ホルムズ海峡へ掃海艇を出せ、とまで具体的に命令を下していた。米国の都合によって、日本にあれをしろ、これをしろと要求してきていたのである。決して日本の安全保障のためではない。
武器輸出解禁も「第3次アーミテージレポート」の「指示」
さらに、集団的自衛権に付随するかたちで安倍政権が今年の4月1日に閣議決定した、武器輸出三原則の緩和。これも、このレポートの筋書き通りである。
以下、レポートの「日本への提言」より抜粋する。
「米国と日本は、将来兵器の共同開発の機会を増やすべきである。短期的な軍備プログラムは、相互の利益と、作戦上の必要条件を満たす明確なプロジェクトを考慮すべきである。同盟は、共同開発のための長期的な運用必要条件も明確にすべきである」
レポート内では「米国への提言」も行っており、そこではさらに露骨に武器輸出三原則緩和の目的について触れている。
「米国は『武器輸出3原則』の緩和を活用し、日本の防衛産業の技術を米国向け、さらには豪州などの同盟国向けに輸出促進することを勧奨すべきである。米国は自国の時代おくれで妨害にもなっている対外有償軍事援助(FMS)の過程を見直す必要がある」
アーミテージ氏らの提言から透けて見えるのは、軍産複合体の「下請け」として、日本を軍事面でも、産業面でも組み込むという思惑である。この構図は、日米の原子力産業を一体化させ、中核技術のパテントは米国が握りつつ、原子力施設の生産を日本に担わせる日米原子力産業共同体と共通する構図である。その軍産複合体バージョンといっていい。
日本の技術力、人材、資本などのリソースを、これまでの日本が得意としてきた民生分野から軍需へ振り向けさせ、日本の軍需産業にも甘い汁を吸わせながら、米国の軍産複合体の一部として組み込んでいこうとする。「国のかたち」の骨格となる憲法を閣議決定における解釈変更だけで強引に変えてしまうとともに、産業構造までも軍需中心に変えられてゆく。周到に練られた「軍事的下請け化」戦略である。
それを裏づけるかのように、菅義偉官房長官は、4月1日の閣議決定後の会見で「防衛装備品の活用による平和貢献、国際協力に一層積極的に関与するとともに、防衛装備品の共同開発・生産に参画していく」と述べた。
武器輸出の流れを受け、7月17日には国家安全保障会議(NSC)により、三菱重工業が製造する迎撃ミサイル「パトリオット(PAC-2)」に組み込まれるセンサー部品の米国への輸出が承認された。このPAC-2は米国でカタール向けに製造されるもの。カタールは親米国である上に、周辺国と紛争に陥る可能性が少ないからという理屈で、ミサイル部品の日本からの輸出が認められたという。
また同時に、戦闘機向けミサイルに関する共同研究が、三菱電機と英国との間で実施されることも決定された。この共同研究は、三菱電機のセンサー技術と、英国のミサイル技術とを組み合わせ、ミサイル精度の向上を目的としたものだという。想定されているミサイルは、次世代戦闘機のF35への搭載が予定されているもの。F35は多くの国で配備が決まっており、その中には、ガザ地区の攻撃を繰り返している、イスラエルも含まれる。一説によると、イスラエルでは2016年から19機の配備が開始されると言われている。
「平和貢献、国際協力のため」という美名のもと、米国と日本が兵器の共同研究と生産を行い、「防衛装備品」と言いかえた「武器」を輸出し、日本の軍需産業を儲けさせ、それ以上に技術やパテントを持つ米国の軍需産業が利益を得ようとしている、ということがよく分かる。
ジャパンハンドラーたちの「指示」が現実化していく
アーミテージレポートの提言は、次々と現実化している。CSISは、昨年の参院選後、いよいよ憲法改正や集団的自衛権の行使容認に向けて、安倍政権が本格的に乗り出した時に、日本のマスメディアを通じて掩護射撃を行っている。
2013年8月30日、東京新聞のインタビューに答えたCSISのジョン・ハムレ所長は、「原発推進」と「TPP推進」の必要性を力説すると同時に、「憲法解釈見直しは全く問題はない」と集団的自衛権の行使容認を歓迎し、「日本が国際的な課題で我々を手助けし、一緒に活動できるようになることを望んでいる」と語った。
そして直近では、6月1日にCSISの上級顧問で日本部長のマイケル・グリーン氏が、カート・キャンベル前国務次官補(CSISでは、国際安全保障プログラム部長、国家安全保障政策課長、上級副所長を兼任)とともに来日し、自民党の石破幹事長らと会談して、集団的自衛権の行使容認が、日米関係の強化と、アジア太平洋地域の紛争抑止につながるという認識を示している。自民党への念押しであろう。
また、6月14日付の産經新聞によると、来日中にグリーン氏は、ある自民党議員に対し、「東アジアで集団的自衛権を認めないのは中国共産党と日本共産党、社民党だけだ。公明党はどういう態度をとるのだろうか…」と語ってみせたという。言うまでもなく、こうした意味深長な発言と、それを伝える報道が、集団的自衛権の行使を認めるかどうか、決断を迫っていた公明党への強力な圧力として作用したことは疑いない。
▲マイケル・グリーンCSIS上級顧問/日本部長
また、6月2日にTBSは、同日キャンベル氏が、公明党の山口代表と極秘会談し、自衛隊と米軍の協力関係を規定した日米ガイドライン(日米防衛協力指針)(※)の年内改定に向けて「行使容認を含めた閣議決定は早い方が望ましい」と強調したことも伝えている。
集団的自衛権の行使容認に、当初、「連立離脱も辞さず」と、強く反対していた公明党が腰砕けとなっていったのは、グリーン、キャンベルのCSISコンビの来日と接触から間もなくのことだった。公明党執行部の態度の軟化に、多大な影響を与えたことは明白である。
(※)米国の世界戦略に従属的な日本政府の姿勢については、軍事ジャーナリストの前田哲男氏が単独インタビューで詳しく解説している。
原発の再稼働もTPP推進も米国からの「指示」
2年前に出された「第3次アーミテージレポート」には、他にも、「原発」や「TPP」についても、明確な「指示」が書かれている。