【IWJブログ:外務省は仮訳を国民に示さず ~USTR声明 「customs」の翻訳について、外務省が国会答弁で「税関」と訳する根拠を提示 仮訳を森ゆうこ議員へ提出】 2013.4.28

記事公開日:2013.4.29 テキスト
このエントリーをはてなブックマークに追加

(取材協力:野村佳男/佐々木隼也・文責:岩上安身)

特集:TPP問題

 IWJでは、3月にシンガポールで行われたTPP第16回交渉会合直後に発表された、米国通商代表部(USTR)による声明の中で、「いくつかの交渉グループは、最終段階の会合まで集まる予定はない」という内容が含まれていることをお伝えした。

 特にその中の「customs」という用語に関して、米国政府の担当者への独自の取材を加えた上で、「この『customs』は『関税』と解釈できる。つまり関税の全体交渉も、今後はもう行われないということではないか」との見解を示した。

 一方外務省は「TPP協定:第16回交渉会合の概要(平成25年3月18日)」というペーパーの中で、「customs」を「税関」と翻訳しており、また「customs」が列記される順番もUSTRの声明とは異なる順序に変更していた。

 3月29日の参議院予算委員会で、生活の党の森ゆうこ議員が国会答弁に立ち、この点について政府に質問した。

 外務省は、「customs」という言葉が「税関」「関税」双方に解釈可能であることを認めたうえで、2011年11月にTPP交渉参加国の首脳によって表明されて公表された文書(※)や、USTRの声明の別のパラグラフで「関税」について書かれていることを理由に、「customs」を文脈上「税関」と翻訳したとの立場を、公式に答弁した。

 以下、3月29日の参議院予算委員会での、森ゆうこ議員によるTPPに関する答弁の書き起こしを掲載する。

森ゆうこ議員:TPPについて質問させていただきます。日本の国益を守る条件の確保について、外務省資料を付けさせていただいてますけれども、USTRの声明について確認をさせていただきたいと思います。

USTRのHPからステートメントを引っ張って添付させていただいておりますが、USTRの第16回会合を受けての声明に関して、記載の通り、「関税、通信、規制の統一、開発を含むいくつかの交渉グループは今後の会合で法的文書に関して再度集まっての議論は行われず、これらの分野において残った課題は合意がファイナルとなる最終ステージでの会合で取り上げられる予定である。

このことにより、TPP参加国は、知的財産権、公的機関の競争、環境といった残った最も難しい問題の解決に努力を集中させることができる。つまり今から日本がTPP交渉に参加しても関税に関する議論には参加することができない」ということだというふうにIWJ岩上安身さんが主宰する報道機関がブログ掲載をいたしています。

USTRの原文を見ますと、確かに関税なのか、ということで少し曖昧なんですけれども、外務省、この点についてご説明をいただけますでしょうか。

片上外務省経済局長:委員ご指摘の通り「customs」という言葉、辞書なんかで開いても関税であったり、税関であったり、通関手続きであったり、いろいろな使われ方がなされているのは事実でございます。

他方、WTO・GATTあるいはTPPのコンテキストでは、「customs」と呼ばれているのは「税関」という意味でございます。

このことは1点目、2011年11月にTPP交渉参加国の首脳によって表明されて公表された文書「TPPの輪郭」、この文書で「customs」という項目がありまして、そこで「税関当局の関税法・法令・規則を厳格に執行する能力を維持する一方で、物品が税関の管理下からできるだけ早く引き取られるようにするもの」というふうに定義されております。

2点目は、USTRのプレスリリースの税関の部分の次のパラグラフで、「11カ国は物品サービス投資うんぬんの市場アクセスに関する包括的なパッケージを策定する作業を継続し、進展があった」。工業品・農産品・繊維品の関税パッケージ等々と関税について触れられておりますので、このことからもここで言う「customs」というのは「関税」ではなく「税関」と訳すものだと考えております。

森ゆうこ議員:今のご説明、私もいただいたんですけれども、その裏付けとなる資料について、要求を致しましたが、今の説明の中にあった資料は昨晩いただいておりません。

昨日4時間も経ってようやく1枚の資料を送付してきましたけれども、それについては今お話のあったような資料ではございませんでした。

ところで我が国では関税法というのがございますけれども、関税法の英訳は何かご存知ですか。

片上外務省経済局長:申し訳ございません。今手元にございません。

森ゆうこ議員:法務省によります日本法令外国語訳データベースによれば、関税法は「Customs Act」でございます。

ということで、「customs」という言葉が関税と、今ご説明のあったような「税関」という意味ではなくて、「関税」という意味で使われるということがございますので、誤解のないように。私は、総理がTPPに関して国民の皆様にきちんと情報を提供するとおっしゃったんですから、例えばUSTRの原文をきちんと仮訳をして発表すべきと考えますけれども、そういうお考えはございませんか。

片上外務省経済局長:委員からのご要請ということであれば、すぐ、訳を作ってお届けしたいと思います。

森ゆうこ議員:昨日要求いたしましたけれども、そういうものは作らないというお話でございました。今、そういうご答弁ですから、結構でございますけれども。

総理、情報を提供すると言っても、先ほどの質疑でもありましたけれども、情報も入っていないから集められないんだということではなくて、ある英文の情報をきちんと仮訳をして、国民みんなが分かるように努力をすべきだというふうに思います。いかがですか。

安倍総理:すでに公になったもの等については、できるだけ今、森委員のご指摘のように分かりやすく提供していきたいと思います。

森ゆうこ議員:英訳の問題もそうなんですけれども、私は改めてUSTRの文書を見ますと、先ほどの資料に付けましたように、いくつかの交渉のグループではもう意見交換は行われなくて、最終ステージでしか今後はないということも書いてあるわけです。

総理は日本の国益の確保について交渉に参加してから、しっかりやると言っていますけれども、本当にそんな余地があるんですか。

安倍総理:今、情報収集にさまざまな努力を行っておりますが、まだ、主要な会合は残っておりますので、その中で我々は国益を確保するためにしっかりと交渉していきたいと考えております。

森ゆうこ議員:そのようなご答弁を繰り返されておりますけれども、実際には本当にUSTRの声明からもかなり進んでおりまして、交渉の余地があるということが極めて狭まっているというふうに、もう一度指摘をしておきたいと思います。

 以上の通り、この質疑の中で、外務省はUSTR声明の公式な仮訳を発表することを約束したが、その仮訳が4月5日、外務省から森ゆうこ議員に提供された。議員は、自身のサイトでこの仮訳を公表したが、外務省自らは4月も終わろうとする本日(4月28日)に至っても、この仮訳をHP上で公表をしていない。森議員に対して「仮訳を届けた」というだけにとどまっている。

 森議員は、「USTRの原文の仮訳を広く国民に発表すべき」と主張し、それに応えて安倍総理も「すでに公になったもの等については、できるだけ森議員のご指摘のように分かりやすく提供していきたいと思います」と国会で発言しているにも関わらず、である。TPPに関する情報を広く国民に共有する姿勢を、外務省はいまだに見せていない。遺憾であるという他はない。

TPP交渉は第16回ラウンドで加速化(2013年3月13日付 USTRプレスリリース仮訳)

関税分野で「交渉の余地がある」と楽観視はできない

 なお、我々が3月13日・20日にブログ記事を掲載して以来、様々な方から直接・間接的に、「customs」は「税関」を指すのではないか、とのご指摘をいただいてきた。その検証に際し、我々はアジア太平洋資料センター(PARC)事務局長・内田聖子氏に、このUSTRの声明文の「customs」の訳について、見解をうかがった。

 内田氏は、「私なら、自分の経験、様々な情報から『税関』と訳します」と語った。

 「根拠は、これまでTPP交渉の文章をずっと読んできますと、関税に関してはあまり『customs』という単語は使われず、むしろ『tariffs』が使われてきたからです。実際上、関税についてはカナダやニュージーランドがずっと揉めており、議論がまだ続行中ということを、たまたま知っていました。ですので、関税をめぐる交渉はまだ続くのだろうと推察していました。

 ただ問題の本質は、このTPP交渉自体が秘密である、ということ。誰も真実はわからない、というのが結論です。自民党はもう情報を何も出してこないですし、真実を知っているのは、交渉にあたっている官僚のみ。USTRの発表に対して、少しでも疑念があれば『これは何のことか?』と問い合わさなければならないのは、本来外務省のほうです」と語った。

 TPP交渉は秘密に包まれていて、関税についてどの程度交渉の余地があるのか、結局のところ、真実は「藪の中」である。とはいえ森ゆうこ議員による、外務省の片上経済局長と、安倍総理に対する国会質疑のやり取りから、「『customs』は『税関』を意味し、『関税』の全体交渉は今後も行われる」という日本政府の認識が、正式に明らかになったことは尊重しなくてはならない。

 また、今回、外務省は「customs」が列記される順番が、USTRの声明とは異なる順序に変更していたことについても、シンガポール政府の発表の記述を踏襲したとし、USTRの声明の順番を意図的に変更したのではないか、という疑いを否定した(ただし、なぜTPP交渉において、圧倒的な主導権を握る米国の声明ではなく、シンガポールの声明の方を踏襲したのか、その点については政府から明確な説明はない)。

 我々が「customs」を「関税」とも解釈できうるとした3月13日・20日のブログ記事について、「いささか断定的だったのではないか」というご指摘を読者の方々からいただいた点については、ご指摘の通り、ブログのタイトルは「断定的」であり、「勇み足」であったと思う。記して訂正をしておきたい。

 しかし、そうだとしても、関税について、今後もまだまだ交渉の余地がある、と楽観するのは禁物ではないか、と思われる。

 3月15日、安倍総理は、TPP交渉参加を発表した会見において、「関税の交渉はまだまだこれからであり、我々が交渉の主導権を握り、国益を守る」と断言したが、果たしてそれは可能なのだろうか。国内向けに自らの「願望」を語ったに過ぎないのではないか。

 TPP交渉において主導権を握っているのは、米国(USTR)である。その米国は、日本のTPP交渉参加を承認するための、日米二国間の事前協議において、「自動車」と「保険」分野で日本に対し大幅な譲歩を迫ってきた。そして、4月12日に明らかになった通り、その米国側の要求を日本政府はほぼ全面的に受け入れてしまったのである。

 「守るべき国益は守る」という安倍総理の言葉は、実のところ裏づけのない空手形なのではないかという疑念が、ここに来て国民の間で膨らみはじめた(この項続く)。

IWJの取材活動は、皆さまのご支援により直接支えられています。ぜひ会員にご登録ください。

新規会員登録 カンパでご支援

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です