【IWJブログ】日本が米軍の占領下にある決定的証拠――相模原基地の爆発事故から検証する「日米地位協定」と米軍機事故の歴史 2015.8.27

記事公開日:2015.8.27取材地: テキスト
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(取材・城石愛麻、記事・原佑介)

 改めて米軍の支配構造を考えなければならない。そんな事件が起きた。

 8月24日0時45分頃、神奈川県相模原市にある米軍の補給基地「相模総合補給廠(しょう)」の倉庫で突如として爆発事故が発生した。基地は周辺には住宅街が広がっており、深夜の爆発騒ぎに周辺住民の不安と緊張は高まった。

▲安藤 範子さん撮影・提供

 爆発は10分ほど断続的に続き、火災が発生した。約6時間半後にようやく鎮火したが、平屋建ての倉庫およそ900平方メートルが全焼するに至った。在日米陸軍司令部によると、倉庫内には窒素、酸素、フロンなどを圧縮したボンベが保管されており、弾薬や放射性物質などは保存していなかったという。

 IWJの調べに対し、市消防局は「ガスボンベとエアコンの冷却装置が反応したのではないか」との見方を示し、「すぐに可燃性ガス、一酸化炭素、放射線、毒性の検査の有害物検査を行ったが、数値に異常はなかった」と説明した。消防局が積極的に検査結果を広報することはなかったが、市役所は、健康被害を心配する多くの住民の問い合わせに対し、消防局の検査結果を説明することで安心してもらおうと努めたという。

 消防局は0時45分頃に米軍から要請を受け、8分後には現場に到着したという。消防局と米軍の日頃の合同訓練が、この日の迅速な行動につながったのだと、米軍との「連携プレー」を強調する。ただし、倉庫内の物資の保管状況が不明で、延焼の恐れもなかったため、消防局は米軍と協議し、放水をせずに、火が収まるのを待つこととなった、と説明した。

米軍基地が集中する神奈川県における米軍機墜落事故の歴史

 キャンプ座間や厚木飛行場、横須賀海軍施設など、多くの米軍関連施設を抱える神奈川県は、たびたび米軍による事故(墜落、不時着、落下物、燃料放出等)に見舞われてきた。

 特に1964年は多くの事故が起きた年として知られる。4月には住民の死亡4人、負傷32人、家屋全半壊27棟の被害を出した「町田市墜落事故」が発生。9月の「大和市館野鉄工所墜落事故」では、エンジン故障を起こした戦闘機が民間鉄工所に激突し、工場主の幼い3人の子どもと4人の従業員が死亡した。12月の「清川村墜落事故」は、離陸直後の戦闘機が近隣農家の裏山に墜落。山林や農地を損傷するとともに家屋全焼3棟、一部損壊3棟の被害を出した。

 1965年には相模原市でも「米軍住宅地区墜落事故」が発生している。横田基地所属F-105サンダーチーフ戦闘爆撃機が、横田飛行場に着陸するため飛行中、機体に異常を発見し、人口過密地を避け、機首を相模湾に向けたのち、パイロットはパラシュートで脱出したが、機体は反転し、相模原市上鶴間の米軍相模原住宅地区に墜落した。この事故で日本側は軽傷1人、家屋一部損壊3棟、米軍側には死亡3人、負傷7人、家屋の全半壊があった。

 神奈川県内で起きた、死傷者をともなう最後の墜落事故が1977年の「横浜市緑区荏田町墜落事故」だ。米海兵隊第1海兵航空団第3戦術偵察飛行隊所属のRF-4Bファントム偵察機が横浜市緑区(現青葉区)に墜落し、機体とともに燃料が飛散し、炎上した。この事故で幼児2名が死亡、7人が重軽傷を負った。

住民の複雑な思い「基地があるのは不安」「わかって住んでいるからしょうがない」

 相模原の爆発事故は住民にどのような影響を与えたのか。IWJは爆発事故が発生した24日、現場に急行し、基地周辺に住む住民の話を聞いてまわった。

▲神奈川県相模原市の米軍基地「相模総合補給廠」

 現場から徒歩5分圏内に住んでいる女性(20代)は、「最初は雷か何かかと思ったのですが、外を見たら赤いものが見えたんです。世界中で爆発事故が起こっているから、何か関連があるのかと不安になりました」と話した。

 8月12日には中国・天津で大規模爆発事故が発生し、129人もの死者を出した。消火活動のための放水が化学物質と反応し、大爆発を引き起こした可能性が伝えられている。今回、相模原の爆発事故で放水作業を見送ったのは、そうした可能性も踏まえてのことだったのかもしれない。

 別の女性(60代)は「地響きがすごくて、最初は地震かと思った」と、その衝撃を語り、「これまで補給廠で事故があったなんてないですけどね。米軍には不安です。土地を還してほしいし、今回の事故も身体に有害ではなければいいんですけど、色んな人が、色んなところで色々言うからもうよくわからない」と不安を口にした。

 基地から300メートルのところに住む男性(70代)は、「地響きで目が覚めた」と振り返りながらも、「米軍基地があるのは不安だが、基地があるとわかって住んでいるからしょうがない」と割りきった。

沖国大・前泊氏「地位協定というのは日本の主権を制限するための条約」

 27日現在、米軍からの要請を受け、市消防局の職員5名が基地内で米軍と共同の原因調査にあたっている。敷地内の立ち入り調査は「日米地位協定」によって米国側の同意が必要とされており、相模原市による基地内調査は1964年に「消防相互援助協約」を結んでから初のことだ。これ以上の地域住民の反発を避けるため、米軍側が透明性を演出してみせたとも考えられる。

 専門家はどうみているか。

▲2013年3月5日、岩上安身のインタビューに答える前泊博盛氏

 『本当は憲法より大切な「日米地位協定入門」』(「戦後再発見」双書)の著者で、沖縄国際大学の前泊博盛教授がIWJの電話取材に応えた。前泊氏は、米軍の管理権が定められている日米地位協定第3条「施設及び区域内外の管理」を紹介する。

 「日米地位協定第3条では、米軍が事故を起こしても、その中身については、米国側が開示する情報しか受け取ることができない、日本側が開示請求しても、米国側が“好意的”に対応しなければ事実を知ることもできない、ということになりますね」

日米地位協定 第3条

1 合衆国は、施設及び区域内において、それらの設定、運営、警護及び管理のため必要なすべての措置を執ることができる。日本国政府は、施設及び区域の支持、警護及び管理のための合衆国軍隊の施設及び区域への出入の便を図るため、合衆国軍隊の要請があつたときは、合同委員会を通ずる両政府間の協議の上で、それらの施設及び区域に隣接し又はそれらの近傍の土地、領水及び空間において、関係法令の範囲内で必要な措置を執るものとする。合衆国も、また、合同委員会を通ずる両政府間の協議の上で前記の目的のため必要な措置を執ることができる。

2 合衆国は、1に定める措置を、日本国の領域への、領域からの又は領域内の航海、航空、通信又は陸上交通を不必要に妨げるような方法によつては執らないことに同意する。合衆国が使用する電波放射の装置が用いる周波数、電力及びこれらに類する事項に関するすべての問題は、両政府の当局間の取極により解決しなければならない。日本国政府は、合衆国軍隊が必要とする電気通信用電子装置に対する妨害を防止し又は除去するためのすべての合理的な措置を関係法令の範囲内で執るものとする。

3 合衆国軍隊が使用している施設及び区域における作業は、公共の安全に妥当な考慮を払つて行なわなければならない。

 今回の立ち入り調査は、あくまでも米軍の「好意」によるものだ、というのである。さらに前泊氏は「地位協定というのは日本の主権を制限するための条約です」と断言し、米軍の「治外法権」にも言及する。

 「治外法権は、日本の領土内であっても領土でない、という状態が作られるということですからね。第3条という強大な施設・区域の管理権によって、基本的にはアメリカ任せということになりますので。国内でも『米国依存』という問題が生じることになります」

 つまり、仮に米軍基地で炎が燃えさかっていて、日本の消防車が先に到着したとして、付近の基地外の建物に延焼する危険性がある、というような切迫した事態においても、基本的には米軍側の指示を待つしかない、というのである。あまりに不条理ではないか。

 米軍基地は世界中に点在しており、国ごとに独自の地位協定を結んでいるが、基地提供国は米軍が事故を起こすたびに協定の改定を要求し、自国の権利を拡大させてきた。

 「たとえば、現状回復義務(契約終了時に目的物を契約締結時の状態に戻して貸主に返還すべき義務)を免除しているのは、日本だけです。ドイツなんかは返す時にはちゃんとその尻拭いを自分でやれとアメリカ側に要求したりしますよ」

 前泊氏はさらに、「信頼関係の問題もあります」と指摘し、「危険な物質を住宅地の周辺の基地に置く場合はちゃんと連絡をしてもらわないと、こういうことが起こった時に避難ができなくなったりします。自治体、あるいは国との連絡関係などは、日本政府が消極的だからこういう(米国依存の)対応になっていると言わざるを得ません」と批判。米国にものを言えない日本政府の腰砕けの姿勢が、米国の図々しさを助長しているという認識を示した。

「沖国大米軍ヘリ墜落事件」で再現された、占領下の日本の現状

 今回の相模原の事故で怪我人が出なかったことは、不幸中の幸いだった。焼けたのも米軍敷地内の倉庫一棟に留まっており、長時間にわたった爆発火災事故としては比較的に小規模だった。

 しかし、これがもし相模原の住宅街にまで飛び火するような大事故だった場合、今回のような合同調査を認めただろうか。

 2004年、沖縄国際大学に米軍ヘリコプターが墜落する事件が発生した。幸いにも大学は夏休み中で、ヘリ搭乗員3名が負傷した以外に民間人の死者は出なかったが、ヘリは爆発し、炎上。沖国大本館を破壊する大惨事となった。

 市民の通報によって消防隊が到着し、約40分におよぶ必死の消火活動の末に、ようやく火は消し止められたが、鎮火直後、驚くべきことに米軍は、消火活動を終えた消防隊を立ち退かせ、事故現場を完全に封鎖するという“暴挙”に出た。

 米軍は地元住民に限らず、事故現場に駆けつけた沖国大の学長や宜野湾市長、メディアの立ち入りまですべて拒否し、沖国大の構内は米軍に一方的に占拠。日本が未だに米国の占領下にあることをあからさまに見せつけた。その後、事故を起こした乗員の米海兵隊兵士らは氏名不詳のまま書類送検され、全員が不起訴処分とされた。

沖国大の衝撃が生んだ米軍機事故の「ガイドライン」も骨抜き!

 これを受け、日米両政府は05年に「民間地での米軍機事故に関するガイドライン(指針)」をまとめた。ガイドラインでは事故現場付近に2つの規制線を設け、(1)直近は日米共同で規制(2)外周は日本側が規制(3)事故機の残骸と部品は米側が管理すること、などを定めた。

 2013年12月17日、神奈川県三浦市で起きた米軍ヘリ墜落事故でこのガイドラインは適用され、米軍と県警の共同調査が実現したが、米軍の初動は遅く、米国が現場に到着したのは事故発生から3時間後という有り様だった。

 事故機の管理は(3)で記した通り、米軍が担当することとなっている。米軍がくるまでの間、県警は現場保存をしながら、ただただ到着を待つしかなかった。ようやく(1)の規制線を設定できたのは、事故から3時間半後という始末だった。

 このときも米軍ヘリはたまたま空き地となっている埋め立て地に墜落したため、民間人の死傷者はでなかったが、もし死傷者が出ていた場合、県警や消防がどれほど救助活動に取り組めたかは怪しい。結局、ガイドラインなど形ばかりで根本的な解決にはなっていないのである。

 また、公式には、昭和62年以降は墜落事故そのものが発生していないことになっている。だが、これはごまかしである。「不時着」「予防着陸」などと処理・発表されているだけで、米軍機の墜落事故は依然として発生しつづけているのが現状だ。

「基地」も「原発」も止められない背景には米国の「構造的支配」があった

 なぜ、このような無法がまかり通るのか。『日本はなぜ、「基地」と「原発」を止められないのか』(集英社インターナショナル)の著した矢部宏治氏が詳しい。矢部氏は2014年10月、11月、2度にわたってIWJ代表・岩上安身のインタビューに答え、いまだに米国の支配下にある日本の構造、法体系の全容を明かした。

▲2014年10月13日、岩上安身のインタビューに答える矢部宏治氏

 このインタビューの模様は、今月末に発行するメルマガ『岩上安身のIWJ特報!』で、詳細な注釈を入れて全文を掲載している。その一部をここで抜粋する。

岩上「沖縄の米軍基地の場合、平面的に見る限りは、大きな面積を占有しているとはいえ100%ではありません。ところが、航空管制圏という観点、RAPCON (=Radar Approach Control) といいますが、つまり空間という観点から見ると、なんと沖縄島とその周辺海域をすっぽり包み込んでしまう。これを全部アメリカが管理しているわけですね」

矢部「そうです。沖縄本島の面積の18%が米軍基地で占められていて、それ自体とんでもない数値なのですが、上空は100%アメリカの管理下にあるんです。前泊さんも先のインタビューでお話しになられているように、この管制圏、表向きは返還されたことになっている(※15)のだけれど、実態は何も変わっていません。100%の米軍管理体制がずっと維持されたままです。

 この辺の事情を研究されたのが、『検証・法治国家崩壊』の共著者である新原昭治(※16)さん。この研究ジャンルそのものの創始者であり、日米密約研究の父とも呼ばれるべき方です。

彼が着目した『日米行政協定第十七条を改正する議定書に関する合意された公式議事録(一九五三年九月二九日、東京)』には、次のような一文があります。

『日本国の当局は所在地の如何を問わず合衆国の財産について、捜索、差し押さえ、または検証を行なう権利を行使しない』。この文言が何を意味するか、米軍基地内という文脈において読めば、いかに重大なことかが分かります。『米軍基地内は治外法権である、したがって、広大な空域を米軍に明け渡している日本全国が、まるごと治外法権である』というわけです」

岩上「米軍の飛行機がどこで落ちようとも、それが東京や大阪のど真ん中で落ちようが、日本人が巻き添えになろうが、捜査も機体の破片の差し押さえも、米軍の軍事機密として日本側には一切許可しない。日本の当局もまた、そういう権利を行使しないと。恐るべき取り決めですね、日本の地上に及ぶわけですからね」

矢部「そういうことですね。原発事故でもそれによく似た構図が露呈したわけですが、たとえば沖縄国際大学でのヘリ墜落事故(※17)。その時の写真がこれです」

▲沖縄国際大学での米軍ヘリ墜落の様子

岩上「飛んでいるヘリが墜落して、大破、炎上。なんとも凄まじい・・・」

矢部「事故を起こした張本人が勝手に現場を封鎖し、Out!Out!とか言ってみんな追い払う。日本の警察といえば、封鎖している米軍の許可を得てようやく構内に入る。そんな状態でした」

岩上「ここの大学の関係者、学生、それから教職員、いわゆる被害当事者ですね、当事者すら外に出されてこの中に入っていけない。そのうえ、日本の警察もメディアも出て行け、ということをされたわけですね」

矢部「こんなことを可能にするのが、日米地位協定とそこにまつわる密約なんですけどね(※18)。それは日本全国に適用される法律ですから、たとえば東京大学に米軍機が落ちて、赤門を封鎖して、警視総監が入れろと言っても、米軍はそれを拒否する法的権利を持っているわけです」

 政府は今、安全保障関連法案の成立を目指し、米軍への属国化をこれまで以上に深めようとしている。国民の多くが法案と、法案をめぐる拙速な審議に否定的だが、すでに集団的自衛権の行使を前提とした日米新ガイドラインは4月に締結し、その際に、安倍総理は米国で今夏の法案成立を誓ってしまった。

 主権は国民ではなく、米国にある。このままでは、日本は、集団的自衛権の行使と称し、米軍の国際法違反の戦争の片棒を担ぐこととなるだろう。もちろん、基地も、原発も止められない。今こそ、戦後、脈々と続く構造的な米国支配の実態を理解しなければならない。

 まもなく発行する『日本はなぜ、「基地」と「原発」を止められないのか』著者・矢部宏治氏のインタビューを掲載する『岩上安身のIWJ特報!220〜223号』は必読である。

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