【岩上安身のニュースのトリセツ】パリ風刺雑誌銃撃テロ事件で揺らぐ「表現の自由」~「文明の衝突」は不可避なのか? 2015.1.10

記事公開日:2015.1.10 テキスト
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(佐々木隼也、菅美香子、記事構成・文責:岩上安身)

 1月7日午前11時20分(日本時間午後8時20分)、パリ中心部にある風刺週刊誌「シャルリ・エブド」の本社に、黒い戦闘服を着てカラシニコフ銃で武装した覆面の男2人が押し入り、銃を乱射。編集長や風刺画家らと警官2人の計12人が死亡した。

 犯人らは、編集会議が行われていた会議室で、「預言者の敵討ちだ」と叫びながら銃を約30発乱射。AFP通信によると、現場に居合わせた人々は、男2人が「預言者のかたきを打った」「アッラー・アクバル」(アラビア語で神は偉大なりの意)と叫ぶのを聞いたという。

 午前11時半(日本時間午後8時半)、警察が現場に急行すると、犯人らは再び「アッラー・アクバル」と叫び逃走。警察と撃ち合いとなった後、駐車していた車で逃走した。

 「france tv」が公開した動画には、銃撃戦のさなか、犯人たちが「アッラー・アクバル」と叫んでいる様子が映っている。

 事件後に現地入りしたオランド大統領は、「これはテロ行為だ」「信じがたく野蛮だ」と糾弾。ドイツのメルケル首相は、「報道の自由、および報道機関という、われわれの民主的な文化の根幹に対する攻撃」と非難した。米国のオバマ大統領も「米国の最も古くからの同盟国であるフランスは、米国のテロとの戦いに寄り添ってきた」「米政府は仏政府と連絡をとっており、テロ行為を行った人物に公正な裁きを受けさせるため、仏政府に必要な支援を行うよう指示した」との声明を発表した。

 そして安倍総理も、「今回のテロ事件で多数の死傷者が出たことに大きな衝撃と憤りを禁じ得ない。このような卑劣なテロは、いかなる理由でも許されず、断固として非難する。日本政府と日本国民を代表して、すべての犠牲者とその家族に心から哀悼の意を表するとともに、負傷者の方々に心からお見舞いを申し上げる。この困難な時に、日本はフランスと共にある」とするメッセージをオランド大統領に送った。

 フランスの捜査当局は、容疑者として、サイド・クアシ(34)、シェリフ・クアシ(32)の兄弟と、ハミド・ムラド容疑者(18)ら3人のフランス国籍の男を容疑者として特定。このうち7日夜に、ハミド・ムラド容疑者(18)が警察に出頭した。

※日本時間1月9日(金)25時00分現在、容疑者兄弟2人はパリ郊外で捜査当局と銃撃戦をしたあと、人質をとって立てこもり中。現在までに銃撃で2人が死亡したという未確認情報がある。CBSがライブ中継を行なっている。兄弟はパリでアルジェリア移民の両親の下に生まれ、弟のシェリフ容疑者は、10年ほど前からフランス当局からテロを起こす可能性があるとマークされ、フランス人をイラクのアルカイダ系分派組織に送り込んだとして執行猶予付き有罪判決を受けている。
※25時20分頃、対テロ部隊が突入し、容疑者兄弟は射殺された。

またパリの東端バンセンヌ地区でも、ユダヤ系のスーパーマーケットに自動小銃で武装した男が押し入り、人質をとって立てこもっている。こちらの立てこもり犯は、8日の警官銃撃事件と関係があると見られている。

 ただ、ロシアのメディア「スプートニク」は、出頭したハミド・ムラド容疑者は、「自身の身の潔白を証明するため」に出頭したと話しており、現在、同容疑者の事件当時のアリバイを検証中と伝えている。

 今回死亡したなかには、著名な漫画家4人や、国民に広く知られているコメンテータも含まれていたことから、フランス国内に大きな衝撃を与えている。

反権力を貫く「シャルリ・エブド」とは

 銃撃された「シャルリ・エブド」は、過去に何度もイスラム教を風刺する漫画を掲載し、イスラム社会から激しい非難、抗議の的となり、時に殺害予告や火炎瓶を投げ込まれるなどの被害を受けてきた。

 「シャルリ・エブド」は、2006年、その前年にデンマークの雑誌に掲載されたイスラム教預言者ムハンマドの風刺画を転載。2007年には、「愚か者に愛されるのもつらい」と言いながらムハンマドが泣いている様子を描いた風刺画を掲載した。

シャルリ・エブドの風刺画「愚か者に愛されるのもつらい」

 こうした挑発的な風刺を続ける同誌に対し、パリにあるイスラム寺院のグラン・モスケ・ド・パリやフランスの「イスラム組織連合」などが名誉毀損で訴えている。フランス政府は当時、この提訴を支持したが、裁判所によって退けられた。

 さらに2011年には、ムハンマドが「笑い死にしなければ、むち打ち100回の刑だ」と言っている風刺画を掲載したため、オフィスに火炎瓶が投げ込まれて建物がほぼ全焼した。

シャルリ・エブドの風刺画「笑い死にしなければ、むち打ち100回の刑だ」

 同誌は脅迫を受けた際、「愛は憎しみよりも強い」と題し、イスラム風の男性とキスをする風刺画を掲載してみせた。

シャルリ・エブドの風刺画「愛は憎しみよりも強い」

 同誌の編集長で風刺漫画家のステファン・シャルボニエ氏に対しても、過去に何度も脅迫状が送りつけられていた。2012年には、同氏の首の切断をイスラム聖戦主義サイトで呼び掛けたフランス人の男が逮捕されている。シャルボニエ氏は今回の銃撃で殺害された一人。

 また同じく今回殺害されたジャン・カビュ氏も、ムハンマドを風刺した漫画を掲載したことで、絶えず殺害予告を受けていた。カビュ氏は、イスラム教を含めた宗教そのものや、フランス国内の人種差別的な人物、やみくもな愛国主義者を風刺する姿勢が、根強い人気を持っていた。

 カビュ氏は、2011年の福島第一原発事故の際、奇形の力士が五輪競技に出場するという風刺画を発表して、日本でも話題になった。

奇形の力士が五輪競技に出場するという風刺画

 「シャルリ・エブド」は、イスラム教だけを風刺していたわけではなく、政治家、宗教から軍隊に至るまであらゆる権力、あらゆる形態の宗教を常に風刺の対象としてきた。2014年の12月には、聖母マリアがブタの顔をしたイエス・キリストを出産した様子を描いた風刺画を掲載している。

キリスト生誕を風刺したシャルリ・エブドの風刺画

 2012年のムハンマドをほうふつさせる人物の風刺画を掲載した際に、同誌の記者の1人は「全ての過激主義者を笑い飛ばしたい。それはイスラム教、ユダヤ教、カトリックなどの各教徒であるかもしれない。極端な言葉や行動を我々は受け入れない」と、CNNのインタビューに対し語っている。

「表現の自由」のために立ち上がる市民たち ~反イスラムに利用するフランスの極右政党

 フランスは2014年に、イスラム過激派「イスラム国」への空爆にフランスが参加していることへの報復としてイスラム武装勢力がフランスに対し攻撃を加えると予告したことを受け、テロ対策法を強化。警戒を強めていた。

 折しも、事件前日の1月6日に、フランスの空母「シャルル・ド・ゴール」とその艦隊が、今後「イスラム国」に対する作戦支援のためペルシャ湾に派遣されることが、海事ニュースサイト「Mer et Marine」で報じられたばかりだった。

 こうした状況下で、イスラムを風刺していた週刊誌へのテロ事件というタイミング、犯人らの銃撃時の様子から、各国のメディアは一斉に「イスラム過激派の犯行の可能性」を報じている。しかし、今のところ犯行声明は出されていない。

 この事態にイスラム社会も敏感に反応。エジプトにあるイスラム教スンニ派最高権威機関アズハルは7日、「犯罪的な行為だ」「イスラムはいかなる暴力も拒絶する」と非難する声明を発表。仏イスラム評議会(CFCM)のダリル・ブバクール会長も、「民主主義、および報道の自由に対しても非常に野蛮な行為」「実行犯は真のイスラム教徒を名乗ることはできない」と非難した。

 しかし、イスラム社会から送られてきた、こうした◯◯なメッセージも、400万人を超えると言われるフランス国内のムスリムへの不穏な感情の高まりを抑えることができるかどうか。

 フランス各地では、市民による犠牲者の哀悼と抗議の集会が開かれた。パリ中心部の共和国(レピュブリック)広場には3万5000人が集結し、「表現の自由を」と訴えた。多くの人が「JE SUIS CHARLIE(私はシャルリ)」と書かれたプラカードを掲げ、同誌への連帯を示した。今後もパリでは大規模な抗議デモが予定されている。

 ある、フランス美術に詳しい人物は、彼らフランス国民の思いをこう語った。

 「事件のあったシャルリ本社はバスティーユ広場の近く。バスティーユはバスティーユ牢獄のあったフランス共和国の礎の地ですから、フランス人には思い入れがあるのではないかと思います。バスティーユ北側は、今は東京で言えば青山みたいな界隈です。画廊が多いので私もパリに行くと必ずうろちょろする場所です。少し行くと伝統的なユダヤ人街もあります。

 そして、3万5000人が集まった共和国広場(レピュブリック=リパブリック)、ここに集まったことに意味が付与されていると感じます。そんなに広い場所ではないし、ふつうのデモなどは他の場所でやります。このレピュブリック広場は、つい最近までいつもいつも改装工事中で、『レピュブリック=共和国はつねに改装中』というのは象徴的だなと思ってました。

 オランドは声明で何度もレピュブリックという言葉を使いました。共和国というのが、自由(および平等、博愛)の具現化と捉えているのだと思います」

 今のところ、こうした市民のデモの大半は、イスラム社会への排斥、憎悪、差別といった負の感情に彩られてはいないようだ。オランド大統領も声明で、「彼ら(犠牲者たち)はフランスを成り立たせている理念のために死んだのです、すなわち、自由です。共和国は、表現の自由です。共和国は、文化であり、創造であり、複数主義であり、民主主義です。それが狙われたのです」と述べるにとどまっている。



7日、パリの追悼・抗議デモの模様

 Twitter上では、世界各地で「私はシャルリ」の画像を多くのユーザーが発信。英BBCによると、日本時間7日午後11時過ぎの段階で、少なくとも6万5000件の関連ツイートがあった。そのなかには、「今日の悲劇を、不要な反イスラム感情に変えてはならない」と指摘する声もあるという。先手を打ったように戒めの言葉が投げかけられるのは、それが「起こりうる次のシナリオ」と懸念されているからに他ならない。

 その懸念は、しかし現実のものとなった。事件は単発では終わらなかったのである。

 フランス東部のビルフランシュ・シュル・ソーヌでは8日(現地時間)午前6時頃、モスク(イスラム礼拝堂)近くの中東レストラン「アンペリウル」の店の前で、爆発事件が発生した。

 この店は、モスクに通う人々やその他の人々が集まる場所になっていた。幸い、けが人は出なかったものの、標的がモスクへ通うイスラム教徒の人々だったのは間違いない。同市の国民運動連合党(UMP)の市議は、この爆発事件はパリの「悲劇的状況に結びついている」と語っている。

 他にも、7日夜から8日にかけて、モスクへの襲撃が相次いでいる。パリ西部のル・マンでは8日午前0時過ぎ、モスクに手りゅう弾3発が投げ込まれた。幸い、手りゅう弾は爆発しなかった。

 また、仏南部ナルボンヌ近郊のポールラヌーベルでも、イスラム教の夜の礼拝の直後に、礼拝に使われていた建物に向けて発砲があった。

 フランスでは極右政党の国民戦線(FN)が外国人移民に対する不満層を中心に支持を伸ばしており、2014年欧州議会議員選挙 (フランス)では、約25%の得票を得て24議席を獲得、大躍進を果たしている。今回の事件が反イスラム運動の推進に利用される恐れがあるとの懸念も一部で出ている。

 国民戦線のルペン党首は、事件の起きた7日に、声明動画をyoutubeで公開。政治的な結論を出すには時期尚早としながらも、「今回の事件でイスラム教原理主義に関連するテロの脅威が増大したことは明白な事実だ」と断定。

【マリーヌ=ルペン党首の声明動画】

 国民戦線は、「移民の制限」「移民への寛容ゼロ」「血統主義」「モスク建設の停止」など排外主義的な政策のほか、「死刑の復活」「極左団体への補助金停止」「道徳教育の強化」「同性婚の廃止」などの政策を掲げている。

 今回の銃撃事件を自身の党勢拡大に利用すべく、これらのスローガンを煽り立てていくことは必至だ。

 8日には、パリ郊外モンルージュで、防弾ベストを着た男が警察官らに向けて自動小銃を発砲し、女性警察官が死亡した。AFP通信によれば、捜査当局「シャルリ・エブド」襲撃事件と関連性があるとみていると報じており、フランス国内ではますます不安と混乱が広がる事態となっている。

「排外デモ」と「対抗デモ」の渦巻くドイツでも、排外団体が反イスラムを煽動

 ムスリムへの反感は、隣国ドイツでも一部で強まりを見せている。

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「【岩上安身のニュースのトリセツ】パリ風刺雑誌銃撃テロ事件で揺らぐ「表現の自由」~「文明の衝突」は不可避なのか?」への1件のフィードバック

  1. 山本勇人 より:

     いま肝心なことの時に、IWJが、タイムリーに、『警官にとどめ』疑惑映像のYOU TUBE のPARIS SHOOTING HOAX >
    NO BLOOD>FAKE等に一切触れないのは残念至極。いまからでも十分間に合うので、真実のジャーナリズム使命を果たしてほしい。

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