3月18日に台湾・立法院(国会)が学生らに占拠されてから、1週間が経った25日、馬英九政権側は、いまだに歩み寄る姿勢を見せていない。
台湾総統府はこの日、「馬総統が立法院を占拠する学生の代表を総統府に招き、前提条件なしの対話で意見を聞きたいと望んでいる」という旨を発表した。23日に起こった行政院の占拠に対する流血沙汰の強制排除が、国民の馬政権への反感をさらに高めていることから、一定の「歩み寄り」を演出したいという思惑があるとみられる。
しかし学生らの要求する「公開の場での対話」や「サービス貿易協定を監督するシステムの法制化についての協議」に応じるかどうかは不鮮明で、馬総統も依然として「同協定による市場の開放は繁栄をもたらし、閉鎖すれば必ず衰退する」という同協定推進の立場を示していることから、政権側の姿勢が軟化したとは言いがたい。
立法院を占拠する学生の代表者の一人である陳為廷氏は、「今のところ面会するというのはすべて政府側の一方的な言葉で、面会の場所、時間、人員、議題については何も実質的な討論がない」とする声明を発表した。
この日も、立法院周辺には多くの学生、社会人、お年寄りなど幅広い年齢層の市民が集結し、同協定への反対を訴えた。23日から現地入りしている原佑介記者も抗議の模様を取材し、台湾の原住民の学生に話を聞いた。
台湾原住民にも影響を与える、「サービス貿易協定」とは一体何なのか。その危険性を振り返りつつ、原記者によるインタビューの模様を掲載したい。
※20日〜24日の抗議の模様や、国会占拠の背景、行政院占拠・強制排除のドキュメントはこちら
サービス貿易協定は1%の大資本による99%の富の収奪
占拠の発端となった「サービス貿易協定」とは、台湾と中国の間で、金融、保険、広告、宅配、汚水処理、ホテル、レストラン、娯楽・スポーツ施設、運送、クリーニング、美容、葬儀施設など、幅広いサービス分野で、「互いの市場を開放する」協定である。しかし実際には、中国側の開放は地域が限定されていたり、台湾企業の中国への事業参入のハードルが高いなど、極めて台湾に不利な不平等条約となっている。
例えば、中国の起業家は台湾の銀行にお金を払うことで、3年間台湾に移住でき、ビザの更新も無制限に行うことができる。一方、台湾の起業家も中国への移住が可能だが、その場合は会社の株式の50%以上を中国政府に渡さなくてはならない、などの条件が盛り込まれている。豊富な資本を持ち生産から小売りまでが一体となっている中国企業が、台湾の中小企業の生存を脅かすのは必至だ。
こうした内容から、日本の報道では「台湾が中国に飲み込まれる事に反発した学生らの行動」という報じ方がなされている。確かに抗議には台湾独立派の姿も多くみられる。しかし、この問題の本質は少し異なる。
18日に立法院を占拠した学生らは宣言の中で、「同協定への反対は、『相手が中国なら何でも反対』ということではない。同協定の最大の問題は、貿易自由化が大資本にだけ利益をもたらすことにある」と訴えている。さらに、「同協定は、中国と台湾が統一するか独立するか、という問題ではなく、少数の大資本家が多くのの農民と労働者と中小工業者を飲み込む階級問題であり、台湾の若者の未来を奪う生存問題だ」と語っている。
馬総統は23日の記者会見で、「同協定の遅れは、台湾のTPPやRCEP(東アジア地域包括的経済連携)参加にも影響をおよぼす」と訴えた。つまり、馬政権にとって「サービス貿易協定」は、TPPやRCEPへの通過点に過ぎない。その先にあるのは、1%の大資本による99%の富の収奪である。
学生らも宣言の中で、「協定の本質は、WTO、FTA、TPPと同じだ」と指摘している。台湾が直面するこの事態は、TPPで米国に不平等条約を迫られる日本、米韓FTAで不利な条件を飲まされた韓国、そして国内1%の超富裕層が残りの99%の富を食い物にする米国など、世界中で行われている「多国籍資本による経済植民地化」という構図で共通している。
【原記者報告】3月25日 夜11時 台湾原住民が協定に反対する理由
この協定は、社会的マイノリティが抱える問題をも、さらに加速させる。午後11時頃、原住民たちが立法院近くの広場で集会を開き、「台中サービス貿易協定」が自分たちに与える影響について話し合った。IWJはタロコ族出身の学生、ヤボンさんに話を聞いた。
台湾の原住民は14~17の部族からなり、台湾の人口の2%程度にあたる約50万人を占める。タロコ族は農耕や狩猟採集を中心とした生活を送っており、2004年に台湾内政部により独自の民族として認可を受けた。
ヤボンさんは、「特に影響を受けるのは原住民の文化、土地権、経済の3つの分野です」と語った。
台湾原住民は過去、漢民族や日本に統治されるたびに、政治的に翻弄され続けてきた。中でも、原住民に与えられた土地権は複雑で、普通の台湾人と比べてかなり限定的だ。それが、貿易協定によってより深刻化するだろうとカボンさんは懸念する。
「保留地」と「伝統領域」という二つの概念が、原住民の生活する土地には存在するという。「保留地」とは、政府から土地権を与えられているもの。しかし驚くことに市場価値はなく、販売もできず、証明書を持って行ってもローンも組めない。
一方で「伝統領域」とはもっと広範囲な土地を差し、各部族の先祖が代々、伝統や文化を守るために継承してきたものだ。しかし、この「伝統領域」の土地権は法的に認められていないことから、台湾政府や企業によって開発が進められている所もすでにあるという。
ヤボンさんは訴える。「地元の土地や文化など、これまで守ってきたものが、失われてしまうという危機感がある。原住民は仕事がなく、低賃金といった様々な問題が今までもあった。こうした事態が『サービス貿易協定』でもっと深刻になってしまう」
そんな中、行政院に属する「原住民族委員会」はホームページで、「違法」な占拠運動に参加しないよう、原住民に対し注意喚起を行った。「サービス貿易協定」が台湾にもたらすと言われている不利益は事実とは異なり、原住民に与える影響も少ないと主張している。
委員会の声明は、「同協定による影響はサービス業に集中しているが、現在、原住民のサービス業における雇用者は0.2%以下であり、多くの原住民は肉体労働の仕事に就いているため、協定による影響は限定的である。ネットで流れている『協定は原住民に不利だ』などという噂を信じたりしないように」と書かれている。
しかし、原住民のほとんどが肉体労働に就かざるを得ないという労働格差がある中で、この協定によりサービス業が圧迫されれば、職を失った労働者が肉体労働関係に流入することで、原住民の雇用状況はより悪化するのではないだろうか。原住民たちはこの委員会の声明に対し、抗議文を近く発表する予定だという。
淡江大学・李教授「グローバル資本の影響感じる」
この日、通訳をしてくれた李教授は、淡江大学で日本語を教えている。なぜ、これだけ大規模で長期的な反対運動が展開できるのか、その理由を聞くと、李教授は「『野いちご運動』(2008年に学生たちが行なった行政院前での大規模な抗議行動)など、これまでの運動の蓄積がある」と解説してくれた。
李教授は運動の背景について、「台湾の国軍兵士が軍からリンチを受けて死亡したことがあったが、それに対する現政権の対応や、低賃金で雇用も少ない将来への不安などが政治不信に繋がり、学生たちの大きなエネルギーになっている」と分析した。
また、「台湾のTV局が中国資本に売却されてから、グローバル資本による影響を感じるようになった。その頃から台湾メディアに対する失望感が広がっている。一度、ある新聞のトップ誌面が一面、シャネルの広告になったこともあった」と語った。
「日本人も立ち上がることができるか」
深夜0時を回ろうとしている中、立法院周辺には数千人規模の市民が集まり、座り込みを続けていた。立法院占拠から8日目の夜である。弁当が無料で支給され、医学生による医療班がブースを出し、車道に設置されたスクリーンでは映画まで上映されていた。
インタビューに応えた大学院生のサイさんは、「台湾の民主と自由を守るためにみんながんばっている。『サービス貿易協定』で中国はいつでも台湾の資本を奪うことができてしまう。力関係がありすぎる。この運動がどうなっていくか分からないが、台湾の将来は自分たちの手で守っていきたい」と、座り込みの動機を語った。
偶然にも、大阪から来ていた日本人留学生と遭遇し、話を聞くことができた。彼は、「10日前にたまたま台湾にきて、こんなことになって驚いている」と苦笑し、次のように思いを語った。
「学生が立ち上がる姿は日本ではみられない。日本ではがんばるのはかっこ悪いという風潮があるが、かっこいいなと思うし、尊敬します。政治的に、日本も同じような状況になってもおかしくない。その時、こうして立ち上がることができるのか。日本人はやっても駄目だと最初から諦めがあるが、台湾の人たちはとりあえずやろうという勢いがある。日本もがんばらないと」。
この占拠運動に参加している若者たちの携帯には、心配する親から頻繁に電話がかかってくるという。しかし、大人たちは若者たちの健康を心配しているだけで、運動自体は見守り応援している。立法院周辺に掲げられている数々の横断幕の中には、「お父さんお母さん安心して下さい。私たちは安全です」と書かれたものもあった。(取材:原佑介、記事構成:ぎぎまき、佐々木隼也)
26日には、現地協力者の助力により、ついに占拠の続く立法院内へのIWJによる取材が許された。原記者と現地で協力してくれている通訳の学生とともに、立法院内の様子を取材し、学生の代表者の一人への単独インタビューにも成功した。
※ドキュメント26日へ続く。
IWJでは、IWJ台湾Chから、今も台湾全土で行われている抗議行動の模様を、現地市民の協力を得て報道し続けています。「持久戦」の様相を呈してきたこの事件。3月23日からは、原記者が現地に入り、生々しい抗議の模様や現地市民の声を体当たりで取材し、配信しています。この問題は、中国を米国に置き換え、ECFAをTPPに置き換えたら、非常によく似た構図となっています。IWJは苦しい財政状況ですが、可能な限り伝え続けたいと考えています。取材が持続できるよう、どうか緊急のご寄付、カンパのほど、そして会員登録をよろしくお願い致します。
この立法院占拠や周辺の抗議運動が、中国に飲み込まれることへの反発なのか、反グローバリズム資本主義なのかは、議論が難しいはず。
そもそも論として、両岸サービス協定の内容自体が本当に学生側の言うとおりかは検証を要する。
細かい話をすれば、WTOの関税やサービス分野の譲許表と個別のFTAの譲許表を睨めっこして議論しないといけない。
ただ、それをすると、おそらく台湾や中国の政府が言うことが正しい可能性もある。
問題は制度や協定の文字面以外の部分にあるはず。
「台湾企業が中国に進出し、資本家が移住する場合、株式の半分を中国政府に渡す」というのも正確ではない。
確かに中国側パートナーや現地地方政府に騙され、あるいは強盗のように身ぐるみ剥がされる台湾人経営者もいる。
しかし、半分渡すというルールや実態があるというのが一般的なのかは疑問。
また、台湾世論が恐れるのも、中国人と同じ言語を使ってるから、投資や移住が容易になる。
それがしいては、台湾国内の経済や社会などに中国資本や中国人が侵食し、政治的な影響を持つ可能性もある。
報道、通信、出版業界などの方面で懸念されることってそうでしょ。
やっぱり、台湾の独立の問題と無関係ではない。
ただし、台湾独立っていうより、台湾は中華民国という独立国家だという認識の人も多い。
今回の学生運動のリーダーって蔡英文に傾倒しているという話もあるけど、蔡英文自身、「中華民国=台湾」っていってませんか?
リーダーの林さんも台湾独立派っぽい発言をしていたらしいけど、本来の台湾独立派の教義そのものを受け継いているかはわからない。
正統派の台湾独立派とは中華民国体制そのものを否定することにあり、必ずしも現役時代の李登輝総統がいった「中華民国在台湾」あるいは蔡英文の「中華民国就是台湾」とはイコールではないんです。
そして、一番の問題は、台湾の世論は両岸サービス貿易協定に反対の声が大きいが、TPPに対しては反対が多いわけじゃないという世論調査結果も出ています。
やっぱり問題は中国にある。
ただ、アメリカとの農産品貿易交渉でも牛肉や豚肉の危険部位の輸入規制緩和をめぐって、世論が反対し、立法院が政府間協議の合意をひっくり返したことありますけどね。
若者の未来、社会的弱者を守る気の無い馬政権の姿が露に。ここでも1%対99%の対立か。