2011年11月19日(土)、東京電力本店で、記者会見(11:00~、0:15′)が行われた。
プラント状況、1号機は注水量を調整したため、圧力容器下部温度は少し上昇した。一方。3号機使用済み燃料プールの出口温度が上昇傾向にあったが、調査し原因解消している
IWJ特集 ストレステスト意見聴取会
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2011年11月18日(金)13時、原子力安全基盤機構(東京都港区)において、「第2回 発電用原子炉施設の安全性に関する総合的評価(いわゆるストレステスト)に係る意見聴取会」が開かれた。今回は、海外の専門家を交えての、「拡大意見聴取会」として開催され、「ストレステストに関する各国等の取り組みについて」を議題に意見聴取がなされた。
特集 百人百話
郡山市在住。35歳。DJ、東北関東大震災支援隊本部“BOND&JUSTICE”のメンバー。妻と子ども3人の5人家族。事故直後、いわきを中心に炊き出しや物資の配達に音楽仲間と走り回る。5月末、子どもが通う郡山の小学校に掛け合い、線量測定を実施したところ、「はかるくん」と持参した最新鋭のガイガーカウンターとの数値の違いに驚く。避難は自分で判断するしかない。子どもの将来を思い、後悔だけはしたくないと妻子を新潟に避難させた。
2011年11月18日(金)、東京電力本店で、記者会見(18:00~、0:46′)が行われた。
冬季対策として作業員の防寒対策、インフルエンザ対策、および設備の凍結防止策を公表した。凍結防止策として保温材、ヒーターの設置や凍結防止運転を行うことを説明した。
特集 築地市場移転問題|特集 2014東京都知事選
2011年11月18日(金)、岩上安身が、環境学者 畑明郎(はた・あきお)氏へインタビューを行なった。
足尾銅山、イタイイタイ病など公害問題から始まって、築地市場移転先の豊洲の土壌汚染。放射能汚染や除染の効果など、環境汚染などが専門の畑氏に聞いた。
2011年11月18日(金)10時、東京都内において、超党派国会議員や有識者らによる「TPPを慎重に考える会」の第19回勉強会が開かれた。11月12日にワシントンで開かれた日米首脳会談で、野田佳彦総理大臣がオバマ大統領に対し、「全ての品目・分野を交渉のテーブルに乗せる用意があると表明した」との報道がなされ、野田総理大臣の発言の真相について問題となっている。これに関連し、経済産業省の枝野幸男大臣が首脳会談前日に開かれたカーク米通商代表との会談時に手にしていた資料に「国民的議論の末、野田政権としてTPP交渉参加を決断した」「全ての品目・分野を交渉のテーブルに乗せる用意がある」と書かれていたとのテレビ報道を受け、野党側が国会で枝野大臣を追及する事態となっている。「国民的議論を経て慎重に判断する」という政府見解に反する重大事案ということで、前日17日に続き、連日の勉強会開催となった。
2011年11月18日(金)11時から、経済産業省別館にて、原子力安全・保安院の記者会見が行われた。
2011年11月18日(金)、東京電力本店で、記者会見(11:00~、0:15′)が行われた。
水処理装置から発生する高濃度汚染水の量を抑制するため、1号機注水量を減少し、温度変化を観察することを述べた。
特集 百人百話
須賀川市在住。52歳。夫、夫の両親、母親、子ども5人の10人家族。穀物菜食レストラン経営。原発の危険性を考えると、末娘だけでも県外に避難させたい。けれど危機意識の差により、舅姑から心配し過ぎと言われ果たせずにいる。地元農家でも、責任をもって出荷できないと歎く有機農家の一方で、出荷の可否に一喜一憂する農家もある。そうした現実を前に、何より自分たちの土地が汚染されてしまったことに、悲しみと怒りを感じる。
2011年11月17日(木)、東京電力本店で、政府・東京電力事故対策統合本部 合同記者会見(16:30~、3:30′)が行われた。
ロードマップの七回目の更新について、「東京電力福島第一原子力発電所第・事故の収束に向けた道筋」の進捗 状況及び「原子力被災者への対応に関する当面の取組」(11月17日)について の説明。東電相沢副社長は、6つの課題目標達成し、ステップ2終了に向けて全力あげて取り組んでいると発表した。
2011年11月17日(木)、東京電力本店で、記者会見(11:00~、0:24′)が行われた。
2号機格納容器ガス管理システムの、ガス分析結果に誤りがあり、15%低め評価していた。使用しているGe半導体測定機の補正係数の設定ミスが原因。また建屋の現場損壊状況確認した結果、水素ガスは3から4号機に流入し、4号機4階で着火爆発したとみている。
2011年11月17日(木)11時から、経済産業省別館にて、原子力安全・保安院の記者会見が行われた。
特集 百人百話
郡山でコミュニティFM放送を経営。53歳。妻と子どもの 3人家族。事故でネットはダウンしたが、放送を続けた。災害時に必要な生活情報は足で稼ぐしかないと、あちこちに出かけるうちに、パーソナリティが各所の情報とともに局に集まってきた。原発への考え方が変わったのは妻の妊娠を知ったとき。10年後の子どもの健康を願い、妻子を避難させることにした。復興の前に、安全、健康があるべき。すべての人が幸せになる道を考えたい。