政府は3月15日、日本はTPP加入によってGDPが3.2兆円増加し、農林水産物生産額が3兆円減少する、という政府統一試算を発表した。しかし、この農業生産減少額の都道府県別の影響について、安倍総理は5月8日の国会質疑で「都道府県別の試算は技術的に難しい」と答弁。甘利明TPP担当大臣も「不安をあおるような試算の出し方は疑問」と、都道府県別の試算を行わず、公表もしない考えを示している。
「不安をあおるような試算」とは、試算をすれば「不安」な内容になることが予想されている、ということだ。それを公にするのは、TPPに一直線に進んでいる政府にとって不都合ということなのだろう。だが、何も知らされず、TPPショックの直撃をくらう国民、特に農業やその関連産業に従事する地方の人々にはたまったものではない。だましうちのようなものである。
こうした、情報公開に後ろ向きな政府に対し、「TPP参加交渉からの即時脱退を求める大学教員の会」は都道府県別の影響を独自試算。
7月5日、17日、2回にわたり参議院議員会館で発表記者会見を行った。
- 「TPPによる農業生産減少は、地域産業にその2~4倍の影響を及ぼす」 大学教員の会が、政府も拒む都道府県別の独自影響試算を発表 2013.7.5
- 「TPPによる農業生産額の減少は都市部にも甚大な影響を与える」 東京都1兆907億円、神奈川県2972億円、大阪府3729億円の損失 ~大学教員の会が第3次影響試算を発表 2013.7.17
試算にあたった土井英二氏(静岡大名誉教授)と関耕平氏(島根大准教授)、三好ゆう氏(桜美林大学専任講師)は、「本試算はあくまで政府試算の考え方に基づいた『控えめな』試算結果」と前置きしたうえで、農産品19品目について生産額が2兆5142億円(総生産額の26.1%)、全国の農家の所得が4081億円(総所得の13.9%)減少し、それがもたらす関連産業への影響は計11兆6918億円、全国の所得が1兆7692億円減少とする結果を発表した。
被災地では全国平均を上回る減少率
試算によると、生産減少額の多い上位10県は、富山県327億円(43.8%)、福井県212億円(41.2%)、北海道4642億円(40.3%)、滋賀県260億円(38.7%)、秋田県752億円(37.7%)、宮城県743億円(35.7%)、石川県217億円(34.4%)、鹿児島県1488億円(32.2%)、神奈川県273億円(31.8%)、兵庫県482億円(29.1%)となり、「砂糖」品目では北海道、鹿児島県、沖縄県のサトウキビ産業は100%壊滅する。
続いて、農家の所得減少額の多い上位10県は、富山県73億円(減少率33.5%)、沖縄県118億円(28%)、福井県44億円(24.8%)、秋田県141億円(23.5%)、石川県44億円(23.3%)、宮城県150億円(22.2%)、滋賀県34億円(20.6%)、山口県45億円(20.3%)、新潟県208億円(20.3%)、北海道658億円(18.4%)となる。
関准教授は、TPPが東日本大震災の被災地へ及ぼす深刻な影響について言及。岩手県では生産額が768億円(27.8%)減で所得額が118億円(15.5%)減、宮城県が生産額743億円(35.7%)減で所得額が151億円(22.3%)減、福島県が生産額707億円(25.4%)減で所得額が184億円(18.2%)減となり、岩手・宮城両県は、いずれも全国平均の減少率を上回る深刻な影響が推定される。
試算によると特に、岩手県においては水産物を除いた額であるにもかかわらず全国平均を上回る影響を示している。福島県においても、所得減少額は全国で4番目の高さを示しているという。
【PDF資料】
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「TPPによる農業生産減少は、地域産業に平均3.7倍の影響を及ぼす」
続いて土井英二氏(静岡大名誉教授)が、農業生産額の減少と、それがもたらす雇用者所得減少や家計消費減少を最終段階まで算定した結果を発表。また1都道府県だけでなく、経済取引を通じた他の都道府県へ与える影響、他県などからの影響など「跳ね返り効果」も計測した。
試算では、例えば北海道の農林水産物等(※)の減少額は5241億円で、それに第二次・第三次産業への影響、他都県の生産減少の影響などを加えると、全産業への影響は1兆4390億円となる。東京都に至っては農林水産物等の減少額31億円に対し、全産業への影響は1兆907億円と、生産減少倍率は349.2倍となる。神奈川県も自県の生産減少額は173億円だが、他県の生産減少の影響で関連産業が2972億円減少(17.2倍)、大阪府も自県は93億円減少だが、他県の影響で関連産業3729億円減少(40.1倍)する。
(※)農林水産物等とは、食料加工品や林業・漁業などを加えたもの
【PDF資料】
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また関税撤廃の所得への影響試算をみると、農家や企業、従業員の家計の所得は総額で、4兆2627億円減少する。政府がTPPのメリットとして強調する、物価低下による家計の負担軽減2兆4935億円を差し引いても、1兆7692億円となる。
土井名誉教授は、「TPPによる関税撤廃の影響は、農林水産物等の生産減少額の約3.7倍の影響が、産業全体に及ぶ。TPPは農林水産業だけでなく地域産業全体の問題であることを数字が示している。この点で『TPP=農業』という認識を改めるべき」と、メディアの報道姿勢を批判した。
また、自県の生産減少額の少ない東京都や神奈川県、大阪府などの「都市部」が、特に他県での減少の影響が大きくなったことについて土井名誉教授は「都市部は加工食品や肥料、農薬、運搬など関連産業が多いため、影響額が膨らんだ」と語り、「この点からも『TPP=地方の問題』というのは誤りで、むしろ『都市部』にも深刻な影響を及ぼす」と警鐘を鳴らした。
TPPは政府の農業所得倍増計画と逆行
「大学教員の会」事務局を務める
は、農家の作付面積規模別の影響について試算を発表した。
現状、作付面積1ha以下の農家84万軒は、農業純所得(作物収入-経営費)自力で農業を持続できる所得基盤を持ち合わせていない。しかし、それ以上の規模の経営体は、少ないながら農業純所得はプラスであり、自立的に農業を継続する所得基盤を持っているという。
しかし試算では、日本がTPPに参加して農家の中心作物であるコメの関税が撤廃され、生産額がほぼ半減すると、作付面積10ha以上の経営体約31万軒も含め、すべての規模の経営体は農業純所得がマイナスとなり、自力では農業の継続が困難となる。醍醐氏は「所得の減少総額は7554億円、純所得の段階では3136億円に達すると見込まれ、政府が掲げる農家の所得倍増計画とは逆行した帰結を生むだろう」と、政府の施策の明らかな矛盾に警鐘を鳴らした。
「農家の抜本的な所得向上策が必要不可欠」
7月5日に行われた会見後の質疑では、日本農業新聞の緒方大造編集局長から「政府は都道府県別の試算、関連産業への波及効果などを試算を行わないが、これはデメリット隠しではないか? 政府のそうした姿勢に物申したいことは?」という質問があがった。
これに対し醍醐氏は、「県別にみないと、本来の影響はわからない。例え1億円の影響でも、その地域にとって重要な1億円だったりする。山梨県もコンニャクへの影響を非常に気にしていた」と、都道府県別試算の重要性を語った。
また醍醐氏は、「よく『TPPに入っても入らなくても農業は衰退する』という冷めた視点がある。TPPが農業衰退に『無関係』ならまだ良いが、実際は耕作放棄地の発生に拍車をかけ、離農者や所得の補填のために兼業の場を求める人々が激増し、日本の雇用情勢を悪化させる大きな要因になってしまう」と問題提起したうえで、「この意味で、抜本的な所得向上策が練られ、実行に移されることが日本の農業の中核を担う稲作農業の後継者問題の解決にとって欠かせない課題だ」と強く訴えた。
【PDF資料】 記事目次
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