参院選の第一の争点は衆院選同様、「経済」だそうです。大手マスコミは世論調査などを根拠にそう繰り返し、安倍政権がとった「アベノミクス」成果を並べています。例えば銀座のティファニーで久しく売れていなかった高級ジュエリーなどが売れ始め、富裕層に景気回復の恩恵がもたらされているなどと報じています。
「経済」は確かに重要な争点です。ですが、一時の高級ブランド店の売り上げが上がることが「アベノミクス」の成果であるとしたら、大多数の一般庶民にとっては無縁の話、別の世界に存在する「経済」の話になります。
私たち、ごく普通の庶民、市民にとって、身近で切実な「経済」とは物価であり、税金であり、何より所得です。生活費を稼ぐ仕事があるかどうかです。安倍政権は「デフレ脱却」を訴えていますが、インフレターゲット政策の狙い通り、物価が見事に上昇したとしても、所得が上がらなければ目も当てられません。
一生懸命働けば必ず賃金が上がればいいのですが、上がらないどころか、ハラスメントやいじめが横行、働く人の人権を無視し、過労から心身を壊し、死にすら至るような劣悪な職場が増えています。いわゆる、「ブラック企業」の蔓延です。
99%の国民にとって、切実な「経済」とは、ティファニーの売り上げではなく、こうした雇用環境の悪化の問題であり、労災や公的保険の問題や年金といった暮らしに直結する問題のほうです。
若者の死因第1位は「自殺」
2008年6月、ワタミフードサービス株式会社に正社員として努めていた森美菜さんという若い女性が、過労から自ら生命を断つという痛ましい事件が起こりました。享年26歳。入社して、わずか2カ月。厚生労働省が定める過労死ライン(月80時間の残業)を大きく上回る、141時間もの残業を強いられたあげく、精神を病んだ果ての悲劇でした。長時間労働が死につながったと国が認定、労災だと認めたにも関わらず、渡辺美樹前会長は未だに遺族との面談や謝罪にも応じていません。
国内売上高6000億円を誇るユニクロもまた、新卒新入社員の「3年内離職率」がここ数年で50%前後と、離職率の最も高い企業として有名です。社員は常に膨大な量の仕事を強いられ、残った者だけが幹部社員になれるといった厳しい競争社会に身を投じ、正社員の3%が鬱病などの精神疾患を発病するというデータもあります。
総務省が行なっている就業構造基本調査の2007年度のデータでは、過労死ラインを超えた働き方をしている人は全国で約520万人。10年前の350万人と比べると著しく増加しています。年齢層別に比較すると、25~34歳層のうち28.3%が、35~44歳層のうち28.9%が過労死ラインを越えています。
長時間労働が続くと心身に負荷がかかり、心を患うケースも少なくありません。厚労省によると、2011年度の精神疾患の労災申請件数は1272件。うち202件が死亡案件で、どちらも過去最高を記録しています。衝撃的なのは、申請の49%という約半数を、20代と30代の若者が占めている点です。若年層を中心に、長時間労働と過労死が蔓延していることが分かります。
最も深刻なことは、20代〜30代の死因の一位が自殺であることです。2012年の人口動態統計報告書を見てみると、20〜24才は全体の53.3%、25〜29才は52.2%、30〜34才は41.8%と、他のどの年齢層よりも自殺による死亡数が著しく高いのです。先進国7カ国の中で、この世代の死因の第一位が自殺なのは、唯一日本だけ。先に述べたような長時間労働の実態を見れば、自殺の原因が雇用環境と無関係なはずはありません。
「ブラック企業」対策を打ち出す、公明・民主・共産・みどりの風
若年層の労働問題が深刻化していることは、参議院選挙の公約にも現れています。公明党、民主党、共産党、みどりの風は、ブラック企業対策を打ち出し、「新入社員の就職後3年の離職率を求人票に記載を義務化」、「悪質な企業名の公表」といった具体的措置を盛り込んでいます。
ブラック企業対策に言及していないのは、自民党、日本維新の会、みんなの党の3党。その中でも突出しているのは、自民党です。比例代表候補として、先述したように、従業員が過労の果てに自殺したワタミの前会長、渡辺美樹氏を比例代表候補として擁立しているわけですから、雇用・労働問題で自民党が党としてどういう立場に立っているか、明らかです。
自殺した森さんの遺族が、渡辺氏の擁立に対して、自民党本部に抗議しましたが、議員が誰も応じず、党職員が一蹴するというけんもほろろの対応を見せました。
2013/06/28 ワタミ過労自死ご遺族による自民党本部への要請
雇用対策に焦点をあて、各政党の公約を比較してみます。
<自民党>
成熟分野から成長分野への失業なき円滑な労働移動を進めるため、就労支援策を充実させる。女性も男性も、障害を抱える方も、ライフステージごとの生活スタイルに応じて働ける、地域雇用の場を創出。法整備等を行い、非正規労働者の処遇を改善
※自民党参議院選挙公約 http://bit.ly/12MvmaV
※J-ファイル2013 http://bit.ly/18o2dLJ
<公明党>
子育てを終えた女性の再就職支援。若者の非正規労働者の正規雇用への転換。労働移動が可能な労働市場を実現し、多元的な働き方の普及と拡大を目指す。解雇の規制緩和は、安易に行うべきではない。ブラック企業対策として、違法の疑いがある企業への立入り調査の実施や、悪質な企業名の公表、離職率の公表義務化
※公明党Manifesto2013 http://bit.ly/1d2mCUm
<みんなの党>
抜本的な雇用制度改革を。一つは雇用保護法制の見直し。正社員の整理解雇に関する「4要件」を見直し、金銭解決を含めたルールを法律で明確化。解雇の日雇い派遣の原則禁止も改め、女性や高齢者など、働き方の多様性を推進。すべての労働者に雇用保険を適用
※「みんなの政策アジェンダ2013」
<日本維新>
より付加価値の高い産業に労働力が円滑に移動できる労働市場の形成。解雇規制緩和の実施、育児後の女性の再就職支援を重点的に強化
※日本維新の会 https://j-ishin.jp/pdf/2013manifest.pdf
<民主党>
政府の「解雇の金銭解決(※1)」、「限定正社員(※2)」、「ホワイトカラーエグゼンプション(※3)」、「労働者派遣法の緩和」といった労働規制緩和に反対、雇用の安定を図る。正規・非正規雇用を問わず、すべての労働者の均等・均衡処遇を目指し、中小企業の最低賃金引き上げ支援。若年層の就労支援を拡充。求人票に離職率を明記させる、ブラック企業対策を目指す
※民主党「参議院選挙重点政策」 http://www.dpj.or.jp/global/downloads/manifesto2013.pdf
<共産党>
8割の大企業は内部保留のわずか1%を使うだけで、「月1万円」の賃上げが可能とし、財界に賃上げを求めていく。安倍政権が成長戦略の名のもと進める労働法制の規制緩和に反対。「限定正社員」や解雇規制の緩和を、「首切り自由の国」と批判。「裁量労働制(※4)」、「ホワイトカラーエグゼンプション」の導入阻止を目指す。全国一律最低賃金制で時給1000円以上を実現するため、中小企業への支援策を拡充する。労働基準法を改正し、残業時間の上限を法律で規制、「過労死」の根絶を図る
※日本共産党 参院選挙政策 http://bit.ly/11Uavqi
<社民党>
「限定正社員」、「ジョブ型正社員」、「解雇の金銭解決」、「ホワイトカラーエグゼンプション」などの労働規制の緩和に反対。暮らしの底上げを図るため、最低賃金を時給1000円を目指し、非正規雇用から正規雇用への転換促進を目指す。ブラック企業対策
※社民党2013参院選 選挙公約 http://bit.ly/1asA1sM
<生活の党>
家計収入の増大を最優先課題に位置づけ、雇用の安定化を第一歩に、非正規労働者の拡大阻止や、税制措置を講ずることによる企業の賃上げを促進
※生活の党 参院選政策 http://www.seikatsu1.jp/political_policy
<みどりの風>
若者の年収アップ、初任給引上げにより5年後の年収60万円増の実現化。ブラック企業対策では、情報公開を求め、労働時間や労働条件の是正を推進。雇用を安定させることで社会保険の未加入をなくし、年金や医療保険制度の安定化を目指す
※「みどりの風の約束」政策集 http://bit.ly/17LFhTR
「雇用の規制緩和」を掲げる自民党
自民党は「成長戦略」の一つとして「雇用の規制緩和」を目指しています。公約や政策集を見るかぎり、労働者の人権や健康や暮らし向きや生命について、心を砕いている気配は見られません。気にかけているのは、経済成長ばかりです。成長のための手段として、雇用の規制をより緩和しなくてはならない、というのです。自民党と、公明、みんな、維新が目指し、民主、共産、社民、生活、みどりが共通して反対している「雇用の規制緩和」とは何でしょうか。
(※1)「雇用の金銭解決」
成長産業への人材移動を流動的にすることを目的に検討されている制度。裁判で「解雇無効」の判決が出ても、企業や団体がその従業員に一定のお金を払えば、職場復帰させずに済む仕組みだが、過去の「雇用なき経済成長」の焼き直しだと批判する声も多い。
(※2)「限定正社員」
仕事や勤務地などを契約で限定し、転居を伴う転勤や残業がない上、無期雇用。子育てなどと両立しやすく、仕事が変わらないので専門性も高めやすいとして、アベノミクスの成長戦略の一つとして打ち出されている。
(※3)「ホワイトカラーエグゼンプション」
労働法に規定されている、勤務時間や時間外手当・休日手当に関する規制緩和。従来の労働時間による給与の支払いを撤廃し、成果に応じて給与を支払う制度。対象社員は自らの裁量で働く時間を決められるが、労働時間の概念がなくなるので、残業代は支払われなくなる。
これらは自民、公明、みんな、維新が公約の中で述べている「労働移動」や「多様性」が意味する、雇用の規制緩和の中身です。自民党が政権に返り咲いてから、党内の「産業競争力会議」や「規制改革会議」の場で活発に議論されてきました。
いずれも、雇用の不安定化と労働強化、賃金の低下につながるような施策ばかりです。さらにこの後には、財界が要求し続けている「経済移民」の導入が控えています。
TPPとも関連しますが、実現したら低賃金の外国人労働者が大量に導入され、日本人労働者にとってかわられることでしょう。グローバル経済下での「大競争」において日本企業が勝ち抜くために必要なことなのだとして、正当化されることでしょう。
こうした一連の労働強化策は、参院選後に、制度化される可能性が高いと思われます。そうしたことを見込んで、民主、共産、社民、生活がそれに対抗する公約を盛り込み、規制改革の内実を有権者に知らしめた形となっています。
安倍政権が目指している規制改革が、国民に何をもたらすのか、有権者は真剣に考え、見極める必要があります。各政党の膨大な量の公約を読み込み、比較するのは容易な作業ではありません。この争点解説が少しでも投票の材料になれば幸いです。
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若年過労死で思い出すのが読売新聞で、なんと18歳で過労死してしまった。新聞奨学生とは名ばかりの、借金を負わせて労働させると言う現代社会にあるまじき労働形態をとっていたのです。過労死した少年は元水泳部副キャプテン、身長180cm体重70キロだった。それがやせ細り衰弱死したそうです。
過労自殺の和民の事件を新聞やテレビがもっと大々的にに扱わないのは、18歳の過労死事件の反省が無いからではないだろうか。