2013年4月6日(土)18時から、青森市のリンクステーションホール青森で「すべての原発いますぐなくそう!青森」結成1周年集会として長谷川健一氏講演「原発に『ふるさと』を奪われて~福島県飯舘村・酪農家の叫び」が行われた。飯舘村で酪農を営んでいた長谷川氏は、原発事故以来、写真とビデオで村の状況を記録し続けてきた。「後世のためにも、あの事故で何が起きたのかを発信しなければならない」と語る長谷川氏は、事故当時の様子から現在に至るまでの状況を語り、国の対応を問題視した。
(IWJテキストスタッフ・富山/奥松)
2013年4月6日(土)18時から、青森市のリンクステーションホール青森で「すべての原発いますぐなくそう!青森」結成1周年集会として長谷川健一氏講演「原発に『ふるさと』を奪われて~福島県飯舘村・酪農家の叫び」が行われた。飯舘村で酪農を営んでいた長谷川氏は、原発事故以来、写真とビデオで村の状況を記録し続けてきた。「後世のためにも、あの事故で何が起きたのかを発信しなければならない」と語る長谷川氏は、事故当時の様子から現在に至るまでの状況を語り、国の対応を問題視した。
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・1/2(17:59~ 1時間0分)
・2/2(19:00~ 41分間)
「後世のため、当事者が声を上げなければいけない」という想いから、全国各地で講演を行っている長谷川氏は、事故当時の状況を振り返り、「飯舘村は、村民の声が直接、行政に反映される村作りを目指し、『日本で最も美しい村連合』にも加盟していた。しかし、放射能汚染よって、村は破壊されてしまった」と述べた。
続いて、計画的避難区域が設定されたあと、国の要請に従い、招かれた御用学者による原発安全説を信じて、安心して元の生活に戻っていってしまった村民の様子を説明した。また、放射能汚染のため、牛の殺処分を国から求められて、不条理な想いを抱いた当時の状況を語った。
飯舘村の現状を語る中で、長谷川氏は「今回の事故で、一番かわいそうなのは子どもたちである。彼らは、広島、長崎、水俣の人々が経験したように、一生、飯舘村の戸籍を背負って生きなければならない。事実を隠して、事故を風化させようとしている国と、闘わなければいけない。差別が起きない体制作りが必要である。高齢の人の自殺も、現実的に起こっている。故郷を追われるということを、身をもって理解したわれわれは、経済的な豊かさを追求するのか、後世に故郷を残すか、という選択を迫られている」と語った。