2・10『フクシマのたたかうお母ちゃん佐藤幸子さんとともに』原発なくそう大討論会 2013.2.10

記事公開日:2013.2.10取材地: テキスト動画
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 2013年2月10日(日)14時より、愛媛県松山市のコムズにおいて「2・10『フクシマのたたかうお母ちゃん佐藤幸子さんとともに』原発なくそう大討論会」が開催された。

 主催は2.10反原発アクション実行委員会。佐藤幸子さんは福島県伊達郡川俣町在住、NPO法人青いそら設立理事長で、子どもたちを放射能から守る福島ネットワークの代表も努めている。原発事故後の福島県内で起きている放射能被害の実態、人々の分断の様子、そして今後へ向けての取り組みを報告した。

※配信状況により、録画が一部欠けております。何卒ご了承ください。

■全編動画 1/2

■全編動画 2/2

  • 日時 2013年2月10日(日)14:00〜
  • 場所 コムズ(愛媛県松山市)
  • 詳細

 佐藤幸子さんは生まれも育ちも福島県伊達郡川俣町。もともとは畑や田を耕さないで作る自然農法(福岡正信氏が確立)を試みていたがうまくいかず、その後「法」をつけない「自然農」(川口由一氏が確立)に切り替え、営んでいた。名前は「やまなみ農場」といい、子どもには農薬のない野菜を食べさせたい、との思いから、自然に取り組むようになっていた、とのこと。「今の農業は高度経済成長期から農薬などで薬付けになってしまった。昔の農村の良さを取り戻し、化石燃料に頼らない暮らしをしたかった。これからの人類にとって、とても大事と思ってやってきた」と語る。ところが、3.11の震災を経験する。

 「農場には研修生がいて、原発事故の後避難したが、あるカップルは済む場所が決まらなくて川俣町に戻って来た。半年ほどその農場で収穫した玄米を食べていたが、心配になったので放射能測定所で測ってもらったら、もち米400ベクレル/kg、うるち米は700ベクレル/kgという高い値だった。自然な農法は、やればやるほど、放射能の影響が大きくなる。今度はホールボディカウンターで測ったら、測定所がこれまで測った中で最高値とのことだった。3ヶ所で測った数値が全て一緒だったので間違いない。ところが職員からは、『内部被曝は何ら問題ないので、外部被曝だけを気をつけてください』このとき、行政のやることというのは、こういうことなんだ、と実感した。」

 「おととし、避難区域の子ども達の甲状腺検査の結果、A2判定(5mm以下のしこり、20mm以下の嚢胞あり)が3割という報告だった。ところが秋頃、避難区域でない地域の子どもも検査した所、こちらの方がA2判定が多いという結果になった。それでも医者は紙切れ一枚送りつけてくるだけで、画像も説明も何もない。自分の子どもなのに個人情報開示請求しないとデータを見せてもらえなかった。」
 「山下俊一氏は例のメールについて『セカンドオピニオンを禁止したものではありません』と言って来た。『検査は治療ではないので、セカンドオピニオンという考え方がない』ということだった。しかも2次検査は自費負担(1次検査は無料)で、県内の医者は見てくれなかった。県外に行ってやって来た人もいるので、負担はとても大きくなった。」

 「B判定の方で再検査したひとりが、福島県立医科大で甲状腺ガンという判定を受けた。甲状腺ガンは18才未満は100万人にひとり、18才以上は10万人にひとりという確率。その人は18才だったので、大人と数えられた。『チェルノブイリでは5年目から発生したので、1年後のは認めない。今回の原発事故の影響とは認められない』とすぐ発表されたが、実際は1年目からのデータもある。さらには『検査によって、見つからなくてもいい病気が見つかっただけだ』という解釈までなされている。」と、佐藤さんは行政や医療の対応に不満を募らせる。

 さらに、放射能から子ども守る活動をしていると、強い風当たりを経験すると言う。
「自分たちが加害者のような発言をされる。それも福島県内において。当初からあったことで、放射能に対する考え方の違いで、色々なこと(分断)が起こっている。農業を長くやっていた経験から言うと、農薬や添加物もそうであるように、一人一人感受性が違う。インフルエンザ、0157だって、かかる人とかからない人がいる。だから数字で決めて欲しくない。『将来起こるかどうかわからない病気を心配して人口流出させ、経済に悪影響を与えている』と言ってくる人も多かった。」

 昨年12月28日をもって福島県は、県外へ避難する際の住宅支援である「借り上げ住宅」の新規受付を打ち切る。このとき佐藤さん達は継続の要望書を県に持って行った。「逆に県内に戻ってくる場合は、18才未満の子どもがいる家族は支援をする、というものだった。『そのふたつがセット』と言われたが、納得できなかった。『支援を打ち切れという団体もいるんですね?』と聞いたら『いる』と答えた。なぜそちらだけの言い分を聞くのか?県は国が言ったから、国は県が言ったから、でたらい回し。」
 行政がやらないのなら自分たちで、と佐藤さんは「子どもたちを放射能から守る福島ネットワーク」に集まったカンパから、新規避難者(18才以下の子どもがいる家庭)10組を支援した という。「支援額は微々たる金額だが20万円。13組の応募があったので、残りの家庭は今後のカンパの集まり具合による」と、苦しい台所事情を語る。

 「人間同士が闘っている。同じ『子ども達を守るために』で共にやってきた仲間でさえ、ちょっとでも違うと『一緒にはできない』となり、分断が始まる。最近は、それは意図的にやってる人がいるのではないか?と思っている。」と、佐藤さんはネットでの酷い中傷に言及する。「今回はネットで助かった部分も多いが、悪いことも流される。安全派の人が、『不安を煽るな』というだけでなく、一歩的に汚い言葉でののしる。ネット上、文字だけ、相手の顔が見えないやりとりは危険。こうして相手の表情を見ながら会話するのが大事」

 そして「過去がどうのとすぐ言ってくる人がいる。けれど『過去と他人は変えられないけど、未来と自分は変えられる』そう思わないと」と、力強く語る。

 避難を支援しない行政の代わりをするだけではなく、医療機関すらも自ら立ち上げた。「ふくしま共同診療所」を昨年12月1日に開院。「広く薄く病気の原因を撒いて、薬や高額な医療機器で商売する。そんな『医療ムラ』はいらないと言ったら、それに理解を示す先生が集まってくれた。自己治癒力を少しだけサポートする医療」を目指すとのこと。

最後に、震災から2周年の日に福島県教育会館大ホールで行われる「3.11反原発福島行動’13」の紹介をして講演は終了、その後は参加者との質疑応答の時間になった。

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