この山中の怒り、悔し涙、痛いほど伝わる。本当にネリって奴は。
- 山中、体重超過でタイトル剥奪のネリに「ふざけるな」試合は決行、悔し涙も(後:表示部)(デイリースポーツ、2018年2月28日)
ネリは前回はドーピングでひっかかり、今回は減量を契約ウェイトまで落とせずにきた。これは単にルーズではすまない。少しでも有利に試合を進めようという思惑があったのではないかと疑いたくもなる。
薬物を使用しない、自己血液によるドーピングという手段がある。これは減量を伴うスポーツ選手を患者にしている医師から聞いた話だ。ボクシングは、昔は試合当日計量だったが、選手の健康や安全に配慮して、前日計量になっている。選手は計量をパスすると、食事、特に水分を取って体重を戻す。
この時に、計量直前に自己採血しておいた自分の血液を戻すのである。経口で水分や栄養を取り、消化器官を通じて絞りに絞り、渇きに渇ききった身体に水分や栄養を回すよりもはるかに効率が良い。
減量の最後の最後は水も飲まず、小便も出なくなり、動いて汗を絞るのも限界にくるので、ガムを噛み、唾液を吐き出すなどの涙ぐましい苦労を重ねる。それでも落ちない時、裏技として、計量の前に血液を抜き、計量後に血液を戻すのである。
さらにこれは、文字通りのドーピングとして用いることができる。マイナス20度くらいの冷凍庫に一時的に入り、生命の危機を感じるようなストレスをかけてから採血する。極限状態に陥った時には、人はサバイバルしようとして男性ホルモンが分泌される。これが天然のドーピング薬となるのだ。
その血液を何食わぬ顔で戻す。減量苦の最後の追い込みを、血を抜くことでクリアして、しかも男性ホルモンが過剰に分泌された血液を試合直前で戻すことで、天然のドーピングが可能になる。これは自分の身体で生成された男性ホルモンであり、あらゆるドーピング検査にひっかかることがない。
ネリは、減量のギリギリで血を抜いてくれ、保存して翌日に戻してくれるような医者を、日本では用意できなかったのだろう。大森翔平と戦ったマーロン・タパレス、比嘉大吾と戦ったファン・エルナンデスも体重超過だった。彼らもおそらくは同じだ。
断っておくが、ネリやタパレス、エルナンデスが、血液ドーピングをする意志があり、母国でないため、たまたまできなかった、と言いたいのではない。そこまで断言すると言いすぎになる。ただ減量を伴う過酷なスポーツには、こうしたドーピングへの誘惑がつきまとう点は指摘しておきたい。
ボクシングのような階級制の格闘技でのみ、そんな血液ドーピングが行われているのか、といえば、そうではない。ツール・ド・フランスでも、血液ドーピングが行われていたことが明らかになった。ツールは23日間に渡って開催される、フランスを一周する自転車レースである。
生の血液は冷蔵庫で保存しても4日間程度しかもたない。そこで自己血液の血液ドーピングでも、長期にわたるスポーツなので、保存剤が必要になる。この保存剤が引っかかって、ツール・ド・フランスで、大規模な血液ドーピングが行われていたことが明らかになった。
僕はかつて共同通信の配信する書評として 『ただマイヨ・ジョーヌのためでなく』という、ランス・アームストロングという選手のノンフィクションを取り上げたことがある。彼は癌に侵されながら、病魔と闘いつつツール7連覇を成し遂げた偉大な選手として讃えられていた。
ところが、彼はドーピングに手を染めていたことが発覚、この7連覇という偉大な記録は取り消されることになった。感動を覚えながら彼のブライトサイドを取り上げたノンフィクション作品を読み、紹介の書評まで書いた人間として、これはとてもショックだった。
また、彼のダークサイドを見逃していた一人として恥ずかしくもあった。ジャーナリストとしては、たやすく見逃すべきではなかったし、発覚した時点で、なんらかの形でこのことを記し、落とし前をつけるべきだった。
過去に東ドイツのドーピング事情を現地にまで取材しに行った経験を持つ身としてはなおさらだった。政治的に敗北した東側の卑劣なドーピングは暴くが、西側のヒーローのドーピング事情は暴こうとしないのであれば、それは公正性を欠いている。
同様にネリのドーピング問題を批判するならば、スーパーフェザー級王者となった尾川堅一選手のドーピング疑惑についても報じ論じなければならない。
- ボクシング 日本人王者に禁止薬物反応(毎日、2018年1月19日)
- 尾川堅一ドーピング陽性 アトピー治療薬が反応か(日刊スポーツ、2018年1月20日)
アトピー治療薬が原因ではないか、とも言われ、積極的に摂取していない、と尾川堅一は言明している。それを信じたいし、それを裏づける調査結果が出るのを望みたい。
話は一周りして、体重超過のネリだが、明日当日計量のチャンスが与えられる。この計量は上限がかなり甘いもので、これすらパスできなければ、厳しいペナルティーが与えられるべきだ。もっとも嫌な想定はそんな体重オーバーなネリに山中が敗れること。比嘉は勝ったから良かったが山中はどうか。
明日3月1日、両国の升席でこの一戦を観戦する。山中慎介という、ひと時代を築いたボクサーを見れるのは、これが最後になってしまうかもしれない。その思いで、時間をあけ、チケットを取ったのに、ネリに台無しにされたくない。山中には是非ともKOで勝って、全ての鬱憤を晴らしてもらいたいと思う。
※2018年2月28日付けのツイートを並べ、加筆して掲載しています。