山中恒・山中典子著『あたらしい戦争ってなんだろう?』第七章「『自衛のための戦争』とは何か?」(IWJウィークリー36号より) 2015.2.21

記事公開日:2015.2.21 テキスト
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第6回の続き。
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◆第七章 「自衛のための戦争」とは何か?◆

 前章で見たとおり、不戦条約は「国家政策の手段としての戦争」を禁じる条約です。この条約の締結国が「国家政策の手段としての戦争」を始めたら、その戦争は「侵略戦争」とみなされます。国際社会は侵略国を非難し、侵略国は国際世論の批判を受けることになります。

 しかしながら、国際社会、国際世論が、認める戦争というものがあります。

 それは「自衛のための戦争」です。

 ケンカにおいても、相手になぐられたら、自らを守るためになぐり返すことがあります。これはしかたのない行動だと考える人が多いでしょう。国と国のあいだでも同じような考え方があります。不法な武力攻撃をしかけられたら、それに対して武力によって応戦することは認められるという考え方です。

 侵略戦争から自国を守るための戦争を「自衛戦」といいます。国際政治は、自衛戦を当然とし、国際法も、自衛戦を認めています。

 この自衛権を国家の基本的な権利だと考えるようになったのも、第一次世界大戦後からでした。つまり、侵略戦争は国際犯罪だとする一方で、このような国際犯罪から自国を守るための自衛戦は、国家にとって当然の権利だと考えるようになったのです。

 不戦条約の中で、アメリカ案は、

 「いかなる形においても、自衛権を制限し、または毀損(傷つける)するなにものも含むものではない。この権利は各主権国家に固有のものであり、すべての条約に暗黙に含まれている。各国はいかなるばあいにも、また条約の規定に関係なく、自国の領土を攻撃または侵入から守る自由を持ち、また事態が自衛のための戦争に訴えることを必要とするか否かを独自に決定する権限を持つ」

と述べ、「自衛権」確認しています。

 けれども自衛権に関しては、実は国際法上の明確な定義がありませんでした。

 例えば、現実に危害をまだ受けていないが、いずれ近いうちに危害を受けるのは確実と予測して、相手国に先制攻撃を加えることが自衛権として認められるか、認められないかという問題があります。

 また、自衛権を行使して防衛すべき対象とは何か?一国の領土および在外の国家機関(例えば大使館、領事館、兵営)に限定すべきか、それとも国外にいる自国人の身体または財産、国外に在る権益も対象とするか、対象としないかという点も、明確ではありません。

 正当防衛の考え方からすると、国家が自衛戦を行うのは、自国の領土が相手国の奇襲攻撃や先制攻撃を受け、不法な侵害を受けたばあいに限られる、とするのが基本です。

 国際連合が創設され、国際連合憲章が制定され、これに基づいて戦争を制限し、平和を維持する体制ができると、「自衛権」の意味内容を明確にしようという気運が高まり、「自衛権」次のように考えるようになりました。

 「国家の領土、独立、その他重大な法益に対して、武力による威嚇または武力行使がなされた時、これを排除するために、必要かつ相当の限度において武力による反撃を許容するものであること」

 国連憲章第51条は、国際連合の加盟国に武力攻撃が発生したとき、個別的自衛権と集団的自衛権を認めています。そして自衛権を発動できる要件を、「武力攻撃が発生した場合」と規定しています。自衛権の発動によって保護すべき利益は、「国家の領土保全および政治的独立」としました。

 国連憲章上、個別的自衛権の発動が認められるのは、国家の基本的法益に対し他国から「武力攻撃」が加えられたとき、その攻撃が侵略を目的としたものであることがわかり、すぐに反撃しなければ危ない状況になっているか、現実にその武力攻撃が続いているのか、のいずれかのばあいとしたのです。

 国連憲章では、国家が自衛措置(処置)をとったときは、ただちに安全保障理事会に報告すること、そして自衛措置の継続を認めるかどうかは、安全保障理事会の判断と裁量によって決定することになっています。

 また、安全保障理事会が自衛戦と認めたばあい、自衛権の行使をどの程度まで行使するかが問題になります。安全保障理事会が「国際の平和および安全の維持に必要」と判断した集団安全保障措置と、自衛権を行使した当事国が必要かつ相当と認める措置とが、食いちがうばあいがあります。そのばあいは、安全保障理事会の決定を優先させることにしたのです。

 つまり、自衛権を発動して、侵略戦争に対し自衛戦をやるのはよいが、自衛戦をやって相手国の領土をうばったり、政治的独立を犯して政府を打倒してはいけないということです。あくまでも国連憲章に基づいて、平和的な方法で紛争を解決するという原則を守らなければならないからです。

 この点からすれば、イラク戦争は、国際社会が「自衛戦」として認める戦争の枠を大きくふみこえる戦争でした。

 ブッシュ大統領の主張は、

 「アメリカは同時多発テロを経験した。もしも、大量破壊兵器をかくし持つフセイン政権を、このままにしておいたら、世界は再びテロの脅威にさらされるだろう。そのためにイラクを先制攻撃しなければならない」というものでした。

 これをわかりやすくいえば、「なぐられる前になぐっておこう」という主張で、このような先制攻撃は国際法で認められていません。

 しかもアメリカは、フセイン政権が大量破壊兵器をかくし持っているという、確実な証拠を示せないままに、戦争を始めてしまったのです。このような戦争が認められるとすれば、自国に脅威となると思われる国には、こちらから戦争をしかけてもよいということになってしまいます。イラクへの先制攻撃は、自衛の枠をふみこえるどころか、国際社会が認めない「侵略」に限りなく近いものでした。

 二〇〇三年三月二八日付け朝日新聞の「イラク攻撃を問う・要件満たさぬ武力行使」という記事は、

 「国家の三要素は人民・領土・独立した統治体(政府)である。三要素の一つでも欠けたら国家とはいえない。フセイン体制が崩壊すれば、イラクは独立国家ではなくなる。英米の支配は軍事占領を超え、今日では認められない征服に近づく」

と述べています。また、

 「これにより、アメリカ一国の武力が世界を支配する体制となり、多様な文化を持つ国々や人民が反対する反米運動が高まるのではないか。

 したがって、民族の自決と国家の主権平等の原則に立つ国連を強化し、平和的な手段で各国が軍縮を実現させる努力こそ、二一世紀の平和秩序と人権の保障につながる」

というのです。

 開戦当初のアメリカの主張は、

 「短期間でフセイン政権を打倒する。アメリカ軍が占領する。軍政期間は約二年。打倒後、親米的な新政権を樹立し、イラクを民主化する。最終的には中東全体の民主化を図る」
というものでした。

 しかし、イラクやアラブ諸国はアメリカのこの主張を、イラク侵略・イラク征服と同じであるとして反対しました。

 フランスやドイツ・ロシア・中国は国連の決議を得ない戦争を強行しようとするアメリカを激しく非難しました。なぜ非難するかを、よく理解するために、国連憲章の中から関連する条文を掲げておきます。

国連憲章 第1章 目的及び原則
第1条 国際連合の目的は、次のとおりである。
1,国際の平和及び安全を維持すること。そのために、平和に対する脅威の防止及び除去と侵略行為その他の平和の破壊の鎮圧とのため有効な集団的措置をとること並びに平和を破壊するに至る虞のある国際的の紛争又は事態の調整又は解決を平和的手段によって且つ正義及び国際法の原則に従って実現すること。

第2条[原則]この機構及びその加盟国は、第1条に掲げる目的を達成するに当っては、次の原則に従って行動しなければならない。
1,この機構は、そのすべての加盟国の主権平等の原則に基礎をおいている。
3,すべての加盟国は、その国際紛争を平和的手段によって国際の平和及び安全並びに正義を危うくしないように解決しなければならない。
4,すべての加盟国は、その国際関係において、武力による威嚇又は武力の行使を、いかなる国の領土保全又は政治的独立に対するものも、また、国際連合の目的と両立しない他のいかなる方法によるものも慎まなければならない。
5,すべての加盟国は、国際連合がこの憲章に従ってとるいかなる行動についても国際連合にあらゆる援助を与え、且つ、国際連合の防止行動又は強制行動の対象となっているいかなる国に対しても援助の供与を慎まなければならない。

国連憲章 第6章 紛争の平和的解決
第33条[平和的解決の義務]いかなる紛争でもその継続が国際の平和及び安全の維持を危うくする虞のあるものについては、その当事者は、まず第一に、交渉、審査、仲介、調停、仲裁裁判、司法的解決、地域的機関又は地域的取極の利用その他当事者が選ぶ平和的手段による解決を求めなければならない。

 第二次世界大戦後は、すべての国家の主権を尊重し認め、侵略や征服を行わないために、国際連合の加盟国は、国家間の紛争は戦争に訴えないで、国際連合という機関を通じて平和的に解決するという大原則を決めました。

 それなのにアメリカは、国際連合を無視して、国家の交戦権を優先させると言い出したので、世界中が反発したのです。

 戦争は、交戦国にはもちろん、国際社会全体に大きな影響をあたえます。また、世界経済にも深刻な打撃をあたえます。そのために戦争を始めようとする国は、国民や国際社会の理解と協力を得る必要があります。

 ブッシュ大統領は、

 「常任理事国は大量破壊兵器がテロリストに使われることの危険を認識しているが、その危険を排除するための決意をしなかった。安保理は責任を全うしていない」

と、国連安保理を非難しました。

 つまり、アメリカは国連に、国家が自由に交戦権を発動することを認めろとせまったのです。国連がそのようなことをアメリカに認めたら、他の国にも認めなければなりません。アメリカがイラクの次はイランや北朝鮮を武力攻撃すると言い出したときは、認めなければなりません。

 将来の危機やテロ事件を未然に防ぐためにする戦争を、「予防戦争」といいます。ブッシュ大統領の主張は、この予防戦争の考え方にあたるといえるでしょう。しかしこの予防戦争を、国際法は違法としているのです。

 今、国際法が適法として認めているのは「自衛のための戦争」だけですが、現実にイラクはアメリカに対して不法な武力攻撃を加えたというわけではありませんでした。

 そう考えると、イラク戦争では、アメリカが国際法に違反した「侵略戦争」をしかけ、イラクは国際法が認める「自衛のための戦争」を戦ったことになります。

 イラクが、ブッシュ大統領に「悪の枢軸」「ならずもの国家」と名指しされたことを考えると、これはなんとも皮肉なことです。

(第8回に続く)
 
■山中恒・山中典子著『あたらしい戦争ってなんだろう?』

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