「大阪都構想はイメージばかりが先走り、情報が偏っている。大阪市主催の住民説明会は『催眠商法』と揶揄されるほどの賛成誘導だ。わかりやすさからは、ほど遠い」──。
大阪市を5つの特別区に分割することの是非を問う住民投票が2015年5月17日に近づく中で、危機感を募らせた関西の学者たちが、5月5日、「『大阪都構想』の危険性を明らかにする学者記者会見 ~インフォームド・コンセントに基づく理性的な住民判断の支援に向けて~」と題した会見を大阪市内で開催し、19人が意見表明を行った。
京都大学教授の藤井聡氏は、「4月27日、立命館大学教授の森裕之氏と共に呼びかけを始めた。当初、賛同者は6〜7人ほどと予想していが、これまでに賛同者126名、所見寄稿者102名となった。この記者会見にも19名が登場してくれた」と、反響の大きさを語った。
「橋下市長は、学者が反対を言うと、すぐにデマだと攻撃する。こういう風潮は危惧されるが、どう考えるか」という質問に藤井氏は、「とても憂慮する」と答え、「議論の進め方が危険だ。このまま進むと、日本の自由民主主義社会に大きな破綻を招く。今回、維新の党の松野頼久幹事長は『藤井氏が各メディアに出演することは、放送法4条における放送の中立・公平性に反する』との文書を送りつけた。由々しきことだ」と語気を強めた。
これについて帝塚山学院大学教授の薬師院仁志氏は、「反対論を話すと、すぐに『負け組になる』と脅される。いろいろな声を自由に発してほしいと催促するのが、大阪市長の本来の役目だが、橋下市長は分断しようとする。マイナス面は隠し、良いことだけを言いたい放題だ。しかし、今日この場に来て、同志がこんなにも大勢いて嬉しかった」と発言した。
賛同者126名、所見寄稿者102名──大阪都構想を危惧する学者たち
まず、呼びかけ人のひとりである藤井氏が、会見のサブタイトルに使った「インフォームド・コンセント」の説明から始めた。
「医療現場では、治療のリスクが前もってわかっている場合、医療従事者は、それについて適切な情報を患者に与えなければならず、患者側はそれに基づき、理性的な判断を下す。そのインフォームド・コンセントが、5月17日の住民投票にも必要だと判断した」
大阪都構想については、行政学、政治学、法律学、地方財政学、都市経済学、都市計画学などの研究者からは、大阪市民の暮らしや都市のあり方に直結する、さまざまな危険性が指摘されている。藤井氏は、「しかし、都構想に関する情報はイメージばかりが先走り、情報が偏っている」と言う。
そして、「4月27日、森氏と共に呼びかけを始めた。当初、賛同者は6~7人ほどと予想していが、賛同者126名、所見寄稿者102名となった。この記者会見にも19名が登場してくれた」と、短期間での反響の大きさを語り、これまでに寄せられた学者たちの所見を紹介していった。
「二重行政は、そもそも存在していない」
地方自治論、行政サービスについては、「低下は避けられない」「大阪府への権限集中を危惧」「介護・医療・福祉を統括したケアから遠ざかる」という意見があり、また、「大阪市の自治権喪失」「大都市の活力をそぎ、長期低迷を生む」「大阪市民の共同体消失の危険」との声もある、と紹介した。
特区制度については、「東京都の場合は、もともと集権的な体制を作る目的があった。特別区は、憲法の定める地方公共団体とは解されておらず、存在が不安定だという指摘も多かった」とした。
また、政治哲学的な議論で、「住民は行政サービスの消費者で、権限を府に渡してもいいという意見があるが、そもそも住民が消費者に成り下がっていいのか」という所見があること、さらに、藤井氏自身の見解として、「大阪市の廃止は、有機体の死を意味する」と述べた。
今回、大きなイシューになっている二重行政論では、「そもそも(二重行政は)存在していない」という意見と、「二重行政のどこがいけないのか」という2種類の反論があると述べ、「(二重行政を問題とする)市側の主張には根拠がない。大阪都構想は、それに関係のないことを入れ込み、せいぜい単年度で2〜3億円程度しか改善しない」と指摘した。また、リスク管理の観点から二重行政を積極的に求めるケースもある、とした。
大阪都構想を支えているのは、橋下市長の弁舌だけ
経済・産業政策論では、「都構想は、大企業に奉仕する広域地方経営体を作るだけで、地場のコミュニティの崩壊につながり、さらなる衰退を招く」「大阪市の再生には、都市経済政策の実行が重要」との意見が寄せられているという。民営化反対の筆頭には、住民のライフラインである水道事業が上がっている。
国土都市計画論の視点からは、「大阪都構想では活性化は望めない。24区に都市計画の権限を委譲すべき」「広域交通インフラが不十分。また、防災への配慮がまったくない」という批判があり、研究・教育面では、「府・市公立校の二重行政への批判は、新大学構想提言書の橋下氏の説明と相反する」「教育は効率性だけで語るものではない」など、その劣化を懸念する意見が出ている、と憂慮した。
また、政治学的プロセスへの批判も多く、「大阪市主催の住民説明会は、催眠商法と揶揄されるほど賛成誘導に徹していて、わかりやすさからは、ほど遠い」「橋下市長の弁舌だけが、大阪都構想を支えている」という辛辣な指摘もあった、と藤井氏は語る。
伝統・文化論については、「大阪市を失くすことは、伝統や文化も断ち切ること」「大阪市民の歴史と文化、伝統ある大都市自治体が失われる」と、さまざまな分野から多くの学者が警鐘を鳴らしている、とした。
南海トラフ大地震の想定、防災・減災への備えは?
次に会見参加者からの発言に移った。まず、京都府立大学教授の川瀬光義氏(財政学・地域経済学)が、「東日本大震災の、政府にとっての一番の教訓は何だったのか」と疑問を投げかけた。
それは防災・減災の支流化だ、と言葉を続けた川瀬氏は、「日本は、政策を展開する際、防災・減災を見込まなくてはならないのに、政治家は防災・減災は票につながらないと考え、すべて後付けにする。私に、大阪府・市議会からの講演依頼はあるが、大阪維新の会からは、まったく声はかからない。彼らは勉強していない」と話した。
行政サービスの最大の課題は安全・安心だ、と断言する川瀬氏は、「都構想では『大阪府に任せる』との文言だけで、議論が長引き、その間、防災・減災の議論が停滞してしまった」と懸念を表明し、「市営地下鉄や水道事業の民営化はあり得ない」と語気を強めた。
南海トラフ大地震の被害予測では、市内100ヵ所からの出火、水道管の耐震化も遅れていることから大規模な断水も予想される、と川瀬氏は言う。「市民が、大丈夫だろうとタカをくくるのは仕方ない。だが、市役所が同じ意識では困る。今回の都構想がいかに未熟であるかは、情報公開がされていない点からもわかる」と述べ、さらに、防災対策は一朝一夕ではできず、20年近くかかることを指摘し、このように続けた。
「民主主義では、一人ひとりがステークホルダー(利益享受者)になって関係していかなくてはならない。また、民主主義は揉めれば揉めるほど成熟する。急ぐ必要はない。都構想の宣伝文句は嘘っぱちで、専門家が見ればすぐわかる。ちゃんと設計をするべきだ」
府立大と市立大を高く評価したはずの橋下市長の矛盾