大義も、国益もない、他国の戦争に巻き込まれてゆく「集団的パシリ権」のために、日本が解釈改憲に舵を切り、後顧に大いなる憂いを残すことになりました。
6月22日、第186回通常国会が閉幕。今国会会期中の最大の焦点は、安倍総理が第一次政権時から強く主張していた、解釈改憲による集団的自衛権の行使容認をめぐる、自民党・公明党の与党協議の行方でした。
安倍総理は5月15日、私的諮問機関「安保法制懇(安全保障の法的基盤の再構築に関する懇談会)」からの提言をうけ、赤ちゃんを抱いたお母さんのイラスト入りで、「米国の輸送艦で日本人が救出された時、その輸送艦が攻撃されたら、日本の自衛艦が防衛するのは当然ではないか」などと情緒に訴えました。
会見直後から始まった公明党との与党協議では、当初、集団的自衛権の行使容認を強行するなら連立離脱も辞せず、という姿勢を見せていた公明党は、自民党の強硬姿勢に押される、というポーズをとりながら、予想された通りにずるずると後退していきました。実は公明党の方から、妥協案が持ち出されていたことが明らかになっています。
- 自衛権行使「新3要件」公明が原案 自民案装い、落としどころ(西日本新聞、6月20日)(現在、当該ページ削除)
公明党は、「限定容認」を認める方向で最終調整に入り、安倍政権は、はやくて7月4日にも、解釈改憲による集団的自衛権行使容認を閣議決定する方針と伝えられています。
さらに、会期末直前、公明党との与党協議が一段落する見通しの立った6月19日、政府・自民党は突然、集団的自衛権だけでなく、集団安全保障でも武力行使ができる方向で調整に入ったと報じられました。
- 集団安全保障での武力行使 政府自民が容認へ転換(朝日新聞6月20日)(現在、当該ページ削除)
集団安全保障とは、集団的自衛権とは異なる概念で、武力攻撃を行った国に、国連軍や国連決議に基づく多国籍軍が、制裁のために攻撃を加えることです。日本はこれまで、武力行使をともなう国連軍や多国籍軍への参加は、憲法9条を理由に認めてきませんでした。集団安全保障は、ルールを守らないと名指しされた国を「たたく」軍事行動であり、あくまでも「自衛」をうたう集団的自衛権の行使よりも、攻撃的な性格を持っています。
安倍政権が、憲法を正当な手続きによらずにねじ曲げ、集団的自衛権の行使容認、さらに集団安全保障の容認まで、なぜこれほどまでに急ぎ、日本を「戦争のできる国」に作り変えようとするのか。私は6月20日(金)、この問題をめぐって、民主党の辻元清美議員、元外務省国際情報局局長の孫崎享氏、英エセックス大学人権センター講師の藤田早苗氏に、3連続インタビュー。論理矛盾をきたしている安倍政権の方針に迫りました。
集団的自衛権行使容認をめぐる安倍総理の「嘘」~辻元清美議員インタビュー
辻元議員は6月11日、国会の外務委員会で、米国の国務省と国防総省の「避難民に関する意見書」を持ちだして政府を追及していました。安倍総理が5月15日の会見で、赤ちゃんを抱いたお母さんのイラスト入りで説明した、「米国の輸送艦で日本人が救出される」というケースが、本当に存在するのかどうか、日本政府を質したのです。
米国側の文書には、「国務省は外国政府と自国民の退避について、正式の協定を締結することを控えている」「各国は米国をあてにせず、自国民を救出せよ」とあります。つまり、米国の艦船は、日本人だろうと何人だろうと、外国人を救出することはあり得ないのです。
私はこの点について、20日の15時から、辻元議員にインタビューを行いました。
▲辻元清美議員
岩上安身(以下、岩上)「5月15日、安倍総理は記者会見で『有事の際に日本のおじいちゃんやおばあちゃん、赤ちゃんを抱いたお母さんを乗せた米艦を日本は警護しないのか』と情緒に訴え、集団的自衛権の必要性を訴えました。
これに対し、辻元議員は6月11日の国会で、そういう形で米国がそもそも邦人を助けることはない、ということを暴きました」
辻元清美議員(以下、辻元、敬称略)「安倍さんが、『あなたのお父さん、お母さん、子供さん、お孫さんかも知れないですよ』と、情に訴えたあの事例は、現場の実情と全然違うと思いました。
私はピースボートというNGOの出身です。湾岸戦争勃発直後に、ピースボートのツアーで、客船で紅海からスエズ運河へ向かって航行しました。軍艦の間を航行するような緊迫した中、付近の米艦から『サウジアラビアのジッタに取り残された米国人を拾っていってくれ』と連絡がきました。それはかなり強硬な要求で、命令口調のような感じでした。
人道的な問題なので、私たちのピースボートはジッダに向かいました。その途上、『別のタンカーにより救助された』、という連絡があったので、ピースボートはジッダにまで赴くことはなかったのですが。
このように、紛争時には、米国や米軍が付近の客船・タンカーに助けを求めるのが実態です。私だけでなく、船で仕事をする人たち、船長などにとっては、これが常識なのです。
なぜそうなるかというと、一つには、米艦というのは攻撃の対象だからです。万一攻撃されたら民間人が巻き添えになります。また、赤ちゃんは熱を出したり、急病に罹る可能性がありますから、軍の船に乗せるなんてことは、常識としてありえないことです。
もう一つは、テロリストの問題です。避難民に紛れてテロリストやスパイが乗り込んでくる危険性があります。避難民を装ったテロリストが米軍の輸送艦に乗り込み、誰か一人でも人質に取るようなことが起きれば、これは大変なことです。
このように、軍の艦船には、避難民といえども乗せない、というのが常識です。NGOの活動で海外の危険な地域に行った経験から、このようなことは肌身で感じてきました」
米国は避難民に関する協定を結ぶことを「控えている」
岩上「安倍総理の説明のどこが虚偽であるのか、事実はどうなのか。もう一度この場でご説明いただけますか」
辻元「まず、米国務省と米国防総省の民間人避難に関する合意メモがあります。『外国にいる米国市民及び指定外国人の保護と退避に関する国務省と国防総省との間の合意メモ』という正式な文書です。これはインターネットで公開されています」(*)
岩上「つまり、誰にでも開かれていて、この文書に書いてあることは、非常に公的な見解だということですね」
辻元「この『合意メモ』の中に、『第三国の市民の避難』という項目があります。そこには、『国務省は、外国政府と、同国民の退避について正式の協定を結ぶことを控えている』とあります。つまり、事前に『あなたの国の国民を助けてあげますよ』という協定は結ばない、ということです」
辻元議員が示したこの「合意メモ」では、そのような「正式の協定」を結ばない理由を、次のように説明しています。
「第三国と正式の協定を締結するならば、軍が援助して行われる退避の時機、期間及び場所を決定する米国政府の能力が制限されることがある。
そのような協定によって、米国政府は、多くの第三国民を退避させ、さらに全てのアメリカ人が退避した後にも、退避作戦を継続することを義務づけられることになりかねない(義務づけられていると理解されることもありうる)。
これによって、米国の軍と市民は、より大きな危険にさらされるのであり、軍による保護の必要性が高まる。
さらに、米国政府、特に国務省に対する潜在的費用は、われわれの財政能力をはるかに凌駕する」
そしてさらに「合意メモ」には、米国が各国政府に対してどういう対応を取ったかということが書かれています。
「(カナダ及び英国を含む)全ての外国政府に対しては、自国民の退避のための計画を策定し、米国政府の人的・物的資源(resources)に依存しないよう要請する」
辻元議員が外務省に対して、日本が米国とこのような「正式の協定」を結んでいるのかを確認したところ、「結んでいません」という答えが返ってきたといいます。要するに、現状では、安倍総理が会見で説明したように、米国の艦船が日本人を救助するということなどはあり得ないのです。
「戦争はどこか遠くで起きるものではない」孫崎享氏インタビュー
辻元議員のインタビューを終えた私は、大急ぎで移動し、17時から孫崎享氏にインタビュー。孫崎氏には、イラクをはじめとする中東情勢とウクライナ情勢に絡め、集団的自衛権行使容認に関する米ネオコンの思惑について、お話をうかがいました。
▲孫崎享氏
岩上「先ほどの辻元清美議員へのインタビューでも焦点となった『邦人を乗せた米艦防護』についてうかがいたいと思います」
孫崎享氏(以下、孫崎・敬称略)「米国務省の領事のHPでは『民間人救護に軍用機が付くなんてことはハリウッドの見過ぎだ』と書いてあり、これはネットで世界に公開されています(※)。
『中国は民主国家ではない』とよく聞きますが、民主主義とは、政党が政策を守ると約束して、それに対し国民が投票するものですね。国民に約束した政策と全く逆のことをする政府、という日本の状況は民主国家と言えるでしょうか」
岩上「邦人を乗せた米艦防護の問題では、産経新聞が『朝日新聞の「邦人輸送を米軍拒否」報道否定』(※)という記事を出して反論しています。その中で、周辺事態法の解釈を紹介し、防衛省幹部の『米艦の邦人輸送は有り得る』との声を紹介しています」
孫崎「この文言を見ると、『能力を勘案し』、『第一義的な責任は日本にある』ということが書かれています。これは、『能力があった時にはやります』という意味です。つまり『やらない』ということを、『やりそうだ』というニュアンスで書いているに過ぎません。
『両国はおのおのの能力を相互補完的に使用しつつ』とは、つまりおのおのが責任を持つということです。そして『実施において協力する』とは、協力はするけど『やる』とは言っていない。官僚の文章はこう読まなければなりません。
官僚の文章は、どちらとも読めるようにできているものです。『可能性はある』と書いても『やる』とは書いていませんから、『可能性を排除しない』ということです。結局、『余力があったらやるけど、なかったらやらない』と書いているに過ぎないのです」
集団的自衛権の行使で、日本も攻撃の対象となる
岩上「日本の言論界が酷いものになっています。月刊文藝春秋6月号で、石原慎太郎氏が、かつて社会党の浅沼稲次郎委員長を刺殺した少年を賞賛し、『健全な民主主義にはテロがいるんですよ』と語り、活字にしているんです」
孫崎「…(絶句)。
先日、糸数慶子氏と会いました。沖縄は全県1区ですから、沖縄の民意の代表になりますね。そんな彼女が三重県四日市市で講演した時に、ヘイトスピーチの集団が大挙集結して、警察が何人かで警護する事態になってしまいました。今、そんな時代にきているのです。
多くの国民は、日本が集団的自衛権に入ってマイナスの事態が起きるという意識がありませんが、イギリスではアフガン戦争時に450人が死んでいます。自衛隊員をこんな目に会わせてよいのか。しかし今後、『自衛隊員は死を覚悟してるだろ』という差別が起こるでしょう。
しかし、スペインの地下鉄テロでは、民間人が191人死亡、2000人が負傷しました。死ぬのは自衛隊だけではない。戦争はどこか遠くで起きるものではない、ということを本当に認識しているのでしょうか。
先日、経済団体の招きで講演しましたが、彼らには『あなた達は海外に支店を持っているが、ここが襲撃されると思っていないだろう』と問いかけました。集団的自衛権に入るというのは、こうしたリスクも発生するのです」
孫崎さんの言うとおり、日本は今、約125万人が海外で暮らし、年間約1850万人が海外へ渡航しています。世界中のどこでも、安全にビジネスや観光が可能なのは、日本が長年、平和主義を掲げ、「敵」をつくらなかったからです。それが、集団的自衛権の行使によって、他国の紛争に、米国の言われるがまま首を突っ込んでいったら、どうなるか。テロの標的になるのは、海外に渡航した人間だけではなく、日本国内でも、テロの起きる可能性を否定できません。
孫崎さんはまた、非常に重要な点を指摘されました。
一見、別々のテーマと思われがちな、経済における新自由主義と、軍事の分野の集団的自衛権。この2つのテーマは直接的に結びついている、という点です。
「新自由主義と集団的自衛権はリンクしています。新自由主義とは企業の利潤追求のために国家の枠組みを破壊するものです。そうすると世界のどこかで民衆は蜂起することになり、それに対処すべく進められているのが集団的自衛権というわけです」
つまり、TPPに代表されるような経済的なグローバリズムの進展によって、1%の富裕層と99%の貧困層へと階級分化してゆく。国民を保護していた国家は弱体化し、暮らしを脅かされる民衆は、悲鳴をあげるように不満の声を叫ぶ。それを「テロリスト」呼ばわりして、絶えず弾圧し続ける軍事機構として、グローバルな暴力としての集団的自衛権が発動されるということです。
ロシアと欧州の対立構図をつくるため、ウクライナを牛耳る米ネオコン
岩上「対テロと言った時に、イスラムの人たちも最初からテロリストだったわけではないですね。彼らは一方的に資源を収奪され、抑圧されてきた歴史があります。異議申立てをしても受入れられない、となった時に蜂起するしかない。あらゆる蜂起がテロリスト扱いになってしまいます」
孫崎「イラクで蜂起したISIS。米国が恐れているのが、ISISに80%外国人が入っていることです。つまり全世界に波及する恐れがある。彼らを助けたい、という外国人を吸収して拡大しています。
ネオコンは消滅したと思っていましたが、今逆に、特にウクライナ関係でネオコンが牛耳っている。対ロシア政策を担当するビクトリア・ヌーランド米国務次官補と米大使館との話がYoutubeにアップされていますが、ウクライナの『組閣』を行っています」
私は、「ウクライナ政変~揺らぐ権力の正当性――西部の首都キエフを支配した反政権派には米国政府とネオナチの影、プーチンに支援を求める東部の親露派住民」で次のように書きました。
「2月上旬に、アメリカのヌーランド国務長官補とパイエト駐ウクライナ大使とが、ウクライナ野党勢力の今後の人事について画策している電話の会話がYoutubeに流出している。この中で、ヌーランド氏が『クリチコが政権に入るのはよい考えではない』と発言している。経済に関する経験や政治の経験があるヤツェニュク氏が首相になるのがよいと言い、チャフニボク氏とクリチコ氏は『外』にいればよいと言っている。
結局、ウクライナではヌーランド氏の言っていたとおりの内閣ができたわけだ。ここで明らかになったことは、ウクライナの民衆の自発的なデモに見えた『ユーロマイダン』の抗議行動には、米国が背後で関与していたという事実である」
▲アメリカのヌーランド国務長官補(中央)、ヤツェニュク氏(右)、チャフニボク氏(左)、クリチコ氏(奥)
孫崎「このヌーランドの夫は誰か。ネオコンの代表的論者であるロバート・ケーガンの奥さんなんです」
岩上「えっ!? ネオコンの代表的論客である、あのロバート・ケーガン!?(※)」
(※)ブルッキング研究所上席研究員で、共和党のジョン・マケイン議員の外交政策顧問を務めた経歴を持つロバート・ケーガン氏は、ネオコンの代表的論客として知られる。ケーガン氏は著書『アメリカが作り上げた”素晴らしき”今の世界』の中で、現在の「リベラル」な国際秩序はアメリカが作り上げ、維持してきたものであり、アメリカが衰退して経済力や軍事力の優位を失ってしまえば、「非民主的」なロシアと中国の台頭を許し、現在の国際秩序は崩壊すると主張している。
「1950年以降、民主政治体制は100カ国以上に拡散した。それは、人々が民主政治を欲したからだけではなく、1950年以降の世界における最強国アメリカが民主政治体制の国だったからでもある。過去60年間における世界経済の史上稀に見るほどの成長は、世界をリードする自由市場経済国であるアメリカによってもたらされたものだ。同時に世界が平和であったのは、アメリカが強大な力で世界を管理したからこそ達成されたのだ」
孫崎「冷戦締結後、NATOは『ロシアは体制として敵ではない』、と言い出していて、その存在意義が問われました。これが世界に波及するのを防ぐため、NATO再結成が目論まれたのです。
だから、ネオコンはウクライナ情勢を泥沼化させたい。ロシアに介入させたい。しかし今のところロシアは我慢しています。しかし自国民が殺され続け、プーチン大統領宛に介入要請が起こっている以上、このまま我慢し続けるのは難しいでしょう。
岩上「米国が『欧州とロシアが仲良くなるのはよろしくない』、と考えても不思議ではないですね。欧州とロシアは天然ガスのパイプラインでつながっていますが、ウクライナ問題はこのパイプラインを使い物にならなくする効果がある。混乱を招き、NATOの再強化を促そうとしています」
ISISの動きによって、中東情勢はガラリと変わる可能性が
会員限定部分の段落「日露戦争は「栄光の明治」の歴史などではない」で孫崎享氏がいう「『どうしようもない』という状況」とはまるまる今の日本では。氏は「今、日本はどこで間違ったか、という本を書いて」いるそうだ。
戦争を『忘れた』日本人のみなさんへ⇒【岩上安身のニュースのトリセツ】