【第2号】岩上安身のIWJ特報!スクープ!首都圏で初のストロンチウム検出! 2011.10.9
【訂正】
昨日(10月9日)発行の第2号の文章の中に、一部誤りがありましたので、訂正いたします。
「プルトニウムも、ストロンチウムも、アルファ線を放出する放射性核種である。」の一節ですが、ストロンチウムは、アルファ核種ではなく、ベータ線を放出するベータ核種です。従って、以下の通り、訂正します。
【訂正】
昨日(10月9日)発行の第2号の文章の中に、一部誤りがありましたので、訂正いたします。
「プルトニウムも、ストロンチウムも、アルファ線を放出する放射性核種である。」の一節ですが、ストロンチウムは、アルファ核種ではなく、ベータ線を放出するベータ核種です。従って、以下の通り、訂正します。
2011年10月9日(日)、東京電力本店で、記者会見(18:00~、0:56′)が行われた。
ガス管理系の配管の切断作業を行っている。水素ガスの窒素置換作業を行っているが、水素濃度が上昇した箇所があり、再度窒素パージを行うと発表した。
2011年10月8日(土)、16時00分から、経済産業省別館にて、原子力安全・保安院の記者会見が行われた。
2011年10月9日、自由報道協会主催、「希望の牧場」プロジェクト経過報告記者会見が行われた。福島第一原発から20km圏内にある浪江町「エム牧場」農場長の吉沢正巳氏は、住人なき町に残された動物たちを殺処分から守るため、自らも被爆しながら餌をやり続け、声を挙げ続けている。
2011年10月9日(日)、東京電力本社で、記者会見が行われた。
配管の水素パージについて質問が上がった。下がった後、再度濃度が上がったが配管の上部などにたまった水素が拡散したためとみて注意深く監視する予定。
2011年10月8日(土)、東京電力本店で、記者会見(18:00~、0:56′)が行われた。
RO淡水化装置は12時頃ホースからの水漏れに伴いポンプ停止。亀裂あったホース交換する予定。福島第一原子力発電所の現状、写真と動画を追加公開。
2011年10月8日(土)、東京電力本店で、記者会見(11:00~、0:23′)が行われた。
1号機格納容器スプレイ系水素パージ午後行う。事故時運転操作手順書にかかる報告は、最低限のマスキング後、深夜保安院へ報告した。30代の男性作業員が内部被曝した可能性があると発表。
2011年10月7日(金)、東京電力本店で、記者会見が行われた。
線量計を付けずに作業を行っているという発言があるため、3月の緊急作業に従事した現場作業員の被曝線量を調査するため、8/15-9/15にかけてアンケート調査を行い、その結果をまとめ公表した。
2011年10月7日(金)、東京都千代田区の参議院議員会館にて、「原発の運転再開を止めよう!政府交渉」が行われた。
2011年10月7日(金)、東京都千代田区の中央合同庁舎にて、フリーランスの記者と園田康博 内閣府大臣政務官との懇談会が行われた。
2011年10月7日(金)、小沢一郎衆議院議員が搬送された病院前から岩上安身が中継レポートをした。
2011年10月07日(金)16時より、経済産業省別館にて、原子力安全・保安院の記者会見が行われた。
2011年10月07日(金)11時より、東京電力本社にて、記者会見(11:00~、0:36′)が行われた。
福島第一原発6号機、制御棒駆動水圧系、原子炉冷却材浄化系の2系統を起動する予定。源氏RHRによる冷却が行われているが、万が一停止した場合の切換え冗長系として冷却を続けられる。
また、5-6号機側仮設タンクに貯蔵している淡水を、構内の散水に利用する計画がまとまったので、改めて公表する。
2011年10月6日、岩上安身が、郷原信郎弁護士へのインタビュー取材を行い、主に、やらせメール事件に端を発した九州電力問題、小沢一郎代議士の元秘書の3人に対して下された有罪判決、水谷建設からのヤミ献金を事実認定したその判決の内容などについて伺った。
2011年10月06日(木)16時30分より、東京電力本社にて、政府・東京電力事故対策統合本部 合同記者会見(16:30~、4:26′)が行われた。
作業者の健康診断は電離則第56条に基づき、半年に一回の頻度で全作業員対象に行っている。福島学校施設のモニタリング、学校給食の放射線検査について文科省の見解、原子力防災訓練の実施予定、東電への損害賠償請求裁判などが質問に上がった。また、明日の園田政務官とフリーランスの記者などの協議について質問があった。
2011/10/06(木)11時15分から、経済産業省別館にて、原子力安全・保安院の記者会見が行われた。
2011年10月06日(木)11時より、東京電力本社で、記者会見(11:00~、0:41′)が行われた。
50才男性、昨日の午前7時朝礼時に体調不良を訴え救急車で搬送したが、本日午前5時に死亡。診断書出てないため現時点では死因不明。原発事故作業員で亡くなられた作業員は3人目になる。
2011年10月6日(木)、岩上安身は、被爆者であり医師の肥田舜太郎氏にインタビューを行った。
肥田氏は、1917年生まれの医師。1943年日本大学専門部医学科卒業、1944年陸軍軍医学校卒業、広島陸軍病院に赴任中の1945年8月6日原爆に被爆、直後から被爆者救援・治療にあたった。全日本民医連理事、日本原水爆被害者団体協議会原爆被爆者中央相談所理事長などを歴任。1975年~被爆医師として欧米三十数カ国で被爆の実相を語り、核兵器廃絶を訴えている。主な著書に、『広島の消えた日:被爆軍医の証言』、『ヒロシマ・ナガサキを世界へ』、『ヒロシマを生きのびて』、訳書『放射線の衝撃 : 低線量放射線の人間への影響(被曝者医療の手引き) 』など多数ある。