「学会は何をしているのか」 ~区域外避難者は今 放射能汚染に安全の境はありますか ―低線量被曝被害による分断の構造― 基調講演 島薗進氏 2013.8.31

記事公開日:2013.8.31取材地: テキスト動画
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(IWJテキストスタッフ・関根/奥松)

 「政府は事故収束宣言を出し、賠償を打ち切ったが、原子力緊急事態宣言はそのままだ。この宣言の発動中は、原子力災害対策特別措置法が適用され、政府に権限が集中するからだ」──。

 2013年8月31日(土)13時より、大阪市西天満にある大阪弁護士会館で、日弁連人権擁護大会プレシンポジウム「区域外避難者は今 放射能汚染に安全の境はありますか ―低線量被曝被害による分断の構造―」が行われた。基調講演では島薗進上智大学教授が、日本の有識者や学会の姿勢について語り、パネルディスカッションでは、除本理史大阪市立大教授が、政府の原子力緊急事態宣言について言及した。

■全編動画 1/2

5分(13:02)~ 開会/10分~ 針原氏/13分~ 基調報告/37分~ 島薗氏

■全編動画 2/2

8分(14:32)~ 再開/10分~ パネルディスカッション/2時間10分~ 山西氏
  • 開会挨拶 針原祥次(はりわら・よしつぐ)氏(大阪弁護士会副会長)
  • 基調報告 大阪弁護士会災害復興支援委員会より「区域外避難者をめぐる問題について」
  • 基調講演 島薗進氏(上智大学教授 グリーフケア研究所所長)「放射線健康影響問題と専門家の信頼失墜~原発は社会を分断させる」
  • パネルディスカッション
    パネリスト 島薗進氏、除本理史(よけもと・まさふみ)氏(大阪市立大学大学院経営学研究科教授)、避難当事者の方2名
    コーディネーター 加藤高志氏(大阪弁護士会災害復興支援委員会委員)
  • 閉会挨拶 山西義明氏(大阪弁護士会災害復興支援委員会委員長)
  • 日時 2013年8月31日(土)13:00~
  • 場所 大阪弁護士会館(大阪府大阪市)
  • 主催 大阪弁護士会詳細

福島県15万人の避難者の実態

 冒頭、針原祥次氏が「年間20ミリシーベルトの線量基準で、15万人が避難しているにもかかわらず、国や東電は責任をとらない。現状、被災者が責任を訴えることすら躊躇するようになっている。われわれ弁護士会は、被災者の側に立ち、原発ゼロの社会を目指す」と挨拶した。

 災害復興支援委員会の枝川直美氏らが、区域外避難者について、「復興庁は、福島県の区域内避難者は約11万1000人、 区域外避難者が5万1000人と公表。被災者は、避難自体の苦悩、被曝の恐怖と健康被害の不安、経済的困窮、区域設定による住民の分断、避難生活による家族との分断、避難先での不十分な支援、周囲との温度差、帰還への見通しがないことなどに、いまだ苦しんでいる」と報告した。

 さらに、「現在、被曝による健康被害は明確になっていない。しかし、国が避難区域を根拠なく線引きしたため、『国が安全と言っているのに、なぜ避難するのか』と、住民や家族間で確執が起きた。滞在者と避難者との分断が生じ、区域内避難者と区域外避難者との支援内容にも、大きな差が生じることとなった」と住民分断の背景を説明した。

学会は特定の利益のためにあるのではない

 島薗進氏の基調講演に移った。島薗氏は「現在、ある種類の科学は、特定の利益のための科学、お金があるからできる科学になってしまい、歪んでいる。その顕著な例が放射線医療。日本学術会議の中でも、意見が割れているにもかかわらず、異なった意見を交わす場を設けない」と述べた。

 「日本学術会議が2011年4月に設置した、放射線の健康への影響と防護分科会は、『正しい知識を教えることで、放射線の恐怖を払拭できる』という方向を打ち出した。それに対し、調麻佐志(しらべまさし)東工大准教授は『原発事故に対して、学会は住民の不安が問題だと決めつけているが、リスク・コミュニケーションのあり方として間違っている』と批判している」。島薗氏はこのように語り、自身も所属する日本学術会議も含めた専門家の姿勢に疑問を呈した。さらに、1999年4月、原発推進派が主催した「低線量放射線影響に関する公開シンポジウム」で話題になった、放射線ホルミシス(微量放射線は健康によいという説)についての見解も語った。

 福島の県民健康管理調査については、「血液検査を行なうこと。健康手帳を作り、全国どこでも継続して診療できるようにすべきだ」と主張。その理由として、かつて山下俊一氏(福島県立医科大副学長)も参加した、笹川チェルノブイリ医療協力プロジェクトの調査結果を例に挙げ、「ベラルーシ、ロシア、ウクライナなど5ヶ所で、1991年から5年間、子どもたちの健康調査を実施した。甲状腺および血液異常を中心に調べ、白血球異常などが多く発見されている」と述べた。

 「福島では住民の被曝データを県立医科大に一括管理させ、当事者に教えない。外部の医師からもアクセスできないようにしていた。健康支援という名目の、データ収集ではないか」。島薗氏は語気を強めると、「被災者への医療支援が先送りされている状況で、学会は、医学者は何をしているのか。住民の分断を克服するには、こういった学会の意識も改めていく必要がある」と訴え、講演を終えた。

自主避難者と周囲の温度差

 後半は、加藤高志氏の司会によりパネルディスカッションを行った。島薗氏と除本氏のほか、避難当事者として、郡山市から大阪市内に、2人の子どもと母子避難をしている森松明希子氏と、南相馬から滋賀県に、家族4人で避難している佐藤勝十志氏が参加した。

 避難者と周囲との温度差について、森松氏は「避難先の住民たちの、避難者への理解不足が大きい。一般住民は、マスコミ報道や政府の発表を鵜呑みにしてしまう。福島から子どものために自主避難していることは、少なくとも理解されるようになってきたが、関東などのホットスポットから避難してきた人たちは、まだ差別されている」と語った。

 佐藤氏は「避難先の自治体の誠意は感じられるが、実質的な支援などは何も受けることができない。自分たちは強制避難区域の住民ではないので、何か相談しても、避難先では地元に聞いてくれ、地元に行くと避難先で聞け、と行政の連携がない状態だ」と訴えた。

人命よりも経済効率優先の日本社会

 島薗氏は「もっと現状を知らせて、人の交流を盛んにすることが大事。被災者たちが、窮状を訴えることで状況が変わる、という実感を得ることが必要だ」と語った。除本氏は「賠償の観点から被害を小さく見せようとする、国の姿勢がうかがえる。原発コストは安いという嘘が背景にある」と指摘した。

 佐藤氏は、福島に残る人々との間で体験したことを、次のように話した。「大勢が一緒の場面では地元への帰還を勧める人が、1対1になると『何かあったら、子どもだけでも避難させたい』と密かに相談してくる。集団の中では口にできないのだ。また、復興に否定的な意見を言うと、『がんばっている住民に失礼だ』と怒鳴る人もいた。震災2日後に『これはビジネスチャンスだ』と言った人もいる。人命より経済効率が優先なのだろうか」。

 島薗氏は「今、帰還を勧めることに強引になっている状況では、被害はもっと拡大する」と懸念を示し、除本氏は「区域外の避難者は、健康を取るのか、ふるさとを選ぶのか、というジレンマに陥っている。地域社会の権力構造も深刻な問題だ」と述べた。

 子ども・被災者支援法について、佐藤氏は「ほとんどの住民は、公表されている空間線量を信用していない。今回の策定基本方針案も、提訴されたのであわてて設定したとしか思えない」と述べ、森松氏も「とにかく、住民が訴えていくしかない」と語った。

原子力緊急事態宣言は続いている

 除本氏は「政府は2011年11月に原発事故の収束宣言を出し、被災地を年間20ミリシーベルトで区切って、それ以下の地域の被害を認めない。その一方、原子力緊急事態宣言は引き下げない。なぜなら、この宣言が出ている間は、原子力災害対策特別措置法が適用され、政府が直接、自治体や原子力事業者を指揮する権限を持てるからだ」と、国の関与が強まっていくことを批判した。

 最後に、山西義明氏が「国が、住民の避難する権利を認めていれば、今のような分断は起こらなかったはずだ。今回の基本方針案は、『調べない、知らせない、助けない』という考え方で作られているとしか思えない。私たち法律家は、動かない行政や立法に対して何ができるか考え、積極的にこの問題に取り組んでいきたい」と述べて、シンポジウムは終了した。

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