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特集 TPP問題

 日米関係とは、つまるところ不平等条約の押しつけと、それに対する屈従、抵抗の歴史である。

 TPPを「第三の開国」とはよく言ったものだ。これは第三の不平等条約の押しつけ、国家主権のさらなる喪失、米国への隷属の深化に他ならない。

 「第一の開国」は、1858年(安政5年)に結ばれた日米修好通商条約だった。

 1853年(嘉永6年)、ペリーが四隻の黒船とともに来航し、「開国」を要求してから5年後のことである。日本側に関税自主権のない不平等条約であった。

 なぜ、幕府はアメリカに押しきられて不平等条約を結んでしまったのか。

 アメリカの総領事タウンゼント・ハリスが、清に対して侵略戦争を行なっていたイギリス、そしてフランスなどが、日本を侵略する可能性がある、と巧みに脅し、安全保障のためにアメリカと条約を結ぶ必要性がある、などと説いたのである。今日の日本の安全保障のために日米同盟の深化が必須であり、そのためにTPPの締結が必要、というロジックとほとんど変わらない。

 勅許を得ずして日米修好通商条約を結んだとして、大老・井伊直弼は、国内の攘夷派の反発を買い、それに対して大弾圧で応じた。世にいう「安政の大獄」で、吉田松陰らも処刑された。その井伊は1860年に暗殺された。「桜田門外の変」である。

 「第二の開国」は、言うまでもなく、米軍の占領とその継続を指す。1945年の太平洋戦争の敗北、ポツダム宣言受諾と無条件降伏、米軍による日本占領を経て、1951年9月8日にサンフランシスコ講和条約とともに日米安保条約が結ばれた。講和条約の締結が終わり、日本は独立国家として主権を回復したことになっているが、日米安保と日米地位協定(当時は行政協定)の定めによって、米軍は撤兵せず、日本に駐留し続けた。

 外国軍によって占領が継続されている日本が、独立国であるはずがない。日本はみせかけだけの半独立国、事実上の保護国に他ならない。

 日米安保条約の目的が米軍による日本の防衛である、というのも眉唾である。米側の代表をつとめたジョン・フォスター・ダレス(のちの国務長官)は、日米安保の目的について、「我々が望む数の兵力を、望む場所に、望む期間だけ駐留させる権利を確保させること」と述べている。

 アメリカはいつ、どこで安保条約に調印するか、9月8日の講和条約調印の前日まで日本側代表団に教えなかった。

 結局、この安保条約には、当時の首相・吉田茂が一人でサインした。

 米側代表団の一人、アリソン(のちの駐日大使)は「もし日米安保条約が調印されたら、日本側代表団の少なくとも一人は確実に殺されるだろう」と言ったが、吉田は殺されることもなく、戦後保守本流の礎を作った大政治家などとして、今なお持ち上げられている。

 かくて日米安保体制は、「戦後国体」として、戦後70年のうちに深く根をおろし、定着してしまったかにみえる。

 「第三の開国」たるTPPは、「神聖不可侵」の「戦後国体」の如き日米安保体制の上に、米国の権力と資本にとってさらに「都合のよい国」「使い勝手のよい国」に日本を改造するための究極の不平等条約である。

 関税自主権は再び失われる。司法権も大幅に損なわれる。国内の各政策には、米国からの干渉・介入が常態化する。「内国民待遇」を保証された米国発のグローバル資本は、国土をも手に入れていく。法制度だけでなく、文化も言語も米国に都合のよいものに置き換えられ、移民を押しつけられて、「国民」は入れ替えられていく。

 かくて、グローバル資本の専制のもとに、独立した主権を持つ国民国家としての「日本」は失われてしまう。
(岩上安身)


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