【国会ハイライト】「治安維持法は適法に制定された。拘留、拘禁は適法だ」〜共謀罪法案の議論で金田法相が衝撃の答弁!共産・畑野議員は「拷問は当時も違憲・違法だった」と指摘! 2017.6.6

記事公開日:2017.6.6 テキスト
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(文:原佑介)

 「治安維持法は当時、適法に制定されたもの。同法違反の罪にかかる拘留、拘禁は適法だ」――金田勝年法務大臣から衝撃的な認識が示された。

 2017年6月2日の衆院法務委員会で金田法相は、かつて日本で数々の思想・言論弾圧を引き起こし、あまたの犠牲者を生み出した「治安維持法」を、「適法だ」と擁護した。日本共産党・畑野君枝議員の質問に答えた。

 さらに金田法相は、「治安維持法違反の罪にかかる刑の執行も、適法に構成された裁判所によって言い渡された有罪判決に基づいて、適法に行われたもので、違法があったとは認められない」と断言した。

 共謀罪法案を所管する法務大臣がこのような認識を持っているという事実は驚愕に値する。

 1976年9月30日の衆院予算委員会で、当時の三木武夫総理は、共産党・正森成二衆議院議員に対し、治安維持法は「当時としては一つの法体系だった」と認めつつも、「すでにその時でも批判があり、今日から考えれば、こういう民主憲法のもとに考えれば我々としても非常な批判をすべき法律であることは申すまでもない」と厳しい見方を示している。戦前の反省を踏まえれば当然の見解である。

 ところが安倍政権は、治安維持法が適法で、何らの違法性もなかったと擁護に回る。過去の歴代の自民党政権と比較しても、安倍政権は際立って「異質」である。いったいなぜか。何を考えているのか。

 「公務員による拷問及び残虐な刑罰は、絶対にこれを禁ずる」と定めた日本国憲法第36条は、戦時中の特高警察などによる拷問などの反省を踏まえて明文化されたが、自民党改憲草案は、この条文から「絶対に」という文言をわざわざ削除し、その制約を緩めようとしている。拷問の復活を目指そうというのが安倍政権の考え方であれば、治安維持法による負の歴史を頑として認めない、認めるつもりは毛頭ない、というのが本音だろう。

 詳しくは岩上安身と梓澤和幸弁護士、澤藤統一郎弁護士が鼎談で自民党改憲草案を読み解いている。また、鼎談の様子をまとめた『前夜〜増補改訂版』もご一読いただきたい。

 治安維持法下の日本でも特別公務員職権乱用罪や特別公務員暴行陵虐罪など、拷問を禁じる刑法は存在していた。にも関わらず、特高警察の拷問で虐殺されたり獄死したりした人は190人以上にのぼり、1500人以上もの人が獄中で病死したといわれている。

 畑野議員は「私有財産制度を特高警察と思想弾圧担当の当時の検事が意図的に政治的に利用して、これを裁判所が追認をした。(※治安維持法の目的のひとつは、私有財産制度を否認する思想の取り締りとされていた)そして、戦争に反対し、平和と民主主義のために戦い抵抗する人々に襲いかかった。こういう歴史がある」と指摘。そのうえで、「戦後、治安維持法が否定された以上、この法律による弾圧犠牲者の救済、名誉回復をするべきではないか」と迫った。

 これに対し金田法相は、治安維持法に起因した弾圧事件に言及することなく、「治安維持法違反の罪にかかる拘留・拘禁、または刑の執行により生じた損害を賠償すべき理由はなく、謝罪および実態調査の必要もない」と切り捨てた。

 国民の思想や内心を徹底的に弾圧した治安維持法を擁護する政府に、「現代の治安維持法」と呼ばれる「共謀罪」を与えればどのような結果を招くのか、火を見るより明らかである。政府・与党が成立を目指す6月18日の会期末まで2週間を切った今、改めて共謀罪法案のもつ危険性に目を向けなければならない。

 以下、畑野君枝議員の質疑の全文を掲載する。

衆院法務委員会での強行採決に抗議!共謀罪法案めぐる世論調査、「政府の説明が不十分だ」が77.2%!

▲日本共産党・畑野君枝議員

畑野君枝議員(以下、畑野議員)「日本共産党の畑野君枝です。まず初めに、5月19日、前回の当法務委員会で審議を断ち切って、共謀罪法案を強行採決したことに強く抗議をするものです。

 共謀罪法案の内容というのは審議の中でも、まさに憲法違反であり、また政府自身が中身をきちんと説明できない。いま議論にありましたように、国連からの懸念の声もあがっております。そして、国民の多くが反対をしているものだということも明らかになりました。

 5月22日発表の共同通信の世論調査では、『政府の説明が不十分だ』が77.2%『法案に賛成』が39.9%『反対』は41.4%。そして『5月19日の当法務委員会での採決は良くなかった』が54.4%と、多数を占めております。

 『今国会で成立させる必要はない』は56.1%です。これは、5月25日発表の朝日新聞でも『今国会の成立の必要はない』が57%。『必要がある』の23%と、差がついている。

 安倍内閣支持層でも『必要はない』が41%、『必要がある』が40%と、割れているということなんですね。ですから、私は徹底した審議が必要だというふうに思います」

金田法相、治安維持法への認識については「歴史の検証については、専門家の研究、考察等に委ねる」と回答を拒否!

畑野議員「それで私は、今日は人権に係って質問をいたします。

 衆議院の本会議での採決、5月23日の前の5月22日に、治安維持法違反容疑で逮捕された経験のある4人の方が院内に来られて、記者会見をいたしました。

 神奈川県川崎市の水谷安子さん、103歳は、富山県女子師範学校で出会った英語教師の影響でマルクス主義などを勉強し、卒業直前に特高に治安維持法違反容疑で逮捕され、1週間で釈放されたが、退学になった。その後も2度逮捕された。

 千葉県船橋市の杉浦正男さん、102歳は、当時、印刷労働者の親睦会に入っていた。1942年秋、メンバーの一人が反戦ビラを配ったことで、東京都内の自宅で夕食を食べている時に、突然逮捕された。半年前に結婚した妻は、長女を身ごもっていた。

 逮捕後の取り調べでは、棒でメッタ打ちにされた。懲役3年となり、横浜刑務所に。寒さや暑さに耐え、栄養失調に苦しんだ。親睦会のリーダーは刑期を終える前に栄養失調で死亡。長女を疎開させた後も、東京にとどまり、支え続けてくれていた妻が東京大空襲で死んだことも獄中で知った。

 北海道、音更町の松本五郎さん、96歳。旭川市の菱谷良一さん、95歳。旭川の師範学校5年生の時に逮捕された。絵の好きな2人は美術部では生活をありのままに描く生活図画教育を受けていた。それが危険思想とみなされ、2人を含む教諭や学生27人が逮捕された、ということを生々しく証言されました。

 資料では、東京新聞を付けさせていただいております。治安維持法犠牲者国家賠償要求同盟によると、生存されている犠牲者は全国で19人ということです。かつて、金田法務大臣に、要望をされておられます。

 22日にも、国会請願等、集会が行われておりまして、全国42都道府県から180人が参加をし、20万4,295人分の署名を提出されております。そこで金田法務大臣にうかがいます。治安維持法の内容について、どう認識されていらっしゃいますか?」

金田勝年法務大臣(以下、金田法相)「畑野委員のご質問にお答えをします。

▲金田勝年法務大臣

 治安維持法は大正14年(1925年)に交付・施行され、国体の変革、または私有財産制度の否認を目的として結社を組織した者等を処罰することとした法律であると承知をいたしております。そして、認識と言われましたが、治安維持法につきましては、種々の意見があるものと承知をしております。

 それで、この治安維持法の内容や適用された事例を含めまして、歴史の検証については、専門家の研究、考察等に委ねるべきものと考えております」

治安維持法下の日本にも「特別公務員職権乱用罪」「特別公務員暴行陵虐罪」は存在し、拷問は違法だった! ポツダム宣言で廃止になった経緯!

畑野議員「2015年4月現在ですが、この治安維持法犠牲者国家賠償要求同盟の調査によれば、治安維持法により、警察署での拷問での虐殺者93人。服役中、未決拘留中の獄死者128人、服役中、未決拘留中の暴行、虐待、劣悪な環境等による発病で出獄、釈放後死亡した者208人、弾圧で再起できず自死した者25人、宗教弾圧での虐殺、獄死者60人と報告されております。

 金田法務大臣にうかがいますが、特高警察、憲兵などの拷問による虐殺、長期拘留による獄死などが起きたのは法律の規定が適切でなかったからではありませんか?」

盛山正仁法務副大臣(以下、盛山副大臣)「畑野先生のご質問でございますけれど、戦前における治安維持法違反の被疑者に対しまして、具体的にどのような手法により捜査が行われたのか。当該捜査手法を用いた原因が同法の規定にあるのか否かについては、それに関する資料を把握しておりませんので、お答えすることは困難でございます。

 しかし、一般論として申し上げれば、現在の日本国憲法下におきましては、適正手続きが保障されており、捜査において、基本的人権を不当に制約することがないよう法律上の担保がなされているところでございます」

畑野「これはぜひ、掌握していただきたいと思っているんですが。さらにうかがいます。治安維持法犠牲者に対する拷問などは当時の刑法でも禁止され、処罰対象になっていたのではありませんか?

井野俊郎法務大臣政務官(以下、井野政務官)「当時の法律の有無についてでございますけども、一般論として申し上げれば、治安維持法が施行されていた間においても、特別公務員職権乱用罪であったり、特別公務員暴行陵虐罪の規定は存在しておりました

畑野議員「戦後の日本の原点は、軍国主義の除去と民主主義の確立を基本的な内容とするポツダム宣言の受諾ということになりました。それを具体化して、再び戦争しないという日本国民の決意と願いによって産まれたのが日本国憲法です。

 うかがいますが、治安維持法はポツダム宣言の受諾によってどうなったのか、事実経過について、まず外務省に説明を求めます」

久島直人大臣官房参事官(以下、久島参事官)「お答え申し上げます。ポツダム宣言は我が国に対して、先の大戦を終結させるための条件を示すなどした文書であり、昭和20年7月26日、当時の我が国の主要交戦国の代表者であるアメリカ合衆国大統領、中華民国政府主席およびグレートブリテン総理大臣により署名されたものでございます。

 その後、同年8月8日、ソビエト社会主義共和国連邦が我が国に対し宣戦を布告すると共に、同宣言に加わった経緯がございます。我が国は昭和20年8月14日、同宣言を受諾して降伏し、同年9月2日、降伏文書に署名をしております」

畑野議員「うかがいますけど、治安維持法ですが、ポツダム宣言の受諾によって廃止されたことについて、法務大臣のご見解をうかがいたいと思います

井野参事官「治安維持法についてでございますけども、ポツダム宣言受諾後である昭和20年10月15日に治安維持法廃止等の件と題する昭和20年勅令第575号が交付施行されたことにより、同日廃止されたものと認識しております

「治安維持法は当時、適法に制定されたもので、同法違反の罪にかかる拘留、拘禁は適法だ」――恐ろしすぎる金田法相の認識!

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