【IWJルポルタージュ】宮崎県日向市在住の主婦をめぐる裁判はSLAPPなのか?! ~黒木睦子さんと日向製錬所を直接取材(前編) 2014.11.14

記事公開日:2014.11.23
このエントリーをはてなブックマークに追加

(IWJ・ぎぎまき)

【IWJルポルタージュ】 宮崎県日向市在住の主婦をめぐる裁判はSLAPPなのか?! ~黒木睦子さんと日向製錬所を直接取材 後編はこちら

 「宮崎の無名の主婦がSLAPP裁判で訴えられている。IWJが取材してくれないか」

 10月下旬、ツィッターのフォロワー数が約200人から瞬く間に15,000人にまで急増したアカウントがあった。宮崎県日向市に住む、3人の子どもの母親、黒木睦子さんのアカウントである。一介の主婦である黒木さんに対し、地元の企業が名誉毀損と損害賠償請求を求めて民事裁判を起こしたというのである。

 か弱い主婦がSLAPP裁判(※1)で訴えられていると、SNSで大きな反響を呼び、黒木さんを後押しする輪が広がった。11月の半ばに差し掛かる頃、IWJ代表の岩上安身の元にも、「黒木さんの件を取材して欲しい」というリクエストが相次ぐようになった。

 しかし、一方で、黒木さんの主張の信憑性を疑う情報も、ネット上に飛びかうようになった。黒木さんへの共感と応援、疑いと批判が交錯した。

 裁判の真相を確かめるためには、現地へ行って、取材し、ありのままの事実を取材しなくてはならない。しかし、IWJの代表である岩上さん自身はあまりにも数多くの案件や課題を抱えていて、身動きが取れない。そこで、黒木さんと同じく子供を持ち、女性である私に白羽の矢が立った。

▲数ヶ月の間に、フォロワーの数が70倍以上に激増したという黒木さんのツィッターアカウント

 「宮崎へ行けないか?」

 岩上さんからそう声をかけられた私は、宮崎行きの仕事を引き受けられるよう、準備にとりかかった。まず、小学校に通う子どもの預け先を確保しなければならない。実家では母が病床にあり、その看護も心配である。短期の出張でも家族をもつ主婦は身動きがとりづらい。

 幸いに家族や友人が協力してくれて、私を送り出してくれることになった。たった一泊二日の出張でも、てんやわんやの大騒ぎである。それだけに、この短い取材期間でも、時間を大切に使って取材しなくては、と思った。

 11月13日、私は早朝の便で宮崎県へと飛び立った。宮崎空港に着いた足で私は早速レンタカーに乗り込み、約90キロ北上した。右手に見える真っ青な太平洋と、どこまでも続く眩しい青空に、眠気が一気に吹き飛んだ。

 もっとも、今回の取材は全くの手探りだったため、一抹の不安は拭えなかった。脇目も振らず、目的地を目指した。3時間以上かけて延岡市に到着。宿にチェックインして荷物を整理するやいなや、再び車に乗り込み、私は日向市へ南下した。向かうのは、黒木さんと落ち合うことになっている、今回の取材地である。

 日向市は、昭和30年に誕生した工業都市だ。60%が山間部で、1年を通して平均気温が16度と、温暖である。寒さの苦手な私にとっては、羨ましい限りの環境だ。しかし、それは後から知った事実。見知らぬ土地を、一人運転するのは、方向音痴の私には心細かった。

 まず、延岡市に到着するまでに、実のところ、私はすでに1時間半も道に迷っていた。その上、黒木さんに指定された広場は、車のナビゲーションシステムに表示されない。私は黒木さんに電話でお願いし、待ち合わせ場所を変更してもらった。「分かりやすい日向駅にしましょう。私も向かいます」。JR九州日豊本線「日向市駅」で落ち合うことになった。

(※1)人々を黙らせ、威圧し、苦痛を与えることを目的として起こされる報復的な民事訴訟のこと(SLAPP情報センター

現場を前に、子どもや両親の健康被害を説明する黒木さん「咳が止まらない」

 駅に早めに到着していた私は、車の中で資料に目を通していた。すると、車の前に、小柄の女性が現れた。

「黒木さんですか?」

「そうです」

 お互いほっとして、笑みをかわした。黒木さんは、ツィッターからのつぶやきから感じられる印象より、ずっと物腰柔らかだった。子どもを育てている主婦らしい気配を漂わせている。黒木さんに同乗してもらい、私の車で、産業廃棄物が廃棄されたという現場に向かった。

 雑談を交わしながら、山あいの西川内地区に向かうと、駅から10分もしないというのに、目の前には紅葉した草木と黄金に輝く畑が現われた。彩り鮮やかな秋の光景に、晴れやかな思いが私の胸にも広がった。同時に、こうした美しい自然を廃棄物などで汚してほしくない、という気持ちもわき上がった。黒木さんを応援している人々の思いも同じようなものだろう。問題は環境汚染が起きているとして、それが廃棄物によるものなのか、健康被害を立証できるのか、という点である。

▲宮崎県の日差しは強い。この日も太陽がサンサンと輝いていた

 「30分ほどで戻る」。そう子どもたちに伝え、時間を割いてくれた黒木さんを早く解放するためにも、現場に到着して間もなく、私は取材を開始した。これまでの経緯を詳しくブログで綴っていた黒木さんだが、現場を前に、改めて説明を求めた。すると、黒木さんは、ビデオカメラに映ることを強く拒んだ。

 「顔はなしで。声も出してほしくない」

 黒木さんの真意は分からなかったが、嫌だという人に無理やりカメラを向けることはできない。了解を得て、記録のため音声は録音させてもらい、テキストベースでの記事化を約束した。

 小川を挟んだ目の前に、今回の騒動の中心となっている「日向製錬所」の工事跡地、「第三工区」があった。日向製錬所は地元、日向市でフェロニッケルを生産する企業であり、住友金属鉱山株式会社の傘下にある一流企業だ。その日向製錬所が、「造成工事」と称し、西川内地区で工事を開始したのは、2012年。第一工区から始まり、第二工区、第三工区と、この2年間、工事は続けられたという。

 「造成工事」とは、土地を盛るなどして、宅地として整備する工事のことを指すのだが、その際、「グリーンサンド」という材料が運び込まれたことが、今回の問題の発端である。黒木さんは、グリーンサンドによって家族に健康被害が出たと企業や行政相手に訴え続けてきた。

 グリーンサンドとは、ステンレス鋼の原料として使用される、フェロニッケルを生産する際に発生する、いわゆる「ゴミ」で、これを細粒化したものが、人工砂として再利用されている。日本工業規格(JIS)の認証を取得していることを理由に、日向製錬所も行政も、「害はない」と反論してきた。

第三工区の目の前に建つ、夫の実家。工事が始まってから家族の体調に異変が

 第三工区の目の前には、黒木さんの実家が所有する牛舎小屋が建つ。この実家で多くの時間を過ごす子どもや両親に、体調に異変が現れたと黒木さんは主張する。詳しい話を、黒木さんに聞いた。

▲「第三工区」から十数メートルからの距離にある、黒木さんの実家。写真は牛舎小屋

――何か、有害なものが降ってきているなと疑われたのは、いつですか?

黒木「2012年5月頃です」

――疑うきっかけとなったのは、子どもやご両親が症状を訴え始めたからですか?

黒木「私も含めて咳が止まらない。子どもは今でも具合が悪い。病院へ行っても『風邪』と診断されるだけです」

――なるほど。ただの風邪という診断で終わってしまうと。因果関係を証明するのは難しいと思いますが、確かだと感じる理由があるのですか?

黒木「グリーンサンドを積み出してから始まったことなので、これしかないな、と自分は思っています」

 ツィッター上では一部、「黒木さんの自宅は現場から3kmも離れている。被害を受けるには遠すぎないか」「子どもの診断書はあるのか」といった批判的な投稿がみられる。しかし、黒木さんはインタビューの中で、こう繰り返した。

 被害を受けたのは、自宅ではなく、第三工区の目の前にある夫の実家でのことである。そこで、黒木さんの子どもたちは多くの時間を過ごすといい、工事が始まる2年前まではめったに風邪を引かない体質だった子どもたちが、工事が始まると同時に、頻繁に咳をするようになったというのだ。また、第一工区と第二工区も夫の実家のある場所から、1分と離れていない。しかし、「風邪以上の診断が受けられない」という理由で、健康被害を裏付ける診断書を持ち合わせてはいないことは確かに気になった。

「グリーンサンドは国も認めた製品」。水質検査から環境基準値50倍のヒ素を検出!?

 運搬業者がグリーンサンドを搬入する際、目で見えるほどの粉塵が飛散していたと、黒木さんは話す。日向製錬所に疑問をぶつけるため、黒木さんは、住民説明会の開催を求めた。2012年7月、住民説明会は開かれている。

黒木「ゴミが降ってきていたので、『何だろうと』」

――ゴミとは?

黒木「風が強い時などは、ぱーっと降ってきて、白いものが舞い上がっているのが目で見て分かる。そういう時は咳が出て止まらなくなるので、日向製錬所に、住民説明会を求めました。第一工区の地権者、日向市役所、日向製錬所、(運搬業者である)サンアイが説明会に参加しました」

――その時、彼らは何と主張したのですか?

黒木「『グリーンサンドは、国も認めた製品だから安全だ』と。でも、宮崎県環境科学協会の水質検査結果によれば、『重金属の含まれた有害物が含まれている』と。そう、検査技師の方に言われたんです」

 2012年7月、黒木さんは、地権者の了解を得て、沈殿槽の水を採水し、検査機関に水質検査を依頼した。結果、環境基準値をはるかに超える、ヒ素や鉛、総水銀が検出されたというのだ。

▲黒木さんがブログに掲載している「有害」を示す水質検査のデータ画像

黒木「第一工区の地権者の方が、『俺の土地に入って、何でも検査していい』と言うので、まず、市役所に水質検査をして下さいと頼みました。しかし、検査をしてくれなかったので、自分たちで検査機関に頼み、検査技師の言う通りに水を採取しました」

――採水したのはどこの水ですか?

黒木「第一工区です」

――この検査結果が出たときはどう思いましたか。

黒木「びっくりしたし、採水した時、ものすごく吐き気がしたんです。水の色も薄黒かったし。素手で採ったので、大丈夫だろうかと心配でした。それで、その検査結果を、県に持っていきましたが、駄目だったので、今度は地元の新聞社に持っていったんです」

――「駄目だった」というのは?

黒木「はっきりしたことを言わない。もやもやした感じです。それで、行政側でも水質検査をやったんですよ、私たちの水質検査の後に。結果は『無害』でした」

――日向市役所は、どこに水質検査を依頼したのですか?

黒木「同じ、宮崎県環境科学協会です」

――同じ検査機関に出して、違う結果が出たということですか?

黒木「はい。宮崎県環境科学協会は、(結果について)『分からない』と言うんですよ。『採り方が違うのではないか』とか。でも、私は『あなたの指示通りに採りましたよ』と言いました。

 市役所が採水したのは、10月10日でした。ちょうど、その直前になりますが、私たちは地元の新聞記者を連れて、現場に行っていたんです。採水した場所を見せるために。すると、水がきれいになっていたんです。

 私たちが採水した状態と違う水になっていて、底の茶色い土が見えるくらいきれいになっていました。『なんでだろう』と思って、市役所に直接行きました。『水がきれいになっているけど、どういうことですか』と。市は『何もしていない。(運搬業者である)サンアイに聞いてください』と。

 それで、サンアイに直接行って、『行政側の水質検査があるのに、なぜ水がきれいになっているのか』と聞いたら、『俺たちは何もしてない』と」

 黒木さんは、採取する水と土が検査前に入れ替えられたのではないかと、強い疑念を今でも抱いている。同じ場所で採水した水が、一方では有害と出て、もう一方では無害と出た結果が出た。その主張がこの2年、ずっと平行線のまま続き、今回、裁判へと発展したというのである。

 私たちは第三工区を離れ、黒木さんが2年前に、運搬業者がグリーンサンドを運びこんでいる映像を撮影した、第一工区近くで車を止めた。第三工区からは車で1分と離れていない。

▲黒木さんがブログで掲載している画像。グリーンサンドが運び込まれている様子が分かる

黒木「ここが第一工区です。私がブログに写真をあげている場所です。新築する予定の家の場所がすぐそこ。新築計画は今、中断してしまっていますが」

――「工事」という言葉の意味が良く分からないのですが。

黒木「グリーンサンドを投棄することを、『工事』と呼んでいるんです。ここの第一工区の工事は終わり、向こうにある第二工区、そして、第三工区まで、この2年間ずっと業者は捨て続け、私はずっと訴え続けました。今はもう工事は終わっています」

――投棄(工事)が終わったと言っても、グリーンサンド自体はゴミとして出続けるのではないですか?

黒木「周りの噂では、『ここには全部グリーンサンドが入ることになるぞ』と。今、山を削っているところなどに」

――黒木さんのように、問題に関わるわけではなくても、地元の方は問題として認識しているのですか?

黒木「『あまりいいもんじゃねえ、製錬所のじゃろうが。処分する場所がないから捨てよっちゃわ』と言っていますね。『土地の地権者も、ただでは埋めさせんわ』とみんな噂では言っています」

▲日向製錬所はインタビューに応じなかったが、弁護士を通して質問書を送ったところ、回答を寄せた

――今回、訴状が来たのはいつですか?

黒木「日向製錬所から10月1日、(運搬業者の)サンアイからは10月2日です。突然、裁判所から封書届きました」

――内容は読んで分かりましたか?

黒木「内容が一方的で、私が悪いというものばかりです。全然意味が分からない。なぜ、そこまで書けるのか、意味が分かりません」

――黒木さんをある意味黙らせようという意味で訴えたとしたら、恐いとは思わないのですか。子どもも3人いらっしゃいます。もう、やめようと思ったことは。そこまで強い意志を持って続けられるのはなぜですか?

黒木「子どもです。それから、あそこに新しく家をたてないといけないし、親も看なければいけない。これからがあるからです。困るから、きれいに片付けてもらいたい」

――ブログを始められたのは今年ですよね。ツィッターも。なぜ始めようと?

黒木「新聞社とかが、信用したらそれっきりになったので(信用して取材を受けたが、記事にならなかったので)、自分でやるしかないと思って」

――地元じゃない人たちからの反響がとても大きいですが、どう思いますか?

黒木「他人事ではなく、自分の身になって考えてもらえるのかなと思っています」

県の内外から駆けつけた、黒木さんの支援者で法廷の傍聴席は満席に

 翌日11月14日は、宮崎地方裁判所延岡支部第二法廷において、第一回口頭弁論が行われた。

(後編に続く)

IWJの取材活動は、皆さまのご支援により直接支えられています。ぜひ会員にご登録ください。

新規会員登録 カンパでご支援

関連記事

「【IWJルポルタージュ】宮崎県日向市在住の主婦をめぐる裁判はSLAPPなのか?! ~黒木睦子さんと日向製錬所を直接取材(前編)」への5件のフィードバック

  1. maiz55 より:

    この三井関係を一発で遣っ付ければいいだけだろう
    簡単だ

    不買運動したらいいだけだ

    イオンが-91%最収益計上したし
    こんなもんだ

    こんな下っ端の産廃屋を叩いても何もならん
    親玉は民間企業でないか
    全国この者が黒木さんを助けたいなら

    三井銀行→他行へ
    三井商品→他社へ

    これだけだ
    最収益-80%くらいになるしそうなれば直ぐ勝てる

  2. あのねあのね より:

     “県が認めた”土壌補強材、土壌埋戻材の事件を思い出した。問題化した後で、実は県と土壌補強材、土壌埋戻材の製造会社は蜜月関係であることが明らかになった。元々産業廃棄物であったものを「産業廃棄物抑制に係る産官共同研究事業」の結果無害化したとして製品化し販売したものだ。しかし、2005年に環境基準を超える六価クロムやフッ素、放射性物質などが含まれていることが判明し、2005年10月環境省により産業廃棄物に指定されるに至った。

  3. 内田三喜雄 より:

    無力では有るけれども、ツイートの時から興味を持って見て居ます。
    力のある者達の横暴お許す日本の体質が見えて成りません。

  4. 水土緑 より:

    誤解を生む表現が、行政も含めて使用するからややこしくなっています。
    「グリーンサンドは国も認めた製品」ではなく。
    正しくは
    「グリーンサンドはコンクリート骨材としてコンクリートに練りこむ場合にのみjisが認めた製品で、国土交通省はグリーンサンド(フェロニッケルスラグ)を産業廃棄物として認識している物」です。

    また、地権者、運搬のサンアイ、日向精錬所は、土壌汚染対策法、建設リサイクル法及び、日向市の環境と自然を守る条例等を遵守していない現実、さらに日向精錬所北側の現場には、大量のグリーンサンド堆積していることから、日向市在住の主婦をめぐる裁判はSLAPPだと思います。

  5. 水土緑 より:

    宮崎県日向市在住の主婦をめぐる住友金属鉱山の子会社日向製錬所による裁判は明らかにSLAPPです!
    原告側はすでに多くの法律を犯しています。問題が長引けば法律違反が明るみにでるから口封じをしたものと思われます。
    違法行為の例
    <日向製錬所>
    ・ルーズと呼ばれる製錬残渣による埋立工事において、土壌汚染対策法第4条違反の疑い
    ・ルーズとJIS規格のグリーンサンドの呼称を紛らわしく使用し、工業標準化法違反の疑い

    <西川内地区土地所有者等>
    ・土壌汚染対策法第4条違反の疑い
    ・建設リサイクル法違反の疑い
    他にも色々法違反がありますが・・・

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です