「どう取り組むか 被ばく労働問題 交流討論集会」 2012.4.22

記事公開日:2012.4.22取材地: テキスト動画
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(IWJテキストスタッフ・久保元)

 2012年4月22日(日)13時、東京都渋谷区の代々木八幡区民会館において、「どう取り組むか 被ばく労働問題 交流討論集会」が開かれた。市民団体「被ばく労働を考えるネットワーク準備会」が主催した。集会では、福島第一原発事故の収束作業現場における被曝限度量引き上げや、重層的な下請け構造の問題などを指摘する講演が行われたほか、登壇者が、被曝労働の実態や家族の苦悩などを参加者に訴えかけた。また、第二部では、作家の鎌田慧氏を交えての討論を行った。

■ハイライト

  • 日時 2012年4月22日(日)13時
  • 場所 代々木八幡区民会館(東京都渋谷区)

 冒頭、主催者が挨拶に立ち、福島第一原発の事故からすでに1年以上が経過しつつも安定的に収束する状況にはないことについて触れ、「むしろ、これからが原発建屋内において、より被曝環境の厳しい労働になる」と指摘した。また、大量にまき散らされた放射性物質により、「原発の中だけでなく、それ以外の労働現場においても被曝の問題が避けられない状態になってきている」と懸念を示した。その上で、労働被曝問題に対応していくためには、できるだけ多くの人が集まって情報交換しながら知識を共有し、問題解決に具体的に取り組むことが必要であるとの見解を示した。

 集会では、「全国労働安全衛生センター連絡会議」の西野方庸(まさのぶ)氏が、「被曝労働をめぐる政策・被曝労働をめぐる政策・規制と福島の収束作業」と題して講演を行った。西野氏は、福島第一原発事故の収束作業において、年間50ミリSv(シーベルト)と定めた従来の被曝限度規制値を適用しないとしていることについて、「前代未聞だ。緊急事態だからといって被曝限度値を上げることは許されない。被曝限度値を超えたことによる被曝労働者をどうするのかといった法整備も手つかずのままだ」と批判した。

 また、労働者の被曝線量管理の問題点として、現行の放射線管理手帳制度が、国の機関ではなく、電力会社などが出資した財団法人が運営していることにより、不都合なデータが隠される可能性があるとし、「労働者のためのものではなく、事業者のためのものになっている」ことを問題点として挙げた。このほか、原発労働特有の「重層的な下請け構造」により、労働者の被曝管理や健康管理がおろそかになっている点や、被曝労働による発ガンなどの症例が晩発性であることから、労災補償がほとんど認められていないことも問題点として挙げた。

 続いて、「原発にとどまらない労働現場の被曝問題」というテーマで、清掃労働や港湾労働、日雇労働の各現場から劣悪な労働環境の実態を明らかにした、また、「福島現地での取り組みから」というテーマで、労働者や家族、地域の声などを訴えかけた。登壇者からは「原発周辺の住民には白血病やガンが多発しているが、労災認定や被曝労働との因果関係を認めてもらえない。生活のために仕方なく働き続けるか、失業するしかない」などの切実な意見が出た。

 その後に開かれた「第二部」では、作家の鎌田慧氏が参加し、被曝労働の問題点についての討論が行われた。その中で、鎌田氏は「被曝労働とは、単にそれだけの問題ではなく、日本が伝統的に抱える問題である」と指摘した。その理由として、鎌田氏は「日本において、炭鉱や鉄鉱などの産業が発達する過程で、人の確保などに暴力団が密接に絡んできた」とし、「福島第一原発事故の収束作業で、その前近代的かつ暴力的な仕組みが明るみになってきた」と指摘した。

 集会の参加者は、今後の取り組みとして、被曝問題に携わる団体同士のつながりを深めていくことや、福島における健康相談や生活相談などを行っていくことなどを確認した。

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「「どう取り組むか 被ばく労働問題 交流討論集会」」への1件のフィードバック

  1. 弓場清孝 より:

    この被曝労働問題は私も原発で働いた関係から生涯の課題として位置づけ取り組んでいます。そして、原発労働も除染に係わる労働も”被ばく労働なくしては成り立たない”というのは社会構造にその多くの要因があると云うのも事実でしょう・・。
    また、鎌田慧氏が述べられているように「「被曝労働とは、単にそれだけの問題ではなく、日本が伝統的に抱える問題である」と云うのもあります。この例は炭鉱労働にもあてはまるわけですが今、話題となっている慰安婦問題にして然り、いわゆる騙されて連れて行かれるというのもあるわけです。身体を使い強制的に我が身を売らなければならない慰安所のシステムと炭鉱労働のため飯場と呼ばれる宿舎に連れて行かれ働かされるというのは酷似していて、これは日本独特の社会構造であり現在に至っても”犠牲”ということを考えるならば変わらないシステムで原発労働においても同様であると考えています。

    さて、原発労働ですが前述したとおり”被ばく労働なくしては成り立たない”というのは私としては管理区域だけにとどまらないということを一言申し添えておきます・・。

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