岩上安身のIWJ特報 34号 ― ドイツはいかにして「脱原発」の道を進んできたか〜「ドイツ反原発運動小史」著者・ヨアヒム・ラートカウ・ビーレフェルト大学名誉教授インタビュー〜 2012.5.6

記事公開日:2012.5.6 テキスト独自
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インタビューが行われた前日の2月1日に、大島堅一立命館教授から急な連絡があり、ヨアヒム・ラートカウ氏が来日しているのでインタビューしたらどうか、との打診を受けた。ヨアヒム氏は明日帰国してしまうため、明日しかインタビューの機会はないとのことだった。ヨアヒム氏は、ドイツにおいて反原発運動の歴史を研究してきた歴史学者である。

私はその日所用があり、どうしても京都に行ってインタビューをすることが叶わなかったので、逆に、大島教授にインタビューしていただくことを提案し、快諾していただいた。通訳していただいたのは関西学院大学の朴勝俊教授。

すばらしい内容のインタビューだったので、大島教授の了承を得て、このメルマガに掲載する。前号まで(第32号、33号)のジェラルド・カーティス氏の講演と読み比べると、くっきりとした対称を成していると、お分かりになると思う。

どちらも、学者であり、外国人である。しかし、学者としての冷静さや客観性、外国人としての慎みや礼儀といった点で、両者は比べものにならない。

カーティス氏は、小沢氏だけではなく、日本政治全体を見下し、嘲笑し、誘導し、大げさにいえば支配しようとする。「よき友人」というものは、このような態度をとるべきものではない。他方、ヨアヒム氏には、慎みがあり、学者としての冷静さがあり、決して見下したり、支配的な態度をみせたりはしない。

「よき友人」の姿とは、このようなものではないだろうか。そうしたコントラストも、本メルマガの読者に味わってもらいたいと思い、連続して発行することにした。前号、前々号と、ぜひ、読み比べていただきたい。

また、文中に、ナチスの災禍から逃れて、米国へ渡ったユダヤ人が、数多くマンハッタン計画に加わった、というくだりがある。核兵器や原発の製造にたずさわったことを、後々後悔するユダヤ人があらわれるという点は、とても重要な視点である。こうした点はまた別の機会に、論及することができたらと思う。

(続く)

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