【IWJ追跡レポート】青森駅前ビル「アウガ」に潜む闇~地元メディアも沈黙する百条委員会で明らかになった補助金の不正利用の真相とは!? IWJが青森のタブーに挑む! 2018.6.11

記事公開日:2018.6.11 テキスト
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(取材:IWJ 文:栗原廉)

 青森駅前を出てすぐ、通りの向こう側に赤とピンクで覆われたひと際目立つ建物がある。「アウガ」という名のこの建物は、青森市による駅前再開発事業の一環として2001年にオープンした。

 アウガはオープン当初は人口減少を迎える地方都市開発の先行例として高い関心を集めたものの、その後は赤字経営が続いた。状況を改善するべく、2008年に青森市は補助金交付を決定したが、2015年にはビルを運営する第三セクターの債務超過が再び発覚した。翌2016年には資金回収をできなかったことを理由に鹿内(しかない)博前市長が引責辞任し、2017年にはアウガ内の商業施設が全て撤退、第三セクターも経営破綻した。

▲青森駅前に建つ「アウガ」(2016年6月29日、IWJ撮影)

 それでは、なぜアウガは破綻してしまったのか? 実は青森市の補助金がアウガの再開発には全くあてられず、一部の関係者によって不正に用いられてきた経緯が、アウガ破綻から半年後の2017年7月から2018年3月にかけて開かれた青森市議会の百条委員会において明らかになってきたのである。しかし、この百条委員会もなし崩し的に閉会を迎えることとなる。複数の地元メディアがこの問題について沈黙し、全貌が明らかになることを好ましく思わない市議会議員もいたためだ。

 元は税金であるはずの補助金が、不正な利益誘導に用いられてしまった上に、メディアや議員も忖度故に沈黙してしまう青森市の構図は、森友問題や加計問題が一向に進展しない国政の姿の鏡写しでもある。IWJでは、アウガをめぐる青森市政の問題について独自取材を行い、本記事にまとめた。青森市政に潜む闇について理解を深めるため、読者の皆様にもぜひご一読いただきたい。

記事目次

人口減少時代のモデルとして注目を集めたオープン当初

 2001年1月、青森駅前にオープンした複合商業施設「Festival City AUGA(フェスティバルシティ・アウガ、以下アウガ)(注1)」は、青森市内外の高い関心を集めた。人口の減少を見据えて、市の中心部に人が集まることを狙った「コンパクトシティ」構想の一つとして、アウガが建てられたためだ。

 アウガが建設される以前、青森駅前には果物や魚介類の市場が並んでいたが、建屋の老朽化が問題となっていた。このため、青森市では1977年から再開発の計画を始め、1989年から2009年にかけて市長を務めた佐々木誠造氏の下で、総工費184.6億円をかけてアウガは建てられた。人口が減少しても、アウガを基軸にして地元民や観光客が青森市の中心部を行き交うことを想定して、ビルの中には、小売店などの店舗のほか、図書館などの公共施設が入居していた。期待を集めて勢い良くスタートを切ったはずのアウガ、しかしその後の展開は予想通りにはいかなかった。

注1:アウガとは、津軽弁で「会おうか(会うが)」を意味する。

その後は売り上げ低迷するも、鹿内博新市長の下で補助金を投入

 市の郊外に大型のショッピングセンターがオープンした後、アウガ内の店舗売り上げは落ち込んだ。これに伴い、アウガを運営する第三セクター「青森駅前再開発ビル」の経営状況も悪化した。資金のやり繰りが困難になった2010年には、佐々木氏から市長職を引き継いだ鹿内博氏の下で、青森市は駅前再開発事業として2億円を三セクに交付することを満場一致で決定する。この後、アウガは2012年に一旦黒字を記録したが、翌2013年からは再び赤字に転落してしまう。

▲鹿内博 前青森市長(2014年10月8日、IWJ撮影)

債務超過の隠蔽が明らかに、鹿内市長の辞任とアウガの経営破綻

 そして、2016年にはアウガが再び債務超過に陥っていることが明らかになった。追い打ちをかけるように、補助金交付を決定した2008年の段階で、アウガを運営する三セクが既に債務超過であったにも関わらず、その状況が議会に報告されていなかったことが発覚した。

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