【IWJ検証レポート】華やかなリオ・オリンピックの大舞台に初登場した難民選手団と「難民たちのブルース」 2016.8.12

記事公開日:2016.8.12 テキスト
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( 調査協力:本田望(のぞむ)、文責:岩上安身)

 リオ・オリンピック真っ盛りである。多くの人々が、テレビの画面に釘付けとなり、一喜一憂しつつ歓声を上げて応援に熱を入れておられることだと思う。オリンピックといえばやはり、どの国がメダルを何個獲得したかが話題だ。メダルの色を別とすると、獲得個数では8月12日現在、1位が米国で32個、2位が中国で25個、そして3位にはなんと18個獲得した日本がつけているという。そんな話題をテレビが興奮気味に伝えている。

 日本だけではない、どの国でもメダルを獲得した自国の選手が各メディアで大きく報じられる。選手たちは「国家」の代表であり、その獲得したメダルの数は積算されて、「国家」の威信としてカウントされる。表彰式では国旗が掲揚され、国歌が流される。それが、オリンピックなのだ。

 オリンピックとは、国を背負って立つ者が戦う場なのだ――そう多くの人が思っているに違いない。しかし今回のオリンピックでは少し様相が違う。難民や国籍のないものの代表「難民選手団」が初登場し、大歓声で迎え入れられたのだ。

 彼ら彼女らは、国家を代表してはいない。背負って立つべき国家もない。国家から、やむをえない事情で逃げて、難民となったのだから。中東やアフリカを中心に内戦や干渉戦争のために、国外へ脱出する難民が激増している。

 それが21世紀の現実である。彼ら彼女らは、もはや例外的でも一時的な存在でもない。「テロとの戦い」と称される「終わりない戦争」の犠牲者であり、このグローバルな世界における、恒常的な存在であり、グローバリズムと「テロとの戦い」が終わらない限り、今も、これからも生み出されるに違いない、「欠くべからざる存在」なのである。

 難民にならざるをえなかった人々の苦しみは、想像を絶するものがある。難民でなくなること、難民を生み出さない世界を目指すことが望ましいのは当然だが、他方、難民の代表が参加するオリンピックは、たしかに21世紀にふさわしいといえる。

「あの国では暮らせない。私には危険すぎる」

 選手団の一人でシリア出身の競泳選手、ユスラ・マルディニさんは、1年前、ヨーロッパを目指し、船でトルコを出発した約20人の難民の一人だった。まもなく船のエンジンが故障し、救命ボートに移ったが、今にも沈みそうだったため、姉のサラさんと一緒に海に飛び込み、3時間にわたって泳いでボートを引っ張り、無事、ギリシャにたどり着いたそうだ。ユスラさんはドイツで難民と認定された。

 ユスラさんは6日、100メートルバタフライに出場し、1分9秒21で予選41位となった。11日には100メートル自由形予選にも出場し、1分4秒66で45位であった。

 ラミ・アニスさん(シリア出身、男子100m自由形予選56位、8月12日100メートルバタフライ予選実施予定)は爆撃と誘拐が頻繁に起こるシリアのアレッポからの難民だ。たどり着いたトルコで練習をしたが、トルコ国籍がないため選手権に出られず、ゴムボートでギリシャに渡り、最終的には2015年にベルギーでの難民に認定された。

▲ヨランデ・マビカさん(女子柔道70kg級ベスト32)

 ポポル・ミセンガさん(男子柔道90kg級ベスト16)と、ヨランデ・マビカさん(女子柔道70kg級ベスト32)はコンゴ民主共和国(旧ザイール)出身で、ともに幼い頃、内戦の影響で家族と離散した。13年リオの国際大会に出場した時、祖国に戻らず、そのままブラジルに亡命した。ヨランデさんがポポルさんを説得したという。

 政治的理由で出国したマラソン選手・ヨナス・キンドさんのベストタイムは2時間17分31秒。ルクセンブルクに在住(エチオピア出身、陸上男子マラソン、8月21日に競技予定)。国籍があればルクセンブルクの代表団にもなれるタイムだ。キンドさんはエチオピアについて、「あの国では暮らせない。私には危険すぎる」と語った。

 パウロ・アモトゥン・ロコロさん(陸上男子1500メートル、8月16日競技実施予定)は祖国南スーダン、戦火を逃れ、2006年3月にケニアへ。難民認定を受けた。

▲イエーシュ・ピュール・ビエルさん(男子陸上800メートル、8月12日競技実施予定)

 戦災を避けるため、南スーダン、ナシル出身のイエーシュ・ピュール・ビエルさん(男子陸上800メートル、8月12日競技実施予定)は、親族と共に逃げ、2005年にケニアにたどり着いた。UNHCR(国連難民高等弁務官事務所)から難民認定を受け、リオへはUNHCRのパスポートでの渡航となった。

▲ローズ・ナティケ・ロコニエンさん(南スーダン出身、陸上女子800メートル)

▲アンジェリーナ・ナダイ・ロハリスさん(南スーダン出身、女子陸上1,500メートル、8月13日第一ラウンド実施予定)

 同じくローズ・ナティケ・ロコニエンさん(南スーダン出身、陸上女子800メートル、8月17日競技実施予定)、アンジェリーナ・ナダイ・ロハリスさん(南スーダン出身、女子陸上1,500メートル、8月13日第一ラウンド実施予定)、ジェームス・ニャン・チェンジェックさん(南スーダン出身、男子陸上400メートル、8月13日第一ラウンド実施予定)も、母国南スーダンを逃れ、ケニアのカクマ難民キャンプに身を寄せ、UNHCRに難民と認定された。

難民たちのブルース

 彼ら、彼女らの活躍に期待したい。観戦の機会があったら、ぜひ応援しよう。しかし、それだけでは十分とはいえない。忘れてはならないのは今、この瞬間も、戦火にさらされ、避難している人々が大勢いる。そして日本を筆頭に、多くの国々が難民の受け入れを頑なに拒否し続けていることだ。そうした人々の胸中を代弁するような詩を引用しよう。1946年アメリカに帰化したイギリスの詩人で、オックスフォード大学詩学教授・故W.H.オーデン氏のRefugee Blues、「難民たちのブルース」という詩だ。ナチスに迫害されてさまようユダヤ人難民の心中を描いている。
 W.H.オーデンの詩Refugee Blues(壺齋散人訳)

  この街には1000万人の人間が住んでいる
  あるいはマンションに あるいは穴倉の中に
  でも俺たちが住む場所はないんだ 俺たちが住む場所はない

  俺たちにも美しい故郷があった
  地図を見てみれば 今でもあるさ
  でも今の俺たちには行けないのさ 今の俺たちには行けない

  故郷の教会の墓地にはイチイの木が立っていて
  春ごとに花を咲かせたものだ
  でも切れたパスポートでは戻れない 切れたパスポートでは戻れない

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