あわや戦争寸前か、と多くの人が青ざめた。
インターネットサイト「JBPRESS」の記事で、2016年6月28日、元航空自衛隊空将の織田邦男(おりたくにお)氏が、「東シナ海上空で中国空軍の戦闘機が航空自衛隊のスクランブル機に対し、極めて危険な挑発行動を取るようになった」と明かした。
織田氏の記事は、マスコミ各社でも取り上げられ、注目を集めたが、萩生田官房副長官は翌日の記者会見で記事をきっぱりと否定。「こういった情報がOBの方に正しくなく漏洩されたことは、極めて遺憾だ」と、織田氏を強く非難した。 萩生田官房副長官の記者会見以降、織田氏は口をつぐんでしまった。
「対外脅威論」を煽る人々は、さっそくこの件をもって改憲論議に持ち込もうとしている。
しかし、中国脅威論を煽る前に考えてほしい。中国の行動は楽観視できるものではないが、そもそも中国がそのような行動に出たのは、なぜなのか?
横浜市立大学名誉教授・矢吹晋氏によると、2016年6月10日から17日にかけて行なわれた、日米印合同軍事演習の「マラバール作戦」が、引き金になっているようだ。
2016年7月3日16時より、岩上安身が矢吹晋氏にインタビューをする。IWJチャンネル1番で、ぜひご視聴いただきたい。
「空自創設以来、初めての、実戦によるドッグファイトであった」織田氏の語る危機感を、マスコミ各社も報道
織田氏によると中国空軍機は、「空自スクランブル機に対し攻撃動作を仕かけてきた」とのことで、「攻撃動作を仕かけられた空自戦闘機は、いったんは防御機動でこれを回避したが、このままではドッグファイト(格闘戦)に巻き込まれ、不測の状態が生起しかねないと判断し、自己防御装置を使用しながら中国軍機によるミサイル攻撃を回避しつつ戦域から離脱した」という。
中国空軍機の動きに対し織田氏は、「冷戦期にもなかった対象国戦闘機による攻撃行動であり、空自創設以来、初めての、実戦によるドッグファイトであった」と、極めて強く危機感を露わにした。
▲「JBPRESS」に掲載された織田氏による記事
記事が発表された翌日2016年6月29日、マスコミ各社も織田氏の記事を取り上げた。毎日新聞は、「政府は公表していないが、政府関係者は記事のような事実があったことを認めている」とし、産経新聞は、「防衛省幹部は産経新聞の取材に対し、大筋で事実関係を認めた」と報じた。織田氏のブログが公開されて以降、大手メディアで、匿名の「政府関係者」「防衛省幹部」が「事実を認めている」としたのは、この2紙のみである。
「中国戦闘機による攻撃動作を受けた、ミサイル攻撃を受けたというような事実はありません」日中双方が否定
しかし、日本政府は公式にこの「事実」について否定した。
29日に行われた記者会見で、織田氏の記事について問われた萩生田光一官房副長官は、「6月17日(金)中国軍用機が南下し、自衛隊機がスクランブル発進したことは事実」「上空で中国機とある意味で近距離のやりとりはあった」と記事の一部を事実と認めつつ、「中国戦闘機による攻撃動作を受けた、ミサイル攻撃を受けたというような事実はありません」と、中国による不穏な動きについては明白に否定した。
▲萩生田官房副長官
自衛隊のスクランブル発進の事実を公表しなかったことについて萩生田官房副長官は、「今回のことは特別な行動ではないと判断しております」とした。
一連の事実関係について述べた後、萩生田官房副長官は、「こういった情報がOBの方に正しくなく漏洩されたことは、国際社会に与える影響も極めて大きいわけですから、書かれたOBの方、コラムの内容についても、私個人的には極めて遺憾だなと思っている」と、語気を強めた。
その後、IWJが独自に統合幕僚監部の報道官に取材をしたところ、「細部については承知していない」としつつも、記事に書かれたような中国軍機の動きについては「そういった事実はございません」と、こちらも明白に否定した。中国軍機が攻撃動作を行ったという事実そのものを否定したのである。
さらに報道官は、「日本の周辺空域については、当然対領空侵犯措置ということで航空自衛隊が活動していますので、その一貫として対応することは当然ございます」として、今回の空自のスクランブル発進をあくまで通常の動きだと強調した。
また同日、在日中国大使館の薛剣(せつ・けん)報道官代理も定例会見で、中国空軍機が空自機に攻撃動作を仕掛けたとする記事について、「事実無根だ」と否定した。
- 事実無根と否定…日中双方(2016年6月30日、毎日新聞)
日中両政府が完全否定、こうなると織田氏の書いたブログの内容、そしてその事実と匿名の政府関係者らに「確認」したという毎日、産経の記事の信憑性が疑われることになる。
いったいどちらが正しいのか? 疑問が残る。
食い違う織田氏の記事とマスコミ報道、中国空軍機による「攻撃動作」の証拠はなし?
渦中の人物である織田邦男氏に対し、IWJは、記事が発表された翌日、取材を申し込んだ。しかし、「官房副長官が会見で織田氏の記事を否定する発表をしたため、これ以上メディアに登場することは、情報をくれた現場の現役自衛官に迷惑をかけることになり、今後に悪影響を残したくない」として断られた。
このメールの通りであると、日本政府が、「真実」を知る現場の自衛官に対し、圧力をかける恐れがあるようにも受け取れる。事実なら、それはそれで問題である。
空自“OB”で、現場を離れている織田氏が、なぜ、東シナ海上空での中国空軍機と空自とのできごとを知りえたのか。上記のコメントを読む限り、現場の自衛官が織田氏に情報を伝え、それを織田氏が一般に公開したということになる。
「政府関係者」や「防衛省幹部」が織田氏の証言を大筋で認める発言をしたと報じた毎日新聞、産経新聞の両紙にも、確認のため取材を申し込んだが、萩生田官房副長官や統幕報道官のコメントとの食い違いについて問い合わせをしても、回答はなかった。
毎日、産経どちらも、政府関係者が織田氏の記事の中の、どの部分の事実について、「認めた」としているのか、定かではない。したがって今のところ、中国空軍機が空自機に「攻撃動作」をしかけたとする確たる証拠は、織田氏の記事以外にはない。
両紙は、政府が公式発表したら、「沈黙」してうやむやにしてしまうのだろうか。それとも、独自取材して続報を出すのか。あるいは、政府が正しくて、彼らの第一報が間違っていたと訂正記事を出すのか。
いずれにしても、曖昧なままに終わらせないでもらいたいと願う。
証拠不在の中、「中国脅威論」を煽り共産党批判につなげる極右論陣
確たる証拠不在の中、「対外脅威論」をやたらに煽る報道やネット上での発言は、収まる様子がない。
作家の百田尚樹氏は、ツイッターで、「いよいよ中国が軍事行動を取り始めた。軍艦の接続水域侵犯および領海侵犯から、どんどんスピードが早まっている」と事態の深刻さをまるで見てきたように強調し、「中国はとてつもなく恐ろしい国だということを、なぜテレビは言わない!」と、中国脅威論をことさらに騒ぎ立てている。
上記で示してきたように、日中の戦闘機が「ドッグファイト寸前」の状況に陥る事件が本当に起きてきたかどうか、事実も確認されていないのに、何の根拠もなく断定して、あとは戦争扇動が本槍である。