動画班カメラマンの城石裕幸(51)です。
歳のせいか、最近どうも涙腺が緩くなってしまったようで困ります。昨日は川崎市中原区の路上で、中継をしながら思わず涙ぐんでしまいました。それは、警察の「デモは中止になりました!」というアナウンスを聞いた瞬間でした。
6月5日午前、川崎市中原区で行われたヘイトスピーチデモは、スタート前から付近の公園に集まった600人近い抗議の市民に取り囲まれ、全く動くことができないまま立ち往生していました。目の前数十センチのところにいるはずの、警官のヘルメットの間から時おりその顔が見え隠れしているデモ主催者の男をなんとかレンズに捉えようとして、デモの先頭と思われるあたりで警察と市民にもみくちゃにされながらカメラを頭上高く掲げていた私には、何が起きているのかさえよくわからない状態でした。
「危険ですから押さないでください!」「ヘイトは犯罪!」「レイシスト帰れ!」「車の通行の妨げになっています!歩道に上がってください!」
警察と市民の怒号が飛び交う中、先頭にいた警察官の「出すぞ!」「排除して!排除!」という指令とともにいったん動き始めたデモが、押し戻そうとする市民の力によって車道の真ん中で全く動けない状況になったまま、さらに混乱と膠着状態は続きました。
しかしこの時、少なくとも私の周りでは、「排除して」と言われたはずの警察官が、抗議する市民をいつものように暴力的に排除する、といった光景は見かけなかったように思います。
それからどれくらいの時間が経ったでしょうか?
ふと、押し合いもみ合う力が少し弱くなったような気がした時、「デモは中止になりました!危険ですからすみやかに歩道に上がって下さい!!」という警察のアナウンスが聞こえたのです。そのアナウンスを聞いた瞬間、はずかしい話ですが、私は笑いながら少し泣いてしまいました。
レポーターとして一緒に中継に行った芹沢あんず記者によると、デモが始まってから約35分、進んだ距離はわずか10メートルほどだったということです。
川崎市でヘイトデモを繰り返していた男性により、新たなヘイトデモの予告がなされたのは、5月、「本邦外出身者に対する不当な差別的言動の解消に向けた取組の推進に関する法律案」が参議院を通過した直後でした。
しかし、川崎市は市民からの申し入れもあって、5月30日、このいわゆる「ヘイトスピーチ対策法」を根拠にデモ主催者の公園使用を不許可にしました。また、6月2日、横浜地裁川崎支部は、在日コリアンの多く住む川崎区桜本にある社会福祉法人事務所の半径500メートル以内で、この男性がデモを行うことを禁止する仮処分を決定しました。
川崎区でデモを行うことができなくなったこの主催者男性は、場所を変えて川崎市中原区でデモを行うため、6月1日に神奈川県警中原署に道路使用許可の申請を行っていました。
その間、この「ヘイトスピ―チ対策法」は衆議院を通過・成立して3日に施行されたため、法施行後初のヘイトデモとなった今回、道路使用の許可やデモの際の抗議市民に対する警察の対応などが注目されていました。
この日、ヘイトデモが解散した後、川崎区桜本の在日コリアン崔江以子(チェ・カンイヂャ)さんは、涙に言葉を詰まらせながら、次のようにスピーチしました。
「11月8日に桜本に(1回目の)デモが来ると聞いて、私はずっと怖かった。そしてあの1月31日(2回目)の絶望。それが今日、あの絶望が希望で上書きされました。桜本の思いが国会に届き、国会で法が整備され、私たちは法によって守られるべき存在だと、法で管理されるんじゃなくって、法によって守られるべき存在だと、示されました。
国が『ヘイトスピーチは許さない、差別は許さない』と示してくれた法で、川崎市の福田市長さんは私たちの『尊厳を守るために』と、公園の使用の不許可を示してくれました。私たちの尊厳が、法ができたことで大切にされ、守られました。
ヘイトスピーチで、こどもの前で『死ね』と言われて、ハルモニ(おばあさん)がたの前で『帰れ』と言われて、もう尊厳なんて、、、。私たちの尊厳なんて、、、。
その尊厳を川崎市長さんは、私たちの『尊厳を守る』と、『だから公園を貸さない』と示してくれました。初めて、私たちの尊厳が大切にされました。法律ができたからなんです。
裁判所も仮処分決定をしてくれました。今日の道路使用許可は本当に残念でしたが、許可した責任でもって、神奈川県警は私たちの抗議活動の場を保証してくれ、監視をしてくれました。
みなさん、本当にいつも共にあってくれて、ありがとうございました」
崔さんの話を聞いて、本当にこの法をつくってよかったのだと、心から合点がいきました。
「法の適用対象の限定がかえって差別を助長する」、「罰則のない、ただの理念法でどれほどの効果があるのか」などと、この法律の問題点は成立前から様々に取り上げられ、批判され続けてきました。でも、その欠陥だらけの法律を根拠にして、法の「理念」を現実の形にしたのは市民のパワーでした!
市民が行政を動かし、司法も動かし、警察の態度までも変えることができたんだ、という現実を目撃して、路上で理念法すらなかった、砂を噛むような「現実」と向き合って行動してきた人たちの、前向きな力強さに圧倒されて、今この文章を書きながらまた少し涙ぐんでしまいました。
「改憲」という争点を隠して、参院選挙があと34日と迫ってきています。市民が、この事実を知り、改憲の中身の怖さを理解しさえすれば、きっと絶望的なまでにひどい内容の「緊急事態条項」の導入をも、食い止めることができるはずです!
それだけのパワーを、名もなき一般市民であっても秘めているのだと、そういう確信と勇気を、得られたような気がしました。
6月5日の様子は、以下のURLより、ぜひ、ご覧ください。
これまでにも、IWJではヘイトスピーチ対策法案をめぐって、取材を重ねてきましたので、ぜひ、以下の記事もご参照ください!