先日、叔母が危篤状態という報せを受け、深夜、多摩の方の病院まで駆けつけました。その晩、どうにか持ちこたえ、以後も時折、呼吸が止まる虫の息が続いていたが、21日土曜日の夜に息を引き取りました。残念ながら、亡くなるときに看取ることができませんでした。
母方の叔母は、兄弟姉妹の末っ子で一番下の妹でした。長女だった僕の母を、母代わりに頼りにしていました。若い頃、母を頼って上京して、しばらくはうちで一緒に暮らしていたこともありました。
家族がいないので、姪にあたる僕の妹が、母の遺言を守って面倒を見ていました。結婚していないので、姓は母方のまま。本来ならば、母方の後を継いでいる家(従兄弟にあたります。)が墓に入れることになる(うちの母親も、従兄弟の母親の遺言もそうでした)はずでした。
しかし、僕と同世代の従兄弟は、ほとんど叔母と馴染みなく、嫁さんもほとんど叔母とひつきあいもなく、引き取りたがらない様子。僕が両親亡き後、長男として預かっている墓に迎えようという話も上がりましたが、面倒を見てきた妹が、自分の墓に入れることに。
僕と一つ違いの妹に、墓があるというのは変な話ですが、旦那さんと話し合って、自分たちが入る墓をすでに購入していたそうです。まだ誰も入っていない新しい新築の墓に新住民として入ることになる叔母。妹がそれがいいというなら、いいだろうと承諾しました。
冬の入り口で、やはり寒さに耐えられないのか、お亡くなりになる高齢者の方、多いようです。うちのような小さな会社でも、若いスタッフのお祖父さんが亡くなられたばかり。斎場は混み合っているようです。
お年寄りのご面倒をみてらっしゃる方、どうぞ、冷えが忍び込んできていますので、ご用心を。また、介護されている方にも、お疲れが出ます。どうぞ、皆さん、お大事に。
(11月22日)
多摩の方の斎場で、叔母を見送った。もともと小さい人だったが、さらに小さくなっていた。享年86歳。甥にあたる僕と僕の娘、孫たちと、姪にあたる妹一家と、ふた家族だけでの見送りに、最期まで面倒をみていただいた介護施設の職員の方が花を添えに来てくれた。「可愛い人でした」と涙で。
叔母には少し障害があり、途中から障害者手帳をもらった。長い間、福祉関係の様々な方々に、お世話になった。長女として末っ子の叔母の面倒をみていた僕の母が、自身の病気の深まり、さらに認知症になる過程で、叔母との連絡が途絶えてしまったこともあった。
母の没後に、妹が叔母を探し回った。住んでいたはずの町、アパートを訪ねても行きあたらない。一時的に行方不明となっていた。結局、福祉の現場で働いている方々の横のつながりから、居所を見つけることができた。やはり福祉の方が面倒を見てくださっていた。
福祉とは、社会保障制度であると、僕らは頭の中で考える。「制度」なのだと。確かに制度がなければ、現場の人も働けないのだが、実際には福祉は、血の通った人の、ぬくもりのある手で行われる営みである。現場の人々の、役割意識を超えた人情によって、叔母は救われ、生かされた。この場を借りて、改めて心から感謝したい。ありがとうございました。
どんなに達者な人間でも、つまずけばもろいものである。誰でも事故にもあいもするし、病気にもなる。生まれ持ってでなくても、生きる過程で障害を抱え込むこともある。さらに様々な幸運に恵まれて強壮に、健康に生き抜いた人も、誰でもいずれは老いて衰える。聡明だった人も認知症にもなるのだ。
人の手を借りなければ、自由に生活できない人を障害者として、健常者との間に特別な閾があるかのように区別する。だが、ものは考えようだ。どんな人間も生まれ落ちてからすぐには、1人で自立して生きていけない。何年もの間、親に世話をしてもらわなければならないし、老いたらやはり誰かに世話をしてもらわなければならない。はじめは4本足で、最後は杖をついて3本足で。その中間の一時期、人は2本足で歩ける。スフィンクスの問いのように、自立自助できる人間とは、ある条件と期間限定の存在なのだ。
どんな人間も人の世話にならずに生を初めから終わりまでまっとうすることはできないし、どんな人間も他人の世話を、直接、間接にみているものだ。人間はそれと意識しなくても、互いに支え合っている。支え合いこそ社会であり、社会なしに人間は存在し得ない。
新自由主義の元祖ともいうべきマーガレット・サッチャーは、「社会など存在しない。存在するのは個々の人間と家族だけだ」という有名な言葉を残した。インタビューを受けた際、政府に文句を言ってくる人間に対して、腹立ちまぎれに口走った言葉とされている。
言うまでもなく、サッチャーは間違っている。相互扶助の網の目のような社会は、間違いなく存在するし、生き物のように、日々、変化し、生成し、つながったり、切れたりしながら、脈動している。サッチャーの言葉は、社会をないものとしたい、避妊したいという願望の表れだろう。
「相互扶助の網の目としての社会」を、ことさら憎み、存在すら否定する者の目に、世界はどう映っているのか。「社会なき世界」とは、「市場のみの世界」か、「国家(権力)のみの世界」か。あるいは「ビジネスのみの世界」か。いずれにしろそこは、愛や慈しみなき世界だろう。
愛や慈しみや人情や助け合い、分かち合いに価値をおかず、市場や国家(権力)やビジネスや企業の営利のみが優先する世界は、「力の世界」である。それらは「戦いの世界」、「戦争の世界」に、容易にとってかわりうる。要するに「修羅の世界」である。弱きものに生存の場を与えない世界である。
修羅の世界を極限まで追求すれば、ナチスが全権を握ったドイツのように、あるいはそのナチスと同盟した軍国主義日本のようになる。「ナチスの手口をまねたらどうか」と麻生氏は言った。その通りに、巧妙に現在の日本は緊急事態条項の導入に誘導されつつある。
ナチスは、国会放火事件というテロをでっち上げ、共産主義者に罪をなすりつけた。一種の偽旗作戦である。事件の翌日に、緊急事態宣言を発令し、数日で左翼活動家ら、ナチスにとっての邪魔者をプロイセン州だけで五千人も逮捕した。その多くが行方不明となった。
ナチスはまた、「生きる価値のない者」として、障害者や精神病患者らの強制断種に踏み切り、残忍な弱者弾圧の第一歩を踏み出した。サディスティックな弾圧はエスカレートし、ロマ(ジプシー)も犠牲になり、アーリア民族以外の民族も下等視され迫害された。
ナチスが弾圧したのはユダヤ人だけではない。まず手にかけられたのは障害者や精神を病む患者たちだったことを忘れてはならない。様々な差別がアーリア人の栄光という虚構を際立たせるための踏み台として用いられ、暴力をもって残酷に実行された。行き着いた先がホロコーストだが、ある日突然、そんな狂気のファシズムにのめりこんだのではない。段階を経ていったのだ。
ナチスが独裁権力を手に入れたのは、全権委任法(授権法)が通った時だと一般に言われている。しかし、それに先立ち、この国会放火事件直後の緊急事態宣言発令の段階で、事実上、国内の抵抗者をねじ伏せたのだと考えられる。社会民主党も共産党も抵抗していた。が、この時に、徹底的に弾圧されてねじ伏せられてしまった。
安倍政権は来年夏の参院選を制し、3分の2の議席を手に入れたら、憲法改正の発議を行うと明言している。その際、最初に手がけるのが、緊急事態宣言を可能にする条項の創設である。これが通れば、国会の権力は完全に空洞化され、独裁が可能となる。
憲法改正といえば、9条の問題なのだと思っている人がいまだに圧倒的多数を占める。そうではない。問題は9条ではないのだ! 目前に迫っているのは、独裁権力への扉を開く緊急事態条項なのである。争点はこの問題である。
昨夜、徹夜をして朝までかけて『前夜』の増補改訂版の原稿を仕上げた。そこにこの緊急事態条項の危険性も詳しく盛り込んだ。来年夏の参院選まであと7ヶ月、取り返しのつかない選択が待ち受けている。それまで、どんな回路を使ってでもこの緊急事態条項の危険性を訴えていく。
今日は渋谷で、安保法制廃止や臨時国会の開会の要求などを訴える街宣が行われていて、そこでマイクを持ってスピーチしてくれないか、と言われていた。ジャーナリストという立場だとなかなか臆してしまう要請だが、もうそんなことは言っていられない。
行けたら駆けつける、マイクも握る、と返事をしたのだが、あいにく叔母とのお別れの日と重なり、約束を果たせなかった。
障害を持ち、社会の片隅で、でも誰にも迷惑をかけずに、小さくなって86年間の人生を生きた叔母。その叔母の亡骸に手を合わせて見送りながら、どんな人にも尊厳と人権があること、そして障害を持ち、不自由な思いをして独り身の人生を生きた叔母に、折々に優しい手を差しのべてくれた数々の人々への感謝を思った。
緊急事態宣言とは、行政権力が立法府の権力も予算の権限もすべてもち、全国民に公権力への全面的服従を強制するものである。国会の事前承認を必ずしも必要としない。権力の行使の範囲もその期限も事実上無制限である。ナチスの緊急事態宣言以上の強権である。ほとんど全権委任法と変わらないといってもいい。日本の政治的文脈では、権力者が天皇そのものに取って代わることはあり得ないので、これで十分であり、この上はないに等しい。
障害のある者に対して、「生きる価値のない者」として迫害を加えたナチス。そのナチスが辿った、緊急事態宣言から独裁権力の樹立という道のりを、日本が辿ることは何としても阻止しなければならない。言論の自由は行使できるうちに行使し尽くす。叔母の冥福を祈り、様々なご縁をいただいた方々への感謝を捧げ、同時にファシズム阻止への決意を誓う。
(11月25日)
先日ラジオで聞いた 寛容論(ヴォルテール)
岩上さんの考えを聴いているとその確かな深い愛を伴った優しさに胸が熱くなります。昨今買い物をした後など、特に食料品にかかる割合が多過ぎて思わず空を仰ぎ見ることが多くなりました。運悪く一方方向しか見えな政治家たちが集まってしまった近年、世界でも認められないと知ってか知らでか、過去の悪しきドイツのまねごとを本気でやっていくつもりなのか…。ニュ-スを聞くたびに 足がすくんでしまいそうになります。フランスの国民は国家に異変を感じると、寛容論 が多く読まれるのだそうです。人は時々深く心を養い、想像力を高めて行けばこのような混沌とした時代は避けて通れるのだろうと考えています。岩上さんのような人が現れて真実を寝ることも惜しんで伝えてくれていることは平凡な私には本当にありがたいことだと思っています。少しでも勉強をして岩上さんからの発信を無駄にしないよう心がけて 出来れば身体の負担を軽くして差し上げたいと思っています。 けなげでやさしかった叔母様のご冥福を心からお祈り致しております。
寝る間も惜しまず…