泉田知事が懸念する「地盤のズレ」
これまで泉田知事は、東電が柏崎刈羽原発再稼働のために新設しなければならないフィルターベント設備について、「原子炉建屋と一体化させるべきだ」と主張してきました。
東電の計画では、フィルターベント設備と原子炉建屋は別々の建物として設計され、同一の地盤上に建てられることになっていません。地震が起きたとき、段差が生じ、両者をつなぐ配管が切断される危険性があると泉田知事は、その危険性を指摘してきたのです。泉田知事と東電との溝は深く、主張は真っ向から対立していました。
私が泉田知事にインタビューした9月7日にも、知事はフィルターベント設備の問題について、こう述べています。
岩上「フィルターベントの話なんですけども、切断してしまうリスクがあるということに関して、とりわけ地盤が違うからこそ段差が起きたということを、知事は問題にされてますよね」
泉田知事「建物を一体化しておけば、少なくとも地震が来た時は一緒に揺れるわけですよね。離しているとどうなるか。新宿の高層ビルが東日本大震災の時どうなったかというのを映像で見られた方、多いと思いますけど、一緒に揺れないでしょ。
ビルは全部違う揺れをするわけです。だから、建物を一体にしておけば、がっちり繋がって安全度が高まるわけです。
離しておけば、当然、建屋とフィルターベントの施設が違えば、揺れるわけですから、リスクが高まるわけですね。だから、一体化してくれということを言っている」
追求されなかった「地盤のズレ」
泉田知事の主張は、2007年の新潟県中越沖地震の際に柏崎刈羽原発が火災事故を起こし、その原因が最大1.5メートルの地盤沈下によって引き起こされたという経験に裏打ちされたものです。
一貫してフィルターベント設備と原子炉建屋の一体化を訴えてきた泉田知事は、7月5日の前回の会談では、舌鋒鋭く東電の廣瀬社長に詰め寄り、「話が噛み合わないんだったら、どうぞお引き取りください」と突き放しています。
今回、東電が示したのは、地下に第2のフィルターベント施設を作るという提案でした。第1フィルターベント施設と原子炉建屋の建つ地盤がそれぞれ異なるという問題は解消されていません。
しかし、今回の会談では、地盤のズレの問題を泉田知事が問いつめる場面は見られず、東電からの要望書を受け取って会談は締めくくられました。そしてその翌日、泉田知事は東電の安全審査申請を条件付きで承認したと大きく報じられ、あたかも知事が現時点で再稼働を容認したかのような「空気」がメディアによって広がりつつあります。
泉田知事の態度が一転して「軟化」した、という受けとめは、果たして正しいのか、泉田知事の周りでは今、何が起きているのか、改めて検証してみたいと思います。
泉田知事にのしかかるさまざまな圧力
泉田知事への風当たりは、以前にも増して強くなっている気配です。
9月5日、知事の意向によって開かれた、記者クラブ以外のメディアも自由に取材できるメディア懇談会の場でのこと、「身の危険を感じることはないか」という趣旨の質問が飛び出しました。
フリーの田中龍作氏が、東京地検特捜部による強制捜査を受け、逮捕起訴された福島県の佐藤栄佐久前知事の話題に触れ、「第2の佐藤さんのようになると感じたことはありますか」と質問。泉田知事は「感じたことはあります。車をつけられたときはやはり怖かったです。ひょっとして、降りて何かあると嫌だなと(感じました)」と身の危険を感じた体験を吐露しました。
話題になった福島県の佐藤前知事の身に、何が起きたのか。脇にそれますが、佐藤栄佐久前知事について、触れたいと思います。
失脚に追い込まれた、プルサーマルに反対した知事
佐藤栄佐久前福島県知事は2006年11月13日、東京地検特捜部によって収賄罪で起訴され、判決は一審、二審とも有罪でした。福島地裁は、判決の中で、収賄額がゼロ円という事実認定を行いながらも、「無形の賄賂」があったなどとして有罪の判決を下しました。1円も賄賂を受け取っていないのに収賄罪が成り立つ、というのです。ムチャクチャな理屈です。佐藤栄佐久前知事を、知事として失脚させるための「国策捜査」、「国策冤罪」ではないか、という疑いは晴れません。
佐藤前知事は、「闘う知事」として福島県民から絶大な支持を受け、1988年に初当選してから知事職を5期にわたってつとめてきました。「自分の住むところを中央と考えるところから、地域づくりを考え始めないといけない」と、「新地域主義」を主張し、在職中も地方と中央は「イコールパートナー」の関係であるべきだと訴え続けてきました。
小泉政権が打ち出した「三位一体改革」にともない、佐藤前知事らは補助金の削減や税源移譲など、中央から地方へ権限を移す「三位一体改革」案を策定しました。ところが、権限を手放したくない中央官僚、族議員らの激しい抵抗を受け、この「三位一体改革」案は骨抜きにされてしまいます。
それでも、佐藤前知事は、地方分権を求めて、中央と闘う姿勢を曲げようとはしませんでした。
原発政策についても、佐藤前知事は闘う姿勢を貫いていました。佐藤栄佐久氏は、自民党員であり、まぎれもなく保守政治家の一人です。原発政策については、基本的には推進の立場でした。
ところが、事故続きの東電が、県に対して誠実に情報を明らかにしないことに、苛立ちをつのらせてゆきます。基本的には原発推進の保守政治家といっても、県民重視の立場からすれば、安全性の確保あっての話です。こうした姿勢は、泉田知事とも重なるところがあります。
長年にわたって原発の損傷を隠してきた東電と、それを放置し続けた国を「同じ穴のムジナ」と評し、中でも「国こそが本物のムジナ」だと確信した佐藤前知事は、「こういうことなら、今後国の原子力政策に一切協力できない」と、プルサーマルへの反対を表明します。
東電による度重なる検査データの捏造や、トラブル隠しが発覚したことを受けて、2001年2月8日、佐藤前知事はプルサーマル計画の凍結を表明。県内10基すべての原発を停止させました。
保守で自民党員でありながら、県民の安全確保を第一に掲げ、「国策」に反旗を翻す「闘う知事」としての姿勢は、中央から見れば「邪魔者」としか映らなかったことは、想像に難しくありません。『知事抹殺』という佐藤前知事の著書のタイトルは、佐藤前知事の実弟が取調べの際、特捜検事から言われた「知事は日本にとってよろしくない。いずれ抹殺する」という言葉に由来します。
▲ 佐藤栄佐久前福島県知事の著書『知事抹殺』
佐藤栄佐久前福島県知事には、私は3.11以前の2010年2月8日にも、3.11直後の3月20日にも、福島県郡山市のご自宅にうかがい、ロングインタビューを行っています。東京地検特捜部や日本の司法の問題、知事時代に経験された地方を置き去りにした原子力行政の実態について詳しくお話をうかがいました。ぜひ、ご視聴ください
▲ 岩上安身のインタビューに応える佐藤前福島県知事
身の危険を感じている泉田知事
話を泉田知事に戻しましょう。
泉田知事御本人も、柏崎刈羽原発の再稼働をめぐって、「原子力ムラ」に抵抗し続けることは危険だと自覚されているようです。事実、9月7日に私が単独インタビューした直後には、こんなやりとりがありました。正確な文字起こしを公開します。
泉田知事「あんまりしゃべると、なかなかあれですよね」
岩上「厳しいかもしれないですけど」
泉田知事「本当、刺されたり、自殺させられたりする…(私は)自殺しませんから」
岩上「分かりました。絶対にそれはないと」
泉田知事「遺書があったら調べてください。遺書が出てきても自殺はしませんので。絶対しませんから」
岩上安身による泉田裕彦新潟県知事インタビュー終了後のオフショット動画(Ustチップ特典映像)
※PPV配信は終了しました。
このようなやりとりを思い返すと、25日の廣瀬社長との2度目の会談から一夜明けて、翌日の26日に東電の安全審査申請を条件付きで承認した背景には、さまざまな圧力がかかっていたのではないかとついつい勘繰らざるをえません。
不自然な「サンデー毎日」の報道
特捜が「国策捜査」のために動き出すのではないか、というのは、単なる想像の産物とは言いきれません。
9月23日に発売された「サンデー毎日」は、「徳洲会事件のウラで特捜が狙う『大本命』」という記事の中で、特捜検察が泉田知事を「大本命に据えた」などと報じました。
記事は、「東京地検特捜部が警視庁と合同で、医療法人『徳洲会』グループによる、組織ぐるみの公職選挙法違反容疑事件に着手した」との書き出しから始まります。
さらに、徳洲会理事長の徳田虎雄元衆議院議員と交流のあった石原慎太郎衆議院議員や亀井静香衆議院議員などの名前があがり、徳洲会と深い関わりがあったことを匂わせる展開が続きますが、記事の終盤に、この「徳洲会事件」を隠れみのにして、特捜が泉田知事を「標的に狙っている」との記述が唐突に登場します。
泉田知事が徳洲会と特別な関係にある、というわけでもなく、前後の脈絡が不自然です。何の容疑で捜査の対象となっているのか明らかではなく、ネタ元ももちろん明かされていません。
記事には、「特捜部関係者」が述べたというコメントが登場しますが、「立件できれば御の字だが、できなくても何らかの圧力を感じさせることで、原発再稼働に軌道修正させる助けになりたい考えではないか」と、この「関係者」は、のっけから原発再稼働に向け、政治的な圧力をかけるための「不当捜査」であることを「告白」し、しかも「泉田氏の身辺は思いのほかクリーンで、現段階で目ぼしいネタが上がっているわけではない」と、何もネタがない、ということもあっけらかんと認めています。
根拠に乏しい噂話のような話を記事にすることによって、表面的には検察批判のスタンスをとりながらも、この記事自体が結果的に泉田知事に対する「圧力」として作用することには、「サンデー毎日」誌は「無自覚」な様子です。
IWJはこの記事がどのような根拠にもとづいて書かれたのか、10月7日付けで「サンデー毎日」編集部に質問のメールを送りましたが、10月8日現在、回答はありません。
開始されたマスコミの「世論誘導」
大手主要メディアの報じ方にも、大きな疑問を感じます。
泉田知事が条件付きで東電の安全審査申請を承認したことを受けて、以前から承認を得ていた柏崎市・刈羽村に続き、地元自治体すべての了解を得ることに成功した東電は、27日、原子力規制庁に安全審査を申請するに至りました。
大手主要新聞は27日の朝刊一面トップで足並みをそろえて「柏崎刈羽、再稼働申請」と報道。東電の背中を押すような格好で、再稼働に向けた「世論誘導」を開始しました。
コピペのように重なる大手メディアの「誤報」
しかし、各紙の論評には、読者の誤解を生むような記述もみられます。
9月28日付けの日本経済新聞社説では、「泉田知事が東電に求めた申請の条件には、疑問が残る点がある。重大事故が起きたとき、放射性物質を外部に放出するフィルター付き排気(ベント)の実施に、県の事前了解が必要としたことだ。事故時の対応は一刻を争うだけに、それで迅速かつ適切な初動ができるのか」と述べられていました。
これは事実を誤認した明らかな「誤報」です。泉田知事が出した条件は、「了解が得られない限りフィルタベント設備の運用開始ができない、という趣旨」であり、実際に事故が発生した際に県の了解を得るよう求めたものではありません。
この社説に対して、新潟県は日本経済新聞社に修正を要請。10月4日付で、日本経済新聞は有料会員向けの電子版記事で泉田知事へのインタビューを掲載し、「事実上」の「訂正報道」を行いました。
記事では、フィルターベント設備について新潟県が付与した条件を、泉田知事の発言として以下のように掲載しています。
「あくまで設備の運用開始前に自治体の了解を取ってほしいということだ。事故が発生した直後、緊急時のベントについて自治体の了解が必要であると求めたわけではない。(柏崎刈羽原発で東電がベントすると)県の試算では住民が被曝(ひばく)する可能性があり、被曝量は安全基準を超える。住民の安全・健康を守るという観点で、避難計画との整合性を取る前に運用開始しないでくれという条件を東電に付けた」
「誤報」はこれだけではありません。新潟県が日本経済新聞に訂正を要請した、その後でも、産経新聞が30日の「主張」で、同様の「誤報」を繰り返しました。記事では以下のように述べられています。
「泉田氏は申請容認にあたり、原発事故時に放射性物質の放出を抑える『フィルター付き排気装置』を使用するさいには、事前に地元了解を取り付けることを条件にした。だが、この条件は問題だ。一刻を争う緊急時の安全対策で、運用に法的根拠のない地元独自の煩雑な手続きを課すことになるからである。早急に見直さなければならない」
まるで日経の「誤報」のコピペのような文章ですが、新潟県は、この産経新聞の記事についても修正を要請。産経新聞社は9月30日付けで、日経新聞と同様に「事実上」の「訂正記事」を出しました。
記事では、30日に新潟県が東電と「了解が得られない限りフィルター付きベント(排気)設備の運用開始はできない。実際に事故が発生した際の個別対応に、県の了解を得るよう求めたものではない」との認識で一致していると発表。同日に泉田知事が「県の了承がなければベントしてはだめといっているわけではなく、安全協定に基づいて、設備の運用開始前に避難計画との整合性をとってほしいということだ」と記者団に説明したと掲載しました。
日経、産経の両紙とも、自社の「誤報」を訂正することもなく、泉田知事側が新たな説明を始めたかのように、新たな記事を出して、涼しい顔をしてやり過ごしており、その巧みな要領も、実によく似通っています。
大手メディアが紡ぎ出す再稼働の「空気作り」
泉田知事と廣瀬社長との2度目の会談の前にも、日本経済新聞は9月21日付けの記事で「東電、月内にも柏崎刈羽原発の再稼働申請 経営再建急ぐ」との飛ばし記事を掲載しました。
記事冒頭の一文で「東京電力は柏崎刈羽原子力発電所(新潟県)の再稼働を目指し、月内にも原子力規制委員会へ安全審査を申請する方針を固めた」と報じた日本経済新聞の記事に対して、同日21日、東電は「そうした事実はありません。現在、当社はご理解をいただくべく、地元へのご説明を続けているところであり、新潟県のご了解をいただく前に、原子力規制委員会へ申請する考えはありません」とのコメントを発表しました。
東電のコメントに関して泉田知事は、これも同日21日付けで「立地地域と十分なコミュニケーションをとるという、明確な立場の表明があったものと評価しています」とのコメントを出しています。
大手主要新聞に踊る「再稼働申請」という大見出しや、連続する「誤報」、特捜が動いているぞという噂話などが積み重なって、柏崎刈羽原発の再稼働が「既定路線」であるかのような「空気作り」が急速に進みつつあります。そうした先走った報道が、泉田知事に対する「圧力」となっていることは、否定できない事実でしょう。
足並みをそろえる政府と東電
一方、安全審査を申請することができた東電には、追い風が吹いています。安全審査申請にこぎつけたことが功を奏し、東電に融資するメガバンク3行などの銀行団は同日、10月末に返済期限となる約800億円の融資の借り換えに応じる方針で最終調整に入りました。12月には約2000億円の借り換え期限を迎え、約3000億の新規融資も要請している東電は、この5000億にものぼる資金を調達できるか否か、不透明な状況ではありますが、首の皮一枚でつながったと報じられています。
東電は、このままでは3年連続の赤字を避けられず、赤字となれば金融機関からの融資継続も困難な状況に追いつめられると言われています。今年度の黒字化達成のための唯一の切り札は、柏崎刈羽の再稼働である、とされていました。
今回の安全審査申請は柏崎刈羽原発6、7号機を対象としていますが、9月27日の安全審査申請後の午前、茂木敏充経産大臣と会談した廣瀬社長は、6、7号機以外についても「当然(安全審査の)準備は進めており、整ったら手続きをしていかないといけない」と、中越沖地震の影響で使用停止命令が出ている2~4号機を除いた1、5号機の安全審査申請を目指す方針を表明。
これについて泉田知事は、「(原子力規制委員会の審査で安全性を)確かめたいと言うなら否定しない」と述べ、6、7号機以外の安全審査申請も容認する考えを同日27日の県議会内で示しました。ただし、泉田知事は「再稼働の話と今回の申請は全く関係ない」とも述べており、安全審査申請と再稼働の容認は別の問題であることを強調しています。
廣瀬社長はこの日の午後、福島第一原発の汚染水問題の参考人として、衆院経済産業委員会の閉会中審査に出席。オリンピック誘致のためのプレゼンテーションで安倍総理が「状況はコントロールされている」と発言したことについて、「首相の発言は、湾の外に影響が及ぶことは全然ないというご主張だ。私どもも全く同じ考えを持っている。首相の言った外への影響、海への影響という意味については、しっかりコントロールできている。しっかり湾の中にとどめている」と発言しました。
政府と東電の歩調がそろっていることをアピールしたわけですが、しかし、「汚染水が港湾内にとどまっている」というのは「事実」とは言えません。
東電は、2011年4月4日から10日にかけて、港湾内に1万393トン、1500億ベクレルにもおよぶ放射能汚染水を意図的に放出し、港湾内の海水の44%が港湾外の海水と交換されていることを9月1日に認めています。つまり、港湾内の汚染水は、一日で半分の量が外洋の海水と交換されており、汚染水が「港湾内で完全にブロックされている」という安倍総理の発言は、「虚構」にすぎないのです。
また、同じ27日、安全審査により安全性が確認されれば、再稼働を容認する方針を政府が固めたと産経新聞が報じました。記事によれば、政府も再稼働に前のめりの様子がうかがわれます。
泉田知事が付けた「条件」の意味
すべては東電をはじめとする「原子力ムラ」のシナリオ通りに事が進んでいるかのようにみえます。しかし、果たしてそうでしょうか。
泉田知事は、第三者である原子力規制委員会の安全審査を受け入れることは認めましたが、「県の避難計画、防災計画と整合がとられない、準備が整わない段階での再稼働はありえない」と、再稼働については従来からの主張を踏襲しています。安全審査申請提出後に記者会見した東電の姉川尚史常務も、「防災計画について十分な準備が整っているというのが、再稼働の必要な重要条件」と述べ、今回の安全審査申請と、再稼働の議論は別物だという認識を持っているようです。
仮に安全審査を通過できても、「今回申請のフィルターベント設備は地元避難計画との整合性を持たせ安全協定に基づく了解が得られない限り使用できない設備である」と新潟県が条件を付けているため、実際の稼働には再度、安全協定に基づく地元自治体の了解が必要になります。この点には留意する必要があります。
安全審査は、再稼働をするために必要な唯一の法的根拠を持った行政手続きです。言いかえるなら、安全審査さえパスすれば、一気に再稼働へ突き進む可能性があります。現に、安全審査をする原子力規制委員会の田中俊一委員長は7月10日の定例会見で、地元の了解がなくても、事業者である電力会社が申請を出せば、安全審査を進めるとの考えを表明しています。
しかし、泉田知事は、フィルターベント設備の提案を受け入れつつ、「安全協定に基づく(地元自治体の)了解」を東電の申請書類に明記させることによって、地元自治体としての発言力をこの後も確保した、とも考えられます。そうであれば、押したり引いたりの駆け引きの中で、「安全審査」とは別に「安全協定」というもう一枚別の交渉カードを手にしたと見ることもできるわけです。
私のもとにはある新潟県民の方から、こんな声も届きました。
「知事が一気に全部正論をぶつけないのは、潰されるリスクを回避するためかなと思っています。問題の本質を同時に全部突きつけたら、知事の手のうちも全部相手に分かってしまい、手を打たれるかもしれない。
また、何もかも全部文句をつけてきているだけの人、という評価になってしまったら、それも致命的かもしれない。ただ、新潟県民の一人として、見ていた感想を言うと、がれきの件も市民が皆諦めても最後まで粘ったのが泉田知事ではないかと思います」
冒頭、私は「泉田知事は、心変わりしたのか?」と問いを立てましたが、それは「泉田知事は、戦術転換したのか?」と書き変えるべきなのかもしれません。
泉田知事への評価と新潟県が直面する現実
たしかに、泉田知事はなぜ一度は追及していた「地盤のズレ」についての指摘を、2度目の廣瀬社長との会談では見送ったのか、という謎は残されたままです。「心変わり」はしていなくても、相撲と同じで、一度一歩引いてしまっては、そのまま東電をはじめとする「原子力ムラ」の思うままに、ズルズルと再稼働の方向に押しきられてしまうのではないか、という懸念も生じます。
小出裕章京都大学原子炉実験所助教は10月3日、私のインタビューで泉田知事についてこう述べました。
「日本というこの国が原子力を進めると決めて、経済界もなにもそれにのってここまで来てしまった訳で、そういう人達が政治と経済の場所で今ずーっと動かしてきた訳ですから、泉田さんの支持基盤の中にももちろんそれがあるだろうし、柏崎刈羽原子力発電所をつくって、さまざまに潤ってきた人達、組織というのは新潟県内にたくさんあるはずなのであって、泉田さんという一人の知事がとことん抵抗するということは、たぶん無理だと私は思います」
小出助教は、泉田知事の奮闘を期待の目で見守っていたようですが、巨大な利権が絡む原発再稼働問題に、県知事一人で立ち向かうことは非常に難しいのではないかとの見方を示しました。今回の安全審査申請の容認は、やや残念と評価する声も少なくはないようです。
現実に、新潟県のとりわけ原発立地地域では地元経済が落ち込み、原発関連事業者が減収に見舞われる中、県としてもその対応に迫られていることは確かです。泉田知事は9月20日の定例会見で、前期と比較すると柏崎市、刈羽村で3割以上売上げが減少した法人が52法人、5割以上売上げが減少した法人は10法人あったと報告。個人事業主はさらに深刻な状況で、3割以上売上げが減少した事業者が110者、5割以上売上げが減少した事業者が43者あったと報告しました。
9月27日の県議会でも、「柏崎市、刈羽村地域の経済状況は全県と比較して厳しい状況にあります。これは原発の停止が一定程度影響しているものと認識を致しております」と述べました。苦しい財政状況の背景に柏崎刈羽原発の運転停止が影響していることを認めてもいるのです。
しかしながら、泉田知事が東電に対して「経営と安全を天秤にかけている」と批判したように、財政が逼迫しているからというだけの理由で安全対策をないがしろにし、安易な再稼働に踏み切ることはあってはならないはずです。
現在新潟県は県議会の最中で、次回の泉田知事の会見は10月16日。ここで泉田知事はどのような方針を示すのか、注目が集まります。私も再度、泉田知事へのインタビューを申し入れていますが、かなうならば、この私の疑問を知事にぶつけてみたいと思います。
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