「僕たちは奴隷なんです!」
山本太郎氏の、早口で繰り出される刺激的なスピーチの一節がずっと耳に残って離れない。秋の国会の開会まで全国を回って続けるという遊説キャラバン。脱原発に参院選前から反TPPが加わり、さらに特定秘密保護法案への反対もメニューに追加された。
いきおいスピーチは長くなりがちなのだが、であるからこそ、急所を貫くショートパンチのような、短い的確なフレーズを繰り出す必要がある。そこで、冒頭のセリフである。
「僕たちはいったい何者であるのか!?」という問いに対する、彼がたどりついた「回答」。「王様は裸だ」と嘘の言えない「コドモ」がつい口にしてしまったに等しい、「我々日本国民は奴隷なんだ!」という、「コドモ」の、心からの叫びなのだろう。
ところで、である。
このメルマガ読者の皆さんは、日本が「奴隷禁止条約」の批准を拒否しているという事実をご存知だろうか?
1926年、国際連盟が奴隷制度を禁止する「奴隷条約」を制定。その後、第2次大戦を経て、国際連合がこの「奴隷条約」を継承するかたちで、1956年、「奴隷制度廃止補足条約」を制定した。
この条約では、債務奴隷制度、農奴制度、女子の自由な意思に反した結婚制度・風習、児童への労働を強制する制度・風習、奴隷貿易など、奴隷に反するあらゆる制度と風習の存在を禁止している。
しかし、わが日本はといえば、制定した1956年から57年も経過した2013年現在、全世界で123ヶ国が加盟しているこの「奴隷制度廃止補足条約」を、まだ署名も批准もしていないのである。
不気味な話だと、思わないだろうか? 我が国は、奴隷制度を本気で廃絶する気のない、先進国(先進国かどうか、怪しいものだが)では例をみない国なのである。
「奴隷」状態とは、人間の自由、尊厳、人権が侵されている状態、強い立場にある他の者の意志に嫌々ながら従わされている状態をさす。そしてしばしば、「奴隷」自らの「自由意志」で「隷属」を選んだのだ、それは「対価」を得た「合法的」な「取り引き」だったのだと、強者から偽りのレッテルを貼られる。
この夏、もうひとつの「奴隷制」について、我々は改めて直面させられ、考えさせられる羽目となった。Sex slave、「性奴隷」としての従軍慰安婦問題である。
5月13日、大阪市の橋下徹市長が、定例会見の場で、従軍慰安婦制度は「当時は必要だった」と問題発言をした。この発言は、在日米軍司令官に「風俗の活用をすすめた」というもうひとつの問題発言とともに、国内外に大きな波紋を呼んだ。
私は、従軍慰安婦問題の真実に迫るため、6月24日に、元弁護士で元龍谷大学教授、現在は国際人権学者として国際人権法政策研究所事務局長を務める戸塚悦朗氏にロングインタビューを行った。戸塚氏は、旧日本軍の従軍慰安婦は「性奴隷」であると、国際社会に訴えた最初の人物である。彼は、私のインタビューにおいても、橋下市長の発言を批判し、「従軍慰安婦は性奴隷であり、国際法違反だ」と指摘した。
戦時中、多くの女性が略取・誘拐され、自らの意思に沿わないかたちで従軍慰安婦として働いていたことは、これまでに多くの証言から明らかとなっている、と戸塚氏は力説する。
1996年、国連人権委員会に提出された「クマラスワミ報告」では、従軍慰安婦を「軍事的性奴隷」と規定し、日本政府に対して「慰安所制度が国際法の下でその義務に違反したことを承認し、かつその違反の法的責任を受諾すること」という勧告を発表した。
同じ1996年、ILO(国際労働機関)も、慰安婦は「性奴隷」であり、ILO29号条約(強制労働禁止条約)に違反しているとの見解を発表している。
さらに、1998年に国連人権委員会で採択された「マクドゥーガル報告書」は、従軍慰安婦制度は奴隷制度廃止補足条約が禁止している「奴隷制」に該当すると結論づけている。
このように、国際社会から厳しい批判や評価を突きつけられているにもかかわらず、この問題に対する日本政府の反応は鈍く、謝罪や補償には消極的である。奴隷制度廃止補足条約への批准を回避しているのも、そうした姿勢の延長線上にあると言わざるを得ない。
残念なことに、橋下氏だけでなく、従軍慰安婦は公娼であり、合法だったという「詭弁」を弄する政治家は他にもまだまだ存在する。
例えば、稲田朋美行革担当大臣は、5月24日の定例会見で、IWJの質問に対し「戦時中は、慰安婦制度が、悲しいことではあるけれども合法であったということも、また事実であると思います」と発言した。
しかし、戦前に存在した「公娼制度」は「娼妓取締規則」により厳格な規定が設けられていたのであり、略取や誘拐、かどわかしが横行した従軍慰安婦制度は、戦前・戦中の「娼妓取締規則」に照らしても、明らかに違法なのである。
- 【岩上安身のニュースのトリセツ】「慰安婦は合法」の詭弁!安倍内閣閣僚の歴史認識を問う 2014.8.14
- 稲田大臣、従軍慰安婦制度について「戦時中、合法であったことは事実」 ~稲田朋美行政改革担当大臣 定例会見 2013.5.24
- 稲田大臣、「慰安婦制度は『合法』」発言について「お話することはない」 IWJからの質問に対する一切の回答を拒否 ~稲田朋美行政改革担当大臣 定例会見 2013.6.4
安倍総理もまた、国会において「狭義の強制が行われたという証拠はない」と答弁してきた(2013年2月7日 衆議院予算委員会議事録【URL】http://bit.ly/6Y4utC)。
しかし、私のインタビューの中で戸塚氏は、「証拠は存在する」と安倍総理の答弁を真っ向から否定し、決定的な証拠を提示した。1936年、長崎県在住の日本人女性を「いい仕事がある」と業者がだまして上海に連れて行き、海軍の指定慰安所に送り込んだ事件を、当時の刑法が規定する「国外移送誘拐罪」違反として、長崎地裁が有罪判決を出した際の判決文のコピーを広げてみせたのである。
この判決文を読めば、従軍慰安婦制度において軍の組織的関与は明白であり、また、しばしば女性をだまして連れ去るなどの犯罪が横行していた事情も明らかである。「狭義の強制を示す証拠はない」という総理答弁は、事実とはいえない。
にも関わらず、一部の政治家や保守論壇などからは、朝鮮半島などで従軍慰安婦とされた女性に対する「心からのお詫びと反省の気持ち」を表明した「河野談話」の見直しを求める声が後を絶たない。このような歴史を捏造しようとする動きに対して戸塚氏は、「日本は国際法への意識、そして人権への意識が、まだまだ希薄だ」と警鐘を鳴らす。
インタビューでは、従軍慰安婦制度の問題だけではなく、1910年に日本が断行した韓国併合について、国際法上は無効であるという、日本ではほとんど知られていない、驚きの事実も語られた。2013年2月16日にインタビューした中塚明奈良女子大学名誉教授の話にも響きあう、日本による韓国併合の裏面史である。
歴史認識の問題は、重く、苦いテーマではあるが、近隣諸国との関係が政治家の恣意によって急激に悪化させられている現在だからこそ、直視しなければならないと痛切に思う。日清戦争における、朝鮮半島での日本軍によるジェノサイド(大虐殺)の真相を明らかにした、北海道大学名誉教授・井上勝生氏へのインタビューの模様も、近日、本メルマガで詳細な注を付してお届けする予定である。