五輪招致と汚染水問題の背景には、緊迫の度をますシリア情勢が深く関わっています。この記事の全編は、メルマガ・IWJ特報第98号「「8月21日の謎」に肉薄する。五輪、汚染水、シリア、そしてTPP~嘘のアスファルトでぬかるみのような真実が舗装される」で詳細に論じています。ぜひ、「まぐまぐ」で「IWJ特報」をご購読ください。
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記事目次
日本時間8日の明け方、2020年夏季オリンピックの開催地が、東京に決定しました。東京での開催は、1964年以来2度目。日本でのオリンピック開催は、1972年の札幌、1998年の長野の冬季五輪と合わせ、4度目の開催となります。
すべての五輪を知る世代の一人として、そして無類のスポーツ好きの一人として、手放しで二度目の東京五輪開催を喜びたいと思っています。本来であれば。
ですが、本当に残念なことですが、その招致のクライマックスで、喜びや期待に冷水を浴びせられ、今、ひどく憂鬱な気持ちにさせられています。
IOC(国際オリンピック委員会)総会が行われたブエノスアイレスには、東京都の猪瀬直樹知事に加え、サンクトペテルブルクでのG20を終えたばかりの安倍総理も駆けつけ、プレゼンテーションを行いました。
そこで、安倍総理の口から発せられたのは、次のような驚くべき発言でした。
“The situation is under control .”(状況はコントロールされている)
「状況」とは、福島第一原発の「状況」を指します。安倍総理は、国際社会に向けて、福島第一原発をめぐる状況は「コントロール」されている、と宣言したのです。
さらに、ノルウェーのIOC委員から、福島第一原発の状況について聞かれた安倍総理は、次のように述べました。
「まず、結論から申し上げますと、まったく問題ありません。新聞のヘッドラインではなくて、事実を見ていただきたいと思います。
汚染水による影響は、福島第一原発の港湾内の、0.3平方キロメートルの範囲内で完全にブロックされています。
福島の近海で、私たちはモニタリングを行っています。その結果、数値は最大でもWHOの飲料水質ガイドラインの500分の1であります。これが事実です。
そして、わが国の食品や水の安全基準は、世界でも最も厳しい基準であります。食品や水からの被曝量は、日本どの地域においても、100分の1であります。つまり、健康問題については、今までも、現在も、そして将来も、まったく問題ないということをお約束いたします。
さらに、完全に問題のないものにするために、抜本解決に向けたプログラムを、私が責任をもって決定し、すでに着手をしております。実行していく、それをお約束いたします」
動画URL:http://bit.ly/15a2YWp
私は真夜中に、地球の裏側のブエノスアイレスで、自国の総理が国際社会に向けて、真っ赤な嘘を公言していることを知り、愕然としました。
安倍総理は、「事実」を見ていただきたいと大見得を切りながら、「汚染水による影響は、福島第一原発の港湾内の、0.3平方キロメートルの範囲内で完全にブロックされている」、などと述べました。しかし、これは「事実」ではありません。
8月19日、福島第一原発の貯水タンクから、毎日300トンもの高濃度汚染水が漏洩したことが発覚しました。この高濃度汚染水は、1リットルあたり8000万ベクレルにも達し、合計で、これまで24兆ベクレルが漏洩したことになります。原子力規制委員会は、この事故を国際原子力事象評価尺度(INES)の「レベル3(重大な異常事象)」に該当すると発表しました。
9月5日、この汚染水が、地下水に到達していたことが明らかとなりました。汚染水の漏洩が発覚した貯水タンクの周辺に掘った観測用の井戸から、ストロンチウムが1リットルあたり650ベクレルという高い値で検出されたのです。
さらに東電は、2011年4月4日から10日にかけて、港湾内に1万393トンの放射能汚染水を意図的に放出しました。含まれる放射能の量は、ヨウ素131やセシウム137など計1500億ベクレルにもおよびます。
そして東電は、9月1日、港湾内の海水の44%が港湾外の海水と交換されていることを明らかにしました。これは、一日あたりの数字です。すなわち、港湾内の汚染水は、一日で半分の量が外洋の海水と交換されているのであり、汚染水が、「港湾内で完全にブロックされている」という安倍総理のスピーチは、「完全な虚構」に他なりません。東電自ら認めている通り、そして常識で考えれば誰でも理解できる通り、港湾内の汚染水は海洋へと拡がっているのです。
安倍総理がついた嘘の第2点は、「食品の安全基準は世界で一番厳しい」という、誰でも見破れる嘘です。
政府は2012年4月1日、食品中の放射性物質に関して、新たな基準値を設定しました。食品からの被曝線量の上限を年間1ミリシーベルとし、野菜や米などの一般食品は1キロあたり100ベクレル、牛乳や乳児用の食品は1キロあたり50ベクレル、飲料水は1キロあたり10ベクレルとしました。
※厚生労働省HP 「食品中の放射性物質の新たな基準値」
【URL】http://bit.ly/GYlx4P
しかし、チェルノブイリ原発事故を経験したウクライナでは、パンは1キロあたり20ベクレル、野菜は1キロあたり40ベクレル、飲料水は1キロあたり2ベクレルと、日本よりも厳しい基準値を導入しています。日本の食品の安全基準が、世界で一番厳しいなどというのはとんでもないデタラメです。
安倍総理がついた嘘の第3点は、「食品や水からの被曝量は、日本のどの地域においても、100分の1である」という嘘です。
2月28日、東電は港湾内で採取したアイナメから、1キロあたり51万ベクレルの放射性セシウムを検出したと明らかにしました。これは国の食品基準値の5100倍と、極めて高い数字です。安倍総理は「日本のどこでもこの基準の100分の1」などと大ボラを吹きましたが、100分の1どころか、5100倍ものサンプルが、現に発見されているのです。
51万ベクレルを検出したアイナメは、上図のFの位置で捕獲されています。まさに、港湾内と港湾外の境界となる位置です。汚染水が港湾外に広がっていく境界線上で検出された、象徴的なサンプルだといえるでしょう。
安倍総理がついた嘘の第4点は、「健康問題については、今までも、現在も、そして将来も、まったく問題ない」と述べたことです。これほど明々白々な嘘はありません。
福島第一原発事故の影響を調べている福島県の県民健康管理調査検討委員会は、8月20日、甲状腺がんと診断が確定された子供の人数が、18人にのぼると発表しました。安倍総理は、福島で広がっている健康被害と被曝とは関係がないと、「今までも、現在も、将来も」言い張るつもりなのでしょうか。
※甲状腺がん確定18人に 福島の健康調査
(8月20日、msn産経【URL】http://on-msn.com/1d1Dkrc)
このような発言は、チェルノブイリ事故が起こったソ連でも、ソ連崩壊以後のウクライナやベラルーシでも、いかなる指導者も口にしなかったことです。プロパガンダばかりで少しも「プラウダ(真実)」を見出だせなかったあのソ連以下の国なのだ、と思い知らされて、恥入るばかりです。
安倍総理が、このような発言を国際社会に向けて公然としたこと、そしてIOCが東京をオリンピックの開催地として選んだことは、結果として、福島第一原発事故の影響を過小評価し、健康被害を隠蔽するための口実として利用されることになりかねません。
安倍総理は、「状況はコントロールされている」と、世界に向けて高らかに宣言しました。しかし、福島第一原発の状況は、「コントロール」とはほど遠い状況にあります。
福島第一原発1号機から4号機の原子炉建屋とタービン建屋の地下には、毎日400トンの地下水が流れこんでいると推定されています。この地下水もまた当然汚染しているため、地上のタンクで保管する必要があります。しかし、地上のタンクが漏洩していたとなると、この地下水は行き場をなくしてしまいます。早急に新しいタンクを用意しなくてはなりません。
しかし、汚染水を入れ替えるための溶接タンクを増設するスペースがどこにあるのでしょうか? 森を切り開いてタンクを林立させた敷地内は、すでにいっぱいです。増設のためには、周辺の土地を買い取るか、接収するしかなさそうですが、立地の自治体や周辺の住民、地権者とそんな交渉に入ったなどという話は、まったく聞こえてきません。
仮に新たに溶接型タンクを設置するスペースが確保できたとしましょう。そして、既存のボルト締めタンク300基以上から、溶接型のタンクに無事、汚染水を移すことができたとしましょう。
その後、空となったボルト締め型タンクはどうするのでしょうか。これらは放射性廃棄物となります。スクラップにして、そこら辺に投棄して許される代物ではありません。300基ものタンクの適正な保管場所を確保しなくてはなりませんが、そんなメドは立っていませんし、そのための場所探しに東電が必死になっているという気配もありません。
日本政府は3日、汚染水対策として、470億円の国費を投入するという基本方針を発表しました。地下水の建屋への侵入を防ぐ凍土遮水壁の建設に320億円、浄化設備の改良に150億円をあてるとしています。急を要するはずのタンクの増設費用は計上されていません。国も、汚染地下水の汲み上げと保管に本気になっているとはいえません。
不可能なことは、まだあります。
政府は、150億円をあてて、多核種除去装置(ALPS)を改良するといいます。しかし、多核種除去装置を改良したとしても、トリチウムという放射性物質を除去できないことに変わりはありません。
東電の資料には、福島第一原発の汚染水に含まれるトリチウムの量は、1リットルあたり500万ベクレルであると記載されています。一方、同じ資料には、保安規定で示されているトリチウムの年間放出量は、22兆ベクレルとなっています。つまり、多核種除去装置を用いた場合でも、放出することができる汚染水は、年間440万リットル(22兆÷500万=440万)ということになります。
※「福島第一原子力発電所でのトリチウムについて」
(東京電力HP 【URL】http://bit.ly/ZNDI6X)
440万リットルを換算すると、4400トンになります。福島第一原発の構内には、24万5000トンの汚染水が滞留していると言われているので、すべての汚染水を保安規定を守って放出するとなると、55年以上かかることになります(24万5000÷4400=55.68…)。
保安規定を守ると、汚染水の放出には、なんと半世紀以上もかかるのです。この間の汚染水の取り扱いについて、東電はなんら具体策を提示できていません。
以上の経緯を踏まえると、政府と東電は解決策として、一つのことを考えているとしか思えません。それは、汚染水の海洋放出です。
原子力規制委員会の田中俊一委員長は、9月2日、外国特派員協会で記者会見し、「必要があれば、放射性濃度が基準値以下のものは海に出すことも検討しなければならないかもしれない」と述べました。保安規定を守るのならば、半世紀以上かかるのですが、それほど大量の汚染水を長い年月かけて放出し続けてゆく、と宣言したに等しい発言です。
このような、政府と東電の対応に対し、世界は厳しい視線を向けています。
9月5日、ニューヨーク・タイムズは、1面に福島第一原発の写真つき記事を掲載し、日本政府と東電の汚染水対策を厳しく批判しました。2020年五輪開催を決定するIOC総会当日の朝刊です。記事は、日本政府の対策は危険かつ技術的に複雑で費用がかかると指摘し、汚染水への対応について、日本政府と東京電力の危機管理能力に疑問を投げかけています。
※Errors Cast Doubt on Japan’s Cleanup of Nuclear Accident Site
(ニューヨーク・タイムズ 9月5日【URL】http://nyti.ms/161IbEe)
ニューヨーク・タイムズの批判はほんの一例に過ぎません。この夏の世界中のメディアのトップニュースは、シリアと福島第一原発の汚染水問題でした。
科学雑誌「Nature」は、9月3日に福島第一原発に関する論説を掲載しています。
※Nucler error―Japan should bring in international help to study and
mitigate the Fukushima crisis (【URL】http://bit.ly/1fxjYHi)
記事は、「福島第一原発の事故は東京電力の手には負えない」としたうえで、「政府が先頭に立って対応するということを決めた時期が遅すぎる」と日本政府を批判。さらに、報道の遅れや監視体制の甘さをあげ、海外の専門家に助けを求めるべきだと述べています。
しかし、そんな批判を日本政府は、正面から真剣に受け止めたとは思えません。
日本政府が、とってつけたように国費投入を決めた真の理由は、東京へのオリンピック招致決定が目前に迫っていたこと以外に考えられません。
安倍総理は9月4日、ブエノスアイレスで開かれる国際オリンピック総会でプレゼンテーションを行う考えを示し、「政府が前面に出て完全に解決していく。抜本的な措置を断固たる決意で講じており、7年後の20年には全く問題ないとよく説明したい」と語りました。
※汚染水漏れ「五輪時には解決」=安倍首相
(時事通信、9月4日【URL】http://bit.ly/15rDUXuM)
安倍総理がここで述べた「解決」とは、いったい何を指すのか不明です。福島第一原発事故の収束作業は、まだ始まったばかりです。
今年の11月から、4号機の原子炉建屋から1533本もの使用済み燃料を取り出し、隣の共用プール建屋へ移動する作業が、ようやく始まるところです。使用済み燃料の取り出しは、4号機の後、1号機、2号機、3号機と続きますが、東電はその工程表をいまだに示せていません。
安倍総理が述べた「解決」が、汚染水漏洩の問題だけを指すのだとしても、それは、前述の通りまったく見通しの立っていない話です。東電も政府も、日々増え続ける汚染水を貯める溶接型タンクの増設計画も示せず、放射性廃棄物となるボルト締め型タンクの保管場所のあてもありません。
それに加えて、使用済み核燃料の取り出し作業が、万々が一でも失敗し、燃料棒が何かにぶつかったり、落としたりして破損した場合、大量の放射性物質が飛散する可能性もありえます。そうなると、東京での五輪の開催どころではない。東京は、人の住めない街になってしまうかもしれないのです。
(…サポート会員ページにつづく)