強固な秘密のヴェールに包まれたタックスヘイブン(租税回避地)の実態を白日の下にさらす、大量の内部文書データが流出した。入手したのは、匿名の人物から接触を受けた、南ドイツ新聞だ。
南ドイツ新聞は、ICIJ(国際調査報道ジャーナリスト連合)に加盟する76ヵ国370名強のジャーナリストとともに、約1年かけて文書の中身を分析し、2016年4月3日、その内容の一部を公表した。
文書全体では50ヵ国以上の政治家140名が含む、200ヵ国以上の企業や個人と、世界21ヵ所のタックスヘイブンにある21万4,000社以上のオフショア法人との関連が明らかになっているという。
ICIJは、自らタックスヘイブンに関与していた12人の国家元首(現職と経験者)、親族や取り巻きが関与していた17人の国家元首(現職と経験者)、42人の政治家や高級官僚の情報を、似顔絵つきでウェブサイトに公開している。
以来、税逃れや資産隠しにより甘い汁を吸ってきたことが暴かれた国家元首や閣僚らは、国民の怒りを買い、辞任したり、辞任の危機に追い込まれている。
※本稿掲載後の2016年9月22日、ICIJ(国際調査報道ジャーナリスト連合)は、タックスヘイブンとして知られるカリブ海バハマに法人登記された約17万5千社の資料「バハマリークス」を公開した。IWJはこれに関しても調査を進め、稿を改めて報道してゆく。
「顧客情報はどこよりも安全に守る」と謳ったパナマの法律事務所、モサック・フォンセカから内部文書が流出
文書は、中米パナマ共和国に本拠を置く法律事務所モサック・フォンセカから流出した(注1)。
▲「パナマ文書」が流出した法律事務所モサック・フォンセカ
内容は、1977~2015年までの約40年間にわたり(注2)、同事務所が携わってきたタックスヘイブンでの法人設立支援にかかわる電子メール、財務関連のスプレッドシート、パスポート、銀行口座や法人の秘密の所有者を明記した法人記録などで、データ容量は2.6テラバイト、数にして1150万にもおよぶ。
これが今、世界を揺るがしている「パナマ文書」だ。
皮肉にも、モサック・フォンセカのウェブサイトには、現在も、「あなたの情報は、どこよりもモサック・フォンセカの顧客ポータルで安全です」と記載されたままだ。
(注1):モサック・フォンセカはパナマのほか、ジュネーブ、ロンドン、オランダ、リヒテンシュタイン、アラブ首長国連邦、英領バージン諸島、香港、上海、シンガポール、イスラエルなど、世界34ヵ所に事務所を持つ(2016年4月23日時点、事務所ウェブサイトより)。ICIJは「世界35ヵ所以上」と発表。
(注2):モサック・フォンセカが現在の事務所名になったのは1986年で、前身を含む。1985年以前のタックスヘイブンでの法人設立は年間1,000社未満。2005年の13,287社をピークに徐々に現象し、2015年は4,341社だった。
「名無しのジョン(John Doe)」
きっかけは、約1年前。「名無しのジョン(John Doe)」を名乗る人物が、南ドイツ新聞に接触してきたことから始まった。
同紙によると、この人物は、「これらの犯罪を公にしたい」という動機を明らかにしたものの、「命の危険にさらされている」として、直接、記者らと会うことはなかった。「これらの犯罪を公にしたい」と、暗号化されたファイルでのやりとりを続け、数ヵ月にわたって内部文書が提供された。
モサック・フォンセカが法人設立した上位10ヵ所のタックスヘイブンのうち、8ヵ所は英領バージン諸島や英連邦などだった
ICIJのウェブサイトによると、「パナマ文書」に名前の出てきたオフショア法人214,488社のうち、半分以上の113,648社はイギリス領バージン諸島に所在地を置き、パナマは2番目に多い48,360社、次いでバハマ、セーシェル、ニウエ、サモア、英領アンギラ、米国ネバダ州、香港、英国と続く(上位10ヵ所)。
バージン諸島とアンギラはイギリス領、バハマ、セーシェル、サモアはイギリス連邦に所属している。ニウエも現在は内政自治権を得ているものの、国家元首はイギリス女王エリザベスII世である。香港は1997年に中国に返還されるまではイギリスの統治下にあったし、10番目はイギリスそのものだ。
上位10ヵ所のタックスヘイブンのうち、パナマとネバダ州を除いて、8ヵ所はイギリスとの関係がきわめて深い場所だ。つまり、タックスヘイブンという租税逃れの仕組みの最大の元凶は、イギリスである、ということだ。
志賀櫻氏「魑魅魍魎の跋扈するタックスヘイブンは、踏んではならない虎の尾」
元大蔵官僚で『タックス・ヘイブン――逃げていく税金』(岩波新書)を著した故・志賀櫻氏は、タックスヘイブンについて、「魑魅魍魎の跋扈する、踏んではならない虎の尾」と表現し、国際機関では「実態解明を妨害されることすらある」と指摘している。
▲志賀櫻氏著『タックス・ヘイブン――逃げていく税金』(岩波新書 2013年)
「たとえば、ある旧宗主国は、傘下にある旧植民地のタックスヘイブンを保護しようと、さまざまな手段に訴え、妨害行為を加えてくる。しかも、そのような旧宗主国そのものが、先進国でありながらタックスヘイブンであったりする」と言うのだ。
志賀氏はこの「旧宗主国」の名前を特には明らかにしていない。しかし、世界最大のタックスヘイブンとも言われるシティを抱え、各地の旧植民地もタックスヘイブンであるイギリスが、そうした「旧宗主国の1つ」であることは間違いないだろう。
アイスランドのグンロイグソン首相は辞任、英キャメロン首相に対する辞任要求デモ相次ぐ
「パナマ文書」により、タックスヘイブンに自ら関与していたことが明らかになったとされる現職の国家元首は5人。アルゼンチンのマクリ大統領、アイスランドのグンロイグソン首相、サウジアラビアのアブドルアジズ・アルサウード国王、アール・ナヒヤーンUAE大統領兼アブダビ首長、ウクライナのポロシェンコ大統領だ。
▲首相の職を辞任したアイスランドのシグムンドゥル・グンロイグソン氏(ウィキメディアコモンズから転載)
このうち、アイスランドのグンロイグソン首相は「パナマ文書」で名前が公表された2日後の今月(4月)5日、辞任した。アルゼンチンでは検察が4月7日、マクリ大統領に対する捜査許可を裁判所に求め、許可を得た。
イギリスのキャメロン首相も窮地に立たされている。亡父イアン・キャメロン氏が1980年代にタックスヘイブンでの投資ファンド設立に関与し、キャメロン家の資産として数千万ポンドを運用しながら、イギリスでの課税を逃れていたことが分かったからだ。
▲イギリスのデービッド・キャメロン首相(ウィキメディアコモンズから転載)
9日、首相官邸前に数千人が集まり、辞任を求めた。翌日、キャメロン首相は直近6年間の納税記録を開示したが、国民の怒りは収まらない。16日には政府が推し進める緊縮政策に反対する数万人のデモ隊がロンドン市内からトラファルガー広場を目指して行進し、やはりキャメロン首相の辞任を求めた。
▲キャメロン首相の辞任を求めるロンドンでの抗議活動(ウィキメディアコモンズから転載)
パキスタン大統領は一時的に国外逃亡、スペイン産業大臣は辞任、中国では報道規制
▲パキスタンのナワーズ・シャリフ首相(ウィキメディアコモンズから転載)
パキスタンのシャリフ大統領は3人の子供たちがタックスヘイブンでオフショア法人を管理していたことが明らかになり、国民や野党から辞任を求められている。13日、シャリフ大統領は「心臓検査のため」、突然、国を離れ、イギリス・ロンドン市内の病院に入院した。租税逃れのためイギリス領にマネーを逃がすだけでなく、我が身をも追及逃れのため、イギリスへ逃げ込んだわけだ。もっともその病院の医師からは「健康」だとお墨付きをもらってしまい、19日にはすごすごと帰国するはめになった。
スペインのソリア産業大臣は15日、辞任した。
▲辞任したスペインのホセ・マヌエル・ソリア産業・エネルギー・観光暫定大臣(ウィキメディアコモンズから転載)
中国の習近平・国家主席など政治指導部の親族の名前も「パナマ文書」で明らかになった。中国では報道規制が敷かれたが、習主席らをネット上で揶揄した人権派弁護士、葛永喜氏を15日未明から約22時間、警察が拘束した。
ロシアのプーチン大統領は「ロシアの弱体化を狙うものだ」と、反論を余儀なくされた。
企業の税逃れを取り締まる動き
国庫に入るはずの多額の税金が消えているのを、みすみす逃しておく手はない。「パナマ文書」の暴露で国民の怒りと関心が高まっているうちに、取り締まる動きも出てきた。
欧州委員会は12日、売り上げが7億5000万ユーロ超の多国籍企業に対して、各加盟国における収益や納税額、EU外での納税額とタックスヘイブンの財務状況などの公開を義務づける法案を発表した。
同法案はもともと、スターバックスやアップル社などの大企業の納税額が極端に少なく、市民らからの強い抗議を受けたことから策定されたが、「パナマ文書」の暴露により、タックスヘイブンまで範囲を広げた。
欧州議会によると、EUでは年間で最大700億ユーロの法人税が税逃れによって失われている。
自ら火の粉を浴びているキャメロン首相も、非難をかわすためか、「パナマ文書」報道後、初めての議会となった11日、従業員が税逃れを顧客に指南することを取り締まる法律を強化する方針を明らかにした。
米国では製薬企業ファイザーが節税目的の合併断念、連邦地検が「パナマ文書」の犯罪捜査へ
米国では、オバマ大統領が5日、記者会見で企業の税逃れに対する規制を訴え、財務省が節税のための企業合併や買収の規制を発表した。これを受けて、大手製薬企業アラガン(本社・アイルランド)を1600億ドルで買収し、税率の低いアイルランドに本社を移す予定だった世界最大手の製薬企業ファイザー(本社・米国)は、買収を断念した。
また、米連邦地検は「パナマ文書」に関連する犯罪捜査を開始するため、ICIJに協力を求めた。
「パナマ文書」に名前がある企業や人について、捜査を開始する各国
ベネズエラのマドゥロ大統領は7日、「パナマ文書」に名前が出ているベネズエラ人について、「捜査する」と発表した。タイでは8日、「パナマ文書」で名前が明らかになった政治家や経営者16名について、マネー・ロンダリング対策局が捜査を開始した。3000の企業と個人の名前が「パナマ文書」にあったとされるインドネシアでも8日、ウィドド大統領が調査を命じた。
500名が「パナマ文書」にあったというインドでは、シンハ財務大臣が11日、部局横断的なチームを編成して、「違法性の有無を調査する」と話した。
メキシコでは6日、「パナマ文書」に名前があった33名について、税務当局が調査を開始している。
さらに、モサック・フォンセカに対しても、パナマのほか、エルサルバドル、ペルーの各国政府が現地事務所に捜査に入った。
長々と例をあげてきたが、これが先進国と途上国を問わず、法治国家の取るべき態度である。調査の段階ではない。捜査が行われるべき事案であり、段階なのである。
静まり返って頬かむりを続ける日本
「異常」なのは、日本である。いや、日本政府であり、安倍政権である。「パナマ文書」についてウンともスンとも言わない。捜査どころか、調査すらしないのだと、日本政府はしれっとのたまう。
日本人や日本企業が関与していないわけではない。
日本を住所とする個人と企業の名前も400あったことは、4日、ICIJとの提携報道機関であり、文書分析に協力してきた朝日新聞が報じている。
しかし、具体的な名前はほとんど出てこない。セコム創業者の飯田亮(いいだ・まこと)氏と前最高顧問の戸田壽一(とだ・じゅいち)氏が、1990年代に700億円以上の大量のセコム株をタックスヘイブンで管理していたことが、共同通信英語版や東京新聞などで報じられているくらいだ。
▲東京渋谷区のセコム本社(ウィキメディアコモンズから転載)
ネット上では「電通、JAL、大日本印刷、ドワンゴなどの名前が出ている!」と話題になっているが、これらの社名が出てくるのは、ICIJが2013年に公表した「オフショア・リークス」の方だ。やはりタックスヘイブンに関する内部文書のリークであり、追及されるべき問題には間違いない。
ただ、「オフショア・リークス」は260ギガバイトで、「パナマ文書」はその10倍の規模だ。そうでありながら、「パナマ文書」で日本に関連する情報がほとんどもれ聞こえてこないのは、少々、不自然ではないか。
菅官房長官は6日の記者会見で、「パナマ文書」に関する調査は「考えていない」と話した。さらに政府は15日の閣議で、「現時点で文書の詳細を承知していないことから、政府としての見解を述べることは差し控えたい」という答弁書を閣議決定した。
何を寝ぼけたことを言っているのだろう。
文書の詳細を承知していないのだからこそ、自ら動いて調査し、その詳細を把握して国民に明らかにし、税負担の不公正さがあればただすのが政府の役割ではないか。
「少子高齢化で消費税を上げなければ国がもたない」と脅して庶民への課税強化を迫り、他方で「法人税を下げなければ、外国企業は寄りつかない、日本企業にも海外に逃げられる」などと、さんざん繰り返して法人税を引き下げ、所得税の累進制もゆるめてきた金持ちに甘い政府が、違法な税逃れの可能性について、捜査もせず、調べもせず、何の手立てを講じるそぶりさえも見せていないのはなぜだろうか。「パナマ文書」に出ている400もの日本人・日本企業の名前が明らかになると、政府にとって、あるいは安倍政権にとって困る不都合が、何かあるのだろうか。
ICIJは、5月上旬には「パナマ文書」に出てくるすべての企業や個人の名前を公表するとしている。そうやって、言い逃れもとりつくろいもできなくなってから、弁明を始めるのだろうか。