昨年12月の衆院選に続き、今年7月の参院選でも圧勝した自民党が、急速に「原発推進」「TPP」「集団的自衛権の行使容認」などの動きを加速させている。福島第一原発では、汚染水の海洋漏出が、さしたる解決策も示されにないままに、史上最大の海洋汚染という絶望的な状況へひた走っている。
しかし8月29日、テレビ朝日の「報道ステーション」に出演した自民党の石破茂幹事長は、「福島第一原発の汚染水の問題より、第一優先は、何と言っても集団的自衛権の行使を堂々とできること」と言い放った。
もはや、こうした自民党の姿勢に歯止めをかける存在は、数少なくなってしまった。昨年末の衆院選、今年7月の参院選と2回の国政選挙で、民主党が議席を激減させただけでなく、「生活の党」や「みどりの風」、「社民党」など、いわゆる「中道リベラル」と呼ばれる、本来の意味での野党の力も大きく削がれてしまった。
そんな参院選で、66万票を獲得し、体当たりでタブーに挑むひとりの政治家が誕生した。
2013年7月21日、自民党が圧勝した参議院議員選挙で、逆風に抗いながら、「脱原発」「反TPP」を掲げた無所属の山本太郎氏が、無党派の市民の支持を受けて初当選したのである。
2011年の3.11直後から、山本太郎氏は、一人で考え、一人で悩みながら、一人で行動を起こしてきた。単身、一市民として脱原発デモに初めて参加したのは、2011年4月10日に行われた「素人の乱」主催の高円寺脱原発デモ。IWJのカメラはたまたま彼の姿をとらえ、街頭でもインタビューを行った。これが山本太郎氏の「路上」でのデビュー。以来、彼は精力的に動き続け、東電の杜撰な事故対応と政府の隠蔽体質を批判し、放射能による被曝の危険性を訴え続けてきた。俳優として業界にホサれ、収入を激減させながらも、多くの芸能人・アーティストが口を閉ざすなか、彼は、消沈することなく「脱原発」を訴え続けた。
その後、彼の訴える主張に、「脱原発」だけでなく、ISD条項によって「脱原発」を阻む可能性のある「TPP」の脅威が現れる。TPPには、もし日本の「脱原発」政策が、外資にとって不利益とみなされた場合、外資が日本政府を訴え、天文学的な金額の賠償金を請求することが可能な「ISD条項」が含まれている。彼は、「脱原発と反TPPは一緒だ」と根拠をもって訴える、数少ないオピニオンリーダーに成長していった。
IWJではこれまで、山本太郎氏の講演やスピーチ、デモや抗議行動の参加シーン、街頭演説などを100本以上中継している。しかしその大半は、山本氏を「狙って撮った」のではなく、「たまたま撮れた」シーンである。前述した山本氏のデモデビューの映像も、たまたま現場で出くわして撮れたものだ。IWJが向かった現場、全国各地の原発、TPPに対する市民の抗議行動、様々なアクションの現場に、彼も足を運び、自身も一市民として訴え、同時に多くの市民の声を受けとめてきたために撮れた、その積み重ねである。
山本太郎氏は参院選に当選した翌日、報道陣の取材に対し、「市民に寄り添う政治家を目指したい」と抱負を述べた。
その言葉を、彼はただちに実行に移した。国会議員が国政調査権に基づき、政府に見解を求める「質問主意書」を、僅か6日という臨時国会開会期間で、「原発政策」「TPP」「最低賃金問題」「生活保護」など、多岐にわたる分野で計6本、提出。この提出本数は、全国会議員中で最多である。
参院選では東京選挙区で4位当選(改選数5人)、得票数66万6684票という、大方の予想を上回る大健闘ぶりに加え、政治家になってからのこうした精力的な動きは、良くも悪くもマスコミの注目を一身に集める。
選挙活動中から、ネットでは主にネトウヨと言われる人間から、「左翼」「売国奴」などと中傷や罵倒を浴びせられ続け、当選してからも、週刊新潮が「過去の少女強姦疑惑」記事を報じるなど、彼に対する中傷報道は止むところがない。
有名人であろうと無名人であろうと、これだけ叩かれれば萎縮してしまいそうなものだが、山本氏は、そうした中傷すら逆手にとっているように見受けられる。自分が注目を浴びる「トリックスター」であることを甘んじて引き受け、むしろ積極的にその境遇を利用し、「ピエロ」であることを最大限に活用し、少しでも「原発」「TPP」の危険性を周知しようと試みている。8月22日~30日まで、ブルネイで行われたTPP交渉会合にも単身乗り込み、現地に駆けつけた日本のマスコミの取材にも精力的に応じた。その場で彼は、「TPPの危険性を、自ら(この交渉会合に)乗り込むことで、たくさんの人たちに注目してもらいたいという意味合いもある」と、その意図について語っている。
8月19日、私の単独インタビューに応じて、山本氏はそうした自らの「戦い方」について、そして出馬に至る思いや政治家としての抱負や展望を、余すところなく語った。それは、政治や社会問題に特段の関心を抱いていなかったひとりの若者が、3.11をきっかけに、この社会の構造的な矛盾、そしてTPPの危険性に気づいてゆく軌跡でもある。
多くの市民が山本氏に共感するのは、彼が「特別」な知性の持ち主だからではなく、自らと同じような知性をもつ「普通」の市民であるからだろう。類まれなのは、思いを実行に移すその行動力である。
当選は果たした。しかし、ここがゴールではない。スタート点である。先行きは多難である。当の本人が、最もよく自覚している。
「一言で言ったら最悪ですよ。もう地獄行きの列車に乗り込んでいるんですよ、日本人というのは。その行き先に気付いていない」
議員会館の事務所で、警戒感解くことなく厳しい表情でそう警鐘を鳴らした。戦いの場は、「舞台上」から「議場」へと移ったが、周囲を見渡して、一緒に闘える仲間は本当に数少なく、心細い状況だという。本当の意味での「野党」の力が削がれてしまった今、山本氏の肩にかかる期待と責任はずっしりと重い。彼に投票した66万人はもちろん、共感した多くの市民が彼に寄り添い、時に道を間違えないように見守ることが必要とされているのではないか。当選させたら後は無関心というのではなく、政治家の動きを常に見守る、本当の意味での「市民の政治参加」を実現する、良きモデルケースとして機能するよう、IWJとしても今後も山本太郎氏の動向を追っていきたいと思う。