【特別寄稿】性的暴力ならぬ「性的テロリズム」~レイプ・サバイバーの治療専門家の闘い~① 米川正子 元UNHCR職員・立教大学特任准教授(2013年10月末日) 2013.11.13

記事公開日:2013.11.13 テキスト
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(米川正子 元UNHCR職員・立教大学特任准教授)

※本寄稿はIWJ会員無料メルマガ「IWJウィークリー23号」からの転載です。

 先日発表されたノーベル平和賞受賞者の有力候補者の中に、デ二・ムクウェゲ氏(Denis Mukwege、58歳)が挙げられたことは、日本ではほとんど知られていません。コンゴ民主共和国出身の産婦人科医で、かつレイプ被害者(あるいはサバイバー)の治療に関して、世界一流の専門家です。

▲デ二・ムクウェゲ氏

▲デ二・ムクウェゲ氏

 1990年代後半から現在まで戦争が続くコンゴ東部では、女性3人の内2人が性的暴力の犠牲者になり、これは毎週女性160人が、主に武装した男性によってレイプされていることを意味します。

 私もコンゴ東部で勤務していた際に、国内避難民キャンプにいた女性に、「武装勢力にレイプされ、性器が痛い。どうすればいいかしら」と相談されたことがあります。性的暴力が蔓延しているために、国連はコンゴ東部を「女性や少女にとって、世界で最悪の場所」「世界におけるレイプの中心地」と呼んでいるぐらいです。

 ムクウェゲ氏は、1999年にスウェーデンの教会などから支援を受けて、コンゴ東部の主要都市・ブカブにパンジー(Panzi)病院を建て、それ以来、約3万人以上のレイプ・サバイバーの治療に関わってきました。

国際社会における動き

 武装紛争下の女性に対する暴力が、「戦争の武器」として意図的な戦略に使用されている事実は一般的に認識されていますが、その研究は大変まばらでした。国際的に注目を浴びたのは、1990年代に入ってからです。

 半世紀以上前に日本軍の性奴隷にさせられた女性たちの証言、そして謝罪と賠償を求めて日本政府へ訴えたこと。国連が設置した旧ユーゴ法廷とルワンダ法廷で、武力紛争下の性的暴力の罪が問われるようになったこと。国際刑事裁判所(ICC)のローマ規程に、人道に対する罪や戦争犯罪として「性奴隷制」が規定されたこと。そして2000年には国連安保理で、武力紛争下での性的暴力から女性を保護する重要性、加害者を起訴し不処罰を終える国家の責任を要請する決議1325号が採択されました。

 最近では、3月にイギリスのウイリアム・ヘイグ外務大臣と女優のアンジェリーナ・ジョリー氏がコンゴ東部を訪問し、紛争地における集団レイプに対する国際アクションを実施しました。続いて6月のG8外相会合にて、二人は武力紛争下での女性に対する性的暴力の根絶を訴える宣言を主導しました(ただ、同時期にジョリー氏の乳房の予防切除が大々的に取り上げられ、肝心の性的暴力に関する行動はほとんど報道されませんでした)。

 そのような国際的な動きの中で、ムクウェゲ氏の実績が認められても不思議でないでしょう。私は、彼のノーベル平和賞受賞を通して、コンゴ東部の実態をもっと世の中に知ってもらいたいと望むと同時に、受賞によって、彼が再び暗殺未遂にあうかもしれないという複雑な気持ちで、受賞の発表を聞いていました。

医療より政治的解決法

 ムクウェゲ氏が述べているように、性的暴力をなくすために、医療ではなく、政治的解決法が不可欠です。そのために、彼は活動家として様々な場で演説をしていますが、当然ながら危険を伴っています。

 2012年9月に国連で演説をした際に、国際社会に勇気が欠乏していることを非難し、残虐行為を直接的、そして間接的に支援してきた国連は、具体的な行動が必要だと訴えました。それに加えて、犯罪の証拠は既に国連などの報告書で公表されているが、(その責任者を逮捕する)政治的意思が欠乏していると指摘しました。

 これまで公表された国連専門家グループの報告書は主にルワンダ(そして、時折ウガンダ)を非難しているために、この国連での演説はその2か国をターゲットにしたととらえられています。

 それが原因なのか、同年10月に何者かによってムクウェゲ氏は自宅で暗殺未遂にあい、彼のガードマンは殺されました。ムクウェゲ氏一家は一時的にスウェーデンとベルギーに亡命した後も、大湖地域[1]の政治的意思の欠乏、コンゴ政府が国民の保護という義務を果たしていなく、平和も法の正義(justice)もないことなど、非難を続けています。

 「性的暴力にNo! 戦争にNo! 国家の分裂計画[2]にNo!」という政治的な発言もしました。このため、国際メデイアの反応とは裏腹に、コンゴ政府を批判することができない地元の大手メデイアは彼の実績を報道せず、また警察は暗殺未遂事件の調査を行なっていません。

 今年1月にムクウェゲ氏一家はブカブに戻りましたが、それは本人自身が帰国を希望していただけでなく、地元の女性たちが「国連平和維持活動軍[3]でなく、我々女性がドクターを守るから帰ってきて。我々を助けて」と強く懇願したからです。

 彼の飛行機代をかき集めるために、彼女らは農作物を売りました。1日1ドルという貧しい生活を営んでいるにもかかわらず。現在、ムクウェゲ氏一家は、病院の敷地内で生活をしています。

 大勢の性的暴力の証言者であるムクウェゲ氏は、このように話しています。

「性的暴力より、“性的テロリズム”と呼ぶ方がふさわしいのではないか。とにかく描写する言葉がない」

 なぜそのように呼ぶのでしょうか。そして、そもそもどのような目的で、性的テロリズムが行われているのでしょうか(続)。

________________________________

[1] コンゴ民主共和国、ルワンダ、ブルンジ、ウガンダ、タンザニアを指す。

[2] コンゴでは、balkanizationと呼んでいる。「領土を第一次世界大戦後のバルカン諸国のように、お互いに政治的に敵対する小国家に分裂させる」という意味。ルワンダはコンゴ東部の併合計画をもち、その実現のために、1996年以降、ルワンダ政府軍やルワンダ政府の代理である武装勢力がコンゴ東部を侵攻・侵略していると言われている。

[3] コンゴには、世界最大級の平和維持軍が展開している。

【米川正子氏の過去の寄稿記事】

【著書】

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